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彷徨う二つの心⑥
無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。
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これまでの暮らしから考えれば、質素きわまりない生活だ。たまには綺麗な衣装も着たかろうし、身を飾る宝飾類だって欲しいだろう。なのに、愚痴一つ零さず、慎ましく生活している。せめて川の水で髪を洗いたいのだと願う女心をどうして無下に駄目だと言えただろうか。
川はさほど大きいものではなかった。しかし、流れは速く、河原は大きな無数の岩が川縁を囲むように折り重なっている。階段状に重なっているため、サヨンでも上り下りするのに苦労せずに済む。水飛沫を上げて流れている川の水は清らかで澄んでいて、くっきりと物の形を映し出した。
サヨンは河原に着くと、早速、準備に取りかかった。濡れては困るので、上衣とその下の下着は脱いだ。脱いだものを丁寧に畳み岩の上に置き、髪を洗い始めた。
胸に布を巻いただけのしどけない姿だが、周辺は大きな岩が天然の壁のように立ち塞がっているため、誰かに見られる不安はなかった。第一、ここから最も近い山茶花村ですら、徒歩で四半刻はかかる距離にあるのだ。トンジュが月に一度、薬草を売りにゆく町は更に遠く、一刻余りはかかる場所にある。
こんな人気のない場所に来る物好きなど、そうそういるとは思えない。
三月初めの水はまだ冷たい。手のひらで掬ってみると、なめらかで光り輝いている。まずそっとひと口含んでみると、甘露のうま味が冷たい感触と共に喉元をすべり落ちていった。
山上と違って、ここには太陽の光が満ち溢れている。日毎に春らしさを増す陽光が川面に降り注ぎ、乱反射していた。
しばらく周囲の風景を眺め渡してから、髪を洗いにかかった。編んでいた髪を解き流し、水に浸ける。最初だけはひやりとしたものの、直に爽快感の方が勝ってくるのだ。サヨンは小声で歌を口ずさみながら、熱心に髪を洗い始めた。まさか、さほど遠くない岩の陰から数人の男たちが覗き見しているとは想像だにしなかった。
その日、間の悪いことに、サヨンが赴いた川には珍しく別の人間たちが居合わせた。三人はいずれも二十代前半の若者たちで、親分格の青年は近くの町に暮らす地方両班の息子である。後の男たちは一人は地方両班の息子には従弟に当たり、都から酔狂にも鄙まで遊びにきたという経緯があった。あと一人は、この地方一帯を治める県(ヒヨン)監(ガン)(地方役所の長官)の跡取り息子である。
「おい、あれは何だ?」
三人の中では中心にいる地方両班の息子が指を差し、後の二人は首をひねった。
「何か見つけたのか?」
「ホホウ。こいつは凄い」
最初の若者は眼を眇めながら感嘆の声を上げた。
「おいおい、何だ、どうしたんだ」
他の二人も俄に興味をそそられ、若者の肩越しに背後から覗き込んだ。彼らは丁度、サヨンが髪を洗っている場所の真向かいにいた。正確に言うと、向かいの岩壁の上だ。そこに陣取って、サヨンの姿を垣間見していたのである。
「最高の獲物を見つけたぞ」
「何だ、猪か鹿でもいたのか?」
「馬鹿を言え。たかが猪や鹿くらいで、ここまで愕くか」
「勿体つけてないで、何を見つけたのか教えろよ」
「百聞は一見にしかず、そなたも見てみろ」
若者に押し出され、彼の従弟は伸び上がるようにして岩下の光景を眺めた。
「あまり顔を出すと、女にバレるぞ」
しかし、若者の忠告は従弟には届かなかった。若者がよくよく見ると、岩下の魅惑的な光景に阿呆のようにボウとして見惚れている。
折り重なったいちばん下の岩に横座りになり、うら若い女が髪を洗っている。上半身は胸に布を巻いただけでの半裸といっても良い姿で、彼らにとっては格好の目の保養となる。
布を巻いているといっても、豊かなふくらみを見えるか見えない程度まで覆っているだけで、遠目からでも女が成熟しきった豊満な肢体を備えていることが判った。白いふくらみが眩しく、女が身じろぎする度に、誘うように揺れている。
「こいつは愕いた。こんな山奥の鄙びた場所に、あんな美女がいるとはな」
「本当だ。都でもあんな良い女、そうそう見かけないぞ」
若者と異なり、都暮らしが長い後の二人は都の風物や情報にも明るい。二人の若い男は興奮気味に語り合った。
「しかし、妙だな」
従弟が首を傾げた。
川はさほど大きいものではなかった。しかし、流れは速く、河原は大きな無数の岩が川縁を囲むように折り重なっている。階段状に重なっているため、サヨンでも上り下りするのに苦労せずに済む。水飛沫を上げて流れている川の水は清らかで澄んでいて、くっきりと物の形を映し出した。
サヨンは河原に着くと、早速、準備に取りかかった。濡れては困るので、上衣とその下の下着は脱いだ。脱いだものを丁寧に畳み岩の上に置き、髪を洗い始めた。
胸に布を巻いただけのしどけない姿だが、周辺は大きな岩が天然の壁のように立ち塞がっているため、誰かに見られる不安はなかった。第一、ここから最も近い山茶花村ですら、徒歩で四半刻はかかる距離にあるのだ。トンジュが月に一度、薬草を売りにゆく町は更に遠く、一刻余りはかかる場所にある。
こんな人気のない場所に来る物好きなど、そうそういるとは思えない。
三月初めの水はまだ冷たい。手のひらで掬ってみると、なめらかで光り輝いている。まずそっとひと口含んでみると、甘露のうま味が冷たい感触と共に喉元をすべり落ちていった。
山上と違って、ここには太陽の光が満ち溢れている。日毎に春らしさを増す陽光が川面に降り注ぎ、乱反射していた。
しばらく周囲の風景を眺め渡してから、髪を洗いにかかった。編んでいた髪を解き流し、水に浸ける。最初だけはひやりとしたものの、直に爽快感の方が勝ってくるのだ。サヨンは小声で歌を口ずさみながら、熱心に髪を洗い始めた。まさか、さほど遠くない岩の陰から数人の男たちが覗き見しているとは想像だにしなかった。
その日、間の悪いことに、サヨンが赴いた川には珍しく別の人間たちが居合わせた。三人はいずれも二十代前半の若者たちで、親分格の青年は近くの町に暮らす地方両班の息子である。後の男たちは一人は地方両班の息子には従弟に当たり、都から酔狂にも鄙まで遊びにきたという経緯があった。あと一人は、この地方一帯を治める県(ヒヨン)監(ガン)(地方役所の長官)の跡取り息子である。
「おい、あれは何だ?」
三人の中では中心にいる地方両班の息子が指を差し、後の二人は首をひねった。
「何か見つけたのか?」
「ホホウ。こいつは凄い」
最初の若者は眼を眇めながら感嘆の声を上げた。
「おいおい、何だ、どうしたんだ」
他の二人も俄に興味をそそられ、若者の肩越しに背後から覗き込んだ。彼らは丁度、サヨンが髪を洗っている場所の真向かいにいた。正確に言うと、向かいの岩壁の上だ。そこに陣取って、サヨンの姿を垣間見していたのである。
「最高の獲物を見つけたぞ」
「何だ、猪か鹿でもいたのか?」
「馬鹿を言え。たかが猪や鹿くらいで、ここまで愕くか」
「勿体つけてないで、何を見つけたのか教えろよ」
「百聞は一見にしかず、そなたも見てみろ」
若者に押し出され、彼の従弟は伸び上がるようにして岩下の光景を眺めた。
「あまり顔を出すと、女にバレるぞ」
しかし、若者の忠告は従弟には届かなかった。若者がよくよく見ると、岩下の魅惑的な光景に阿呆のようにボウとして見惚れている。
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布を巻いているといっても、豊かなふくらみを見えるか見えない程度まで覆っているだけで、遠目からでも女が成熟しきった豊満な肢体を備えていることが判った。白いふくらみが眩しく、女が身じろぎする度に、誘うように揺れている。
「こいつは愕いた。こんな山奥の鄙びた場所に、あんな美女がいるとはな」
「本当だ。都でもあんな良い女、そうそう見かけないぞ」
若者と異なり、都暮らしが長い後の二人は都の風物や情報にも明るい。二人の若い男は興奮気味に語り合った。
「しかし、妙だな」
従弟が首を傾げた。
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