24 / 66
闇に咲く花~王を愛した少年~㉔
しおりを挟む
が、目下のところ、あの女は至って大人しく、何をする動きもない。むしろ位階を与えると言い張る王に〝側室にはなりたくない〟と駄々をこねているという。それこそが柳内官が彼女をして女狐だと思わせる最大の要素なのだが、彼女を熱愛している光宗には相変わらず謙虚さという美点にしか映らないのだから、困ったものだ。
張女官が尻尾を出すようなことがあれば、それを捕まえ、理由として宮殿から追放―最悪の場合、生命を奪うこともできる。しかし、何も事を起こさない中は、排除する理由というか名分がない。左議政もそのため、張女官の存在を黙認しているのだ。
もしかしたらと、柳内官は意気込む。この薬がその突破口になり得るかもしれない。彼は尊敬する尚薬を探すために、薬房を後にした。
柳内官が大殿に戻った時、既に光宗は昼餉を終えていた。膳のものもすべて下げられており、王は一人で書見をしている最中だった。
執務室に入ると、彼はまず深々と頭を下げた。
「国王(チユサン)殿下(チヨナー)」
「何だ、柳内官か。どうしたのだ、昼食のときにはいつも傍にいるそなたの姿が見えなかったが」
光宗は顔を上げて、柳内官を見る。
「そのことで、お話がございます」
「判った。話してみよ」
鷹揚に頷く王に、彼は一礼して近づいた。
「ところで、殿下は先ほど食後にいつもの薬はお飲みになりましたか?」
「いや、今日は薬は用意されていなかった。珍しいこともあるものだと思ったのだが」
柳内官は声を潜めた。
「実はその件につきましては、私の方で尚薬さまに申し上げて煎薬をこちらへお持ちするのを止めて頂きました」
「今日に限って何故だ?」
王は不思議そうに訊ねた。
柳内官は、いっそう声を落とした。
「殿下、何者かが殿下のお飲みになるはずのお薬に毒を潜ませようと致しました」
「―!」
流石に、滅多と物事に動じない王も顔色が変わった。
「つまり、それは誰かが予を毒殺しようと企んだと、そういうことだな」
念を押すように言う王の顔は強ばっていた。
「畏れ多いことに、そのようでございます、殿下。丁度、私は、その者が薬房から慌てて出てゆくところを目撃致しました。恐らくは、その不届き者は、薬を煎ずる土瓶に毒を入れて逃げようとしていたものと思われます」
「何と、警護の厳しいこの宮殿でそのような忌まわしきことが起こるとは。嘆かわしい限りだ。して、その者は既に捕らえたのか?」
「いいえ、捕らえる前に、まずは殿下にお話ししておいた方がよろしいかと思いまして」
王は訝しげに眼を眇めた。
「さりながら、すぐに捕らえねば、既に逃亡しているやもしれぬぞ。そなたにしては手緩いのではないか、柳内官?」
「申し訳ございません」
「その者をすぐに捕らえられなかった理由でもあるのか?」
流石は賢明な光宗だ。読みは早かった。
「はい、ご賢察のとおりにございます。実は、薬房から出てゆくのを見た者というのが張女官でございました」
彼は、張女官に何をしているのかと問いただしたこと、対して張女官は趙尚宮の頭痛薬を探しにきたのだと応えたことなどをかいつまんで報告した。
「まさか、そのようなことがあるはずもない」
光宗の顔が怒りに染まる。寵愛の女官が自分を毒殺しようとしたと指摘されたのだ、動揺せぬはずがなかった。
「そなたは、緑花が確かに毒を入れるところを見たのか?」
鋭い眼で射貫くように見つめてくる王を、柳内官もまた静かに見つめた。
「いいえ、毒を混入するところそのものを見たわけではございません。しかしながら、殿下、張女官は私が薬房に入ってきた時、明らかに尋常でなく狼狽えておりました。彼女がその前、つまり私に出くわす直前に毒を潜ませたと考えるのは、ごく自然な推理です」
「馬鹿な、たわ言を申すのもたいがいに致せ。緑花の存在は公にはしておらぬが、あれが予にとっては特別な女だとこの宮殿で知らぬ者はおるまい。予に最も近いそなたがそのことを知らぬはずはないのに、何故、根拠のない罪で予の大切な女を貶めようとする? 大体、そなたは毒薬だと言い切るが、その薬に毒が仕込まれているかどうか、実際に確かめたのか?」
光宗の語気はその怒りのほどを物語るかのように鋭い。
張女官が尻尾を出すようなことがあれば、それを捕まえ、理由として宮殿から追放―最悪の場合、生命を奪うこともできる。しかし、何も事を起こさない中は、排除する理由というか名分がない。左議政もそのため、張女官の存在を黙認しているのだ。
もしかしたらと、柳内官は意気込む。この薬がその突破口になり得るかもしれない。彼は尊敬する尚薬を探すために、薬房を後にした。
柳内官が大殿に戻った時、既に光宗は昼餉を終えていた。膳のものもすべて下げられており、王は一人で書見をしている最中だった。
執務室に入ると、彼はまず深々と頭を下げた。
「国王(チユサン)殿下(チヨナー)」
「何だ、柳内官か。どうしたのだ、昼食のときにはいつも傍にいるそなたの姿が見えなかったが」
光宗は顔を上げて、柳内官を見る。
「そのことで、お話がございます」
「判った。話してみよ」
鷹揚に頷く王に、彼は一礼して近づいた。
「ところで、殿下は先ほど食後にいつもの薬はお飲みになりましたか?」
「いや、今日は薬は用意されていなかった。珍しいこともあるものだと思ったのだが」
柳内官は声を潜めた。
「実はその件につきましては、私の方で尚薬さまに申し上げて煎薬をこちらへお持ちするのを止めて頂きました」
「今日に限って何故だ?」
王は不思議そうに訊ねた。
柳内官は、いっそう声を落とした。
「殿下、何者かが殿下のお飲みになるはずのお薬に毒を潜ませようと致しました」
「―!」
流石に、滅多と物事に動じない王も顔色が変わった。
「つまり、それは誰かが予を毒殺しようと企んだと、そういうことだな」
念を押すように言う王の顔は強ばっていた。
「畏れ多いことに、そのようでございます、殿下。丁度、私は、その者が薬房から慌てて出てゆくところを目撃致しました。恐らくは、その不届き者は、薬を煎ずる土瓶に毒を入れて逃げようとしていたものと思われます」
「何と、警護の厳しいこの宮殿でそのような忌まわしきことが起こるとは。嘆かわしい限りだ。して、その者は既に捕らえたのか?」
「いいえ、捕らえる前に、まずは殿下にお話ししておいた方がよろしいかと思いまして」
王は訝しげに眼を眇めた。
「さりながら、すぐに捕らえねば、既に逃亡しているやもしれぬぞ。そなたにしては手緩いのではないか、柳内官?」
「申し訳ございません」
「その者をすぐに捕らえられなかった理由でもあるのか?」
流石は賢明な光宗だ。読みは早かった。
「はい、ご賢察のとおりにございます。実は、薬房から出てゆくのを見た者というのが張女官でございました」
彼は、張女官に何をしているのかと問いただしたこと、対して張女官は趙尚宮の頭痛薬を探しにきたのだと応えたことなどをかいつまんで報告した。
「まさか、そのようなことがあるはずもない」
光宗の顔が怒りに染まる。寵愛の女官が自分を毒殺しようとしたと指摘されたのだ、動揺せぬはずがなかった。
「そなたは、緑花が確かに毒を入れるところを見たのか?」
鋭い眼で射貫くように見つめてくる王を、柳内官もまた静かに見つめた。
「いいえ、毒を混入するところそのものを見たわけではございません。しかしながら、殿下、張女官は私が薬房に入ってきた時、明らかに尋常でなく狼狽えておりました。彼女がその前、つまり私に出くわす直前に毒を潜ませたと考えるのは、ごく自然な推理です」
「馬鹿な、たわ言を申すのもたいがいに致せ。緑花の存在は公にはしておらぬが、あれが予にとっては特別な女だとこの宮殿で知らぬ者はおるまい。予に最も近いそなたがそのことを知らぬはずはないのに、何故、根拠のない罪で予の大切な女を貶めようとする? 大体、そなたは毒薬だと言い切るが、その薬に毒が仕込まれているかどうか、実際に確かめたのか?」
光宗の語気はその怒りのほどを物語るかのように鋭い。
1
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
青龍将軍の新婚生活
蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。
武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。
そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。
「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」
幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。
中華風政略結婚ラブコメ。
※他のサイトにも投稿しています。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる