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彷徨う二つの心⑦
無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。
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「何が妙なんだ」
県監の息子も身を乗り出して岩下の光景に熱心に見入った。完全に鼻の下が伸びている。
「あれだけの良い女なら、こんな小さな町村ではすぐに噂になるはずだ。何せ目立つからな」
従弟が思案げに言うのに、若者が目配せした。
「だが、考えてみれば、評判になっていないのは俺たちには好都合というものではないか?」
「なにゆえだ?」
異口同音に問うた仲間たちに、若者はいかにも好色そうな分厚い唇を舐めた。まるでご馳走を前にしている驢馬のような面相である。
「俺たちが好きにしても、後腐れがないだろうということさ」
そこで、三人の男たちは好き者めいた顔を見合わせ頷き合った。
サヨンは髪を洗う手を止め、小首を傾げた。どうも、おかしい。嫌な予感がする。誰かに見られているような気がしてならないのだ。
それも悪意の籠もった視線だ。が、周囲を見回してみても、別に人の気配はむろん、姿も見当たらない。
気のせいだろうと考え直して、しばらくの刻が経った。洗い終えたばかりの長い髪を丁寧に乾いた手ぬぐいで拭き、水気を十分に取る。更に梳っていた時、いきなり前方の岩から三人の男たちがすべり降りてきて、サヨンの前に立ちはだかった。
「―!」
サヨンは息を呑み、身を固くした。
見たところ、上等の衣服に身を固めているところを見ると、ここら辺りに住む両班の息子といったところだろうか。
突如として現れた闖入者たちは、サヨンを粘着質な眼で眺め降ろしている。彼らの視線が露わになった胸もとに注がれているのに気づき、サヨンは咄嗟に両手で胸元を覆った。
「こんな場所で何をしている?」
懐手をして立っている男が傲岸に訊いてよこした。三人組の真ん中の男だ。
「そなた、見かけない顔だな」
最初の男の右隣がまた訊ねた。
「おい、この女、よもや県(ヒヨン)監(ガン)さま(ナーリ)の妾ではあるまいな?」
左隣の男が初めて口を開き、また右隣が応えている。
「知らないな。うちは母上(オモニ)が何かと煩くて眼を光らせてるから、父上は側妾を全部漢陽に置いてきたんだ。こっちには特定の女はいないはずだぞ。そなたの父上に縁(ゆかり)の女ではあるまいな?」
問われた真ん中の若者は、ゆっくりと首を振る。
「こんなふるいつきたくなるような良い女なら、幾ら親父が隠していたって、俺はすぐに見つけるさ」
三人の男たちは互いに顔を見合わせている。かと思うと、真ん中の男がサヨンに飛びかかり、押し倒した。すかさず両側にいた男たちがサヨンの手と足をそれぞれ押さえつけて拘束する。
「いやっ」
サヨンは悲痛な声を上げ、渾身の力でもがいた。だが、大の屈強な男に三人がかりで押さえ込まれていては敵うはずもない。
最初に襲いかかってきた男がサヨンの胸を乱暴にまさぐった。
「おい、この女を黙らせろ、こう騒がれたら、折角の興が冷めてしまう」
男の指図で、足下にいた男がサヨンの口に布を押し込んだ。
サヨンは声すら出せず、懸命に助けを求めても、それはくぐもった声にしかならなかった。
「まずは俺が愉しませて貰うぜ」
男がやに下がった表情で言い、サヨンの胸の布に手をかけたそのときである。
「おい、貴様ら、そこで何をしているんだ」
鋭い一喝が投げられた。
その声に、男たちの動きが一瞬、止まった。
涙の滲んだサヨンの瞳に映ったのは、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる男―トンジュであった。
そのときほど、トンジュの存在を頼もしく思ったことはなかった。まず外見からして、トンジュと彼らでは違いすぎた。堂々とした上背のある美丈夫は、ろくに力仕事一つできない両班の腑抜け息子たちとは比較にならないのだ。
粗末なパジチョゴリを着ていてでさえ、トンジュは両班の若者たちにはない圧倒的な存在感を持っていた。彼らとトンジュでは所詮、駄馬と駿馬ほども格が違った。
「この女は俺たちが先に見つけたのだ」
若者の一人が立ち上がり、トンジュを威嚇するように言った。
県監の息子も身を乗り出して岩下の光景に熱心に見入った。完全に鼻の下が伸びている。
「あれだけの良い女なら、こんな小さな町村ではすぐに噂になるはずだ。何せ目立つからな」
従弟が思案げに言うのに、若者が目配せした。
「だが、考えてみれば、評判になっていないのは俺たちには好都合というものではないか?」
「なにゆえだ?」
異口同音に問うた仲間たちに、若者はいかにも好色そうな分厚い唇を舐めた。まるでご馳走を前にしている驢馬のような面相である。
「俺たちが好きにしても、後腐れがないだろうということさ」
そこで、三人の男たちは好き者めいた顔を見合わせ頷き合った。
サヨンは髪を洗う手を止め、小首を傾げた。どうも、おかしい。嫌な予感がする。誰かに見られているような気がしてならないのだ。
それも悪意の籠もった視線だ。が、周囲を見回してみても、別に人の気配はむろん、姿も見当たらない。
気のせいだろうと考え直して、しばらくの刻が経った。洗い終えたばかりの長い髪を丁寧に乾いた手ぬぐいで拭き、水気を十分に取る。更に梳っていた時、いきなり前方の岩から三人の男たちがすべり降りてきて、サヨンの前に立ちはだかった。
「―!」
サヨンは息を呑み、身を固くした。
見たところ、上等の衣服に身を固めているところを見ると、ここら辺りに住む両班の息子といったところだろうか。
突如として現れた闖入者たちは、サヨンを粘着質な眼で眺め降ろしている。彼らの視線が露わになった胸もとに注がれているのに気づき、サヨンは咄嗟に両手で胸元を覆った。
「こんな場所で何をしている?」
懐手をして立っている男が傲岸に訊いてよこした。三人組の真ん中の男だ。
「そなた、見かけない顔だな」
最初の男の右隣がまた訊ねた。
「おい、この女、よもや県(ヒヨン)監(ガン)さま(ナーリ)の妾ではあるまいな?」
左隣の男が初めて口を開き、また右隣が応えている。
「知らないな。うちは母上(オモニ)が何かと煩くて眼を光らせてるから、父上は側妾を全部漢陽に置いてきたんだ。こっちには特定の女はいないはずだぞ。そなたの父上に縁(ゆかり)の女ではあるまいな?」
問われた真ん中の若者は、ゆっくりと首を振る。
「こんなふるいつきたくなるような良い女なら、幾ら親父が隠していたって、俺はすぐに見つけるさ」
三人の男たちは互いに顔を見合わせている。かと思うと、真ん中の男がサヨンに飛びかかり、押し倒した。すかさず両側にいた男たちがサヨンの手と足をそれぞれ押さえつけて拘束する。
「いやっ」
サヨンは悲痛な声を上げ、渾身の力でもがいた。だが、大の屈強な男に三人がかりで押さえ込まれていては敵うはずもない。
最初に襲いかかってきた男がサヨンの胸を乱暴にまさぐった。
「おい、この女を黙らせろ、こう騒がれたら、折角の興が冷めてしまう」
男の指図で、足下にいた男がサヨンの口に布を押し込んだ。
サヨンは声すら出せず、懸命に助けを求めても、それはくぐもった声にしかならなかった。
「まずは俺が愉しませて貰うぜ」
男がやに下がった表情で言い、サヨンの胸の布に手をかけたそのときである。
「おい、貴様ら、そこで何をしているんだ」
鋭い一喝が投げられた。
その声に、男たちの動きが一瞬、止まった。
涙の滲んだサヨンの瞳に映ったのは、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる男―トンジュであった。
そのときほど、トンジュの存在を頼もしく思ったことはなかった。まず外見からして、トンジュと彼らでは違いすぎた。堂々とした上背のある美丈夫は、ろくに力仕事一つできない両班の腑抜け息子たちとは比較にならないのだ。
粗末なパジチョゴリを着ていてでさえ、トンジュは両班の若者たちにはない圧倒的な存在感を持っていた。彼らとトンジュでは所詮、駄馬と駿馬ほども格が違った。
「この女は俺たちが先に見つけたのだ」
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