大人になっても、恋は止まらない。──独占と余裕のあいだで

氷月

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Lesson 25 最終日、君の横顔

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いつもと変わらぬ朝の食卓ー

クロワッサンとフルーツヨーグルト、スクランブルエッグを並べるハルは、少し寂しそうに微笑んだ。

「……今日でバイト最終日かぁ、あっという間だったな」

iPadを閉じた悠哉が顔を上げ、まっすぐにハルを見る。

「最終日やない。お前はいつだって俺の隣におるやろ」

さらりと甘い言葉を落とされ、ハルは笑顔になる。

「……そうだよね」

玄関。

ネクタイを直す手を悠哉に掴まれ、いきなり引き寄せられる。

「最後の日ぐらい、ちゃんと守らせろ」

額に落ちたキスに、ハルは目を瞬かせて小さく頷いた。

「……うん。行こ、ユウヤ」

――本社。

いつものように秘書課に顔を出すと、鮫島が笑顔で迎えてくれる。

「ハルくん、今日で最終日。もう二ヶ月弱、ほんと、仕事覚えるの早いなぁ」

「いえ……鮫島さんの教え方がわかりやすいからです」

ハルが頭を下げると、周囲の秘書たちも寂しそうな雰囲気。

「今日一日頑張ろうな!」

鮫島の柔らかな声に、ハルは胸を熱くしながら笑顔で返した。

「はい!」

(……最後の一日。絶対にやりきろう)

長かったようで、あっという間

(……楽しかったな。ユウヤに独占されながらも、毎日学べて幸せだった)

ラスト一日、気を引き締めて頑張ろう――そう思いながら専務室に向かうー

そのとき。

フロアの向こうから歩いてくる人影に、胸が跳ねた。

黒いスーツ、切れ長の瞳。

「……久しぶりやな、ハル」

「奏……っ、久しぶり」

喉が詰まり、言葉が掠れる。

胸の奥が苦しい。ドキッと音がした。

「相変わらず、おまえ……綺麗やな」

低く響く声。冷ややかな表情なのに、不思議と優しさを含んでいる。

「父さんに引き戻されたわ。近々から本社勤務や。……その挨拶や」

「……そっか」

なぜか、そう返すのがやっとだった。

近づくほどに漂う柑橘系の香り、纏う雰囲気――どれもが以前より大人びて、色気を纏っていた。

堂々と歩く姿に、一瞬目を奪われる。

すれ違いざま、奏真は口元を僅かに上げ、耳元で囁く。

「じゃあな、ハル」

微妙に含みを持たせた声。熱が残るような吐息。

その余裕の色気に、思わず振り返ってしまった。

――けれど、もうそこには彼の背中しか見えなかった。

(……なんで。僕、どうしてこんなに苦しいんだろう)

専務室 ノックの音が響いたー

「どうぞ」悠哉が短く答える。

ドアを開けて入ってきたのは、奏真だった。

「兄さん、資料持ってきたで」

落ち着いた声と共に、分厚いファイルを机に置く。悠哉はパソコンの画面から目を離さず、軽く頷くだけ。

「……あぁ、助かる」

奏真の視線が、ふと机の端に留まる。

モニターの脇に、小さな黄色い付箋。

〈16:00 取締役会/AI事業部〉

丸みを帯びた優しい文字――それがハルの筆跡だと気づいた瞬間、胸の奥が熱くなる。

(……ついさっきまで、ここにおったんやな)

指先で付箋の端をかすめると、まだインクが新しい。

気づけば、視線は横に立つ鮫島へ、そして専務席の脇に残る空席へと移っていた。

「兄さん、ハルくん。秘書としてバイトしてたんやろ?」

悠哉の手が止まる。わずかに口元を緩める。

「あぁ。社会経験にな、ちょうどええやろと思うてな。春休みも来る予定や」

「ほんとに優秀でしたよ」

鮫島がすかさず口を挟む。「吸収が早いし、英語まで話せる。いや~僕、ちょっと脅威感じましたもん」

おどけるように肩をすくめる鮫島に、悠哉が横目をやる。

「……だろ? 俺が家庭教師やったからな」

「さすがです、専務。家庭教師スキルは業務外で評価に入れていいですかね?」

「入れんでええ」淡々と返す悠哉。

奏真は静かに笑った。

「へぇ……来春も、か」

その声色には、どこか含みがあった。

「ところで、俺に秘書はつくんか?」

「はい。ただいま人選中でして。しばしお待ちください、常務候補」鮫島がにっこり。

「候補ってつけんでええ」苦笑混じりに返す奏真。

だが、その横顔に一瞬だけ影が差した。

ハルの名が出ただけで、彼の心が揺らいだことに気づいたのは――鮫島だけだった。


Lesson26へ続く
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