チキンピラフ

片山春樹

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中間テストバトルロワイヤル

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 なんかこう、異世界を旅行したかのような、いや・・ただ、あんなに走り回ったのが生まれて初めてのような体中がギシギシし始めた夜更け。春樹さんが帰った後、ベッドの上で仰向けになって、ん~っと背伸びしたら今頃になってようやく疲れ果てていたことに気付いた体がほぐれる実感。その後大きく息を吸って、ふぅぅぅっと、前髪をため息で吹き上げると、何気なく、ふと思い浮かんだ美里さんが私に言った一言。
「あんな男のどこがイイの?」
が、妙に頭の中でこだまし始めて、ささやき声のような木霊が、はっきりとした声になり始めている。そして。ついに。次のため息と一緒に。
「あんな男のどこがいいんだろう・・」と本当につぶやいている私。いや、今ぼやいたのは私ではない私・・って誰? でも、春樹さん、私のコトあんなにじんわりとした気持ちのこもった言葉で「好きだ」って言ってくれて、私も魔法をかけられたかのように目を閉じて唇を差し出したのに、鼻がチョンっとタッチした瞬間・・・。お母さんの視線にジャマされて・・そうだよね。あの瞬間。
「ダメって拒否しちゃったのは私だったよね・・・」どうしてあんな条件反射的に拒否しちっゃたんだろう。別にお母さんが見てるからって、キスしちゃえばよかったのに、できなくて残念なのに、できなくてホッとしていそう、していればもっと好きになってたかな? できなかったから、あんな男のどこがイイんだろう・・なんて思うのかな。どっちなんだろう、わけわからないこの気持ち。
でも、今思えば、私が拒否したこと、春樹さんも、どことなくほっとしてたような感じがした気もする。あの後、確かに、まるで逃げ出すかのように、お母さんに頼まれていた牛乳を買うのを忘れてたことを言い訳にして。
「お母さん、トマトとかありますか」と何事もなかったかのように私をほったらかして。
「トマト? 缶詰ならあるけど、これに入れるの?」と言ってるお母さんと一緒にべたべたとくっつくように冷蔵庫を物色して・・。
「ここまでできていたら、トマトを入れて煮込めばミネストローネになりますから。僕がしますよ。ベースは十分な仕上がりですから20分ほど煮込みましょう」
と、お母さんの機嫌を取りながら、クリームシチューが牛乳の代わりにトマトを入れて、20分後、ミネストローネと言う野菜スープになって。それが・・。
「あ~んもぉ、主婦のプライドがズタズタになる美味しさね・・」
確かに私もその表現が理解できる・・トマトの酸っぱさにコンソメがまじりあうとこんなに美味しいなんて・・という実感を味わいながら、お母さんの。
「春樹さんが美樹のお婿さんになってくれたら毎日こんなの作ってくれるのかしら」
という自然な一言に、どうして、私も春樹さんもお父さんも、スプーンを片手に同じ姿勢で、ぴたっと止まってしまうの?
「あー本当に美味しい、こんなの初めて」
と一人でご満悦にモクモクと食べているお母さんを見つめてから、私とお父さんは春樹さんに視線を移して。というか、どうして我が家の食卓に春樹さんが紛れ込んでいることに、この瞬間まで全く違和感がなかったのか・・春樹さんもようやく私とお父さんに気付いたかのようにキョロキョロしてから。
「ベースの出来が良かったからですよ。でも、美味しいって言ってもらえてうれしいです。もう一日煮込んだらもっとまろやかになりますよ」
だなんて言いながら満足げにうなずく春樹さんに。
「うんうん・・私、心の底からそういうコト期待してるから、春樹さん、美樹のコトよろしくね」とお母さんの念押しのような言葉。そういうこと? 期待してる? 私のコトよろしくね? と繰り返しながら、チラッとしたら。
「あ・・はい・・」って、春樹さんは引き攣っていそうな笑顔で、無理やりうなずいているし、でも、そういうことって、私のお婿さん? 春樹さんもそういうこと考えているのかな? と私、今気づいたのは、どうしてお父さんの視線をしっかり受け止めて? 反らすことができない・・から、お父さんの方がうつむいてしまった。

そして、ご飯を食べた後、何の違和感もなく、今までずっとそうしていたかのように私の小さな部屋で二人きり。机に向かって、あゆみから送られてきた〇△□の問題を勝手にノートに説明文を添えながら解説し始める春樹さん。
「円に内接する三角形の一つの角度が90度なら一番長い辺は円の直径を表している・・ということは知ってるよね、だから、円の中に描かれている図形が四角形なら、こうして二つにすると三角形になって、90度がここにあるなら、この線は円の直径ということになる。ということは、反対側の△もここが90度という具合に、図形の問題は必ずヒントになる定理に気付かなければならないから、定理っていうのは必ずそうなりますよって言う・・だから、定理って言うのは覚えておかなきゃならない知識であって、その知識をどう組み合わせると問題が解けるのかというのを解らないといけない。この場合は・・余弦定理というのは・・辺の向かいにある角度と・・cosと・・だからね・・こんな式が成り立つのも定理・・かならずそうなるんです・・ということは覚えなきゃならない・・」そんな風にべらべら説明されても頭に入るわけないでしょ。そんなややこしいこと。と春樹さんの声を上の空で聞いていた私は春樹さんの横顔を間近に眺めると、さっきのシーンが「美樹の事が好きだ」という優しいセリフと一緒に何度も繰り返され始めて。チョンっとタッチした鼻先に神経が集中してしまう。それに、今この瞬間、もう一度、私のコト好きって言ってくれたら、と目を閉じる用意をしたまま、私の事を好きって言ってください・・言ってよ・・言いなさいよ・・どうしてもう一度、好きだって言わないの・・と何度も念じているのに、春樹さんは知らん顔で、何かをぶつぶつと説明しながら、私が大きなため息をはいても、結局は好きだと言ってくれなくて。かわりに。
「じゃ、これ、あゆみちゃんにもメールで送っておくよ」だなんて、はっと目が覚めてしまう名前を言う。そして。びっしりと説明文が書かれたノートをカシャんと写真にして。
「美樹と付き合い始めてから、なんかこう、カワイイ女の子の知り合いが増えたというか、カワイイ女の子にメール送る時って顔がほころんじゃうよね」にっこり・・。
って、どういう意味ですか・・ソレ。気分が・カチン・と音を立てる言葉をどうしてそうシレっと口にするのかな・・この人。と思っている私を無視したまま。
「はい、じゃぁ、この手の問題はもう大丈夫。また、わからないことあったらメールして」
という言葉に、うん・・とあやふやな返事したら。う~ん、う~んと春樹さんの電話が唸って・・。ポーチに仕舞いかけてたた電話をもう一度取り出す春樹さん。
「あら・・ミホさんだ・・」だなんて。
今度はミホさんですか・・もう一度カチン・・とくる理由。さっき知り合ったばかりでもうメールのやりとりしてるだなんて。しかも、「あら・・ミホさんだ」と馴れ馴れしく、私の目の前でしれっと他の女の子の名前を口にして。にやけた顔で、そのままメールを黙ったまま読んでから。
「あーそうだ、これから毎週水曜日は運動の日にする? 今度は壁によじ登ってみるか」
なんて提案に・・また、うん・・とため息交じりに返事するしかない私に。
「でもさ、美樹って意外と運動神経良さそうだったし」という春樹さん。
それって誉めてくれているのかな? ちょっと嬉しさがこみあげてきたけど。でも、イガイと・・と言う部分をリピートすると、込みあがる嬉しさも半減。さらに。
「ミホさんと張り合うためには、筋トレから始めなきゃねぇ。今度は鉄棒にぶら下がってみようか」私の気分なんてどこ吹く風で話し続けるニコニコ顔の春樹さん。
別に、ミホさんと張り合うつもりなんてないけど、鉄棒にぶら下がる・・それって、こんな二人きりの時の会話なのかな? それ以上に、他の女の子の名前を楽しそうに口にする春樹さんの横顔を見ていると、さっきはキスしてほしいという気分だったのに、今は私の顔全体がムスッとしたい気分だ。いや、している。間違いなく。ムスっと鼻息が吹き出すし。なのに、そんな私を全く無視したままの春樹さんは。
「まぁ、また何か、やったことない運動をチョイスするよ。じゃぁ、もう遅いから、今日はこの辺でね」
そう言ってすぐ、お母さんに挨拶して帰ってしまった。帰っても知美さんはいないのでしょ・・そのこと私にはどうして、まだ黙ったままなのですか? そんなことも思い出しながら、自然と空想してしまったこと。知美さんがいないのだから、「今夜、家に来るか・・」って、私、そういうことをシレっと言って欲しいと思っていることに気付いた。そう言えば、いつからそんなことを思えるようになったのかな・・。
「今夜、家に来るか・・」と春樹さんの声を真似してつぶやくと、これが私の本当の気持ちだと気付いて、また自動的に思い出してしまうあのシーン。こうしてベットに仰向けになっていた私を押さえつけて春樹さんはあの時こう言った。
「美樹・・許して・・気持ちを抑えられない・・」頭の中いっぱいにこだまする思い出のセリフに目を閉じると、「私も・・」と感じ始めている私の体。そして、あの時感じた体中のセンサーが、あの時と同じ刺激を求めている、ことに逆らえなくなり始めて、右手が勝手に、さわさわ・・むにゅむにゅ・・くにくに・・そして・・あの日、春樹さんがちゅっちゅと音を立てて舐めたアソコ・・を触ったら。ビクンと全身に電気が流れたかのように感じてしまう、この・・ヘンな気持ち。
「あっ・・」どうしよう・・やめられなくなり始めて、もっと・・。
「春樹さん・・わたし・・本当は、好きです、もう一度こんな風に・・私を」
もっと私の事を・・他の女の子の名前なんて口にしないで・・私の事を、どうして欲しいのかな。どうして欲しいのか説明できない。けど・・。指先が・・勝手に・・こうして欲しいのでしょと・・。私じゃない私が私を虐め始めてるみたいで。
「あっ・・」と何もかもが真っ白になった気がして、左手で枕を抱き寄せてぎゅっと抱きしめても・・右手の指先が・・勝手に。それに・・。
「負けず嫌いで、意地っ張りで、ムキになって言いたい放題言ってくれる美樹の事が、好きだ」
春樹さんがそんなことを言いながら、チュッチュッと何度もキスをしているのは、あの時と同じ、内側から突っ張って痛痒くなる乳首。それに・・。
「俺のこと応援してくれないか、頑張れって」
そんなことを耳元にささやきながら、私を押さえつけて、次はどこにキスしてるのですか? 私・・意識が遠くなりますよ・・ふぅぅって・・宇宙の果てに、私が春樹さんを連れて行こうとしている? 春樹さんを宇宙の果てに連れて行こうとしているのは知美さんだったはずなのに。力ずくで春樹さんの手を引いているのはどうして私なの? 崖にしがみついて、春樹さんを片手で支えてるのはミホさんだったはず。あれ? 私また変な夢見てる? 
はっとして、振り向くと、崖の上で抱き合ってキスしている春樹さんとミホさん・・いつの間に? どうして、私じゃないの? ミホさん、私の春樹さんに何してるのですか? ムキになって崖を登ろうとしたら、崖の下に、今度はあゆみとキスしてる春樹さんがいる。どうして私じゃないの? とムキになったら、遥さんが背伸びして春樹さんとキスしてて、弥生も、美晴さんも、えぇ~、どうして、何が起きてるの? とキョロキョロしたら、奈菜江さんも、由佳さんも、美里さんも・・優子さんまでもが春樹さんとキスしている。春樹さんって何人いるのですか? えぇ~どうしちゃったの・・どうして私には春樹さんがいなくて一人ぼっちなの・・。どうして皆には春樹さんがいてチュッチュッとキスしてるのに・・どうして私だけ一人なの? とキョロキョロしたその時。
「美樹・・」と一人ぼっちの私を呼ぶ本物の春樹さん。ホンモノ? に。
「待ちましたか?」と駆け寄ったら。本当にうれしそうに、少しだけ恥ずかしそうに。
「ううん、今来たところ」と優しく笑いながら言う。でも。
「うそ、待ってたくせに、私見てました」いたずらな気持ちを抑えられなくてそんなことを言ってしまったら。
「ちょっと待ったかな。本当はもっと待っていたかった」そう答えてくれる春樹さんは、私をふわっと抱き寄せるから、私は上目遣いで唇を差し出して、目を閉じたら。私の頭を優しくナデナデしながら。
「本当にカワイイ・・美樹」と私を呼ぶ。だから。
「はい。どうぞ」と目を閉じたまま答えたら。
「オレ、本当に、美樹の事が好きだよ」と優しい呪文が聞こえて。
だから、目を閉じたまま、背伸びして、鼻がチョンと触れたその時。
「美樹なにしてるの」と私を押し退けたのは・・お母さん・・どうして春樹さんの唇をお母さんまでもが・・それに・・。
「美樹、学校行く時間でしょ、早く起きなさいよ」
と言う声に振り向いたら・・知美さんのようなスーツの私? ミホさんのような背中がXのピチピチ衣装の私? あゆみよりおっぱいが大きな私? 優子さんより背が高い私? 今度は私が何人もいる? のに、どうして、どの私にも春樹さんがいない? ナニコレ?
「ほーら、美樹ってば、学校行く時間でしょ、早く起きなさい」
と揺り起こされて目を開けたらお母さん・・と同時に、見ていた夢がまた、全部何もかも思い出せなくなった。悪夢のような・・どんな夢見てたの私・・。という思いよりも、このけだるさというか、体中がきしんでいるというか・・。
「大丈夫? どうしたの? 何回呼んでも起きてこないから」
そう言われて、お母さんの顔が夢じゃないことに気付いた、本当に体中がずしっと重い、この最悪の体調は・・。昨日の運動のせいで筋肉痛もスゴイのかもしれないけど、この頭の重さ・・関節の痛み・・筋肉痛・・そして。
「あーもぉ・・生理・・始まっちゃったみたい」そうつぶやくと。
「大丈夫? つらい? 仕方ないね、学校休む?」とお母さんはいつものように私のおでこに手を当てて。
「熱はないよね」と心配そうに私の顔を覗きむ。だから。
「ううん・・いくけど・・」と安心させたつもりだけど。
「ムリしちゃだめよ。起きれるの」
「うん・・起きる」
何かヘンな夢見てたのに、何も思い出せないこのモヤモヤした感情と、頭が重くて気持ち悪いまま、朝ごはんを少し食べて。無理はしてないけど・・ムリしてるのかな・・。

そんな重苦しい気分のまま学校に行って、筋肉痛をがまんしながら私の席によいしょと座ると。いつも通りに天真爛漫のあゆみが。
「ねねねねね、昨日いいこと思いついちゃった」と走り寄って来て。
「なに・・いいことって」とぼやく私の表情をみて。
「あっ大丈夫?」と察してくれたみたいだけど。
「まぁ・・」と返事したら。にやっとしたあゆみが。
「今度の中間テスト、春樹さんとデートできる権利、賭けない?」
ゆっくりと重く、そんなことを言った。
「はぁ?」春樹さんとデートできる権利? ナニソレ? 
「なんか、今回は私も妙な自信あってさ、毎日春樹さんに勉強教えてもらってると、学年いちばんも行けるかもしれないって気持ちになって来て。だから、春樹さんに、ご褒美兼ねて、私のコト一番にしてくれたら私とデートできますよって。そんな提案、どう?」
こんな最悪な体調、最低な精神状態、思考力ゼロ。の時に、どうして そんな提案・・どぉ? だなんて。いや・・それより・・。
「それって春樹さんにご褒美? あゆみとデートできますよって・・なによそれ」
全く意味不明というか・・また、あゆみの未来形の会話かな? コレ。
「こないだの期末テストって、美樹もそうしたんでしょ、勉強教えてくれたら付き合ってあげるとか何とか言って、いい成績取れたから、今、付き合ってる。じゃないの? って昨日私思いついたんだけど。だったら、私も。うふふふふ。いいでしょ」
どう返事したらいいのかな? と思っていたら、いつも通りにすました顔の弥生が。
「あゆみって朝から何嬉しそうに話してるの?」
と会話に加わって。私の顔色を見つめてから。
「あー、美樹大丈夫? 無理しないでよ」
と心配してくれた。けど。
「弥生も乗らない?」というあゆみに振り向いて。
「のるってナニ?」とキョトンとしてる弥生にペラペラと喋りまくるあゆみ。
「だからさ、今度の中間テストで、美樹よりいい成績取れたら、春樹さんに、私とデートできますよってご褒美上げるの。春樹さんとデートできる権利争奪戦」
「はぁ? デートできる権利争奪戦? なにそれ」
「ほら、だから、なんかこう頑張るための張り合いって言うか、春樹さんも美樹以外の女の子とデートできるかもって私に勉強教えてくれること頑張れるし、私も頑張ったらあんな素敵な年上の男の子とデートできるかもって気になるし。美樹も頑張らなきゃ他の女の子にカレシを取られちゃうかもって気になるし。春樹さんならそういう事をお願いしたら聞いてくれそうじゃない。やる気出して、頑張るための口実というか、張り合いと言うか」
ってあゆみは一人でなんだか無茶苦茶楽しそうに未来の話をしているけど。
「春樹さんはオッケーしてるのその話」と弥生はあゆみに向かって真剣な眼差しで。
「これからお願いするつもりだけど、とりあえずは美樹の許可をもらっておこうかなって」
とあゆみは私に向かって真剣すぎる眼差し。そして、弥生までもが私に向かって・・。
「で、美樹は、許可するわけ。あゆみや私が美樹よりいい成績取れたら、春樹さんをあゆみにや私にあげちゃう?」って勝手に弥生も乗り気になってるし。それに。
「あげるだなんて・・」と勝手に決められてしまいそうな提案に相変わらずオウム返し以上の反対ができないままでいたら。あゆみが。
「あげるだなんて、そんなじゃなくて。私は春樹さんと一日二日でいいからデートしてみたいなって思っているだけだけど」と言っているけど。一日二日と言うのが気になるような未来形の話しだし。一日だけじゃなくて二日・・と思い込んだら。
「一日二日の話しだったら、私も乗ってみようかな」
えぇ・・。どうして弥生までもがあゆみの提案に乗る気なの。
「ねぇ、春樹さんならそういうのもいいと思わない?」と続けるあゆみに。
「そうよね、春樹さんならそう言うのいいかもね」と同意する弥生。だから。
「春樹さんならって・・そんな・・」とまでは言い放てたけど、そこから先が思いつかなくて息継ぎしたら言えそうになった言葉を。
「そうそう、弥生のカレシに頼めばいいじゃないそういう事、いい成績取れたらデートしてくださいって。弥生のカレシだって・・」と言ってから、その次の言葉が思いつかなくて。黙り込んでしまったら、一瞬止まったあゆみと弥生は。ぷぷーっと手で口を抑えて笑い始めて。
「もぉー私の彼氏じゃそういうことに頑張れるわけないでしょ。反対にやる気がなくなっちゃう」という弥生に。
「えぇ~、そんなこと言って言いの?」と私もそう思ったことを言うあゆみ。
「言い過ぎかな。ぷぷぷぷ。そうよねぇ、私のカレシじゃムリだけど、春樹さんを一日二日リザーブできるならやる気湧いてきそう」
「でしょでしょ・・遥と晴美にも聞いとく。いいでしょ」
よくないわよ・・と言いたいのに。どうして私はこういうこと何も言い返せないの・・。
「もぉー美樹も頑張ればいいわけだしさ、春樹さんが美樹のモノじゃなくなっちゃうって話じゃないんだし」
「そーそー、あんなモテそうな顔した年上の優しい男の子と付き合ってるんだから、そのくらいのハンデは必要でしょ」
「・・それはハンデじゃないと思うけど」
「まぁまぁ、なんかこう頑張るための理由付けとか、なんか、私もやる気湧いてきたかも。美樹よりいい成績取れたら春樹さんに甘えていいのホントに。またマヨネーズをチュッとしたり」
「えぇ~、マヨネーズをチュッて何の話よソレ」
「ヒミツの話しヨ。でも、美樹はいいの本当に」
って、弥生までもが今日に限ってあゆみの味方になって、こんなに楽しそうに話してるから。何も言い返せないまま。
「・・・好きにしてよ」もぉ・・どうでもいい・・。としか言えないこの最悪の気分。

そして。
「ねぇ、美樹よりいい成績取れたら、あの春樹さんと付き合ってもいいってホント?」
と話が少し大きくなったような遥さんの嬉しそうな顔に。
「一日二日だけだから・・」というのは、私はすでに自信がないということかな?
「でもさ、美晴はこの前の期末テスト学年で2番だったんたけど、それでもいいの」
「えぇ~、そうなの?」というか、美晴さんが2番だったんだ・・じゃ、1番って誰だったの? まさか遥さん? と遥さんの顔を見つめたら。
「美晴が2番で私は58番。美樹って3番だったんでしょ」58番か、とりあえず安心したけど。
「うん・・まぁ」と返事して。美晴さんに視線を移すと、不安が湧きたつその澄ました、いや、冷酷そうな表情。に気を取られていると遥さんが。
「3番でもすごいけどさ、それって春樹さんのおかげ?」と聞くから。もう一度。
「うん・・まぁ」と返事しながら遥さんに線を戻して。
「美晴は実力だけで2番だったのよ、すごいよね」実力だけで2番か・・。
ともう一度、「すごいでしょ」と、うなずいている美晴さんの顔を見つめたら。いつのまにか、私より清楚な綺麗な顔になってて、その清楚な頬を赤らめながらくねくねし始めて。
「でも私は、年上の男の人と付き合うだなんて。こないだマックで会った優しそうなあの人でしょ・・お食事くらいなら・・いいかな・・でも一泊二日だなんて、それって年上の男の人と二人でお泊りしてもいいよって意味? どうしようあの人でしょ・・うふふふ」
それって、あゆみと同じ未来形の確信、お泊り? 一泊二日じゃなくて一日二日なのですけど。訂正できないくらいに美晴さんは空想に浸っていて。遥さんと顔を見合ったけど、美晴さんの、その確信に充ちた勝手な空想は、もうすでに勝つ気まんまんなセリフですね。と思うしかなさそう。そんな美晴さんを代弁するかのような遥さんは。
「私も、春樹さんがイイって言うならお泊りしたいかも」
なんてことを言って。美晴さんが「やーだぁー」ともっと頬を赤らめた・・。
ナニを想像してるのだろう? とあゆみのかおを見つめたけど。
「こないだマックで会ったあの人よね・・うん、私も、あの人がイイって言うなら、
お泊りしてもイイかも」と美晴さんは繰り返して、話に乗ったようだけど。お泊りって・・どうする気? この二人って、なにか誤解していそう。だけど、そんな誤解を溶く方法なんてなくて。
「それじゃぁ、そういう事で、他にも乗る娘いないか聞いとくね。春樹さんによろしく言っといてね」と言ってる遥さんに。
「えっ・・」と返事して。
他にも乗る娘いないか・・だなんて。春樹さんに乗るつもり? やめてよもぉ・・と言いたいのに。
「あの春樹さんならさ、そういう事しても、安全で安心だよね」というのはあゆみで。
「だよねぇ・・あぁーん私、なんか、がんばれそう。春樹さんに乗る。ぷぷぷ」と変な想像してるのは遥さんで。
「私も乗りたい・・」とその清楚すぎる顔を赤らめながらそんなこと言うのはやめて欲しい美晴さん。そして、あゆみが。
「それじゃ、美樹からも春樹さんによろしく言ってね。私、メールして説明しとくから」
「あーん、私もメールしたいよ。アドレス教えてよ」
「聞いといてあげるよ。メール送っていいですかって」
「よろしく。じゃ、美樹もよろしくね」
「・・・・」はーいなんて返事できるわけないでしょ。
と、言えない間に、話は決まってしまったようで。どうしていきなりそんなことになってしまったの? こんなに気分も体調も最悪なのに・・。

と思っているうちに。
「中間テストのスケジュール配るからね、みんな用意はいいかな」という先生に。
「はぁーい、準備万端ですよ」
と答える女の子が数人以上・・私に火花を飛ばした・・ということは。いったい何人くらいこの話に乗ったの? とあゆみに視線を向けたら。
「にやっ」
として。親指を立ててる。どうしよう・・という気持ちと一緒に・・私は全然準備万端じゃなくて・・もしかして・・本当に・・春樹さんが・・あゆみのカレシ・・じゃなくて、美晴さんのカレシになってしまうの? そんなこと想像できないけど・・いや・・昨日の夜、そんな予知夢を見たような覚えがあるかもしれない気がしているから。息がまた不規則になって来て。私は何も考えることができなくなっている。

そして、中間テストがそんなことになっているなんて春樹さんに説明できないままおとずれた土曜日・・。

春樹さんとカウンター越しに目が合っても、まだ言い出せないままにやってきた、お店の休憩室での2人の時間。話始めたのは春樹さんの方で、話題はやっぱりコレ・・。
「あゆみちゃんからヘンなメールが来てるのだけど。何か問題が起きている?」
と二人でチキンピラフをもぐもぐしながら予想してたけど、そんな風に聞かれたことに。とりあえず「うん」とうつむいてから春樹さんの顔をそぉっと見つめたら。
「今度の中間テストで美樹よりいい成績取れた娘とデートしてあげてください。もちろん、本命はワ・タ・シ💕」
と言ってからそのメールを私に見せてくれた春樹さん。その画面には、あゆみの大きなおっぱいを強調していそうな顔の写っていない自撮り写真が貼られていて。
「あゆみちゃんに、なかなか言い出せないんだけど、ニガテなんだよね、俺こういうの」
とその写真をしげしげと見つめている春樹さん。とりあえず私から話したいのは・・。
「あゆみの事がニガテ・・」なのですか? と聞いてみたら。
「ううん、あゆみちゃんはカワイイくて言い娘だと思うけど・・この大きなおっぱいがね・・正直言って・・コワイ」
と本当に困っていそうな返してる春樹さん。コワイ? 大きなおっぱいが? どゆ意味?
「前にも言わなかった、その、こういうのが突然現れると、どうしていいかわからなくなるから、見てもいいのか見ちゃダメなのか、近づいてもいいのか離れないといけないのか、触ってもいいのか・・まぁ、勝手に触ったらアレだけど」勝手にさわったりしたら、アレ? だよね・・。と私も納得しながら。
「そう言えば、言ってましたね・・春樹さんって女の子のおっぱいよりお尻が好きとか・・」
と、私が知っている春樹さんの好みを一つ確かめるようにつぶやいたら。春樹さんが、ドキっとしたのがわかった。そして。口に入れたチキンピラフをもぐもぐさせながら。
「い・・いいのかな、そ・・そんな話をしても。俺たち、もう」という声もぎこちなさそうで。
「まぁ・・」いいんじゃないのかな、私たち、公式にカレとカノジョという仲なんだし。
そう思いながら、春樹さんの顔を見つめてあげたら。どことなく嬉しそうで。ニコッとリラックスしたようだ。画面を私に見せながら。
「で、この中間テストでいい成績取れたらって言うのは? ナニか賭け事でもしてるの?」
と私に追及し始めて。だから、正直に、できる限りの説明をするつもりで。
「ごめんなさい・・この間学校であゆみたちが勝手にそんな提案して勝手に決めちゃって、春樹さんに言い出せなくて。みんなその、やる気とか張り合いとか頑張れるとか」
そうつぶやいたら。不思議そうな顔する春樹さん。
「やる気、張り合い、頑張れる?」とひとつひとつに疑問たっぷり。つまり、それは・・。
「春樹さんがあゆみに勉強教えてあげるから、あゆみが変な自信持っちゃって、他のみんなにもノートを回して、だから・・遥さんも美晴さんも、弥生まで、私よりいい成績取れたら春樹さんとデートするんだって、勝手に決めちゃったというか」
と、私ができる説明はここまでかもしれなくて。ふううっと一息ついたら。
「へぇぇぇえ・・もしかして、俺って人気者?」と自分を指さしてる春樹さん。
「たぶん・・ほら、マックでヘンな挨拶したりするから、学校で噂になるし」
「噂・・それって、美樹のカレシって優しくてかっこよくて頭良さそうでって」
と、嬉しそうな顔ですね。と思うことを。
「うれしいですか、望みがかなって」嫌味たっぷりの表情で言ったら。
「まぁ・・うれしい・・正直に言うと、でも、まぁ、それでみんなのやる気が出るのならそれはそれでいいのだけど」そうかもしれませんけど。やっぱり、春樹さんも本心は・・。
「他の女の子とデートしたいですか」なのかなと思って。
そう聞いたら一瞬目を伏せたような仕草をした春樹さん。うんとうなずいてからニコッと。
「たぶん、美樹以外の女の子とデートしても、俺は何も話せなくて、退屈させて、つまらない人だったって言われそうだから。そういうことが起こらないように美樹に頑張ってもらうよ」
何も話せなくて、退屈させて、つまらない人・・つまり、それって。
「ブツリオタクだからですか」と自然のままに発言したら。真剣な怒っていそうな表情で。
「物理学者です。しつこい」と即座に言い返した春樹さん。が何気に可笑しく思えて。
「ぷぷ・・」こういうと怒るのねこの人、どうしてだろ。
「今度言ったら絶交するかも」
「ぷぷ・・」絶交なんてムリに決まっていそうなのに。
「何が可笑しいの」
「ムキな春樹さんがおかしい。子供みたい。妖怪ブツリオタク」ってどうして今日の私はこんなに言いたい放題できるの?
「妖怪でもないし、オタクでもないの。物理学者と呼びなさい」って本当にムキになるから。
「どうしてそんなにムキになるのですか」そう聞いたら。
「プライドがあるからです」と即答する。
「プライド?」ってなんだろう。
「好きな女の子には、カッコイイ物理学者と呼ばれたいの」カッコイイ物理学者?
「物理学者ってかっこいいのですか?」初めて聞いたかもしれないことだけど。
「かっこいいでしょ」それって、ただの価値観の違いなのかな・・と思うけど。
「・・・まぁ」と同意しておこうかな。とりあえず、ブツリオタクと呼ぶのも封印しよう。そう思って真面目な眼差しで春樹さんを見つめたら。
「だから、美樹とはもう心が通じ合ってるからこんな風に話せるけど。会ったばかりの女の子と楽しい会話なんて物理学者の俺にはムリだから」物理学者の俺・・というより。
あっ・・今ジーンとしたかも。私とは心が通じ合ってるの? 確かに通じ合っていそうな会話してるよね今日は。だからかな。思いつくままの言葉が口から滑り出してしまう。
「春樹さんって物理的な意見を聞きたいのだけど。って言えば延々とうんちく話せるくせに」
別にからかうつもりはないけど、からかっていそうな弾み方だなと思ったら。
「延々とうんちくって何だよ」ほらまたムキになった。だから。
「自転車が転ばない理由とか話してあげればどうですか」それはこないだの続き。
「だから、初対面の女の子にそんな話しても退屈されるだけでしょ。本当に自転車が転ばない理由を喋ってあげようか」うわっ・・ちょっとコワいかも。
だから、だめだめ。うなずいたら本当に延々とうんちく話しそう。と自分に言い聞かせて。
「遠慮しますよ」と突っぱねたら。
「俺は美樹と付き合ってる美樹のカレシでしょ。他の女の子にも優しくしますけど、美樹にとって特別な男でいたいし。人を勝手に優勝者にあげる景品にしてはいけません。わかった」説教じみたイントネーションは嫌いだけど。
「はい。ぷぷっ・・」って笑ってしまうのは。春樹さんは私のカレシなのよね。の部分が幸せ過ぎる響きだから。顔がほころんでしまう。それに、春樹さんを景品にしているのはあゆみだから、これは私が説教される話ではない。
「まだ笑ってるし。もぉ・・好きだよその笑顔が」とため息交じりに言われるのがイイ。
うん・・とうなずいて・・ぷぷぷぷぷって笑ってしまうのは。いつもそうだけど、春樹さんが私の事を好きと言った後の恥ずかしそうな視線がテレテレしてる表情がおかしすぎるから。でも。
「あと、それと、ミホさんがね、水曜日に美樹を連れて来いって昨日電話で」
と急に話題がミホさんに変わったら。笑えなくなってしまったかも。
「えっ、ミホさんが・・私をですか」電話で?
「うん、美樹のコト鍛えてあげるから、とりあえず衣装を整えてあげなさいって言われてね、だから、選んであげてくださいって返事した」
「鍛えてあげる・・衣装・・ですか?」
「ゆさゆさ揺れるでしょ、運動すると。それ。そういうウェアがあるから一緒に見に行きましょって言ってた」と私の胸を指さしてニヤニヤする春樹さん。
「・・・・・」と胸元を見つめたら、襟の間から見える谷間。大きくなったねって自分でも思う・・あゆみほどじゃないけど・・春樹さんこれがニガテ・・の話しの続き? と思ったけど。
「美樹を一番にしてあげたら、ご褒美にそれが欲しいかな」
だなんてニヤけた春樹さん、そんな話、初めてのような気がしてるけど。どことなく、そういうちょっぴりエッチな話題に、私たちって本当にカレとカノジョという仲になったからなんだなという実感もしたりして。顔がもっとほころびそう。でも、ふと思いついたのは。
「一番にしてくれなかったら、また蹴っ飛ばしてあげますからね」
くらいしか言えない・・いや・・なんてことを言い放てるようになっていることに気付いた休憩室の二人の時間。そんな私の言葉を思い返した春樹さんは。
「くっくっくっくっ」と笑って。「オレも頑張るよ。美樹のコト応援するから・・」と私の胸を見つめたまま言う。そんな春樹さんの言葉を遮って。私は調子に乗ってこんなことを。
「私も春樹さんにおっぱいチュッチュッさせてあげたいから頑張ります」うふふっ。
とハニカミながら言ってあげた。ら・・ものすごくまじめな顔する春樹さんが固まってしまって。おっぱいチュッチュさせてあげたい? アレ、なんか言い方間違えたかな? いや、調子に乗りすぎたのかな。どっち・・と思って。
「ダメですか・・そう言うの・・」と聞き直したけど。
「いや・・いいんだけど・・あの・・嬉しいけどね」とテーブルで見えない部分をモゾモゾしてる春樹さんに。あっ・・と、私は気付いたかもしれない。もしかして・・春樹さんそういうことを空想して・・アレが・・そうなってる・・のかな。とちょっぴりエッチに空想をすると、私もチュッチュされてることを空想してちょっとむずむずしているのだけど。だから。何気に恥ずかしくなって・・。その場にいづらくなった・・かな。あわてて。
「ご馳走様でした・・もういいですか」
「あ・・うん・・ありがと」
とうなずく春樹さんのお皿も一緒に片付けてあげて。
「それじゃ先に表に出ますからね」と休憩室を後にしながら、これってカノジョだから、という気遣いをした自覚に、私は自己満足しているつもりになっているようだ。

そして、月曜日から中間テストが終わるまで休ませてくださいと由佳さんに言って。
「中間テスト頑張ってね、また春樹さんが付き合ってくれるの? 今度は恋人として」
だなんて、ニヤニヤと意味深なことを聞く奈菜江さんに。
「はい、また応援してもらうつもりです」
自信たっぷりにそう言い返したら。一緒に帰る優子さんは私を軽く突き飛ばしながら。
「くぅぅぅっ、羨ましい。いい成績取れたら春樹さんにナニかご褒美あげるつもり」
なんて言うから。
「うん」ワ・タ・シ。と自分を指さしながら返事して。唖然としている優子さんを尻目に。
「なんだか美樹を見てると春樹さんにすればよかったかもって目移りしちゃうよ」
と奈菜江さんの悔しそうな表情に。
「残り物に福がありましたか」と言い返したら。
「あーもぉくゃしぃその言い方。ったくもぉお幸せにね」
って笑いながらそう言われることが、とても幸せな祝福のようにも聞こえて。あの人のカノジョになったんだなという実感がまた更にじわじわと増えてくる。たから。
「はい」と返事してから。
「はいはい。それじゃ、テストがんばってね」
「はい、おつかれさまでした」
「おつかれさま」
と、いつもの角で別れた。

そして、その日の夜から始めた試験勉強。アルバイトの帰りに立ち寄ってくれた春樹さんが、あゆみから届いた「今日のお題」をノートに書き込みながら。
「あゆみちゃんもこんなに一生懸命なら、結果がどうあれ、デートとかしてあげるべきなのかな」
なんてことをつぶやいてから。
「みんな同じ点数だったらどうなるんだろう」
なんて、私の顔をマジマジと見つめながら言う春樹さん。つい思いつくままに。
「みんな同じ成績だったら、みんなとデートしてあげればイイじゃないですか」
ムスッと鼻息交じりにそう言い返したら。
「またそんな顔するし」と私の肩を揉み揉みしながら「まったくもぉ」と続けるから。
「私のせいじゃないでしょ。あゆみが勝手にそんなこと決めたんだし」とふてくされた言い訳を言い返すけど。
「だから、美樹が一番取れば問題解決。だから、勉強しなさい。勉強しなさい、勉強しなさい」
と肩を揺さぶりながら、気分がしおれる呪文をくりかえしてから。ぴたっと止まって。
「でもさ、俺って、美樹くらいの年頃の女の子にモテる顔してる?」
なんてことを聞いた。振り向くと、なんだか大真面目で。どう返事しようかと言葉に詰まったから。
「まぁ・・モテる顔してるんじゃないですか?」と仕方なしに答えてみたけど。
「美樹は、俺の顔が好きなの?」
と聞かれたら。顔だけじゃないことは確かだし。性格とか、態度とか、つまり。
「私は、・・その・・だから・・総合的に春樹さんの事が好きなんです」
と言ってから、えぇ~何言わされちゃったのよ私・・あんなに自信たっぷりに・・なんて顔に血が昇って息が止まった。
「アリガト」と言いながら。肩を掴んだまま。私の耳にチュッと音を立ててキスする春樹さん。
うわっ・・急に何するんですか? とポーっと固まったままでいたら。
「やっぱり、好きとかそういう感情は総合的な所かあるよね。俺も、美樹のコト全部ひっくるめないと好きって言えないかも。一つ一つには嫌いな所がある・・という意味でもないけどね」また難しいこと言ってる。
それって、どゆ意味? 全部ひっくるめないと好きではない。一つ一つには嫌いな所があるのですか? というか、何の話? 急に。
「女の子のコトよく知らないから、他の女の子と比較して好きになるものなのか、比較なんてしなくても好きだなって今のコノ気持ちに正直になればいいのか。こういう問題を解くための公式がないかなって・・ふと思ったの」
と肩から手を離して。
「ほら、こういう証明問題はね。あゆみちゃんより美樹の方が可愛い。よって好きなんです。なんて式がないからさ。あーでもそんなこと言ったらあゆみちゃんに怒られるし」
って一人で何の話してるのかと思ったら。あゆみから出されたお題がそれなのか・・という。証明問題は「円周率が3.05より大きいことを証明しなさい」と目に入って。春樹さんの。
「俺があゆみちゃんより美樹を好きであることを証明しなさい」
そんな独り言に。できるのですか? と期待を込めてみても。
「というのは解けないけどね。これなら簡単。円周率は3.14で半径1なら×2×3.14は6.28。例えば同じ円に内接する正六角形を一周すると、一辺が1の正三角形が6つ、つまり、半径1が6つだから6になるよね。とすれば、6.10より大きくなる多角形を計算で見つければ、円周は多角形の一周より大きいから証明になるよね。さぁ、頑張って一周が6.10より大きくなる半径が1の正多角形を探そう」
と問題を解き始めると全く私に関心がなくなったかのように没頭して熱くなるから。
「春樹さんのそういうところに私は幻滅ですよ」ナニかに没頭するとすぐに私のコト気にしなくなってるし。と小さくささやいてみたけど。やっぱり聞こえてなくて。
「6角形の時はジャスト6ってことは。8角形の時は、さっと計算して6.08あたりかな。じゃあ12角形の時は・・えーと、1/2÷cos30度×12は・・6.12だから・・・よし」
それってどんな暗算してるの? というより。1/2÷cos30度×12? が 6.12?
「半径が1の円に内接する正12角形の一周は6.12になるということは、それ以上の多角形。つまり、正1万角形のように円に近づく形の一周は6.12より必ず大きくなる。つまり円になった時の最大値が6.28それはつまり3.14、それが円周率ということだよね」
だなんてブツブツまだ没頭する春樹さんに聞こえないように意識して。
「妖怪ブツリ・・」と小さくぼやくと今度は。びくっと反応して。ノートに書き込む手が止まる。そして。鉛筆を置いて、じろっと変な眼差しで私を睨むから。あわてて。
「・・ガクシャさん。そんな怖い顔しないでよ」と思っていることとは違うセリフを言ってみた。すると。
「今度オタクって言ったら」とぼやいて。
「どうする気っていうより、私オタクって言ってないし」
「言ってないけど、言ったらこうしてやる」
と言って、私のおっぱいを後ろから むにゅ っと掴んだ春樹さん。そんな突然何するの?な行為に、きゃっとも言えずに、全身が硬直したまま無抵抗の私。
「ほら、妖怪ブツリオタクの逆襲。勉強しなさい、勉強しなさい、勉強しなさい」と呪文を唱えながら、むにゅっむにゅっむにゅっと私のおっぱいを揉んだ春樹さん。私がプルプルしながら睨んでいることに気付いたとたん。もう一度むにゅっと揉んでから。
「あ・・ごめんなさい、まだいけなかった」とゆっくり手を離して・・。
まだ・・いけなかった・・という一言に私は・・春樹さんって私のコト本当にカノジョだと思ってくれてるからそういうことをしたの? と顔をあげたけど、春樹さんは、私と視線を合わせようとしない。けど。私は。どことなく嬉しい気持ちの方が大きいと感じてしまったけど。こういうことは・・やっぱり・・。
「一番取れるまでそういうことはしないでください」というのが精一杯で。そんな私に。
「それじゃ、一番取れるように、こんな問題は暗算で解けるように勉強してください」
と強気ぶって言う春樹さんをもっと睨み続けたら
「本当にごめんなさい、びっくりさせた?」とすぐに反省しているそぶりで。
でも・・こういうことはすぐに許してあげなきゃならないと思うのも、それは、春樹さんと私がもうすでにカレとカノジョという関係になっているからだと思って。無理やり笑顔作って。
「あの時より大きくなったでしょ」と許してあげるニュアンスの言葉をかけてあげたら。
「う・・うん」とうなずいて。アノ時の事を思い出している顔してる。だから。
「もっと触りたければ、ちゃんと一番取らせてください」と調子に乗ってみたら。
「・・・あ・・・」と黙り込むから。
「物理的方法で私を一番にしなさい」ともう少し言ってみる。と。
「・・・う・・・」と何も言わない、もっと調子に乗りたくなる態度。でも・・これ以上言ったら怒りそう・・という気もするから。
「私のコト、ほかの皆よりもっと応援してください」とカワイク言い換えると。
「うん・・それじゃ・・」と春樹さんは顔がほころばせて。
さっきの問題を解説したノートの隅に。「ガンバレ、一番取れるよう応援してるゾ。HARUKI」と書き込んで。
「これでいいか」というから。言葉を文字という形にするとちょっと応援されてる気分が本当にする感じで、だから、とりあえず「うん」とうなずいてみた。そして、二人で揃って大きく深呼吸をして、気分を切り替えて、モクモクと春樹さんが指図する問題を勉強して。いつの間にか夜が更けて。
「それじゃ、またな」
という春樹さんをお母さんと一緒に見送ってから。玄関の鍵を閉めたお母さんは。
「生理とか、もうよくなったの?」と私に言って。
「あ・・うん」そう言えば春樹さんといるときは、いつの間にかよくなっているね、と思うと。お母さんは。
「男の子に優しくしてもらうのが特効薬なのかなアレ」なんて言う。けど。
「そうかもしれない」という感じもして。確かに・・ともう一度思ってみた。すると。お母さん、今度は私をじっと見つめて。
「春樹さんの顔つき変わったね」という。
「変わったかな?」と聞き返したら。
「うん・・柔らかくなったというか、前から優しい顔してたけどね、あれって、美樹のコトがいとおしいって雰囲気の顔よ」私の事がいとおしい・・顔? どんな風に? と考えながら。
「ホント?」とお母さんに聞きながら息が止まっている私。だけど。
「うん。ホントにそう思う。けどさ、ところで、春樹さんって、知美さんとはどうなってるの?」だなんて、喜ばせておいて、急にどっきりさせないでよ。と思うことに。
「それは・・」知らないし、今はそれどころじゃないはず。だけど・・。何気なく浮かれていそうな自分自身に。「春樹さんって、知美さんとはどうなったの」と聞いてみると、冷静な気持ちが蘇って来るかのような。
「まぁ・・いいけど・・」と黙り込む私をじっと見つめるお母さんに。
「いいけどって・・」と言い返すと。
「春樹さんも一応男の子だから、仕方ないのだろうけど。美樹もちゃっん分かったうえで付き合ってもらいいなさいよ、子供だからってなんでも許してもらえると思わないで」
なんてまたわからないことを説教するから。なによ・・その言い方・・子供だからって。わかってるし。と思うけど。なにをわかっているのかな私・・という気もする。

そして、学校に行くと、相変わらず天真爛漫なあゆみがもっと嬉しそうな顔をして。
「ねねねね、これってさ、私へのエールだと思う?」
エール? と思いながら差し出された画面を見ると。こないだのお題を解説したノートの端の隅に書かれた。「ガンバレ、一番取れるよう応援してるゾ。HARUKI」あゆみへのエールではなくて・・私を応援しているよという意味だったはずだけど。こういうことに無頓着な春樹さんだということは前から知っているつもりだったけど・・。まぁ・・こんなことで目くじらを立てても仕方がない・・。と思えるほど私は大人になっているのかな・・なんて思いながら。
「みんなへのエールじゃないの、それ、あゆみがみんなに回しているって私、春樹さんに言ったから」
「えぇ~・・そうなの・・でも、こんな風にメッセージをつけてもらえたらやる気出るよね・・やっぱり、春樹さんイイ人・・美樹がうらやましい」
そう言いながら、画面をいとおしく見つめるあゆみに。
「頑張って、私よりいい成績取って、デートしてくださいね」とぼやいたら。
「なによ、その自信・・って、それより、美晴もすごいからさ、大丈夫なの?」と幻想から現実に戻って来るあゆみのまじめな表情。
まぁ・・私は大丈夫だと思うけど・・私にだけ、頼りになる特別な個別指導があるわけだし。でも美晴さんはダークホースだよね・・一日二日ではなくて一泊二日だと思い込んでるし。それに。
「ところでさ、前回の期末テストって美晴さんが2番だったなら1番って誰だったの?」
「さぁ・・男の子だったみたいだけど」
「男の子・・」
「美樹って同級生の男子に全く興味ないでしょ」
まぁ・・ないと言えばないね・・。確かに・・全く見えないというか、興味が湧かないというか。
「年上の彼氏ができるとそうなっちゃうのかな」
「かもしれない・・」という自覚がありそう。

でも、そんな心配事の美晴さんって、どんな風に勉強してるのだろう。という気持ちも湧いて。とりあえずあゆみに頼んで、一緒に偵察に行ってみると。遥さんと仲良さそうにノートを広げている隣のクラスの美晴さん
「だからね、定理って言うのは覚えておかなきゃならない知識であって、その知識をどう組み合わせると問題が解けるのかというのを解らないといなけいのよ」
「そんな風に言われてもね」
「今目の前に現れた問題に当てはめて、知っていることを、つまり、道具をどんな風に使うのか組み立てて、一つ一つ解決させれば問題はおのずと解けてゆく」
という声に耳を立てたら・・そのフレーズ・・妖怪ブツリオタク・・と同じじゃないの? という気がして。ちょっと近寄るのをやめようと足を止めたら。
「あっ、美樹、春樹さんって理系でしょ」と晴美さんが私に気付いて。
「えっ・・うん・・理系だけど」と返事したら。
「だったら、私とも気が合うと思う?」私とも気が合う?
「えっ・・?」何のこと?
「理系の女の子ってどう思っている人なのかなって。ほら、付き合うなら性格似てる方がイイのかなって」
「美晴ってば、まだ早いでしょ。付き合うって、試しにデートしてもらえるだけだから」
「デートした後、付き合おうかって話になるかもしれないし。美樹よりいい成績取れればイイだけでしょ、私絶対自信あるけど」
うっ・・・なにこの娘。美晴さん。私を見下しているその自信に満ち充ち溢れた態度。
「美晴も、こないだマックで間近にあんな優しそうな男の人を見てヒトメボレしてるんだって」と遥さんは言うけど。ヒトメボレ?
「話しかけるの無理だったけど、振り子の実験してる時の春樹さんって私の理想に思えたの」
あっそうですか・・。
「美樹よりいい成績取れれば、あの人と付き合えるのでしょ」
一日二日の話しじゃなかったの?
「今更、ムリとかダメって言わないよね」美晴さんがコワイ・・。から。
とりあえず・・うん・・とうなずいたけど。
「中間テストがバトルロワイヤルになりそうね」と遥さんの一言。
バトルロワイヤル? 
「私も美樹になら勝てそうな気がしてたけど、美晴には勝てないかも。ちょっと今日春樹さんに聞く問題吟味しようっと」とあゆみまでもがそんなことを言ってるし。
私の知らないところで、どうなってるのこの話? 
「私も、美樹になら勝てそうかなって思ったけど・・ちょっと待ってよ、美樹より成績が良かったら、つまり、美樹が5番で4番があゆみで3番が私で2番が美晴だった場合はさ。3人ともデートできるってこと?」
えっ・・
「ほら、美樹より成績よければって話だったよね」
えっ・・そうなの? とあゆみを見たら。
「まぁ・美樹が1番にならない限り誰かにチャンスがあるということじゃなかったかな」
それって・・話が変わってない? 最初ってどうだった?
「だよね・・だったら・・私にもチャンスがあって、春樹さんに乗れるってことよね」
どうして、そうなるの? 春樹さんに乗れる? なに? えっ・・? それって・・どういうこと? というのを私はいつまでたっても聞き返せないでいるようだ。
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