チキンピラフ

片山春樹

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知美さん、現る

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 期末テストが終わった翌日、みんなどうしてるだろう・・そう、思い出すアルバイト・・なぜだか無性に出かけてみたい気分。だから、明日から行けるかどうか、学校帰りに店長に相談しに行くと・・相変わらず人気のない職場なせいか、お客さんが想定外に来ていたせいか、そのまま、仕事をさせられて、それはそれでいいのだけど、少し落ち着き始めた時に。
「で・・期末テストどうだったの?」
と。聞く奈々江さんがとてもなつかしく見えて。私は。
「ばっちり・・・」
なんて親指を立てたとき、奈々江さんは、目をパチクリとさせた。
「美樹・・だよね?」
とも言った。うん・・とうなずいても、由佳さんまでもがきょとんと私を見つめていた。
「えーっ 美樹って・・なんか雰囲気変わったよ・・」
と、優子さんまでもが同じことを言う。家に帰ってから鏡を見つめて・・顔を撫でてみた・・けど・・私は私だし。ナニが変ったのだろう・・・? そして。

 期末テストの答案用紙が返ってくるたびに・・肩越しに私の答案用紙をのぞく皆に白い目でみられてる気がした。
「美樹って・・そんなに頭良かったの?」
「なんでそんな点とれるのよ?」
「どんなウラワザ使ったのよ?」
確かに、それは自分でも言ってしまいそうな感想だ・・。確かに自信はあったけど・・ここまですごいとは思わなかった・・。全問正解の100点満点が5つもあって。それでも学年トップは・・取れなかったけど・・。3/79と、書かれた成績表・・自分でも驚いてしまった。その上の欄。中間テストの時は68/79と書いてある。目をごしごしこすってから見つめても、3/79のままだ。この数字を信じてもいいのかどうか、という実感が全然湧かない・・。
「本当に美樹だよね・・・」
半信半疑な気持ちで見せてあげた成績表。お母さんまでもがそう言った。そしてお父さんまでも・・。
「やっぱり・・ワセダってのはすごいんだ・・」
「春樹くん、やっぱり、本当に頭いいんだね」
「本当にハカセだったんだ・・」
「春樹さん、本当に美樹のお婿さんになってくれないかしら・・」
「美樹、なりふり構わず春樹君と結婚したらどうだ」
「そうしなさいよ、今度家に来たらお母さんから言ってあげるから、結婚してもらいなさいよ」
やめてよ・・そんなこと・・と思うけど・・してほしいような気もする・・ 

そんな毎日が続いた後ようやく訪れた。週末のアルバイト、春樹さんとカウンター越しに期末テストの結果を報告してみると。
「あれだけ努力したんだから当然の結果だと思うよ」
と、懐かしくて優しい顔で当たり前のように言う。
「それとも、それが春樹さんの実力かな?」
とも言った。たぶんそっちの方が正解だと思うけど。
「でも・・3番かぁ・・トップ取れなくて残念だったね、最終日気が抜けちゃったしね、でも、2番と1番ってどんな人なんだろ、そっちに興味あるけど」
と、どことなく淋しげに言う春樹さん。これがワセダ・・なのだろうか。そんな、ものすごいギャップを感じたけど、とりあえず・・うん・・とうなずいて・・。
「でも・・銅メダルだね、おめでと・・俺も、やりがいがあったよ、美樹ちゃんもあんなに真剣だったし」
なんて一緒に喜んでくれる春樹さんのさわやかな笑顔を見つめると、やっぱり、でれでれとのろけてしまいそう。というより、のろけているなぁという気分。その時。
「なんのやりがい?」
と、お料理を取りに来た、興味津々な由佳さんに。
「えっ・・うん」
と、戸惑う私。でも・・
「美樹・・久しぶりなのはわかるけど・・仕事しなさい。この一角だけ入り込めないじゃない。なに、このらぶらぶなムードは、見てる方が恥ずかしいでしょうが」
オーダーチェックしている由佳さん、少しだけうんざりしてる顔に、少しだけ恥ずかしくなってしまった。でも・・春樹さんの優しい笑顔を見つめてしまうと・・・。
「でもね・・春樹さん・・お母さんがね・・」
と、別に話す事なんかないのに・・。なにかをお話していたい。なのに・・。
「美樹! もぉいいかげんしてよ」
と、恐い顔してる由佳さん。
「ごめんなさい・・・」
とりあえず、謝ってみたけど・・振り返るとみんなもうんざりしている・・けど。話す事なんてないのに・・。どうしても春樹さんが恋しくて・・
「ねぇ・・春樹さん・・夏休みとか・・」
と、どうしても、勝手に春樹さんに歩み寄ってしまう無自覚な体。4日ぶりなのがとてもなつかしい。こないだの距離がどうしても恋しい。私にしがみついて30分ほど眠ったこと覚えてる? あの時、私の胸触ったでしょ。私の胸に顔をうずめて、私の腕の中で眠ってたこと覚えてる? あの時あなたを優しく抱きしめてあげたんだよ。そんなことを聞いてみたいのに、カウンター越しに私を見つめてくれる春樹さんまでの距離が遠い。もっとそばに行きたいのに・・・。
「美樹! もう少ししたら休憩させてあげるから・・テーブル片づけてくれ・・頼むよ・・お願いだ」
と、私の背中を押して、私たちの仲を引き裂く店長・・なによぉもぉぉと、思ったそのとき、カウンターごしなのに、人前なのに、春樹さんと手をふりあう私になってる事に気づいてしまった。全然恥ずかしくない・・春樹さんは恥ずかしそうにしていたけど。どうしてもおさえきれないこの・・もっとそばに行きたい気持ち・・人目を憚らずにくっつきたい気持ち。なのに、店長はしつこく私の背中を押した。

  結局その日は・・お客さんが多すぎて、一緒に休憩できなかった春樹さんと話せる時間は全然なかった。交代してくれるディナータイムのメンバーに申し送りをして、春樹さんに、またね・・と、しかたなく。淋しくなる挨拶して出てゆく店。でも・・今日は雰囲気が少しだけ違っていた。自転車を止めている、春樹さんのオートバイのとなり・・・。奈々江さんが腕を組んで・・美里さんはぶすぅと膨らんで。優子さんまでもが。
「美樹! あたし達、怒ってるんだからね」
と、ものすごく恐い顔している。一瞬・・ぞぉぉっとなった・・。
「つたく・・うらやましいじゃない」
「ほんっと・・うらやましくって、むかついちゃった」
「だから・・アイスクリームおごりなさい」
えっ・・・?
「あたし・・美樹のテーブルのデザート作ったし」
「あたしは美樹のテーブルのコーヒー、おかわり5杯も継いだ」
「あたしは、追加オーダーも、美樹の変わりのオーダーもとってあげた」
そして、3人揃って。
「あんたが春樹さんとのろけてる時にどれだけ苦労したかわかってるの?」
と、コーラス。確かに思い当たる節がある・・・。
「ったく、うらやましいったりゃありゃしない・・だから、アイスクリームおごってくれるまで許さないからね」と奈菜江さん。
「春樹さんと何したか、白状するまで帰さないからね」と美里さん。
「絶対、今日の美樹って春樹さんと一線超えたって雰囲気でしょ、洗いざらい白状させてやる」
と優子さんまでもが本当に怒っている顔してる。でも。
「いったい何があったのよぉ」
と、三人そろってにやにやとするみんな・・
「白状しないなら・・こちょこちょしてやる」
と、脇をくすぐられると全部しゃべってしまいそうだし、それでも白状してしまうのが恐くなってしまうし・・だから、これで許して・・と、財布を開ける以外に逃れる方法がなかった。でも・・テーブルからあふれんばかりに、好きなだけ注文するなんて・・・。
「前からこれ食べてみたかったんだー」
「あたしもー」
という優子さんと美里さん。唖然とテーブルの上のアイスクリームやフルーツを眺めながら。しかたなく春樹さんとの2週間を白状し始める私。
「へぇぇ。ずっと、勉強教えてもらったんだ」と、普通の優子さん。
「うん」と、いつもの返事する私。
「そのあいだなにもなかったわけ?」と、にやっとしてる美里さん。
「うん」と、いつもの返事する私。
「ホントに?」と、疑ってる奈々江さん。
「うん」と、いつもの返事する私。でも・・・。誰も私の返事を信じてくれなかった。
「全部嘘だ。なにかあったでしょ、でなきゃ・・美樹がこんなに変身するわけないよ・・白状しなさいよ。何があったの、運命の告白とか、初めての夜とか・・ちゅっちゅとか・・しちゃったわけでしょ。なんて言ったの春樹さんは。なにしたの春樹さんは、どうだったの美樹は」
「ほらほら、いつか話したでしょ、ちゃんと付けてしたんでしょうね」
「やだやだもぉ、まだ言ってるし」
別に・・そんな告白なんてなかった。確かに生まれて初めての、甘ったるい夜だったと思う。後ろからそっと私に抱きついた春樹さんを思い出してしまう。付けて・・って、そんなところまで進んだわけじゃないし。でも。それ以上に思い出してしまうこと。
「ううん・・でも・・本当に・・それに・・春樹さん、恋人がいるんだって・・・」
は、すんなり言えた。理由は全然わからないけど、とにかく・・すんなり言ってしまった。すると、
「・・えっ・・」
急に静まり返った雰囲気。みんながきょろきょろと・・。うつむいて、ちらりちらりと顔を見合わせている。そして。
「あっ・・そぉ・・そうなんだ」と美里さんが言って・・。
「春樹さん・・恋人がいたんだ・・」と優子さんか言って・・。
「うん・・想像つかないくらい愛してるって言ってた・・一緒に暮らしてるんだって、同棲してるって、結婚も考えてるって」
とも、すんなり言えた。不思議な気分がしたけど・・言い放ったあと・・後悔は感じなかった・・どことなくほっしたような・・肩の荷物がなくなったような・・。
「・・そ・・そぉ・・ケッコン・・」と奈菜江さん。
ちらちらとしてる視線だけのやり取り。みんな、視線だけで申し合わせてるみたい。そして。
「あっ・・ごめん・・美樹、そうなんだ」
と、奈々江さんの「そうなんだ」は、全然どうなんだか意味不明な気がした。
「あんたって・・けなげなんだねぇ・・」
と、優子さんの一言も、全然意味不明な気がした。けなげってどゆ意味?
「無理してたんだ・・別に・・あたし達の前だからって仲いいふりなんてしなくてもいいんだよ・・」
と、美里さん。えっ? と、なにかを理解した私・・・。
「あっ・・そうだ、いいじゃん、おごってあげるからさ、美樹、元気だしてよ。そういえば、美樹って急に雰囲気変わったから・・誤解しちゃった、ごめん・・本当は悲しいよね・・それって・・・みんなでおごってあげるから・・元気だしてよ・・ねっねっ」
たぶん・・みんな勘違いしてるのだと思う・・確かに失恋したことは感じたけど、まだ、失恋を実感してなんかないし。春樹さんは私のこと・・好きだって言ってくれたし。私も、彼をお兄さんと思うことで充実している。それに・・財布の中淋しいし・・・。
「そうだったんだ・・・」
と、繰り返すみんな。だから・・とりあえず、今落ち込んでなんかないことは黙っておこう・・。そんな気分だ。すこしズルイ気もしたけど。この笑顔は、落ち込んでる気分をカモフラージュしてる笑顔のつもりで、少しだけ悲しそうな気分を装って、へへへへと笑ってみた。

  春樹さんには恋人がいる。それは、自分でも納得している事実。でも・・今の私の感情はいったい何だろうと思ってしまう。私は春樹さんの事が好きだとはっきり信じてる。でも・・春樹さんには恋人がいる。恋人がいても彼は私にはすっごく優しいし・・本当にお兄さんができてしまったような気持ちだし・・。いつでも、同じことをぶつぶつ考えてる学校の昼休み。
「ところで美樹、夏休みの計画とかたててるの」
と、あゆみが聞いた瞬間、我に返って。
「えっ・・ううん・・別に」
と、答えてしまった。確かに何の計画もたててないし、バイトもあるし・・。そうだ、バイトと言えば、店長が深々と頭を下げて。
「美樹・・毎日とは言わないから・・たのむ」
と、拝みながら、あの時の店長は・・慈悲・・春樹さんと勉強した字、を求める眼差しだった。申し訳なさそうに、私に見せた勤務シフト票。私の名前の後ろ、長々と引っ張られた線。それに・・ほとんど毎日じゃない。それに、春樹さんのところは・・金・土・日。私と同じ曜日だけど、私より長い線。私の休みは月火・・だけ?  だった。
「みんな、先に予定くんじまってるから。美樹だけなんだ予定があるって言わなかったのは」
絶対みんなズルイと思った。私が始めての夏休みだからって。このこと言ってくれなかったんだ。
「美樹も予定あるのか?」
と、情けない顔で聞く店長。つい日頃の癖で、正直に、ううん・・と首を振ってしまった後で、春樹さんの言葉を思い出してしまった。
「言いたい事はズケズケ言った方がいいよ」
確かに今がその瞬間。でも、言いたい事がすぐに思いつかなくて・・考えてる最中。
「じゃ、頼む・・。美樹だけが頼りなんだ」
こんな弱気な店長も初めてみる気がする。だから・・。
「・・はい・・」
と、しどろもどろな返事した瞬間、
「ありがとぅ」
今にも泣き出しそうな顔で私に抱きついた店長。「なにするんですか!」と、条件反射で突き飛ばしたところ、誰にも見られてなくてほっとしてしまったっけ。でも・・突き飛んだ店長が流しの角で打ったお尻・・「はぁうぉ」とかって叫んでたな・・。そこはものすごく痛い所だと思う・・つま先でぴょこぴょこと伸び上がってお尻を押さえてる店長。顔を歪ませて、手で押さえてる尾底骨。あまりに痛そうだったから・・。
「急な予定の日は休ませてくださいよ」
と・・ようやく思いついたセリフは大きな声で言えなくなってしまって。ごめんなさい・・とはもっと言えなかった。絶対、急に抱きついた店長が悪いと思ったから。でも・・あのときの店長・・思い出すと、ぷぷっと笑ってしまう。
「なにかおかしい?」
「・・えっ・・?」
・・・しまった・・また、空想の世界にはまってた。でも、あゆみは高いところを見上げてぼやいてた。とりあえず・・ほっとした。
「17才の夏ってあせっちゃうよねぇ」
と。・・どうして?・・と思った。遠くに蝉の声が聞こえる。夏休みまで後2日。
「でも・・・美樹はいいよねぇ。彼氏できちゃったんでしょ。私も出逢いを求めて夏のバイト始めようかなぁ」
「うん・・・」
とは、私自身にも無責任なうなずきだと思う。春樹さんのことは・・。彼氏なんてものではないし。
「ところで美樹って水着とか買ったの?」
「・・えっ・・」
「その彼と行くんでしょ、海とか」
「えっ・・うん」
「いいなぁ・・17才の夏・・あせっちゃうよねぇ~今日買いに行こうよ」
「・・うん・・別にいいけど」
それは・・何を想像して、いいなぁ、あせっちゃうよねぇ~と、言うのかわからない気がする・・。わかる気もするけど・・。何がいいんだろ。何をあせってるのだろう。でも、午後、すぐに終わった学校。家に帰ってから・・水着かぁ・・。つぶやきながら、貯金通帳を眺めてみた。バイト始めてから友達との付き合いも減ったなぁ。それに・・お給料・・余り手を出してないせいか、半年で25万円もの金額になってしまってる。結構いろんなものが買えそう。でも、水着を探しに、あゆみ達とデパートに出かけても。まだ・・
「美樹はいいよねぇ~」
ばかりぼやいてるあゆみ。だから・・。
「どうして?」
と、聞いてみた。
「だって・・彼氏いないなんて・・。私達って17才だよ・・17才。この年がどんな意味だかわからないの? わからないよねぇ彼氏できちゃったんだから」
ぶつぶつ言いながら、選んでる水着・・本当にそんなにスゴイのを買う気なんだろうかと思ってしまった。それって・・ほとんど紐じゃない。
「夏までに彼氏つくって・・17才、一度っきりの夏の経験・・。あこがれたのに、その辺の男なんてどれもこれも・・・はぁぁ・・・現実って厳しいよね」
悲しそうなため息。それに、想像してることの意味、どことなく理解できた。そんなに大事なものなんだろうか? とも、思う。そして試着室に入ったあゆみがしばらくして。
「どぉ美樹?」
とほとんど裸の水着で聞くけど、これってテレビでしか見たことないような、ビキニっていうのかな?
「最近、結構成長したから、こんなのにしてみようかなって」
と言いながら、おっぱいを揺らせて、鏡の前でポーズ取るあゆみ。自分の手で寄せて揚げて、私の倍くらいありそうな気がした。なんとなくご満悦な感じ。そして。
「これ・・ください」
と、こともなげに言うあゆみ、本当にそんなビキニ・・着るの?
「美樹は買わないの?」
「・・えっ・・うん・・」
だから・・とりあえず、面積の広いおとなしい物を適当に、タグに書かれたサイズだけをあてにして、つられて買ってしまったけど。一日中、美樹はいいよね・・美樹の彼氏って優しいんでしょ、期末テストも勉強教えてくれたんでしょ。その彼氏の友達でもいいから紹介してよ。と、エンドレスなぼやき。いい加減うんざりしてしまう。その彼氏って言っても、一緒に暮らしてる恋人がいるだなんて、もう、言える雰囲気なんて全然ないし。
「ても・・美樹に本当に彼氏ができたなんて信じられないね」
「ホーント。美樹って絶対、結婚しても処女でいそうなのに」
「もう・・したの? どうだった? 本当に気持ちいいのアレって」
そんな質問にはただ、ううん、と、首を振るしかないし。首を振ったら振ったで。
「その人、ホントに彼氏なの? なにもしてないの? 信じられない」
なんて言葉を浴びせてくるし。別に彼氏だなんて一度も言った覚えなんてないのに。
「あの成績みたら信じるしかないよ・・学年でナンバー3だって・・100点満点5つもあったなんて、いいなぁ~・・ホントに。私にもそんな点数取らせてくれるなら、美樹の彼氏でも何でもいい。私だったら、身も心も、なにもかも捧げちゃう。お礼に私をあげるって・・どうなってもいい」
「私も・・・」
なんて、勝手な誤解に拍車をかけてる。うんざりな気分だ。

  でも・・一人になるとぶつぶつ考え込んでしまう。みんなの言葉。みんな、結構真剣なんだな。みんなが焦っているのは、だぶん初めての・・・・・だと思う。いつ・・と、言う問題がそんなに重要なのだろうか。いつかのハウツー本。適当にめくったページ・・初めての年齢・・ぎょっ・・グラフで一番飛び出てる17才・・・。だから・・みんなあんなに・・・。それも・・夏休み・・・本当なのかなこのグラフ、とも思うし。でも、少しだけ焦りの感情。適当に買った水着。カーテンを閉めて、薄暗い部屋。おそるおそる着てみた・・。なんとなく違和感がある布の部分と紐しかない部分。鏡を見て・・とりあえず・・前はおとなしい・・。でも・・そぉぉっと後ろを向いた瞬間・・。わなわなわなわな・・・。これって・・前は結構ほとんど隠れてるのに・・・ナニこのデザイン・・こんなに背中が・・こんなにお尻が・・ほとんど全部裸、お尻も紐が割れ目に埋まって、右も左もぷるるんっ・・だなんて・・剥きだしじゃない・・・。サイズはぴったりだけど・・。こんなの着るのは絶対いやだ・・やめておこう。私にこんなの着れる勇気なんて全然ない。はぁぁぁ・・ムダ遣いしてしまった。

  でも・・ぶつぶつ・・。また、考えてしまう。初めてのえっちだなんて・・私もそんな年頃なんだろうか・・。いつ? なんてことはどうでもいいと思うから、やっぱり、誰と・・。春樹さん・・は、候補者ナンバー1だけど。ハウツー本。こんな姿勢で・・本当にこんなことをするのだろうか・・・。はぁぁ・・こんなの見るからもやもやいやらしいことばかり考えてしまうんだよ、もう・・見るのはやめよう。絶対こんなのは良くない。こんな事するわけないよ。と、またベットの下に放り込むけど。・・ぶつぶつ・・。春樹さんには恋人がいる。それも、一緒に暮らしてる恋人が。だけど・・。春樹さんなら・・いいかもしれない気持ちが少し・・いや・・相当。やっぱり、ちゅうとかして、一緒にお風呂に入ったり、いちゃいちゃしたり、「自然と結ばれて」ってあの時話してくれた春樹さんの声がこだましてる。だから、ベットの下からもう一度引きずり出してページをめくると、今私がしているイメージが写真になっているし。そんな、変な意識の種が芽を出して、水や肥料をあげているわけでもないのに、にょきにょきと大きな木に育ってゆく実感がし始めた。

だからかもしれないけど。

「はいよっ・・美樹ちゃん。5番テーブルのアラビアータとエビドリア」
カウンター越しに目が合うと・・変な想像が少し・・いや・・相当。だから・・。
「どうかした?」
なんて聞かれたら、大慌てで逃げたくなってしまうし。それに・・どうしてかは知らないけど・・。休憩時間・・みんなは今だに気を使ってくれる。それは、うれしいのだけど・・・・由佳さんはこのごろこんな冗談を言い始めた。
「二人っきりにさせてあげるから、好きだったら、強引に奪っちゃいなさいよ。恋にルールなんてないんだし」
うん・・と、力なくうなずいてしまうけど、それは、想像もできない冗談だと思う。
「いいじゃん、恋人がいても・・。二股かけてる訳じゃないみたいだし、春樹さんも美樹のこと大事に思ってくれてるみたいだし」
「・・うん・・」
「でも・・恋人がいる方がなんだか安心できちゃうよね。男友達っていっぱいほしい気もする。ちゃんと恋人がいるからって言って安心させてくれる男の子の友達」
そんな奈々江さんの声だけが、私の気持ちを正確に確かめさせてくれる。確かに、春樹さんは安心できる人だと思う。そんなことを思い返しながら、目の前に、いつものチキンピラフをぱくぱく食べてる春樹さんがいる。春樹さんの顔をじぃぃっと見つめて、思うこと。恋人がいることを打ち明けてくれたから、こんなに安心できたのだとも思う。期末テストが終わってからは、もじもじも、どきどきもしなくなったのかな。今は別の感情にもやもやしてる気がする。みんなの視線もあまり気にしなくなった。私がじぃぃっと見つめていることに気づいた春樹さん。もやもやしていること気付いてくれるのかな・・んっ? って顔をしてる。そんな顔に、
「ねぇ・・春樹さん」
なんて気軽に話し掛けられるようになったし。
「なに?」
と、本を読んでる最中でも聞き返してくれるようにもなった。
それに・・恋人どうしを意識しなくなったから、聞きたいこと、こんな風に聞けるようになったのかなとも思う。
「知美さんのこと・・たっぷり・・かわいがってあげたんですか?」
そう聞いてみたら、うっ・・と止まった春樹さん。げほげほげほっ・・ぶぶぶっ・・とご飯粒が飛んできた。
「なにするんですか・・もぉぉ」
あのときの私ですらこんなにひどくなかったのに。
「・・・なにを聞くんだよ・・急に・・ったく・・・」
と、まだげほげほしながら、ご飯粒を摘む春樹さん。それは・・聞いてはいけないことだったのだろうか。すこし恥ずかしい気分だ。うつむくと、一粒一粒摘む春樹さんの指先。
「もう・・・・」
と、ぼやいてるけど・・ふと、止まった指がじわっと感じる部分に触れる・・。だから、少しだけ・・いや・・相当・・また・・意識してしまった。触られそうなところに神経が集中していくプロセスを感じている私。でも・・ゆっくりと離れてゆく指先。
「その辺は、自分でとってくれよ」
と、春樹さんは言った。それに・・気づいたけど、胸の一粒を摘んで感じた事。・・すこし・・離れてしまったな。そぉっと顔をあげたら。
「たっぷり、かわいがってあげましたよ。全身マッサージのフルコースで、あの本のとおりに」
と、春樹さんがふてくされた声で言う。全身マッサージ・・フルコース・・。例の本・・変な想像が・・・また・・もやもやと湧き出して、あぁん・・って幻聴が大音量で聞こえる気がするし。だから、もっと離れてしまった気がした。
「ったく・・美樹ちゃんって・・そんな事考えるんだ。ふぅぅん。やっぱり・・興味ある年頃なわけ?」
とも言う。別に考えてるわけじゃないけど・・。やっぱり考えているのだろうか。友達があんな事言ったから・・と、言い訳を用意するけど。言えない。
「・・・それに・・知美のやつ、美樹ちゃんに会いたいって・・。明日にでも会わせてあげようか?」
「・・えっ・・」
「嫉妬してるわけじゃないと思うけど・・あいつ、なんか美樹ちゃんに会いたがってる・・俺がよく話しするからかなぁ」
言い方が、とても普通だから、うん・・とうなずいたんだ。でも・・
「何を話したんですか?」と聞くと。
「なにって・・バイト先にかわいい女の子がいて、とか」
「ほかには・・」
「17歳で、いろいろ教えてあげるとすぐに飲み込んでできるようになる利発な娘でね、とか」
初めてあった時のことは・・と聞きたいけど。
「あの時、泣いてたことはまだ話してないけど」
と白状した春樹さん。
「どうして、恋人に私のこと話すんですか?」と聞いたら。
「まぁ、話したいというか、話してしまう、というか、話題が少ないときは」
「怒らないですか? 知美さん」
「うん・・最近は、今日は美樹ちゃんとナニしたの? とか聞いてくるし」
「ナニもしていませんよ」
「と、話してますよ。そしたら、会ってみたいなぁ美樹ちゃんに、って言い始めるから」
「会ってどうするのかな・・」
「取って食ったりしてね・・ははは」
なんていう春樹さん。だけど、私の男に手を出さないでよ・・とか言われたらどうしよう。
それに、知美さんが私に会いたいと思う気持ちの理由は想像できる気がする、きっと嫉妬・・してないと春樹さんは言ってるけど、私は、それ以上に強く、会ってどうするんだろうという思いでいる。知美さんという名前は頭ではわかっている春樹さんの恋人、電話で一度だけ声を聴いた人。今この瞬間に急に会いたくないと思い始めた私の気持ち。会うだなんて、怖いかもしれない・・。なのにお構いなしに続ける春樹さん。
「明日から夏休みだろ・・シフト入ってるだろ。連れてきていいか? アイスクリームでも食べに来ようかと思うんだけど、みんなにも紹介しようかとも思ってるし、みんなに話したの美樹ちゃんだろ、さっきも由佳に追及されたよ、ずーっと前から彼女がいたんだね・・とかって」
とりあえず、覚悟はした。うん・・と。でも。一緒に勉強したときとは全然雰囲気が違う。また・・うん・・か、ううん・・で、人生を乗り切り始めた私。春樹さんはそのこと指摘しなかった。食べ終わった春樹さん、会話が途切れると、相変わらず、また、本に夢中になり始めた。本の題名。
「惑星スウィングバイ」
今度は何語を勉強し始めたのだろう。

  夏休みに入ったとたん、私の落ち込み方が一段とすごくなったようだ。私は春樹さんのこと大好きだと言いきれる。自分自身に・・は。でも・・春樹さんには恋人がいる。はっきりそう言ってくれたし、知美さんの声、電話で聞いた。春樹さんには将来を約束し会う恋人がいるんだと、それは、頭ではっきり理解している事実、心はまったく受け付けていないみたい・・いや、そんなことはない、心も覚悟を決めている。今日、知美さんが春樹さんと店に来る。時間は不明。不明な事がそれだけじゃないから、こんなに考え込むのだと思うけど。それ以上に。春樹さん。恋人とここにくるから、彼をもっと意識し始めたのだろうか。一緒に勉強した時は、触れ合うほどの近さを実感していたのに。すごく遠くから聞こえたような昨日の会話。それに、とても恐く感じ始めた、これから起こるだろう出来事。知美さんに面と向かっても、私は冷静でいられる・・そう自分に言い聞かせてはいるけど。どんな女性なんだろう・・。考えれば考えるほど、何も考えられなくなっている。
「美樹・・どしたの? お水こぼれてるよ」
「・・えっ・・」
アイスポットの氷・・みんな無くなってる。ふと我に返るとまた考え始めてしまう、いったいどんな女性なのだろう・・。たぶん・・びっくりするくらい綺麗な女性を想像してしまうけど・・。私になんて言うだろう・・。まさか・・私の春樹に手を出すな・・なんてことは言われたらどうしよう。私の担当するテーブルに座るだろうか。そう考え始めると、また、何も考えられなくなってしまうし・・。
「美樹・・どうしたの? お水こぼれてるって」
「・・えっ・・」
アイスポットのお水はとても綺麗に透き通っていた。

 お客さんに愛想笑いを浮かべてしまう。いつもはもっと、自然な顔してると思うけど、今日は無理してるのか、どことなく笑顔が作りにくい。それに・・由佳さん。この人はいつも鋭い。
「美樹・・どうしたの? その悲しそうな顔、久しぶりだね、なにか悩みごとがあるんだったら相談に乗るよ」
でも、ううんと首を振ってしまう私。いったい何を相談すればいいのかもわからないし、春樹さんと彼の恋人が来る・・なんてこと。打ち明けてしまえば・・由佳さんは、「どんな女性なんだろ・・」と、興味津々な顔をするに決まってる。奈々江さんも美里さんも、普段を想像すると、「わくわく、どんな人なんだろ・・楽しみだねぇ」と、言うに決まってるし。そんな事言われたら、私は絶対冷静でいられなくなるような気がし始めた。たぶん、一緒になって、「楽しみだよねぇ」と、つられて言ってしまうと思うけど、そんなこと絶対言いたくない。それに、どうして、こんなにどきどきおぼつかない足元。ずっと前から、春樹さんには恋人がいる事、自分に言い聞かせているのに。こんなに不安になるなんて、その理由なんて、全然わからないよ。お客さんの気配がするたびに心臓が止まってしまうような感じがしてしまう。
「いらっしゃいませヨーコソ。なん名様ですか?」
と、声がするたびに、さーっと無重力に襲われる気がする。ちらっと顔を上げて、知らない人だと確かめてほっとしている私。そんなことを数回繰り返した後、そのお客さんが現れたとき・・突然時間がゆっくりと流れ始めた感じがした。店に流れるBGMがやたら透き通った気がした。私は、コップに氷を分けていた。数を数えながら・・・。
「いらっ・・・・・」
と、みんながおもてなしの挨拶を途切らせた瞬間・・カランと37粒目の氷がたてたびっくりするくらいの大きな音。店の中に流れている聞きなれたBGM、本当に、急にボリュームがあがったみたい。初めて耳にする音楽を錯覚させる。そんな、唐突な違和感を感じながら振り向いた向こうに、あっけなく春樹さんがいた。その向こう・・春樹さんが開けたままのドアを支えている腕を潜って現れたのは、春樹さんと同じ衣装の女性。二人とも同じ真っ黒のヘルメットを片手に持って。黒のジーンズから下のブーツまで完璧に同じ衣装。そして、その女性は、ドアを閉める春樹さんに歩み寄って、春樹さんの腕をしっかり抱きしめて、見つめ合って、春樹さんの肩に甘え始めた。確かに髪は短くて、小さな顔、お化粧はほとんどしていない素顔のまま、キリリっと整った綺麗で美しい顔立ち、この女性が知美さん・・・。たぶん、10メートルくらい離れている。私が一番遠くにいるのに、店の中の女の子たちには軽く会釈しただけなのに、私と目が合った時、ニヤッとした。私を見つめるから視線を背けられない。見つめ合う視線のレーザー光線でロックオンされた気がした。そして。
「初めまして・・あなたが美樹ちゃんでしょ」
電話から聞こえたときと同じ声。春樹さんの腕を放して私に歩み寄る知美さん。とてもボーイッシュな、サラサラと左右に揺れる短い髪が本当に綺麗な、私より少し背の高い女性・・。ジーンズがとても似合う、大股で歩くスラリとした脚がとても長い、全然想像した人とは違う、私とは種類の違う、別世界の美しい女性だと思っていると。
「よろしく」
笑顔のまま私の手を取った。
「知美です」
自己紹介した。そして・・
「よかったぁ・・ホントにこんなにかわいいんだ。想像した通り。春樹が言ってた通りだね」
その一言は全然想像してなかった一言、言葉に詰まった。強引な握手には、痛いくらいの力がこもっている。それに・・つられて笑ってしまう、ものすごく素敵な、知美さんのきらきらしてる笑顔。
「初めまして・・ライバルかな? あたし達って」
・・えっ・・? 聞こえる声の意味が分析できなくなっている私。
「春樹が毎日あなたの事を話すから、そんな意識しちゃった。どんな娘なのかなぁってずっと思ってたの。ホントによかった・・。こんなにかわいい娘で。春樹が興味持つ理由がわかる気がする」
頭の中、真っ白になりそうな、とてもさわやかな知美さん。返事する言葉も思いつけないでいると。
「よっ・・」
と、春樹さんの声が私を現実の世界に連れ戻してくれた。私の目を見つめて・・。
「こいつが知美だよ」
とも言った。そして・・。
「人の前では、こいつです・・普段は私がご主人様よ・・」と言いながらムスッとする知美さん。
「はいはい・・今・・忙しいか?」と、聞く春樹さん。
「・・・ううん・・・」と、いつもの癖で首を振ってしまう私。
「じゃ・・いいかな? アイスクリーム・・注文できる?」
・・うん・・と、いつも通りにうなずいてしまった。それに・・。こんな事・・。
「あっ・・いらっしゃいませヨーコソ・・お二人様ですね?」
あたふたした震える声、無理矢理つくるぎこちない笑顔。慌てて取るメニューブック・・。慌てて示す向こうのテーブル。それは・・条件反射の行動だけど・・。それ以外の反応なんて、体も心も思いついてくれなかった。知美さんがくすくす笑ってる。その笑顔は本当に、ものすごく素敵な笑顔。それに・・。
「いいよ・・そんなかしこまった挨拶なんて」
笑ってる春樹さん。そして、私の担当するテーブルに無意識に案内してしまうだなんて・・。それに・・。
「メニューです・・決まりましたら、呼んでください」
だなんて、私の中で、なにか壊れてしまいそうな物があるから、この行動は、なにかの安全装置が働いたから、普段のマニュアルに従っているだけのオートマチックな行動なんだと思う。
「ったく・・いいよ・・そんなの・・恥ずかしいし」
春樹さんは照れくさそうに言う。
「緊張してるの?」
知美さんはくすくす笑いながら言った。
「テスト、3番だったんだってね。すごいねぇ・・早稲田、私も手伝ってあげるよ。あなたなら、私喜んで」
とも言った。おもいっきり無理して作った笑顔でごまかす心の中のパニック。向き合って、ゆったりと二人揃ってテーブルに座って、ヘルメットを枕にして・・。
「ふぅぅん」
と、春樹さんを見つめる知美さん。
「・・なっ・・ 俺が言った通りだろ?」
なんて事をムシンケーに言う春樹さん。
「ふぅぅん」
と、私を見つめる知美さん。でも。
「春樹さん・・本当に勉強教えてもらっただけですから」
なんて、慌てて変な言い訳、自白してる私。そして・・。
「・・だろ」
と、言う春樹さん。
「別に疑ってたわけじゃないわよ・・。美樹ちゃんのことを心配してるだけです」
「心配って・・どういう意味?」
そんな二人の会話が聞こえた。そして、おなかの奥からこみ上げてくるどうしようもない感情。この場にこれ以上いる事が耐えられなくなってきた。吐きたい息が逆流してくるから、吸いたい息が吸い込めない。歯がかたかたし始めるから、顔が歪んでしまう。それに・・こんなに衝撃的な気持ち。どうしても抑えきれない。呼吸までもが震え始めた。おなかの中の内臓が裏返ってゆくような変な気持ち。振り向いて、必死で我慢してるのに。ほっぺを伝う涙の感触。必死で冷静でいようと言い聞かせいるのに、一歩一歩が早足になってしまって。
「・・美樹・・」
と、由佳さんの声が聞こえた。
「・・美樹・・どしたの」
と、奈々江さんの声が聞こえた。そして・・。
「あれ・・春樹さんじゃないの?  なによ・・あの人・・美樹がいるってのに・・こんなにムシンケーな人だったの?」
その、私をかまってくれる大げさな声が聞こえたから、自分自身の本当の気持ちが・・ようやく理解できた。本当は・・今まで、ずっとこの気持ちを我慢していたんだ。春樹さんには恋人がいる。どんなに自分に言い聞かせても。心は受け付けなかったのに・・現実を目の当たりにしてしまったから。心が無理やりこの現実を受け入れてしまったから、みんなの前なのに、涙があふれてしまうんだな。
「・・美樹・・泣かないでよ・・私も悲しくなっちゃうでしょ・・」
奈々江さんが肩を抱いてくれた。
「私絶対許さない、蹴っ飛ばしてやる」
美里さんがそう言ってくれる。
「美里・・駄目よ。美樹・・知ってたんでしょ・・。知ってたのなら、泣くなんて・・駄目だよ」
由佳さんが肩を支えてくれる。
「美樹・・裏に行ってなさい。裏に行こう・・ね」
背中を押す由佳さん。うなずいて、背中を押されるまま裏に行くけど・・。涙は止まってくれない。
「どうしたんだ?」
店長がきょとんとしてる。
「店長・・出て行ってください」
由佳さんが店長を追い出して、休憩室のドアを閉めた。そぉっと顔をあげたら、由佳さんは恐い顔をしていた。
「知ってたんでしょ」
「・・うん・・」
「今まで・・妙に明るい顔してたから・・春樹の事、あきらめたと思っていたのに・・。本当の気持ち・・今ごろわかったんだね」
「・・うん・・」
「泣きやむまでそばにいてあげるから・・私にはそれくらいしかできないよ」
ありがとう・・と、つぶやいたつもりの声は泣き声に隠れてしまった。そぉっとドアをあけた店長の靴。
「・・あの・・」
声が聞こえたけど、すぐに、ドアは閉まった。ほんの少しして、私は泣きやんだ。心の中、なにかをあきらめたんだと思う。それが声になった。
「帰ってもいいですか?」
由佳さんにつぶやいた。由佳さんは、いいよ、と言ってくれた。でも・・・。
「美樹・・」
たぶん・・辞めないでよね。と、言おうとしたと思う由佳さんの悲しそうな顔。でも・・私はここでのアルバイトを辞める決意をしたんだと思う。着替えて、裏口から外にでた。春樹さんのオートバイ・・その隣の私の自転車。鍵をはずして、店の中・・ちらっとのぞいて、心の中で、さようならをつぶやいたとき、知美さんと目が合った。春樹さんの背中には視線を向けたくなかった。遠くで知美さんは私に気付いて笑顔を見せてくれた。でも、すぐに視線を反らせた知美さん。春樹さんと楽しそうに話している。うつむくと、また・・泣きたくなる。家までの並木道・・。じりじりしてるムシンケーな夏の日差し。じゃうじゃう鳴いているムシンケーな蝉の声、何もかもが、勝手な思いこみに浸っていた私を馬鹿にしているみたい。吹き出す汗を乱暴に拭うと、少しだけ落ちつけた。涙を拭ってるんじゃないと、言い訳できそうだったから。

  家に帰るとお母さんが家計簿とにらめっこしている・・。
「あれっ・・美樹・・どしたの? 早かったね」
と、聞いた・・。うつむいたまま。
「・・疲れちゃった・・」
そうつぶやいて、部屋にあがった。窓を閉めて、エアコンのスイッチを入れた。カーテンを閉めて、薄暗くなった部屋。ベットにそっと寝そべって、ごろごろしてから、前髪をふぅっと吹いてみる。
「ねぇ美樹・・家族旅行なんだけど。バイト休めるんでしょ?」
ドアを開けながらお母さん。家計簿を手にしたまま、そんなことを訊ねた。そして、私をじぃぃっと見つめて。
「どうかしたの・・?」と聞いた。
「・・うん」どう話そうかなと思う。
「夏ばて?」
「・・ううん」ちゃんと聞いてくれるかな。
「熱でも出たの?」
とりあえず話してみた。
「・・ううん・・・、知美さんに会ったの」
「知美さんって、春樹さんの恋人の知美さん?」
「・・うん」
とうなずくと、お母さんはくすくすっと笑った。そして
「きれいな女性だった?」と聞く。
「・・うん」としかいえない私。
「そう。よかったじゃん・・でも・・そっとしておいてほしい?」
「・・うん」
「アルバイト・・辞めようかどうしようかと考えてる?」
どうしてわかるんだろう。
「どうしようか迷ってる」
「お母さんは辞めないでって思うけど」
「どうして・・」
「春樹さんってあんな人だから・・美樹が辞めたら、責任感じると思うよ。落ち込むかも・・」
「どうして・・」
「恋人いること打ち明けてから美樹に会わせてくれたんでしょ」
それはそうだけど。
「その逆だったら、そんな人か・・と、思うけど。美樹の気持ちに答えたんだと思う。俺にはこんなに素敵な恋人がいるから、安心してほかの人を探してくれって」
ムリがあると思う。そんなのって。
「お母さんは安心するけどな」
「どうして」
「よかった、私が好きになった人の恋人がこんなに綺麗な人で・・春樹さん幸せになれそう・・って」
人事だからそんなことがいえるんだよ絶対。
「こんな女性が? なんて思っちゃう、変な女の子を連れてきたら嫉妬もするし、悔しいとも思うだろうけど。美樹の顔、全然そうじゃないから。悲しいのはわかる。でも、嫉妬もしてないみたいだし、悔しそうでもないから。美樹も本当は安心したんじゃない。お母さんはそう思うよ」
それもそうかなぁ、嫉妬はしてない。悔しい気持ちも全然ないし。悲しい・・のは確かだな。
「ところで、今年も行くでしょおじいちゃんの所。お父さん今から魚釣りの道具を買いこんでるけど」
「・・うん・・」
と返事して、まだじぃぃっと私を見つめているお母さん。
「ほかに・・なにかあるの?」
「うん・・・少し美樹にも出してもらおうかなって・・」
「何を」
「旅費・・5万円くらい・・出してよ。お父さん・・競馬で外れたらしくて・・釣り道具代・・取り返せなかったみたいなの」
こんなときにそんなこと・・私は本当にこの人の娘なのだろうか・・そんなことを思ってしまった。
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