闇に咲く花~王を愛した少年~

めぐみ

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闇に咲く花~王を愛した少年~㉕

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「むろんでございます。私にも多少は医術の心得はございますゆえ、すぐに、おかしいと思いました。ひと口舐めただけで、混入された毒がかなりの強いものだと確信致しました。それも、すぐに効くのではなく、ある一定期間をおいて、効果を現す毒にございます。仮に今日の昼にお飲みになれば、早くて明日の朝、遅ければ夜に殿下は大量の血をお吐きになり、畏れ多いことながらご落命されていたに相違ございませぬ。私の申し上げることにご不審がおありならば、尚薬さまにも同様のことをご下問になってみて下さい。念のために、既に尚薬さまにも毒薬であるかどうかは確認して頂いておりますゆえ」
 土瓶の底に残ったわずかの薬を舐めた尚薬は、確かにこう言った。
―これは、怖ろしい猛毒だ。もっとも、我が国では自生しておらず、明から渡来する荷に紛れて、ひそかに入ってくると言われておるほどの珍しいもの。呑んだ者は血を吐きながら、のたうち回って死に至るという。
 既に老齢に達していると言って良い尚薬は皺深い顔に埋もれた細い眼をしばたたかせながら話してくれた。
―薔薇に似た花、〝偽薔薇(にせばら)〟と呼ばれる希少な花の種からできる薬だといわれておる。
―偽薔薇?
 怪訝そうな表情の柳内官に、尚薬は頷いた。
―或いは真の名があるのやもしれぬが、儂は知らぬ。外見は薔薇に酷似していても、バラ科の花ではないそうじゃ。薔薇に似て、薔薇でなく、鋭い無数の棘を持ち、その美しさは見る者すべてを魅了する。そのように言い表されている幻の花だ。
 薔薇であって、薔薇でない。鋭い無数の棘を持ち、その美しさは見る者すべてを魅了する。
 その言葉を聞いた時、何故か、張女官―あの娘の楚々とした容貌が浮かんだ。
 あの清楚でたおやかな少女の仮面を被った妖婦もまた、偽薔薇なのかもしれない。男の心を惑わせ、その鋭い針でひと突きにする怖ろしい毒花だ。
「なるほど、それで今日の昼は煎薬がなかったというわけか」
 王は低い声で言い、柳内官を鋭い眼で見据えた。
「柳内官。緑花は予の最愛の想い人ではあるが、そなたもまた幼いときからの友であり、単なる臣下とは思うてはおらぬ」
 柳内官が内侍試験に合格し、小宦となって宮殿に入ったのは十歳のときのことになる。
 その四年後、先王が急死し、その弟である光宗が急遽、十四歳の若さで即位した。二人は全くの同年なのだ。その頃から、柳内官はいつも光宗の傍に控えていた。光宗自身が何より不正を嫌う性格だったため、実直すぎるほど実直な柳内官とは響き合うものがあったのだろう。
「畏れ多いお言葉にございます」
 柳内官が頭を下げると、光宗は珍しく疲れた表情で玉座にもたれた。数時間に渡って大臣たちと御前会議をした後でさえ、いささかの疲れも見せぬ王には滅多とないことだ。片手で額を押さえ、もう一方の手で出てゆくように合図する。
「予は大切な女も友も失いたくない。ゆえに、この件は不問に付すゆえ、そなたは、このことに関してこれ以上詮索はせぬように」
「ですが、殿下、このままでは殿下の御身が危険すぎます」
 なおも言おうとする柳内官に、光宗は声を荒げた。
「くどい! 仮に緑花に何らかの野心があるのだしても、おかしいではないか。予を殺そうと思えば、緑花には、とうにそれができていたはずなのに、何故、今になって毒殺など企てる必要がある? 二人きりになる機会は毎夜、あるのだ。夜に二人だけで忍び逢っているときに、何故、直接手を下そうとしなかった? あれは、そのような大それたことのできる女ではない。何より心根の優しい娘なのだ。予が緑花を寵愛するのも、その美しい容貌だけではない、あの女の心の美しさ、優しさゆえなのだ」
「それは―」
 柳内官は言葉に窮した。確かに、理屈でいえば、それはそうだろう。光宗の寵愛を受けるようになって二ヵ月もの間、あの女には幾らでも暗殺の機会はあったはずなのだ。が、二ヵ月という月日が、彼女に夢中になっている国王を更に籠絡するために必要な期間だったとしたら?
 張緑花がそこまで見越して、わざと好機を待っていたのだしたら? 彼女を熱愛し、心から信じ切っている国王がよもや彼女の仕業だと思わないように、要らざる疑念を持たれないように、これまで待っていた―、とも考えられないだろうか。
 今、光宗に何を言ったとしても、無駄だろう。若い王の瞳には張緑花しか映ってはいない。
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