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闇に咲く花~王を愛した少年~54
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「ホホウ、あれほど申したにも拘わらず、そなたは緑花を科人扱いするのだな」
光宗はそれ以上聞きたくもないと露骨に態度で示す。大抵の者ならば、国王の逆鱗に触れるのを怖れて、ここで引き下がる。だが、柳内官は違った。
「殿下、まずは私をお叱りになる前に、こちらをご覧下さい」
張緑花について調べた結果は、既に上がってきている。それらを逐一詳細に記した文書を柳内官は持参していた。
巻物状の紙に記された報告書を差し出され、光宗は仕方なく手に取った。
それでも気が進まず手に持ったままなのを、柳内官が急かすように言葉を添える。
「どうぞご確認下さい」
光宗はわざとらしい溜息をつき、何げなく巻物をひろげた。
柳内官は息を詰めて、王の様子を見守る。
やがて、少しく後、王の端整な面が翳った。
しばらく無言で眼を走らせていた光宗は、顔を上げて柳内官を見た。
報告書を持つ手がかすかに揺れている―、震えているのだ。
「ここに書いてあるのは、すべて事実なのか? 十分な証拠が揃っているのか」
「は、すべて入念な調査を行い、証拠も揃っております。内侍府の監察部が特に優秀なことは殿下もご存じのことにござりましょう」
恭しく応える柳内官に、王は怒鳴った。
「身内の自慢など、この際、どうでも良い」
いかなるときも冷静でけして取り乱すことのない光宗がここまで感情を露わにするのは珍しい。
つまりは、それほどまでに若い王の御心を高ぶらせ揺さぶる事柄がこの報告書には記されているのだ。
無理もないと、柳内官でさえ思う。
この半月間、都を駆けめぐり集めた情報の数々は、あまりにも意外であり衝撃的であった。
まず、張緑花の素姓について、彼女は都の外れ月華楼という妓楼の妓生であった。月華楼の女将香月には実の娘同然に可愛がられている。十で辺境の貧しい農村から売られてきて、香月に買われた。源氏名は翠玉というそうだ。そして、どういうわけか、半年ほど前に急に月華楼から姿を消している。
この緑花の生い立ちは、後宮女官として出仕する際、届け出た書類に記されたこととは全く食い違う。
光宗もまた、緑花は貧しい両班の家門に生まれ育ち、妓楼に売られたのだと当人から聞いた。初めての客を取らされそうになり、怖くなって妓楼から逃げ出したのだと緑花は話していた。
更に報告書は愕くべき事実を告げていた。
緑花が領議政孫尚善と裏で繋がっているというのだ!
光宗にとって、これはある程度、予測していたことではあった。だが、こうして証拠が揃ってみると、自分が考えていた以上の打撃を受けずにはいられなかった。
「実は、今日一日、私たちは月華楼の周辺を隈無く張っておりました」
柳内官の声が無情な現実を突きつける。
何と里帰りを願い出た緑花が赴いたのは両班の屋敷などではなく、月華楼であった。当然だろう、緑花は貴族の娘などではなく、貧しい百姓の娘だったのだから。しかも、賤しい妓楼お抱えの娼婦だというではないか。
だが、この次の話は更に若い王の心を抉った。
月華楼の一室で、緑花は孫尚善と関係を持っていたというのだった―。それも数時間もの間、二人は部屋に閉じこもりきりだったという。先に領議政が妓楼を出て、それから一時間ほど後に緑花が出ていった。
「つまり、こういうことだな? 緑花は領議政の女だった。領議政が予の許に送り込んできたのは、自分が抱いた情婦だったということだ。そして、予は愚かにも、あの狸爺の想い者にひとめ惚れし、のぼせ上がって熱愛していたというわけだ!」
光宗は感情の持って行き場がなかった。
報告書を執務机に叩きつけると、両手で顔を覆った。
世子暗殺事件の後、光宗は緑花が刺客―しかも恐らくは領議政の放った暗殺者であることを知った。何より彼女が世子の首を絞めるところを目撃しているし、彼女が領議政の回し者であれば、光宗の煎薬に毒を入れようとしたことにも納得がゆく。
だが、光宗は緑花を信じていた。彼女は幼い誠徳君を寸でのところで殺さなかった。あれは緑花が他ならぬ光宗のために領議政を裏切ったのだと判ったが、たとえ領議政の回し者であったとしても、緑花が自分を害することないと信じていたのだ。
両班の娘でなかったのはまだ良い。だが、領議政の女だったという事実だけは許せなかった。しかも、国王である自分をずっと拒み続けていながら、その一方で領議政との関係を妓楼で続けていたとは、実に許しがたい。
光宗はそれ以上聞きたくもないと露骨に態度で示す。大抵の者ならば、国王の逆鱗に触れるのを怖れて、ここで引き下がる。だが、柳内官は違った。
「殿下、まずは私をお叱りになる前に、こちらをご覧下さい」
張緑花について調べた結果は、既に上がってきている。それらを逐一詳細に記した文書を柳内官は持参していた。
巻物状の紙に記された報告書を差し出され、光宗は仕方なく手に取った。
それでも気が進まず手に持ったままなのを、柳内官が急かすように言葉を添える。
「どうぞご確認下さい」
光宗はわざとらしい溜息をつき、何げなく巻物をひろげた。
柳内官は息を詰めて、王の様子を見守る。
やがて、少しく後、王の端整な面が翳った。
しばらく無言で眼を走らせていた光宗は、顔を上げて柳内官を見た。
報告書を持つ手がかすかに揺れている―、震えているのだ。
「ここに書いてあるのは、すべて事実なのか? 十分な証拠が揃っているのか」
「は、すべて入念な調査を行い、証拠も揃っております。内侍府の監察部が特に優秀なことは殿下もご存じのことにござりましょう」
恭しく応える柳内官に、王は怒鳴った。
「身内の自慢など、この際、どうでも良い」
いかなるときも冷静でけして取り乱すことのない光宗がここまで感情を露わにするのは珍しい。
つまりは、それほどまでに若い王の御心を高ぶらせ揺さぶる事柄がこの報告書には記されているのだ。
無理もないと、柳内官でさえ思う。
この半月間、都を駆けめぐり集めた情報の数々は、あまりにも意外であり衝撃的であった。
まず、張緑花の素姓について、彼女は都の外れ月華楼という妓楼の妓生であった。月華楼の女将香月には実の娘同然に可愛がられている。十で辺境の貧しい農村から売られてきて、香月に買われた。源氏名は翠玉というそうだ。そして、どういうわけか、半年ほど前に急に月華楼から姿を消している。
この緑花の生い立ちは、後宮女官として出仕する際、届け出た書類に記されたこととは全く食い違う。
光宗もまた、緑花は貧しい両班の家門に生まれ育ち、妓楼に売られたのだと当人から聞いた。初めての客を取らされそうになり、怖くなって妓楼から逃げ出したのだと緑花は話していた。
更に報告書は愕くべき事実を告げていた。
緑花が領議政孫尚善と裏で繋がっているというのだ!
光宗にとって、これはある程度、予測していたことではあった。だが、こうして証拠が揃ってみると、自分が考えていた以上の打撃を受けずにはいられなかった。
「実は、今日一日、私たちは月華楼の周辺を隈無く張っておりました」
柳内官の声が無情な現実を突きつける。
何と里帰りを願い出た緑花が赴いたのは両班の屋敷などではなく、月華楼であった。当然だろう、緑花は貴族の娘などではなく、貧しい百姓の娘だったのだから。しかも、賤しい妓楼お抱えの娼婦だというではないか。
だが、この次の話は更に若い王の心を抉った。
月華楼の一室で、緑花は孫尚善と関係を持っていたというのだった―。それも数時間もの間、二人は部屋に閉じこもりきりだったという。先に領議政が妓楼を出て、それから一時間ほど後に緑花が出ていった。
「つまり、こういうことだな? 緑花は領議政の女だった。領議政が予の許に送り込んできたのは、自分が抱いた情婦だったということだ。そして、予は愚かにも、あの狸爺の想い者にひとめ惚れし、のぼせ上がって熱愛していたというわけだ!」
光宗は感情の持って行き場がなかった。
報告書を執務机に叩きつけると、両手で顔を覆った。
世子暗殺事件の後、光宗は緑花が刺客―しかも恐らくは領議政の放った暗殺者であることを知った。何より彼女が世子の首を絞めるところを目撃しているし、彼女が領議政の回し者であれば、光宗の煎薬に毒を入れようとしたことにも納得がゆく。
だが、光宗は緑花を信じていた。彼女は幼い誠徳君を寸でのところで殺さなかった。あれは緑花が他ならぬ光宗のために領議政を裏切ったのだと判ったが、たとえ領議政の回し者であったとしても、緑花が自分を害することないと信じていたのだ。
両班の娘でなかったのはまだ良い。だが、領議政の女だったという事実だけは許せなかった。しかも、国王である自分をずっと拒み続けていながら、その一方で領議政との関係を妓楼で続けていたとは、実に許しがたい。
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