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闇に咲く花~王を愛した少年~㊳
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或いは光宗の叔父、左議政孔賢明に正体を勘づかれたか。
万事休すだ、正体が知られては、自分ばかりか家族の生命まで危ういのだ。
誠恵は渾身の力を出して暴れた。相手は女と見て、侮っていたに相違ない。一瞬口を覆っていた手が離れたかと思うと、すぐに布を口に押し込まれた。おまけに目隠しまでされてしまっては、どうにも抵抗のしようがない。
「うう―」
悲鳴を上げようとしても、声が出ない。
このまま殺されるのかと考えると、流石に鳥肌が立った。
軽々と肩に担ぎ上げられ、荷物のように運ばれてゆく。誠恵は両手で自分を連れ去る曲者の身体を思いきり叩いた。
だが、屈強な身体はビクともしない。
途中で人の話し声が向こうから近づいてくる気配がして、誠恵は助けを求め、手を差しのべて懸命にもがいた。
だが、どうやら女官たちのものらしい話し声は呆気ないほどの速さで通り過ぎ、やがて遠ざかっていってしまった。
何故、彼女たちは狼藉者に連れ去られようとしている自分を見ても、助けてくれなかったのだろうか。
―ああ、行ってしまった。
誠恵は絶望的な想いに突き落とされた。
どれだけ歩いたのか判らないと思う頃、目的地に着いたらしく、扉が軋む音が聞こえた。
乱暴な扱いを受けた割には、静かに降ろされ、ひんやりとした感触から、そこが床であることが知れた。次いで、目隠しが解かれる。
灯りもない部屋に、ぼんやりと人影が浮かび上がる。宮殿には、これまでの幾多の政変、陰謀で生命を落とした亡霊がさまよっているという。よもや、そんな亡霊の仕業かと現実的な誠恵も一瞬、ゾッとした。
目隠しをされていたので、眼の焦点がなかなか合わない。やっと周囲のものが普通に見えるようになった誠恵は愕きに眼を瞠った。
「国王殿下―」
道理で、先刻すれ違った女官たちが自分を助けてくれなかったはずだ。国王が厭がる女官を抱えて連れ去ろうとしたからといって、誰があからさまに異を唱えるだろう。王の所有物と見なされる女官は、王に求められれば、その意に従うのは当然のことなのだ。
だが、すぐにおかしいと思った。いつもの優しい春の陽溜まりのような彼ではない。王衣こそ纏っているものの、血の気のない顔、虚ろな眼は、それこそ彷徨う亡霊のようだ。
「緑花、どうして、そなたは予から逃げる?」
哀しげな声、でも、地の底から這い出てくるような不気味な声でもある。
誠恵は無意識の中に後ずさっていた。
「あ―」
光宗を怖いと感じたのは、初めてだ。これまで毎夜のように二人で過ごしていても、こんな気持ちを抱いたことはなかったのに。
そこで、誠恵は、自分が連れ込まれた部屋がかつて自分たちがひそやかな逢瀬を重ねていた場所だと気付く。
「殿下、一体、何を」
じりじりと近づいてくる光宗が狼なら、多い詰められる自分は弱い野兎といったところか。
誠恵は怯え切った眼で光宗を見上げた。
「何故、そのような眼で予を見る? 恋しい男に逢えれば、女はもっと嬉しげな顔を見せるものではないか?」
「殿下」
誠恵は震えながら後退していったが、やがて、その背が壁に当たった。
光宗の眼付きは尋常ではなかった。聖君と民からも讃えられる国王に何があったというのだろう?
「いや、そなたが嬉しい顔をするはずがない。そなたは予を慕うてなどおらぬのだから」
「殿下、それはあまりにございます。私の殿下をお慕いする気持ちは、ずっと変わってはおりません」
誠恵が懸命に訴えても、光宗は鼻で嗤った。
「フン、口では何とでも言える。そなたの言葉はすべて嘘だらけだ。口先だけの言い逃れなどで、もう騙されぬぞ」
一瞬、男であることが露見したのかとも思った。しかし、ならば、わざわざ、こんな人気のない場所に連れてくることはないはずだ。
光宗は一体、何をするつもりなのだろう?
寒くもないのに、身体が震える。
光宗がついに手前まで迫った。
「緑花、そなたが予を拒む理由は何だ? 他に男がいるとでも? 予を焦らして、そなたは愉しんでいたのか?」
「そんな、私は焦らしてなんか」
言いかけた誠恵に、いきなり光宗が襲いかかった。誠恵は我が身に起こった事が俄には信じられなかった。
万事休すだ、正体が知られては、自分ばかりか家族の生命まで危ういのだ。
誠恵は渾身の力を出して暴れた。相手は女と見て、侮っていたに相違ない。一瞬口を覆っていた手が離れたかと思うと、すぐに布を口に押し込まれた。おまけに目隠しまでされてしまっては、どうにも抵抗のしようがない。
「うう―」
悲鳴を上げようとしても、声が出ない。
このまま殺されるのかと考えると、流石に鳥肌が立った。
軽々と肩に担ぎ上げられ、荷物のように運ばれてゆく。誠恵は両手で自分を連れ去る曲者の身体を思いきり叩いた。
だが、屈強な身体はビクともしない。
途中で人の話し声が向こうから近づいてくる気配がして、誠恵は助けを求め、手を差しのべて懸命にもがいた。
だが、どうやら女官たちのものらしい話し声は呆気ないほどの速さで通り過ぎ、やがて遠ざかっていってしまった。
何故、彼女たちは狼藉者に連れ去られようとしている自分を見ても、助けてくれなかったのだろうか。
―ああ、行ってしまった。
誠恵は絶望的な想いに突き落とされた。
どれだけ歩いたのか判らないと思う頃、目的地に着いたらしく、扉が軋む音が聞こえた。
乱暴な扱いを受けた割には、静かに降ろされ、ひんやりとした感触から、そこが床であることが知れた。次いで、目隠しが解かれる。
灯りもない部屋に、ぼんやりと人影が浮かび上がる。宮殿には、これまでの幾多の政変、陰謀で生命を落とした亡霊がさまよっているという。よもや、そんな亡霊の仕業かと現実的な誠恵も一瞬、ゾッとした。
目隠しをされていたので、眼の焦点がなかなか合わない。やっと周囲のものが普通に見えるようになった誠恵は愕きに眼を瞠った。
「国王殿下―」
道理で、先刻すれ違った女官たちが自分を助けてくれなかったはずだ。国王が厭がる女官を抱えて連れ去ろうとしたからといって、誰があからさまに異を唱えるだろう。王の所有物と見なされる女官は、王に求められれば、その意に従うのは当然のことなのだ。
だが、すぐにおかしいと思った。いつもの優しい春の陽溜まりのような彼ではない。王衣こそ纏っているものの、血の気のない顔、虚ろな眼は、それこそ彷徨う亡霊のようだ。
「緑花、どうして、そなたは予から逃げる?」
哀しげな声、でも、地の底から這い出てくるような不気味な声でもある。
誠恵は無意識の中に後ずさっていた。
「あ―」
光宗を怖いと感じたのは、初めてだ。これまで毎夜のように二人で過ごしていても、こんな気持ちを抱いたことはなかったのに。
そこで、誠恵は、自分が連れ込まれた部屋がかつて自分たちがひそやかな逢瀬を重ねていた場所だと気付く。
「殿下、一体、何を」
じりじりと近づいてくる光宗が狼なら、多い詰められる自分は弱い野兎といったところか。
誠恵は怯え切った眼で光宗を見上げた。
「何故、そのような眼で予を見る? 恋しい男に逢えれば、女はもっと嬉しげな顔を見せるものではないか?」
「殿下」
誠恵は震えながら後退していったが、やがて、その背が壁に当たった。
光宗の眼付きは尋常ではなかった。聖君と民からも讃えられる国王に何があったというのだろう?
「いや、そなたが嬉しい顔をするはずがない。そなたは予を慕うてなどおらぬのだから」
「殿下、それはあまりにございます。私の殿下をお慕いする気持ちは、ずっと変わってはおりません」
誠恵が懸命に訴えても、光宗は鼻で嗤った。
「フン、口では何とでも言える。そなたの言葉はすべて嘘だらけだ。口先だけの言い逃れなどで、もう騙されぬぞ」
一瞬、男であることが露見したのかとも思った。しかし、ならば、わざわざ、こんな人気のない場所に連れてくることはないはずだ。
光宗は一体、何をするつもりなのだろう?
寒くもないのに、身体が震える。
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「緑花、そなたが予を拒む理由は何だ? 他に男がいるとでも? 予を焦らして、そなたは愉しんでいたのか?」
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