チキンピラフ

片山春樹

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夏休みの自由研究 テーマは「オトコ」?

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 お昼過ぎから横になって立ち直れそうにない気持ちのまま、時計の音がちくたく響いていることに気付いて、もう8時かと思った。そう言えば、ご飯食べてないな、お母さん、気を使ってくれているのかな? でも、食べる気もしないし。バイト・・みんなに迷惑かけたかなぁ・・そんな気もする。あの人に恋人がいることは知ってたし、「連れてきていいか」と言われて「・・うん」と言ったのは私だし。でも、知美さんを目の当たりにしてあんなに動揺するなんて、私自身どういう気持ちなんだろう、これ。そんなことをぶつぶつ思い悩んでいる時、鞄の中の電話がぴろぴろと私を呼んでる。鞄に伸ばそうとする手が動かない。もういいや、またあゆみか弥生でしょ・・そう思って無視しようとしたけど、なかなか鳴りやまない。だから、動かない体を回転させて、鞄に手を伸ばして、「しつこいなぁ」とぼやきながら手にした携帯電話・・。表示されてる番号のあるじの名前。HARUKI・・。血の気が引いてますます起き上がれなくなった。それに、まだ鳴りやまないし・・。
  どうしようか迷ってしまう。だんだん音が大きくなってる錯覚。電話に出ても・・。何を話していいかなんて全然思いつかないし・・。それでも鳴りやまないのは、何か大事な理由があるからなのかなとも思うし。しかたないか・・そう思って、ピッ・・と、応答ボタンを押した。すると。
「美樹ちゃん、こんばんわ。あたしだよぉ。わかるぅ?」
それは、唐突な女の人の声・・ぎょっ!! と起き上がって、姿勢を正して目をごしごしこすってしまった・・。聞き覚えがある。この声は・・知美さんの声・・だ。
「今さ、美樹ちゃんちの前にいるの。春樹のことで話したいことがあるから・・。今から、出かけられる?」
えぇっ? と思って、そぉっとカーテンを開けてみると・・。本当に昼間会ったあの知美さんがにこにこと手を振っている。何してるんだろう。どうしてここがわかったのだろう。
「春樹に場所教えてもらった・・ってゆうか・・これってあの子の携帯電話、こそっと地図見ちゃった。あの子、今、お風呂入ってるから・・黙って出てきちゃった。晩ご飯もう食べたかな? まだだったら、なにか食べに行きましょ。ワリカンで」
どうしよう・・。それに、知美さん、どうしてそんなニコニコしてるわけ・・。それに・・。
「早く出てこないと、ピンポーンって鳴らしちゃうぞぉ」
人差し指をベルのスイッチに当てている。なに・・どうゆうこと。
「ほらぁ・・・」
でも・・・。全然状況が把握できない。いったいなにしに・・。ピンポーンって鳴らしちゃうってナニ?、そう思って考え込んでると。
「えいっ・・」
電話からの声。そして。ピンポォォン。
「はぁぁぁぃ」
お母さんの大きな声が響いた。
「じゃね・・玄関でネ」
途切れた電話。しばらくの沈黙、そして・・・。
「やだもぉ美樹! ちょっと・・美樹! ほんとにもぉ美樹!」
ドタバタと階段を駆け上がって。バタンとドアを開けたお母さんは、見たこともない顔をしていた。ピンポーンって鳴らしちゃうとこうなるよって意味だったのか・・。と思った。
「あんた・・」
そう言ってから言葉に詰まったお母さん。なによその顔。そんなことを考えてしまう。私は別にやましいことなんてなにもしてるわけないし・・。でも。春樹さんの恋人を目の当たりにして、あんなに美人で綺麗な人が春樹さんのことで話しに来たとなれば、そんな想像もしかたないかな。とりあえず、仕方がないし、ぷすっと膨れるのもなんだし。お母さんを無視して。階段を降りてみた。知美さん、昼間とは衣装が違う。とても長いひらひらしてる淡いブルーのスカート。真っ白な半袖のシャツから延びる綺麗な腕。本当に綺麗だな・・初めて見る気がする、これがオトナのオンナなのかな。ため息が出てしまった。
「今から、少し大丈夫かな?」
にこにこな笑顔のままで、首を傾げた知美さん。全然予想がつかない笑顔をしている。何言っていいかなんて全然わからない。
「あの・・お母さん。少しお借りしてよろしいでしょうか? 春樹のことで美樹ちゃんに、ちょっと言っておきたいことがあるんです」
振り返るとお母さんが青くなっていた。どうしてそんなに青くなるわけ。私は本当に何もやましいことなんてしてないのに。
「あの・・知美さん。ごめんなさいね、ウチの美樹が、あなたの彼氏にちょっかいなんかかけてしまって・・こんな小娘・・言い聞かせますから・・美樹!」
なんてことを油汗混じりの引きつった笑顔で言ってる。
「美樹・・わかったでしょ、春樹さんには、こんなに素敵な恋人がいるんだから、遠慮しなさいよ・・」
あたふたしている。なんて言い返したらいいか、必死で考えるけど、いい言葉が思いつかない。「何をわからなければならないの? 別にこんな素敵な恋人がいるからって、どうして私が遠慮しなくちゃいけないの?」
と、強気な言葉を思いついてるけど、そんなこと絶対言えそうにないし、言ってしまうとそれは、知美さんへの対抗・・宣戦布告になってしまいそうだし。
「あの・・お母さん、そうじゃないんです」
知美さんがそう言い始めたとき。知美さんはまだにこにこしていた。それに。知美さんの言う言葉、頭に素直に入ってこなかった。
「美樹ちゃん、春樹のこと好きだったら。いいのよ。私から力ずくで奪っても。世の中2人だけじゃないから。私も春樹を私だけに縛る気なんてないし」
そう言う知美さんはまだにこにこしている。お母さんは電池が切れたのか、まったく動かない。そして・・わたし。
「・・・えっ・・・?」
今、知美さんがなんて言ったのか、頭の中でリピートさせている。奪ってもいい?力ずくで? そう言った・・の?
「そんな話しをしたいの、今から、出かけられる?」
と、知美さんは聞いた。
「・・はい・・」
と、とりあえず返事した私。そして、
「じゃ、お母さん、美樹ちゃんを少し借りますね、遅くならないうちに戻りますから」
お母さん・・本当に電池が切れたようだ。世界が滅びる瞬間を目の当たりにしているような顔で私を見送ってくれた。

  知美さんに言われるままに車に乗って、
「シートベルトしてね」と言われるままにカチャンとベルトをした。
そして、運転する知美さんの横顔。近くから見つめると、本当に綺麗。ものすごく大人のオンナを意識してしまう。それに。
「春樹から私のことは聞いていたでしょ?」
唐突にそう聞かれても。見とれてしまうから返事なんてできないし。
「春樹が話したって言ってたから。私を知ってるでしょ? 私が、なにしてる人かも知ってるでしょ?」
しつこく聞かれて。とりあえずうなずいた。そしたら。にやっとした知美さん。その笑顔・・、ずっと変わらない笑顔だけど、一瞬ぞわっと背中に冷たいものが走った・・今気づいた・・これが春樹さんの言ってた、魔女のほほえみだろうか?・・そんな気がした瞬間。
「嫉妬してるの、私、あなたにムカついてるの」
唐突にぼやき始めた知美さんの声、背筋を何かが ぞぞぞぉ っと這った気がした。
「・・えぇっ?・・」
と、見つめてしまう、知美さんの横顔・・・まだほほえんでる。ほほえんだままつぶやく声。
「ったく、なんなのあなたって、春樹が楽しそうにあなたのことを毎晩話すから。なんかこう、ナニ浮気してんの、だれよ美樹って、会ってみたら、こんな小娘だし、消えてほしいのよ。目障りなの。知ってる、これ、リシンって言うの。ものすごい猛毒。針の先にちょこんとつけてチクってするだけで、うふふ。・このボトル一本で3万人くらい殺せるよ。うふっ。そんなに苦しまずに死ねる。少し苦しむかな・・・」
いつのまにか手にしてるガラスの小瓶。状況を理解するのに一瞬の躊躇・・理解して、ぞわっとした瞬間、ドアがロックされる大きな音。ガシャッ。うそっ?
「大丈夫よ、ちゃんと、だれにも見つからないところに埋めてあげるから、安心して」
 埋める? って・・ナニを?・・そんな今まで聞いたこともない単語を言いながら笑ってる知美さんが・・。対抗車のライトに照らされて・・。背筋が凍り付く不気味で真っ白な笑顔。歯がカタカタカタカタ・・するのはいままでとは違う理由だ・・生まれて初めての、気絶しそうな恐怖を感じた。私を殺す・・気なの? なんで、どうして? 私何かしましたか? ナニもした覚えないのに。そんなの信じられることじゃないけど・・。知美さんの不気味なほほえみは、ものすごい恐怖。ドアのロックを外そうとしても、引っ張るたびにガシャッとロックされる。呼吸が乱れ始めた・・。うそでしょ・・。そんな・・。こんなことってあるはずがない・・・。私が殺されるだなんて・・絶対うそだ・・。埋められるなんて・・安心なんてできるわけない。信号で止まった車。知美さんがゆっくりと振り向いた。笑顔のままだ。ドアに張り付いた私。絶対、そんなことってあるはずがない。まだ笑ってる知美さん。じっと私を見つめてる。本当に殺す気なの? 針でチクって・・殺される前に息が止まりそうだし・・。
「と、たまに春樹をからかう知美です。私だってことを解ってくれたかな? そんな話しもしたんでしょ」
「・・えっ・・」
「冗談よ、まったく、美樹ちゃんを殺そうなんて考えていません。からかっただけよ、本当にびっくりしたの?」
「・・・・・」
「ったく・・今日のお昼。美樹ちゃん泣いてたでしょ。春樹が私のそんな事も、美樹ちゃんに話してるって言ってたから。私の事は全部、知ってるものだと思ってたのに、まだ、私の存在を認めてないみたいだから。認めてくれた? 私が春樹にとって掛け替えのない知美なの。空想の世界の人ではなくて、現実にこうして存在している、春樹があなたに話した、私が、美樹ちゃんの知らない恋人、知美さんですよ」
冗談にも程がある・・とは、このことだと実感してしまった。それに・・本当にこの人が春樹さんが話してた知美さんなんだな・・真実と事実をいっぺんに実感している私。動き出す車、まだ恐い。前を見つめたまま運転している知美さんの横顔が・・まだ恐い。つぶやく声が聞こえる。
「春樹があなたに、オレのこと好きか? って聞いたとき、あなたは、別に、って答えたでしょ。あの子ってそういうところ鈍いからねぇ。科学者の悪いくせかなぁ。どんなにもじもじしても、どんなにらぶらぶ光線浴びせても、気持ちを詮索してくれたことなんか全然ないの。はっきり言えば何でもしてくれるのだけど。そんな子だから、あの子あんなにムシンケーなことしたんだと思うけど。会いたいって言ったの私だし。だからかなぁ、なんだか美樹ちゃんをほっとけなくてね」
今度は何を話し始めたのだろうか・・。あの子? って春樹さんのことだよね。
「ここでいいかな? なにか食べながらお話しましょ」
止まった車。外を見ると・・・アルバイトしてるいつものお店。こんな時間なのに、駐車場を掃除している店長がいた。私に気づいて・・。不思議そうな顔。それに、店の中・・知ってる顔もちらほら・・・。
「ほら・・。みんなに誤解されたくなかったら、むりやりでもいいから、笑顔を作りなさいよ」
知美さんは言う。みんなに誤解だなんて・・。絶対されそうじゃない・・。ここだと。よけいに。
「仲よしな友達を装うの。でないと、春樹が誤解されるから」
「・・えっ?・・」
それはどういう理屈なのだろうか。
「あなたと春樹がみんなにどう思われてるか、想像できるのよ。そんな春樹が私と店に来てどう思われたかも」
全然わからない。いったい何をしたいわけ?・・。
「春樹がフタマタかけてるように思われたくないの私は。だから、私たちは春樹の共通の知人でいようよ。みんなにそう思わせましょ」
そういう理由? 春樹さんをかばってる・・? とりあえずうなずいてみた。とりあえず、むりやりな笑顔を作って店に入った。ドアをあけてくれる店長。
「いらっしゃいませヨーコソ。2名様?」
ぎこちなくうなずく私に、店長はどことなくほっとしているような笑顔してる。案内される席。いつも私が担当するテーブルに座って。
「じゃ、決まったら呼んで。春樹はいないから、チキンピラフは駄目だぞ」
店長が意味ありに言う。知美さんはくすくす笑っていた。そんな知美さんにウインクする店長。そしてる唇をチュッと尖らせる投げキっスで答える知美さん。
「知り合いなんですか?」
と、聞いてみた。
「うん・・今日、知り合ったの」
知美さんは笑顔のままで言った。そして。
「美樹ちゃんが帰った後、店の女の子がみんな、春樹に水をかけにくるわ、アイスクリームをこぼしにくるわ、・・美里ちゃんだったかな、名札。帰り際に春樹を蹴ったよ。スネの一番痛いところ。ヒールのつま先で。フルスイング、コートのセンターからゴールできそうな蹴りだったね。お金置いたらさっさと帰ってよ、なんって言いながら。ぴょんぴょんしてる春樹を私、笑っちゃったよ。そして、店長は私にお詫びを入れてくれたの。アレを見てお店の女の子たちが美樹ちゃんをどう思っているか、美樹ちゃんって、みんなに大事にされてるんだなぁって・・うらやましく思っちゃった」
きょとんとしてしまった・・・。そんなことがあったんだ・・。店を振り返ると・・。
「はい・・これはプレゼント・・私からのサービス、昼間の事のお詫びも兼ねて」
店長の気配り。ふたつのアイスクリーム・・。いつもより豪快な盛りつけだ・・・。
「いいんですか? どうも、ありがとう」
と、知美さん。
「これで、春樹にいろいろしたこと許してあげてください」
「はい・・もう気にしていませんよ、大丈夫です。でも、本当にありがとうございます」
ウインクする店長が少し不気味。知美さんは笑顔のままだし。
「でね・・」
店長を見送ってから、話し始める知美さん。
「はっきり答えてほしい」
まじめな顔で私に訊ねた。うなずくのを待ちかまえていたように、知美さんは聞いた。
「春樹のこと、好き?」
だまってうなずくしか方法を思いつかなかった。
「そぉ・・でもね、美樹ちゃん」
でもね・・って、知美さん、その次に何を言い始めるのか怖い気がして、時間がゆっくり進み始めたような、周りの音が聞こえなくなったような・・。そんな気持ちで黙っていると。
「まったく・・これから私と血みどろになって男を取り合うんだから、声も出さない・・うん・・じゃなくて、もう少し気合い入れてほしいな」
えっ?・・血みどろ・・男を取り合う? 気合い? それは意味がつながらない言葉の羅列。
「と、思うけど、それも無理かな・・美樹ちゃんって、じゃ聞き方を変えて、春樹のこと、どんな風に好きなの?」
「どんな風って・・」
「食べながら話してくれたらいいから」
そういわれて・・知美さんの豪快な食べっぷりに唖然としながら。とりあえずスプーンでクリームを・・。甘くて美味しいから。硬い気持ちが柔らかくなってくるけど・・。
「そういうことって、やっぱり、言葉で説明できないかな、私はあの子をこんな風に好き、こんな風になってしまうから、これって、好きってことだよね・・みたいな・・まぁ、好きなことを説明する理由なんてないんだけど、好きの種類を知りたいっていうか・・」
「例えば・・こんな風ってどんな風に・・」
「おっ逆質問、できるんだ」
「逆質問?」
「つまり、質問しているのは私。だけど、美樹ちゃんは私にどんな答えを望んでいるのですか? と聞き返す、逆質問。春樹の話だと、美樹ちゃんって、イエスかノーでしか会話できない娘なのかなとも思っていたけどね」
春樹さん、そういうことをこの人に話したんだな・・事実なんだけど・・どこまで話したのだろうと思いながら、全部話したのかな・・あの本のこととか、時計を投げつけたこととか、初めて会った時の事とか。
「まぁ、どんな風に好きかって、例えば。あの子のことを考えるとお腹の中で何かがジンジンしちゃうとか、おなかの下の方が温かくなるとか」
おなかを抑えて話す知美さん。そんなことはないけど・・と首を振ってみるけど。
「じゃ、寝ても起きてもあの子の事しか考えられない、頭の中あの子の事だけでいっぱいになっちゃう・・とか」
それは少しあると思うから・・うなずいてみるけど。
「くすくす・・これがイエスとノーしか話さない美樹ちゃんだね」
そういわれでも、何を話していいかなんてわからないし・・。でも、そういわれると少しだけむっとしてしまうし。
「じゃ、春樹のことを考えると、モヤモヤしてしまって、あの子とエッチなことしてる想像ばかりしてしまうとか」
それは・・少しあるかもしれないから・・
「・・モヤモヤとはしますけど・・」とうなずくと、ニヤニヤしながら続ける知美さん。
「じゃぁ、今日、春樹とイチャイチャしながら美樹ちゃんの前に現れた私を見て、おなかの中が裏返るような気持ちになって、気持ち悪くなって、呼吸困難になった」
それは、間違いなくなったから。
「・・はい・・なりました・・」そう答えると。
「おっ、なったのか」っておどける知美さん。
「春樹さんが、私に、初めて知美さんのことを話してくれた時も、おなかの中が裏返るような・・」
「そう・・・」
そして急に思い浮かんだ、聞いてみたいことが一つ。
「春樹さん、私と初めて会った時の事、知美さんに話しましたか?」
と聞くと。
「ううん・・」と小さく首を振って。
「話してないですか」と念押しするように聞くと。
「うん・・本当に、そのエピソードはまだ聞いてないな、話してくれるの?」
こんなしゃべり方だから、きっと本当に話してないのだろうな・・だからと言って私から話したいわけでもないけど。とりあえず話始めるのはあの時のことからかな思う。だから。
「・・いえ・・ただ・・初めて会った時からずっと、ときめいたというか、ずっと、次はいつ会えるの、とか、アルバイトが同じ時間だとすごくうれしいし、目が合うだけでほんわりしちゃうし、カウンター越しに少しお話しできただけで幸せっていうか、勉強教えてもらっているときもなんかこう・・とても近くて・・」
「なんかこう? 近くて?」
「だから、そういう感じで、好きなんです、春樹さんのこと」
と言ってから、とうとう言っちゃった。好きなんですって・・。そしたら。にたーっとする知美さん。
「よくそこまでしゃべれた。誉めてあげる。気持ちを表現できてるね、いい答えだね。純真な気持ちがひしひし伝わってくる感じがする。ほんわり、しあわせ、なんかこうピュアだねぇ、うらやましい・・その無垢っていうか、純白の恋っていうか」
そんな風に話す知美さん、すごくうれしそうな笑顔だから、なにを話したいのだろう、この人・・という思いがし始めて、じっとそのうれしそうな顔を見つめてみた。すると。
「初恋でしょ、それって」
えっ? まぁ・・そんなにストレートに言われると照れそうだけど・・確かに、これは私の初恋だと思う。
「私にもあったかな? そんな初恋って・・なかったな・・はっきり思い出せない。そんなに純情な気持ちで私から男の子を好きになったことて・・あの子のことは、初恋じゃないし、だからかな・・そう聞けて、協力したくなっちゃうね・・あなたのこと、だれもがほぉっておけない気持ちになるのがわかる気がする。店の娘たちも、春樹も、美樹ちゃんのこと」
ニコニコと続ける知美さん。
「ほらほら、頑張って食べないと、溶けちゃうよ」
とアイスクリームを指さしてから。
「4月ころからかな・・あの子・・ごめんね、私、春樹のこと、人前ではあの子って呼んでるの、あの子は私のこと人前では、コイツって呼ぶでしょ・・まぁ、それがね、急にあなたのことを話し始めて、美樹って名前のかわいい女の子がアルバイトに新しく入ってきて、って。あの子と付き合い始めてから3年くらい過ぎてるんだけど、私以外の女の子のこと話題にするのって初めてで、私も少し戸惑った。黙って聞いていたら、なんとなくあの子、あなたに恋してるんじゃないかなって思えてきて、私から、今日は美樹ちゃんと何かお話したの? って聞いたとき、お店のみんなに仕組まれて、好きだって言わされちゃったんだけど、ほかにどう言えばよかったんだろう。って、そんな話をしたのよ。好きだって言わされたって」
その最後の部分をゆっくりと強調したそれは、あの時の事・・。
「たぶん、あの子の本心だと思う、あなたに好きだって言ったこと。恋してること、あの子本人も気づいていないような感じがして、だから、どんな娘なんだろう会いたいなぁ、って言ったら、会わせてくれて、まぁ、今こんな状況になってるってわけだね」
春樹さんが、私に恋してるって・・。
「春樹さん、私に恋してるんですか? そんな感じ全然感じないですけど」
「だから、たぶん本人も気づいていない、ニブいのよあの子そういうことに、とことん。例えばね、ほかの女の子と比べて、あなたにだけ異常に優しくしてない?」
してくれてるなぁ・・と思う。奈菜江さんも美里さんもそう言ってたなと思い返す。
「試験勉強の時も、あの子一週間くらい眠てなかったよ、あそこまで献身できるのも、やっぱり、あなたの優先順位が私より少し高いのかもしれないし」
「優先順位ですか・・私が・・知美さんより高い?」
「あなたがいい成績取った時もなんだかうれしそうに話してたしね。あぁ、こりゃ本格的な・・言い方悪いかもしれないけど、う・・わ・・き、かなぁ~って思ってるの、別に私たちまだ結婚してるわけでもないし、さっきも言ったけど、世の中私たち二人っきりじゃないし、あの子を私だけに縛る気もないしね、私、なんとなく好奇心がわいてきちゃって」
「好奇心ですか・・」
「うん、好奇心、あの子が本当に浮気するところを見てみたい。ほかに好きな娘ができちゃって、とか。私に、別れてくれないか、なんて言うのかなとか。それとも、とことんシラを切り通してとぼけるのか、本当にそうなったとき、私はどうするだろうか・・とかね」
好奇心・・浮気・・シラを切り通して・・ってまたつなぎ合わせると意味がよくわからなくなる言葉の羅列。溶け始めたアイスクリームを少しずつ食べながら、知美さんをじーっと見つめてしまうけど。どういう話をしているのか、なんとなくわからないし。そう思っていると。
「私がどうしてそんなお話をするのかを順を追って話してあげようか」
と話し始めた知美さん。
「はい・・」と返事した私。
「私があの子と初めて会った時の事、あの子は美樹ちゃんに話したでしょ」
「・・キャンプに行った時の話ですか?」
「そう、キャンプに行ったときの事、あれはね、あの子にとっては私に初めて会った思い出なんだけど、私は、あの子がお目当てでキャンプに行ったの。つまり、私があの子に初めて会ったのは、それよりもう少し前の話。そのこと、あの子はたぶん覚えてないと思う」
そういわれて思い出すのは、春樹さんがしてくれたお話し・・年上だということも、知ってたって言ってたような。そのこと・・口にしていいいのかどうか。
「まぁ、あの子に出会った頃の私は、ドロドロでギトギトの油がこびりついた換気扇みたいな心と、ぐちゃぐちゃでべとべとのウエディングドレスを着たままぬかるんだ田んぼに放り込まれたような体だったの・・わかりにくいかな? 何もかもすべてが人生のどん底だった。 食べながら聞いて」
「は・・はい」
「あの子と初めて会ったのは、身も心もそんな状態の時、場所は大学の図書館、別に本を探していたわけじゃない、ただ、ぽぉっと高いところを見ていただけ。どうしてあの時そこにいたのかは思い出せない。そこで何をしていたのかもわからない。ふらふらっと放心状態であそこにいたんだと思う。ほとんど無意識の状態で。で、あの時、どれですか?取りましょうか?と私の後ろに立ってたのが春樹君、振り向いたら、まだあどけない高校生みたいなかわいい顔してた。けど、その時、あの子の顔を見つめて、体中が妙に暖かくなっちゃって、妙に恥ずかしい気持ちがして、これですか?って言われて、ナニも見ずにそれですって答えたかな、適当に取ってもらった本、あの時、なんだか今の美樹ちゃんと同じ気持ちになってた気がする。きゅんって音が聞こえたような、えぇ?ナニ? なにょこの気持ちって、しばらく悩んじゃった。高いところの本を取ってもらっただけなのよ。別にその本が必要だったわけでもないのに、たったそれだけの事だったのに、私おかしくなっちゃって、それから、春樹君を付け回して、つまり、ストーカー行為、名前と二つ年下の男の子だってことがわかって、しばらくしてからキャンプに行くことを突き止めて。私も一緒に連れて行ってもらったの。初めて自己紹介したのはその時。でも、何を話していいかなんてわからないし、あの子も無口だし、それに、私って自分で言うのもなんだけど、男の子にチヤホヤされることが多くて、その時もなかなか春樹君のそばに行けなくてね・・いつの間にか日が暮れて」
「煙で・・・」
「そう、あの子のテントの前で焚火しようとしたら、煙がね・・あの子を燻し出したみたいだった」
「それって・・わざと、煙を・・」
「本当は、煙を立てたんじゃなくて、火をつけたら、あの子が起きだしてこないかなって思って。つまり、私の方から直接声かけて呼び出す勇気がなかったの。ドキドキって言うか、恥ずかしくって言うか。まぁ、そしたら、作戦通りにあの子が起きだしてきて、火をつけてくれて、上手だった」
「なにが・・」
「火をつけるの、煙も出さずに、ちょうどいい暖かさの炎を木の枝をくべながら、赤い炎を見つめながらあの子に寄り添って、どん底のギトギトの心境を聞いてもらったの、話せば話すほどあの子が近くなって、ずーっと前から付き合ってるような気持になって、そしたら、肩を抱いてもいいですか、って。慰めること僕にはできませんかって。その時、今まで感じてた恥ずかしさとか、照れくささとかなくなってたなぁ、だから、私はあの子の膝の上に寝転がって、こうしてると心地いいから、このままでいさせてって、あの子の膝で眠ってしまったの」
「春樹さんの膝の上で・・朝まで」
「あの子、話したでしょ・・そこでしたこと」キスしたって言ってたことかな。
「・・はい」
「本当に、あの子のことを考えていると心が真っ白になっていく気がして。あの子の膝の上って本当に心地よくて、あの時、私不眠症で睡眠薬とか飲んでた。でも、あの子の膝の上で、ものすごく深い眠りに落ちちゃって、あんなにぐっすり眠れたのも何年振りって気がした。朝になって、目を覚ましたら、あの子ずーっと火の番してたの、小さな炎が暖かくてね、おはよって言って、私を見守ってくれていたの、ご苦労様って言ったかな、そのあと、ご褒美をあげるって」
「キスしたんですよね・・」
「うん・・それが、たぶんあの子にとっては初めてのキスだったんだと思う。あの子の唇、震えてて、うっ・・なんて言って。その仕草がとても可愛いから、キスってこんな風にするんだよって、あの子の上唇を吸って、下唇を吸って、唇が充血して腫れあがるくらい吸ってあげた、歯の裏をなめて、ほら、舌を出しなさいって、舌を吸って、次はあなたが同じことを私にしてって・・でも、本当にぎこちないの、だから、やめようとするあの子の唇を追いかけて、噛みついて、ものすごく長い時間あの子の口を吸ってあげてた、その時、あぁこの子がやっぱりそうなんだなって思ったの」
「やっぱりそうって・・」というか、なんだかナマナマしい話ですね、と言いたいというか。と思っていたら。
「この子が運命の男なんだっていう確信」
とあっけなく言った。
「運命・・・ですか、確信ですか」
「うん・・私の人生、ぐちゃぐちゃになってたけど、この子ならリセットしてくれそう、この子となら何もかもやり直せるかもしれない。そんな気がしたの。そのあと、ずーっと吸い続けていたら、なんだか息苦しくなってきて、キスってあんなに長手時間できるものじゃないね、それで、離れようとしたら、あの子私を引き倒して抱き寄せて抱きしめて、私は、きたーって思いながら、こんなところだけどまぁいいか、という気持ちで、どうぞって思っていたんだけどね、それも、あの子経験がなかったみたいで、どうしていいかわからなくなって、私の胸をギュっと掴んだまま止まっちゃって、そのまま止まっていたら、だれかが起きてきて、私、慌ててあの子から離れようとして、条件反射でひっぱたいちゃって、そんなつもりないしって言ったかな、別にだれかにみられてもいいことなのに、だれかに変な誤解されるのが嫌っていうか、へんな噂になるのがイヤって言うか。ギトギトの汚れた心がしでかした痛恨のミスって感じ」
それは、春樹さんも話していたエピソードだな・・でも、この話が何につながるのだろうと思う。
「でも‥そのあと・・水族館に・・」
「あー、あの子、そんなことまで話したんだ・・」
「あ・・え・・」これは・・言っちゃいけないことだっけ・・
「そぉ、そのあと、告白されたわけでもない、したわけでもない。なのに、あの子のことが頭から離れなくなって、あの子の事考えたらおなかの下の方がジンジン熱くなって、あの子としたキスを一日中何度も回想して、寝ても覚めてもあの子の事しか思い描けなくなって、空想の中であの子と盛大にエッチしてる私がいて、最大出力のテレパシーを送っているのに反応なくて、だから、ヘタな手紙を書いたの。本当は私があの子を欲しがっていたのに、私が欲しいならデートに誘いなさい・・だったかな。今思えば、あの子の気持ちも何も考えていなかったね私、プライドだけは負けず嫌いだった、あの時。それで」
「水族館に行って・・」
「うん・・オートバイの後ろ、今よりもっと小さなオートバイだったけど、その後ろの席であの子をぎゅっと抱きしめていたら、むずむずしてね、夕暮れ時に、暗いと運転危ないでしょって、近くにあったホテルに無理やり入って・・っていうか、引きずり込んだというか。そこで・・」
「結ばれたんですか・・」って、それってつまり、本当にしちゃったってこと?
「結ばれたの・・あの子、全部話したでしょ、手紙のことも、そのあとのことも」
「たぶん・・・」
「だぶん・・か。あの子と結ばれたとき、本当に自分自身がピュアで真っ白な女子高生のような女の子に戻った気がしたの。気持ちいいとか、エッチの良しあしとかじゃなくて、ただ、初めて、私から好きになってしまった男の子に愛されてる実感がして、あの子のぎこちない優しさがうれしくて泣いちゃってね、本当に何もかもが優しくて、私は君のことが好きです、だから私をもっと愛してくださいって、私はあなたに愛されたいの、って、あの子につぶやいちゃった」
って、春樹さんが話してくれた内容より一言多い気がする知美さんのこのセリフ。
「今でもあのときの事はっきり思い出せる・・それから、あの子を好きになればなるほど、愛すれば愛するほど、心が綺麗になるっていうか、体が真っ白になっていくっていうか、なんかこう、変な宗教に取りつかれちゃったみたいにあの子の事好きになっちゃった、それに、だから、あなたに会いたくなったのかも」
会いたくなったのかもって、そんな話を聞いたら、どう会話を続けていいかわからなくなるし。
「でね、このお話がどういう意味かというと」
「どういう意味って」
「つまり、春樹はね、私しか知らないの、女の子の事、抱き合ったのも、膝の上で眠ったのも、キスしたのも、エッチしたのも、私だけ」
それって・・どういうこと・・って言うか、そういうこと。
「世の中、女の子ってたくさんいるでしょ、あの子にもいろんな女の子がいること知ってほしいし、たくさん恋をしたうえで、最後の最後に私をただ一人の女として選んでほしい。そんな気がしてるのかな今。。うまく言えないけど」
たくさんの恋・・ほかの女の子・・ただ一人の女として選ぶ・・生まれて初めて聞くような知美さんの言葉を回想している私。
「美樹ちゃん、春樹の事好きでしょ」
「はい・・」
「私も好きなの・・好きで好きでたまらないから、こんなこと思うのかなって思う」
「こんなことって何ですか?」
「私でいいのかなってこと、あの子、ピュアで純情で、無垢で、純粋で、真っ白でね。私みたいなドロドロに汚れた女より、美樹ちゃんのようなピュアな純真な女の子に愛された方がいいんじゃないかなって思う。だから」
そこまで言って一呼吸した知美さん。
「あの子を・・春樹を口説いてみない?」
と言った。まただ・・今・・なんて言ったの? 口説くってナニ・・そんな気がした。
「うーん・・だからね、美樹ちゃんも、好きな男に彼女がいるからって、何もせずに引き下がりたい?」
何もせずに引き下がる・・しかないような気もするけど・・やっぱり、それはイヤかなと思うから、ううんと自信ゼロで首を振るけど。
「でしょ、何かこう、挑戦をして、もしセイコウできたらそれはそれでハッピーだし、うまくいかなくても失敗を笑い話のネタにできるし。でも、何もせずに引き下がったら、残るのは後悔だけになるかもしれないでしょ。だから、あの子を口説いてみて、どんなに汚い手を使ってもいいし、どんなに綺麗な手を使ってもいい。セイコウを目指して・・くすくす、どんなセイコウなんだろうね」
という知美さん。
「セイコウって・・」
「セイコウ、どんな字を当てはめるのかは美樹ちゃん次第よ」
と言われて空想すると・・あっちのセイコウしか思いつかないのだけど。それに。
「あの・・どんなに汚い手って・・」
「うん。睡眠薬飲ませてやっちゃうとか」
そんなこと、シレっと言うけど、私にできるわけないじゃないですか。
「あの子がお風呂に入ってるところを狙って、ご一緒するとか」
そんなことをしているのですね・・という想像をしてしまうというか・・
「美樹ちゃんって本当に純情ね、今、変な空想してたでしょ、あの子もそうだった」
という知美さんはどうだったんだろう・・と思ったことを。
「知美さんは純情な時って・・なかったの・・ですか?」
「うん、なかったな・・あなたくらいの時から、騙されたり利用されたり、男運が悪いというかなんというか・・まぁ、その話はいつか話してあげる、今はまだ話したくないから聞かないで」
壮絶な過去ってやつかな、と一瞬思ったけど。話したくないことなら話題を変えて。
「じゃ、どんなに綺麗な手って・・」
「綺麗な手か・・夕日がきれいな砂浜に誘って、夕日が沈むまでに結婚してくれなきゃ、私、シヌとか」
それは、ちょっと違う気がするけど・・
「まぁ、思いつく限りの作戦立てて、実行して、うまくセイコウできなかったら、次は別の手でリトライ。これを繰り返していくうちに、どうすれば男の子を振り向かせられるかわかってくると思うよ。夏休みの自由研究のつもりであの子を実験台にしていろいろ試してみなさい。あの子ならそんなに無茶な間違いも犯さないだろうし、美樹ちゃんに気がありそうだし」
そう楽しそうに続ける知美さんだけど。
「でも・・それって、もし春樹さんが本当に私に・・」
「いいね、そのポジティブ思考。もし、あの子が美樹ちゃんに振り向いてしまったら、私はきれいさっぱり諦めてあげる。そうだね、例えば、あの子が私に別れてくれ、なんて言ったりしたり。美樹ちゃんとあの子の間に赤ちゃんができちゃったりしたり、そうなったときは美樹ちゃんの勝ちだね」
赤ちゃんって・・なんでこの人って空想がそんなところまで飛躍するのだろうと思うけど。
「でも、もし、万が一、あの子が美樹ちゃんに、ごめんなさい、って言ったとしたら、その時は美樹ちゃんが諦めてくれるかな? あの子の事」
でも、それって・・
「それって、自信があるから言える提案ですか?」
「自信・・提案・・うん、あるかなと私自身を分析するとね、こんな小娘に私が負けるなんてありえないでしょ、と思う気持ちが25%くらい、でも、17歳の女の子の肌ってこんなに綺麗だったっけ? えぇー? こんなにかわいい女の子と比べたら、私絶対負けるかも。という不安が25パーセント。残りの50パーセントは、さっきも言った好奇心。と、あの子を愛するが故の・・アヤマチかな、私の今の気持ちはグラフにするとそんな感じ」
「グラフ・・アヤマチ・・って・・」
「アヤマチ、あの子が美樹ちゃん振り向いてしまったら、あんなことするんじゃなかったって後悔するかな? と考えるとね、私の信条でね、どんなことも挑戦したことに後悔はないって言うのがあるの。後悔なんて絶対しないな。後悔なんてしない、取られちゃったらその時はその時」
私は後悔するかもしれないとおもう・・この自信のなさ。
「でも、私は・・そんな自信ないです・・」
「やってみなきゃわからないことに自信なんてあるわけないよ。じゃぁ、美樹ちゃんにハンデをつけてあげる」
「ハンデって・・」
「一応、私、あの子と一緒に暮らしているから、とりあえず、お風呂上りに裸で挑発とかは控えるようにする。それと、しばらく冷たくあしらってみようかな、冷たくしたときのあの子の反応も見てみたいし」
「お風呂上りに裸ですか・・」
「うん・・どうする、続ける? やめる? あの子の事諦めて引き下がるなら、私とあなたの関係もここまで、別の男の子を探してください。でも、もし今あなたの心の中が煮えたぎるお鍋のような状態で、そこまで言うんだったら、この人からあの子を奪ってやる、なーんてメラメラと燃え盛る目でそう思っているんだったら」
「燃え盛る目で思っているんだったら?」
「グータッチしようか」
ってグータッチしてしまった私たち。そして、続ける知美さん。
「じゃ、期限を決めましょう。夏休みが終わるまでの間。男を落とすのにひと月あれば十分でしょ。8月31日までに美樹ちゃんは春樹君をモノにする。どんな手を使ってもいい。あの子が私に別れてくれって言ったら美樹ちゃんの勝ちね。私はきれいさっぱりあの子のすべてをあなたに引き渡してあげる。でも、あの子が美樹ちゃんに、ごめんなさいって言うんだったら、その時はあなたが諦めて。いい」
「はい・・」
って、返事したけど。期限・・夏休みが終わるまでの間に・・
「期限って大事よ。どんなことをするときでも、タイムリミットがないといつまでもダラダラ何もできないまま人生終わってしまうから。これだけは守って、8月31日までにあの手この手であの子を仕留める。いい、わかった?」
そんなこと今まで一度も考えたことないな、と思うけど。
「はい・・わかりました・・」と返事した私。と続ける知美さん。
「いいねぇ、その燃え盛る炎の目つき」
そういいながらニヤニヤと笑って。
「私も、あの子の事を好きになってから、心がピュアになってしまって、だから、あなたにこんな提案してしまう。今思えば、あの子と知り合う前の私だったら。美樹ちゃんを本当に殺してしまってたかもしれないね・・そのくらい、私は変わっちゃった」
ってどういう意味なんだろ? 
「あの子と知り合う前は、恋人って、貢物を持ってくる人のことのように思っていたかな? 私の事好きならそのくらい当然でしょ。高い鞄を何個持ってたか・・でも、今は、恋人って私のすべてをささげたい人なんだと思ってる。美樹ちゃんの初恋を応援したい気持ちをあの子に捧げたい・・ほら、あの女の子あなたに恋してるよ、しっかり受け止めて返事してあげて。と表現すればわかるかな・・わからないか・・何言ってるんだろ私」
そうつぶやいて遠くを見ている知美さん、何を思い出しているのだろう、さっきまでとは打って変わった悲しそうなめつき。
「さ、全部食べたら帰りましょうか? お替りする?」
「いえ・・おなかいっぱいです」
そうして、お店を出て、帰りの車の中で。
「美樹ちゃんに会って、よかった・・ってつぶやいてしまったこと。春樹君はこんなにかわいい女の子に想われる男の子だったんだねって思ったから。昼間、私、よかったぁって言ったでしょ」
「うん・・」
「私が縛りすぎてほかの女の子と口もきけない男の子になっていたかと思ったのに。ちゃんと喋っているんだね」
「縛りすぎているんですか?」
「そんな気がする、あなたのことを話すあの子を思い出すと。もう少し優しくしてあげないと、本当に取られちゃうかも」
「さっきは、冷たくあしらうって、ハンデを」
「あーそうだった・・あーどうしよう、そんな約束しちゃったね、今の気持ちを分析すると、美樹ちゃんにあの子を取られてしまうそうな恐怖が50パーセントくらいになってるかも」
「約束は、約束ですからね」
「はい・・約束は守ります。美樹ちゃんもその決意で頑張ってね。セイコウできてもできなくても、何もかもがいい思い出になりますように」
「はい」
そして。
「9月1日は私たち、正々堂々としていましょ」
グータッチをしてから別れ際に言った言葉。とりあえずうなずいたけど。よく考えると、ふつうそんな提案をするものなのだろうか。家に帰るとお母さんが頭を抱えていた。
「美樹・・・」
恐い声で私を呼び止めたお母さん。
「あなたの気持ちもわからないでもないけど、知美さん、あんなに綺麗な人なんだし、あきらめなさい。男の取り合いなんて・・みっともない」
・・・それは、どういう意味なのか、わからなかった。
「ワイドショーなんかでしてるでしょ、芸能人の離婚だとか、不倫だとか、男を取り合う女なんて、あんなのみっともないったらありゃしない・・男なんて、ほかにもいっぱいいるでしょうに」
・・・そういう理屈か・・と、思った。それに。あたふたしているお母さん。
「そんなこと言ったんでしょ。私の春樹に手をだすなって。知美さん、そう言ったんでしょ」
だから、こう言ってやったんだ。
「私が春樹さんを振り向かせる事ができたら、知美さん、春樹さんの事あきらめるって・・・どんな事をしてもいいから、春樹を私から奪ってみなさいって・・・知美さんはそう言ったの」
部屋に上がるとき・・・お母さんの電池はまた切れていたようだ。いったい何を想像したら、あんな表情になるのだろうか。お母さんが想像してる事は全然理解できなかった。

  知美さんが言ってた事の理由を考えてしまう。春樹さんを好きになって、心がピュアになって、だから、私にこんな提案をしてしまうって? どんな意味なんだろう。春樹さんが私に振り向いてくれたら、知美さんはあきらめてあげると言った。私を使って春樹さんをからかう気なのだろうか。それとも、絶対無理な事をする私を笑うつもりなのだろうか。でも、そんなに悪い人ではなさそうだし。何もかもがいい思い出になりますように。そうとも言ってたな。でも・・。春樹に手を出すなんて、あの子は私のものよ。そう言ってくれれば、あきらめもついたのに・・。春樹を口説いてみない? だなんて。なにもせずにあきらめる事が恐くなってしまう。意地でも振り向かせてみたい気分がする。でも・・どうすれば・・そうだ・・あのノート。目標を箇条書きして・・そうすれば叶いそうな気がする。開いたノートに書かれてる目標。ワセダ合格・・。学年トップ。鉛筆をもって・・少し考えた。私の決意は消しゴムで消したくない。だから、ボールペンにもちかえて、次の行に書いてみた。
「春樹さんを私のモノにしてやる・・・絶対に」

でも・・・どうやって・・・。睡眠薬のことを調べようかと思ったけど・・。どくろのマークを見たら、気持ちがたじろいでしまうし。

 ずぅっと考え込んだまま、無意識のうちにバイトに来てしまった・・。美里さんと奈々江さんは、ものすごく驚いていた。
「・・美樹・・もう・・いいの?」
私は、とりあえず作り笑顔でうなずいてみた。そういえば、笑顔の作り方・・じょうずになったなぁ。そんな気がする。勤務シフト表・・。一度消した痕があったけど。
「盛り付け2倍アイスクリームの力を信じてたよ・・おかえり」
そういって、私の肩をもみもみする店長は本当にうれしそうな顔してる。休憩室のドアをあけると由佳さんがスパゲティーをちゅるちゅると食べていた。由佳さんも目を剥いで驚いていた。そして。
「なっ・・俺の勝ちだ・・今日の飯代、由佳と美里持ちだからな。久しぶりに黒毛和牛のサーロインでも食べよっと」
と、店長。そして・・・。
「美樹・・あんたって・・そんなに強い子だったの?」
「美樹・・無理しなくていいんだよ。私たちも春樹さんには仕返ししてあげるから」
「あんなことって・・絶対許せないよねぇ。私、おもいっきり蹴ってやったよ。まだ蹴り足りないけど」
昨日、知美さんが言った事も本当のようだ。みんな揃って、こんな事まで言った。
「絶対・・ずっと、無視してやる。美樹もそのつもりなんでしょ。顔を地面にこすりつけて謝るまで絶対許さないから、美樹の前であんなことするなんて」
私は、とりあえず・・とりあえず、また、うなずいてしまった。頭の中、どうすればあの人を落とせるか。それだけでいっぱいなのに・・・。
「がんばろうね」
・・また・・とりあえず、うなずいてしまった。この心境が・・窮地・・と、言う意味なのだろうか。

  そして、いつもの出で立ちで出勤してきた春樹さんが店の中を通るとき。みんなは、そこまでするだろうか・・。な、事をわざとらしくした。無視・・。無返答・・。じゃまモノ扱い・・。極めつけ「あら・・なにしに来たの?」「なに? 知らないわよ」「あら・・いたの?」「あんた誰?」「自分で探してよ」「話しかけないでくれる」「口、聞きたくないから」イジメというものを初めて目にした・・・。しょんぼりしてる春樹さんをちらっと見ると、私自身ものすごく申し訳ない気分がしてしまう。でも。
「美樹・・相手しちゃ駄目だよ」
話しかけようとするたびに、念を押す、美里さん。
「しょんぼりして、女の同情引くのは、男がよく使う、キタナイ手だからね」
そう告げ口してくれる奈々江さん。でも・・。本当にしょんぼりしてる春樹さん。ものすごくかわいそうだし。私のせいな気がすると、ものすごく・・申し訳ない。それに・・。私はノートに書いた。春樹さんを私のモノにしてやる・・絶対に。とてもじゃないけど・・。そうするためのきっかけなんて、こんな状態では思いつけない。
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