無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。

めぐみ

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彷徨(さまよ)う二つの心

無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。

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  彷徨(さまよ)う二つの心

 翌朝、覚醒は突然にサヨンの眠りを破った。
 サヨンは長い翳を落とす睫を震わせ、ゆっくりと眼を開けた。頭の芯に鈍い痛みがある。いや、頭だけでなく、身体全体が熱っぽく倦怠感があった。
 額に手のひらを押し当て、昨夜、何が起こったのか思い出そうとしても、頭がうまく働かない。
 ただ、夢を見たことだけは鮮明に憶えていた。奇妙なことに、確かに夢を見たのは判っているのに、肝心の具体的な内容を記憶していないのだ。それが何を暗示するのか判らずに見た夢である。
 眠りながら、サヨンは泣いていた。何か哀しい夢を見たのだろうか。
 一夜眠ったにしては、身体が重い。大抵、まだ若い肉体はどれほど疲れていたとしても、一晩ぐっすりと眠れば、翌朝には嘘のように疲れが取れているものだ。
 眠りが十分ではなかったのかもしれない。サヨンは、まだ睡眠と休養を要求する身体を無理に意思の力で動かした。それでもゆっくりと上半身を起こしたつもりだが、わずかに動いただけで、腰に激痛が走った。
「―?」
 何故、こんな痛みがするのだろう。別に転んで腰を打ったわけでもないだろうに。
 訝りながら何気なしに視線を巡らせたその時、傍らに眠る男の姿が眼に入った。男を見た刹那、サヨンの顔が苦痛と恐怖に歪んだ。
―ああ、何ということ。
 男の顔をひとめ見ただけで、彼女の記憶はすぐに甦った。
 この男が昨夜、自分に陵辱の限りを尽くしたのだ。めざめた時、その記憶がまるで合わせ絵の一枚をなくしたように抜け落ちていたのは、自分自身が忘れてしまいたいと強く願っていたからに相違ない。
 サヨンはじりじりと男から離れた。
 トンジュは熟睡していた。しかも、憎らしいほど安らいで満ち足りた顔で。
 サヨンはしばらくトンジュの無防備な寝顔を見ていたが、やがて、そろそろと立ち上がり、布団から出た。どうも昨夜はあの出来事があった後、トンジュが布団を敷いてサヨンを寝かせたらしい。あのときには布団などなかったのだから、トンジュが敷いたのだろう。
 あの後、サヨンは深い眠りに落ちてしまい、後のことはよく憶えていない。着ていた衣服はトンジュにすべて脱がされてしまったはずだが、今はちゃんと夜着を纏っていた。これもトンジュが着せつけたのだろうか。
 身体を動かす度に、身体のあちこちが悲鳴を上げていたけれど、今は構っていられない。
 いつまでも、ここにいるつもりはサヨンにはなかった。こんな男の側にいたら、また昨夜のように酷い目に遭わされるのは眼に見えている。
 サヨンはもう二度と、昨夜のような辛くて恥ずかしい想いはしたくない。トンジュはサヨンの意思を力ずくで踏みにじり、彼女の身体を欲しいままに蹂躙した。
 とにかく一刻も早く逃げなければ。
 サヨンは足音を忍ばせて部屋を横切り、両開きの扉を開けた。外は薄陽が差し込んでおり、大方は昼前であろうと推察できた。
 山の上は一日中、どんよりと曇っているが、トンジュが言っていたように真昼間のほんの数時間だけ、薄陽が差す時間帯があるのだ。
 サヨンはもう一度、背後を振り返る。大丈夫、男はまだよく眠っている。あの様子では、まだしばらくは目を覚まさない。その間に、できるだけ遠くまで逃げるのだ。
 最大限の注意を払い、扉を閉めた。ここでトンジュに捕まってしまっては元も子もない。外に出た途端、サヨンは早足で歩き出した。やはり、身体の節々―特にトンジュに蹂躙された下腹部が痛みを訴えているが、今は我慢しなければならなかった。
 眼前に緑の樹々が迫ってくる。冬なお青々とした葉を茂らせる不思議な樹。この森には、同じ樹ばかりが集まっている。
 森に脚を踏み入れるときは流石に躊躇した。トンジュに言わせれば、ここは森のことをよく知らぬ者が迷い込めば、忽ちにして帰り道を見失ってしまうそうだ。実際に、興味本位やこの山でしか取れない貴重な薬草を求めて森に入り込み、道に迷って亡くなった人は後を絶たないとか。
 トンジュ自身、そういった哀れな人の白骨死体を何度も見かけたことがあると言っていた。
 死んだって構うものかと思う。このままトンジュの許にとどまるのは、あの男の言うなりになることを意味している。そんなのは真っ平ご免だ。たとえ死の危険があるとしても、サヨンは僅かな可能性にでも縋りたかった。
 サヨンは大きく息を吸い込み、緑の茂みの中に入っていった。

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