華鏡【はなかがみ】~帝に愛された姫君~

めぐみ

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嵐の夜

「潮騒鳴り止まず~久遠の帝~」

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 嵐の夜

 当然ながらというべきか、屋敷に立ち返った楓はおろおろと取り乱した乳母に出迎えられ、その後、父恒正からたっぷりとお説教をされた。
 父は怒りのあまり、涙ぐんでいた。握りしめた拳を小刻みに震わせて、持ってゆき場のない感情を持て余すかのように、唇を噛みしめていた。
「どれだけ、わしの寿命を縮めたら、気が済むのだ? そなたがいなくなって、わしが平然としておられるとでも思うたか? 亡き東子(とうこ)の今のわの際の願いをわしは今でも生命に代えても守り通そうと思うておるに。もし、そなたの身に何ぞあったときには、わしはあの世の蓮のうてなにおるそなたの母に申し開きができなんだ」
 それは幼い時分から父に繰り返し聞かされた母の遺言だった。
―どうか殿、楓のことをよろしく頼みまする。
 母東子は楓を出産後、後産がなく、そのまま亡くなった。息を引き取る間際、枕辺の良人恒正の手を握りしめて涙ながらに懇願したという。
 結局、楓はゆうに一刻余りにわたって延々と父に絞られた挙げ句、自室に幽閉された。翌日から、恒正は楓に逢おうともしなかった。楓はさつきを通じて幾度も父に目通りを願い出たが、父は顔を見せてもくれない。
 しかもまた脱走することを警戒してか、部屋の周囲には屈強な家臣たちで固め、部屋の外に出ることさえ叶わない。
 日だけが徒に過ぎていった。その折々、楓はあの由比ヶ浜で出逢った不思議な男―時繁を思い出すのだった。日に三度届けられる食事もろくに手に付かないのは何も幽閉されているからではない。しょっちゅう瞼にちらつくあの男のことで心が一杯になり、胸がつかえる心地がするからだった。
 更に悪いことに、時繁の存在は日毎に薄れるどころか、大きくなってくる。ひと月ほどの間に楓はろくに食事も受け付けなくなり、ひと回り痩せた。元々の雪膚は更に白く透き通り、半病人の体になった。恒正は婚礼前に大切な娘の身に何かあってはと医師を呼んで診させたものの、特に異常は見当たらずと体力を増進させる滋養強壮の薬が処方された。
 そんなある夜。暦は既に卯月を迎えていた。鎌倉でも桜が本格的に咲き始めたある日のこと、父恒正が漸く姿を見せた。
 楓は歓び、父を迎えた。それまで床に横たわっていたが、慌てて飛び起きた。恒正は上座にゆったりと座り、楓は手をつかえて出迎える。
「しんどいのであれば、横になっていても良いのだぞ」
 恒正の機嫌はけして悪くない。というより、むしろ上機嫌であった。このひと月の間に、何があったのだろうか。楓は訝しげに父を見つめた。
 と、恒正がおもむろに切り出した。
「今日は、そなたに話が合って参った」
 父の視線を真正面から受け止め、頷く。
「私も父上に折り入って聞いて頂きたい話があるのです」
 だからこそ乳母を通じて毎日のように目通りを願っていたのだが、今更、過ぎたことを口にしても利はない。また、今夜は父の機嫌は損ねない方が賢明だ。
「まずは父上から、お話をお聞かせ下さいませ」
 淑やかに促すと、恒正は満足げに頷いた。
「我が娘ながら、ほんにそなたは美しうなった。これならば、北条の時晴どのも満足して下されよう」
 その瞬間、楓の眼が射るように恒正に向けられた。
「父上、今、何と、何とおっしゃいましたか?」
 恒正は至極上機嫌で繰り返した。
「そなたの嫁入りが明日に決まった。夕刻、北条家から迎えの輿が寄越される。時晴どのは既に一度、御所で遠くからそなたを見かけたことがあるそうでの、祝言にもいたく乗り気だとのことじゃ。本来ならば六月にというところを早めて欲しいと仰せになるほどの執心ぶり。加えて、わしとしてもそなたがまた妙な心を起こさぬ中にさっさと嫁がせてしまうが良いと思うて、急遽、予定が早まった。そなたもそのつもりでおるように」
「父上、私は―」
 楓が桜色の唇を戦慄(わなな)かせると、恒正が覆い被せるように強い口調で言った。
「何事もそなたのためじゃ。時晴どのは庶子とはいえ、時政どのがご子息たちの中でもとりわけ眼をかけておられる。その愛息の許に嫁げば、そなたの将来は安泰というもの。この上は良人に愛され、よく仕え、良き妻となり母となるように心がけよ」
 その断固とした表情からは、もう何を言ったところで聞く耳は持たないと告げていた。蒼白になった楓を一人残し、恒正は部屋を出ていった。表に控えていたさつきに何か小声で指図しているのを見れば、また逃げ出さないようにしっかりと見張るようにと言いつけているのかもしれない。
 何故、こんなことになってしまったのか。まさか六月に予定されていた祝言がふた月も早まるとは思ってもみないことだった。次から次へと涙が溢れて止まらない。
 ひとしきり泣いた後、楓は思案に沈んだ。先刻、恒正は北条時晴が既に楓を見知っていると言った。だが、楓自身は時晴を知らない。だからこそ、余計に悪しき噂ばかりの彼の人となりに絶望したのだ。
 御所で楓を見かけたというから、恐らくは楓が頼朝の住まいに参上したときにどこかで見かけたのだろう。楓は重臣の娘ということで、頼朝の住まいに上がったことは少なからずある。頼朝やその妻政子、長女大姫、次女三幡姫に拝謁し、政子直々に小袖と帯を賜ったことさえあった。
 頼朝やその一族が住まう屋敷一体は〝御所〟と呼ばれている。いかに頼朝の権威がこの鎌倉では大きいか―有り体にいえば都の帝すから凌ぐほどであるかを示していた。
 そこで楓は首を振った。
 いや、今はそんなことはどうでも良い。女狂い、当代一の好き者と呼ばれる男なぞ、たとい天地が裂けようとも、楓は受け容れられない。今は心を落ち着かせて今後について対策を考えるべきだ。
 その時、扉が音もなく開いた。
「姫さま」
 乳母のさつきが丸い塗り盆を捧げ持っていた。
「砂糖湯をお持ちしました」
「ありがとう」
 楓は微笑もうとしたけれど、どうしても無理があった。泣き腫らした眼は恐らく真っ赤だろう。そんな楓を痛ましげに見つめ、さつきはうつむいた。その様子には何かを躊躇うそぶりがかいま見える。実の母のようにいつも楓に対しては良きにつけ悪しきにつけ、はっきりと物を言う彼女にしては珍しいと思った。
「明日は婚礼だというのに、そのように泣いてばかりおられては」
 漸く紡いだ言葉は祝言前らしいものだった。しかし、さつきは小さく首を振り、吐息と共に今度はまったく別のことを口にした。
「姫さまが北条家の若さまとのご縁組みをそこまでお厭いになる理由、真に時晴さまがおいやだから、それだけなのでしょうか?」
 その瞬間も、楓の脳裡に真っ先に浮かんだのは時繁の整った面だった。しかし、たとえ母とも信頼するさつきにだとて、時繁のことは話せない。頑なに口をつぐんだ楓に対して、さつきはまた小さな溜息を洩らした。
「私は姫さまの乳母とはいえ、あくまでもこのお屋敷にお仕えする使用人でございます。その分際で口にするのもはばかられることゆえとこれまで胸におさめて参りましたが、このひと月の姫さまの憔悴ぶり、到底見てはおられませんでした。実の母なれば必ずや娘に告げたであろうことをこの際、はきと申し上げまする」
 燭台の灯火だけの薄い闇が満たす室内で、さつきの眼が射貫くように楓を見つめていた。
「食が進まず、しまいには何も食べられぬようになり、一見病かと見紛う症状、そんな病の名を私は一つだけ存じております」
 薄い闇の中、さつきと楓の視線が交わった。
「それは恋というものにございます。私自身、申し上げるのも恥ずかしいことながら、亡き良人との馴れ初めはそのようなものでしたし、下の娘も好いた男と結ばれました。ゆえに、身に憶えのある病なのです」
「―」
 それでも、楓は何も言わなかった。さつきは力強さを感じさせる声で言った。
「姫さま、もし万が一、私の推量が当たっておりますれば、私は姫さまの生まれて初めての恋を力の限り応援致します」
 楓は力ない声で問うた。
「何故、そなたはそのように考えたの?」
 さつきはやや声を潜めた。
「数日前、薬師がおいでになる前までは私も姫さまが何ぞ病に取りつかれておいでかと思いましたが、姫さまのお身体には何の障りもないとお聞きした折、恐らくは恋の病なのではと拝察仕ったのです」
 なおも無言の楓にさつきはにじり寄った。
「教えて下さいませんか、姫さま。姫さまのお心には誰ぞ別の殿御がおいでなのでございますね?」
 永遠に続くかと思われる沈黙の後、楓はコクンと頷いた。さつきからはホウっと溜息が洩れた。覚悟はしていても、心のどこかでは間違いであることを祈っていたのだろう。
 だが、さつきは昔から切り替えも頭の回転も速い女だった。乳母は更に膝をいざり進め、声を落とした。
「どこのどなたさまかをお伺いしてもよろしいのでしょうか?」
 これには小さくかぶりを振ることで応えた。さつきは予め予測していたらしく、今度は落胆した様子ではなかった。
 彼女はさっと立ち上がると、そのまま部屋を突っ切り、扉に手を掛けた。
「今宵は見張りの者も手薄になっております。殿も時ここに至り、姫さまがご観念なさったと思し召したのでございましょう。むろん、わずかながらも警護はおりますれど、その者たは私が先ほど軽い眠り薬を潜ませた酒を差し入れと称してふるもうて参りました。ですから、今頃は白川夜船で夢見心地かと」
 そこから先は言われずとも知れた。さつきは、この忠実無比な乳母は養い君楓をひそに逃すつもりなのだ。
 楓は烈しく首を振った。
「それはできぬ! もし祝言を明日に控えた今となって、そなたが私を逃したと知れば、父上が激怒なさる。最悪の場合、そなたの生命をもって詫びることになるぞ。そなたはそれでも良いというのか?」
 恒正は長年、忠勤を励んできたさつきの生命まで望みはしないだろうが、北条家の手前、彼女の罪を問わないわけにはいかない。その時、さつきの身に危険が及ぶことは必定だ。
 さつきは決然として言い切った。
「構いませぬ。姫さま、口はばったい言い様ですが、私は姫さまを我が子と思うてお育てして参りしました。良人は既になく、三人の我が子らもそれぞれ片付き、嫡男はこちらの殿から可愛がって頂いております。私がこの世に思い残すこと、やり遂げねばならぬことはもう何もございません。もし、心残りがあるとすれば、それは泣く泣く北条に嫁いでゆかれる姫さまをなすすべもなく見送るしかないこと。さりながら、姫さまに恋い慕う殿御がおいでとあれば、私の心は決まっておりまする」
 さつきが楓の手を握った。その手のひらはどこまでも温かく慈愛に満ちていた。
「さあ、お行きなされませ。私がして差し上げられるのはここまでにございます。どうかこれより後もお健やかに、心で想われるお方と末永く添い遂げられますようにお祈りしております」
 さつきはその場に跪いて、頭を垂れていた。
「母は己の身よりも子の幸せを願うものにございます。さあ、見つからぬ中にお行き下りませ」
「さつき―」
 楓はそれでもまだ迷いのある瞳でさつきを見ていた。
「早く! 行くのです」
 楓にはそれが極楽にいる顔も知らぬ生母東子の声と重なった。その声に背を押されるかのように、楓は部屋を出た。短い階(きざはし)を降りた先には草履が用意されていた。楓はそれを素早く突っかけ、周囲を窺った。
 まだ誰もいない。さつきが飲ませた眠り薬が効いて、警護の者たちは眠り込んでいるのだろうか。楓はもう迷わなかった。庭に植わった樹木が濃い影を落とす中、一心に走り出した。
  
 ひそやかな夜のしじまに、波の打ち寄せる音だけが低く響いている。女人の繊細な眉のような月が危うげに紫紺の空に掛かかり、大海原の上には銀砂子を撒いたような夜空が一杯にひろがっていた。
 月明かりが白い砂浜を銀色に染め上げていた。すべてが月光に濡れ、光り輝くような美しい夜、その男は浜辺にひっそりと佇んでいた。
「時繁さま」
 名を呼ぶと、彼はつと振り向いた。その端正な顔に驚愕の色が浮かぶのに、楓は落胆した。
 やはり、来てはいけなかったのだろうか。屋敷を抜け出すこと自体は造作もなかった。屋敷をぐるりと取り囲む築地塀に一箇所だけ人ひとりがやっと通れる穴が空いている。それは楓が子どもの頃に見つけた秘密の抜け穴になった。
 町に出たいときには、よくその穴を利用したものだ。もっとも、小柄な楓ならばこそで、大人の男なら通れないだろうが。そして、その抜け穴の存在は父も知らない。普段は生い茂った低木に隠れて見えない位置にあるのだ。
 抜け穴から屋敷を出て、そのまま町を通り抜けて浜辺まで来たのだが―。当の時繁は確かにここで待っていてくれたものの、楓と再会しても嬉しそうどころか、迷惑そうに見えた。
―私ってば、どこまで浅はかなの。時繁さまが幾ら来ても良いとおっしゃったからといって、言葉どおりに信じて厚かましく押しかけるなんて。
 嫌われるのも迷惑だと思われるのも辛すぎた。逢えない一ヶ月余りもの間、時繁に対する恋心は自分で思う以上に深く烈しいものになりすぎていた。
 彼の顔を見た刹那、自分がけして歓迎されていないことが判った。楓は一歩下がった。大好きな男に嫌われるよりはいっそのこと、このまま誰も知らない場所に行って、海に入って消えてしまいたい。
 そう思って去ろうとした楓は、突如として背後から抱きすくめられた。
 熱い吐息混じりの声が耳朶をくすぐる。
「本当に来るとは思わなかった」
 そのひと言が余計に楓の哀しみを誘う。楓は厭々をするように身を捩った。すると背後から楓を抱いていた腕が緩まった。
「ごめんなさい、私が愚かでした」
 楓はともすれば溢れそうになる涙をまたたきで散らした。
「やはり、来るべきではなかったのです」
 と、楓の小さな身体はそのままくるりと回され、時繁と向き合う形になった。
「何を言っている?」
 時繁が覗き込もうとするのに、楓は下を向いたまま彼を見ようともしない。
「姫、俺を見てくれ」
 だが、楓は頑なにうつむいたままだ。焦れたのか、時繁が楓の頬に両手を添えて、そっと仰のかせた。
「俺はまだあんたの名前も知らない。それでも、忘れられなかった。ずっと毎日、ここに来て、来るはずもないあんたを待っていたんだ。流石に最近はそんな自分が馬鹿だと思えるようになっていたよ」
 楓は声を震わせた。
「時繁さまも私を待っていて下さったの?」
 時繁が何度も頷いた。楓の大きな黒い瞳から大粒の澄んだ涙が転がり落ちた。
「私もずっと時繁さまを忘れられなくて、ひとめで良いから逢いたいと願い続けていました。まさか、あなたも私と一緒の気持ちだとは思っていなくて」
「親父さんは説得できなかったのか?」
 それは問いかけの形ではあったが、確認でしかない。楓は頷いた。
 時繁はフウーっと大息を吐いた。
「俺はそのことを歓ぶべきかどうか。本音を言えば、こうして、あんたに再び逢えたのも親父さんが諦めなかったからだが」
 彼のまなざしの先には星を撒いたような紫紺の空があった。
「俺はずっと、あんたが幸せになることを願っていた。女狂いと評判のイカレた男だが、それでも北条の息子だからな。あんたのためには北条との縁組みがまとまった方が良いのだと判っていながら、心のどこかでは、あんたがまた以前のように屋敷を抜け出してここに来てくれれば良いと願っていた。どこまでも卑怯で自分勝手な男だ」
「私の幸せは」
 涙をぬぐって口にした楓を時繁が見た。
「私の幸せは好いた男(ひと)の傍にしかありません」
 熱い焔を孕んだ二つのまなざしが静かな空間で火花を散らしながらもつれ合った。
「その世にも果報な男は俺だと自惚れても良いのか、姫」
 逞しい腕に抱き寄せられながら、楓は呟いた。
「楓と呼んで下さい」
     
 時繁に手を引かれて連れてゆかれたのは、さほど遠くない場所にある小さな小屋だった。周囲に他には人家はなく、どうやらここにポツンと一軒だけ建っているようだ。
 外見はどこにでもあるような漁師の住まう小屋で、小屋内も極めて質素な造りだ。少なくとも頼朝随一の側近といわれる河越恒正の屋敷に比べれば、御殿と厩舎ほどの違いがあった。
 それでも時繁の几帳面な性格を物語るかのように、屋内はきちんと片付けられ、雑然とした印象はない。
 時繁がのべた薄い夜具に並んで横たわり、楓は彼を無心に見上げていた。覆い被さってきた彼も楓も何一つ身につけていない、生まれたままの姿だ。
 夜具の周囲には二人の着物や帯、下着が無造作に散らばっていた。
「俺はこれから楓に痛みを与えるかもしれない。できるだけ優しくするつもりだが、少しの間、辛抱できるか?」
 楓は微笑んで頷いた。北条時晴との婚礼が具体的になった時、さつきから祝言の夜、夫婦となった男女の間にどのようなことが起こるのかは聞かされた。しかし、それは肝心なところは曖昧にぼかして伝えられた知識で、実のところ、具体的には何も理解できていない。
 時繁を好きだから、祝言を控えた身で屋敷を飛び出した。けれど、正直、ここまでは想像したこともなかったし、再会した夜、すぐに彼が自分を抱くとは考えてみなかった。
 だから、怖い。心の準備が何もできていないのだ。楓は気丈に微笑んではいたが、震えていた。まだ桜花の季節で、深夜の夜気は冷たいこともあった。
「俺が怖い?」
 覗き込まれ、優しく問われると、楓は返答に窮した。時繁が優しい手つきで楓の枕辺にひろがった黒髪を撫でた。
「俺って堪え性がないかな。本当は何日かは待つつもりだったけど、楓を見ていたら、どうにも我慢がきかなくなっちまった」
 好きな男にそこまで求められると思えば、女としては嬉しい。でも、やはり、これから脚を踏み入れようとする未知の領域は怖いものでしかなかった。
「本当に大丈夫か?」
「はい」
 楓が頷くや、唇が塞がれた。烈しく舌を絡める濃厚な口づけだ。熱い唇は楓の身体中を辿る。不安に脈打つ首筋から鎖骨、胸の谷間、臍のくぼみからすんなりとした腰と太腿。更に悪戯好きな唇はこんもりとした豊かな膨らみの先端を掠める。
「ここが良いの?」
 乳首に口づけられる度、楓が身体を仰け反らせるのが時繁には伝わっているらしい。今度は重点的にそこばかりを責められた。
 豊かな膨らみを形が変わるほど揉まれ、先端を膨らみに押し込まれる。じんじんとした痺れとも快感ともつかぬ感覚に感じやすい突起が支配された頃、その部分が今度はすっぽりと口に含まれた。
「ぁあっ」
 無意識の中に洩れ出た艶めかしい声が自分のものとは信じられず、楓は頬に朱を散らして両手で口を覆った。
「大丈夫だから、ちゃんと感じている証拠だから、恥ずかしがらないで」
 優しく手をどかされ、後はもう彼の思うがまま乳首を吸われ舐められ、敏感になって勃ち上がった朱鷺色の胸の飾りを舌で弾かれる度に、楓はすすり泣きのような声を洩らした。
 時繁は楓の乳房に時間をかけて丹念な愛撫を施した後、彼女の太腿に手を掛けた。
「下も可愛がってあげるから、開いてごらん」
 楓は真っ赤になり、首を振る。今夜はこれで限度だった、これ以上、恥ずかしいことはしたくないし、できそうにない。小さな声で訴えても、時繁は止まらなかった。
「駄目だ」
 きっぱりと言われ、そのまま強引に両脚を大きく開かされた。
「これだけ濡れていれば、大丈夫か」
 意味不明の科白を彼が呟き、生暖かい感触がいきなり閉ざされた蜜壺に侵入した。
「―?」 
 何が自分の身に起こったのかも理解できず、身体を起こそうとして楓は固まった。あまりの衝撃で涙が溢れた。時繁の頭が自分の股間に埋まっていたのだ。
「時繁さま、何を―」
 怯えて身を退こうとしても、時繁に再び乱暴に押し倒されてしまった。
 先刻見たばかりの光景がちらついて、羞恥のあまり気を失いそうだ。
「じっとしていて。怖がることはない。俺を受け容れた時、少しでも楓が痛くないようにするんだ」
 幼子に言い聞かせるように優しく囁かれ、楓は抵抗を止めた。
―そう、私は時繁さまを信じて、ここまで来たのだから、今更、ここで躊躇う必要はない。
 その間にも、時繁は楓の不安を宥めるように、優しい手つきで太腿から脹ら脛を幾度も撫でた。
「この綺麗な脚に俺はひとめ惚れしたのかもしれないな」
「脚にひとめ惚れ?」
 その言い様がおかしくて、楓はクスクスと笑った。時繁が鹿爪らしい顔で頷く。
「そう、楓が小袖の裾をめくって綺麗な脚を惜しげもなくさらしているあの姿を見た時、俺は一瞬で恋に落ちたんだ」
「脚にひとめ惚れされただなんて、歓んで良いのか悪いのか判らないわ」
「もちろん、歓ぶべきさ」
 ふいに蜜壺につぷりと異物が差し入れられ、楓の華奢な身体が陸(おか)に打ち上げられた魚のように撥ねた。
「あ―んっ」
 またしても予想外の声が洩れだし、楓は紅くなった。
「何をしたの?」
 不安を宿した瞳で問いかけると、時繁が笑った。
「指を挿れたんだ」
「指? そんなものを挿れたの?」
「指よりもっと大きなものを挿れるんだよ」
 判るようで判らないことを言われ、楓はますます不安になり眼を潤ませた。 
 時繁が笑いを含んだ声で言う。
「それよりも、初めて逢ったときより痩せたんじゃないか?」
「そうかしら」
 時繁を恋慕するあまり、恋煩いで食事も満足に取れなかったなんて、当人を前に言えるものではない。
「病か何かにかかっていたのか?」
 彼があまりにも不安そうだったので、つい楓は口を滑らせてしまった。
「乳母が教えてくれたわ。こういうのは恋の病というんですって」
「恋の病―だって?」
 しまったと思ったときには遅かった。その言葉は彼をたいそう歓ばせたらしく、時繁は実際、初めて見るような嬉しそうな表情だ。
「一ヶ月前に見たときは、もっと肉が付いてて胸も大きいように見えたけど」
 途端に、楓は口を尖らせた。
「失礼ね。それでは、私の胸が小さいみたい」
「小さくはないよ。それに、女人の胸は夜毎、こうすれば育って豊かになると聞いたことがある」
 生温かな舌で乳暈の回りをゆっくりとなぞられ、下半身に言いしれぬ痺れがひろがる。楓はまた腰を浮かした。
「時繁さま、髭が伸びているのでしょ? 何だかちくちくするわ」
 今や執拗な愛撫で紅く熟した果実のような色合いを見せる乳首に時繁の少し伸びた髭が当たる。くすぐったいのと感じするのと両方で、楓は堪らず笑いながら身をよじる。
「そろそろ行くぞ」
 楓の気が逸れた隙を見計らい、時繁が大きく割り裂いた両脚の間に陣取った。そのまますんなりとした両脚を肩に担ぎ、ひと息に押し入ってくる。
「あ? ああーっ」
 突然、激痛が蜜壺から下半身を貫き、楓の眼に涙が溢れ出した。
「痛い、痛」
 楓があまりに泣いて痛がるため、時繁は不安そうに訊ねてきた。
「そんなに痛いかい?」
 楓はしゃくり上げながら頷いた。
 それから時繁は最初のようにひと突きで入ってこず、慎重に楓の表情を確かめながら少しずつ挿入ってきた。楓が少しでも痛がったり身を捩れば、覗き込んで気遣う言葉をかけてくれた。
 しかし、時繁の言い聞かせたように、快感はいつまで経っても訪れず、痛みだけが長引いた。痛みのあまり溢れる涙を堪えて健気に耐え続けている楓の様子は彼にはちゃんと判っていたらしい。
 かなりの後、時繁が楓の頭を撫でた。
「今夜はこれで止めよう。俺が幾ら気持ち良くても、お前が痛いばかりでは辛いだろう?」
 労りの言葉をかけてくれる彼は本当は最初のようにひと息で挿入したいのに、我慢してゆっくりとしか動いていない。
 楓はできるだけ自分の笑顔が不自然に見えないように祈りながら微笑んだ。
「大丈夫です、何ともないから。ちゃんと最後までして下さい。時繁さまのお嫁さんにして」
「楓、お前―」
 時繁が息を呑んだ。楓は一糸纏わぬ姿で白い身体を彼にさらしている。豊かな丈なす黒髪は扇のように夜具の上にひろがっている。その姿は何とも扇情的で男心をそそろってやまない。時繁は傍に散らばっていた小袖を拾い、楓の裸身を覆った。
「お前の身体は今夜はこれ以上は目の毒になりそうだ」
 だが、今度は楓が自らその小袖を取り去った。
「時繁さま、お願い」
 懇願する眼許がまた露の滴を宿してきらめいている。
 時繁はそれでも躊躇った。
「良いのか? 今ならまだ途中で引き返せる。挿入っているのは半分ほどだから。だが、これから先に進めば、俺は止められない。楓が泣いて嫌がっても止めて欲しいと頼んでも、俺は止めてはやれないぞ、それでも良いのか?」
 最後の言葉で、時繁が単に楓の痛みのことだけでなく、彼との結婚―時繁と生きる道を選ぶことそのものについても今なら引き返せると警告しているのが判った。
「今更、あなたがここで止めてしまった方が私は哀しいわ」
 何もかも棄てて選んだ道だから、あなたと生きたいと願い、生まれてから十六年間過ごしてきた家もたった一人の父親ですらも棄ててきたのだから。
 だから、私にこの道を選んだことを後悔させないで。
 楓の瞳の奥に閃いた決意を見たのか、時繁は頷いた。
「判った、お前が今夜、俺を選んでくれたことを後悔させないようにする」
 その言葉が終わらない中に、今度こそ時繁は一挙に挿入ってきた。深々と最奥まで刺し貫かれ、楓は想像を絶する痛みに涙を流した。しかし、それは痛みからくるものだけではなく、愛しい男と結ばれた歓びの涙でもあった。
 いつしか風が出てきたのか、戸外では風が唸り吹きすさぶ音が聞こえていた。この嵐で、八分咲きになった桜も散るかもしれない。
 楓の瞼の向こうでは、嵐に翻弄される薄紅色の花びらが舞い踊っていた。時繁の動きは実に多彩を極めた。あるときは腰を回しあるときは彼自身を抜けそうなほど引き抜いて、またひと息に差し貫く。
 彼は直に楓自身の感じやすい箇所を知ったらしく、楓が反応を返した場所を執拗に責め立ててくる。そんなことを繰り返している中に、痛みしかなかった感覚の中に、次第にくすぐったいような―いや、くすぐったいのとも違う心地良さのようなものが混じり始めた。
 時繁は注意深く楓の様子を見ながら動いている。最後に時繁が楓の最奥の最も感じやすい壁めがけて突き上げた瞬間、ひときわ大きな快感の波に見舞われた。瞼の中で雪のような薄紅色の花片が降り注ぎ、花びらと戯れ合うように無数のきらめく蒼い蝶が飛び交っている。
 蝶と花びらはやがて煌めく光の塵となり、大きく一つの輪となり旋回していきながら消えていった。

 果てのない交わりの最中、ついに意識を手放した楓を時繁は切なげな瞳で見つめた。
 誰かを愛することは素晴らしいことである反面、怖ろしいこと、危険極まりないことでもある。大切な存在を得た時、人はそれを失えば、どうなるのか? 
 自分にはいまだ果たすべき復讐がある。既に彼は楓が頼朝第一の近臣、河越恒正の娘であることを知っている。この世で最も愛しい女の素性を知りながら、俺はそれでも復讐を止めることはできないのだ。
 自分の真実の姿を知れば、楓はきっと彼への信頼を棄て、憎むようにさえなるだろう。それが彼には何より怖ろしい。漸く見つけた愛する者、家族と呼べる存在を失うのがよもや、こんなにも怖いものだとは考えたこともなかった。
 思えば、自分はあまりにも長い間、深すぎる孤独の中で生きてきたかもしれない。時繁は深い息をつき、ゆるりと首を振った。
―お前が俺の正体を知って離れてゆこうとした時、俺はお前を潔く手放せるだろうか?
 彼は妻となったばかりの愛する女の髪を宝物のように撫でる。初めて男を受け容れる娘をさんざん啼かせ、挙げ句には許しを請うまで責め立てた。
 楓の目尻に堪った涙の雫を親指の腹でぬぐい、時繁はもう一度、切なげなまなざしで妻を見つめた。
 彼は立ち上がり、小さな小屋に一つしかない明かり取りの窓から外を覗いた。海はどす黒く染まり、今は海鳴りよりも吹き荒れる風の音が耳をつんざく。
 あれほど穏やかな月夜であったのが、嘘のような荒れようだ。自分たちが結ばれた夜が滅多にない嵐とは。暗い色に染まった荒れる海は自分の心のようだ。
 憎しみに満ちた自分の心。もう一度、背後を振り返り、楓の安らいだ寝顔を見る。何があっても、この女だけは哀しませたくない、裏切りたくない。
 だが、自分がこれからなそうとしていること、なさねばならぬことは明らかに彼女への裏切り行為となろう。かといって、無念の想いを抱き海に散っていった祖母や伯父、一門の恨みを今になって忘れることもできはしないのだ。

 夢の中で楓は天(そら)を駆けていた。いや、天というよりは宙(そら)と形容した方が良いのだろうか。普段眼にするよりは何倍も濃い藍色の蒼空を大きな龍が翔けている。
 龍はよく屏風絵などで見るものと形は似ているが、はっきりと違いは認識できる。体全体が透き通るようで、大きな体のところどころに銀色の鱗が燦然と輝いている。その鱗が濡れたように輝いているため、龍全体がしっとりと濡れているように見えた。
 龍の周囲を蓮の花びらが舞い、そのはるか彼方には蒼い月が丸くくっきりと浮かんでいるのが見える。
 これは、水龍。
 火を司る火龍に対し、水を司る水龍ではないか。水龍は気持ち良さげに巨躯をくねらせ、蒼空を旋回し泳ぐ。時折、銀色に光る角と髭を震わせ、回りを揺るがせるような雄叫びを上げる。
 しかし、不思議なことに、その魂を揺すぶられるような咆哮を聞いても、楓は少しも怖ろしいとは思わず、むしろ、心が凪いだ海のように静まってゆくのを感じていた。
 更に面妖なことは続く。龍の背に突然、一人の少年が出現したのである。少年はまだ元服前、十歳ほどで童水干姿だ。深紅の小袖袴に白い水干を纏っている。貴人が纏う色だ。
 美しい少年が琵琶をかき鳴らし始める。
 ふいに玲瓏とした声が哀切な琵琶の音色に乗って流れてきた。

 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色  
 盛者必衰の理を表す
 おごれる者も久しからず
 ただ春の夜の夢のごとし

 楓の眼に熱い滴が滲んでいた。何という哀しい詩だろう。これは確かに〝平家物語〟ではないだろうか。
 源氏の宿敵平家が滅びたのは今から十三年前のことになる。平家滅亡を決定的にしたのは源頼朝の異母弟義経だった。だが、滅ぼしたのは義経でも、すべての采配をふるい義経に平家追討を命じたのは鎌倉の頼朝だ。
 そして、平家滅亡に大功のあった義経を頼朝は後に用済みとばかりに討ち滅ぼした。平家にとって源氏は百年千年経とうが、けして許せない宿敵に相違ない。頼朝の第一の側近として長年仕え続けてきた父河越恒正もまた紛うことなく源氏の一党であり、平家滅亡にはひと役もふた役も買っていた。
 平家物語はこの悲運の平家一門の栄枯盛衰を描いた軍記物語である。
 楓自身は源氏側の娘として生まれたものの、平家滅亡のときはまだ襁褓の取れぬ赤児に過ぎず、そのときのことは物語としてしか知らない。
 が、今、この少年が切々と歌い上げる平家物語からは、無残に討ち滅ぼされた平家一門の深い悲嘆が伝わってきて、哀しみに同調するあまり膚が粟立つほどだった。
 楓が少年の歌声に涙しているその最中、ふいに勇壮な龍の姿も少年もかき消えた。代わりに蒼空にぽっかりと浮かんでいるのは透き通った光り輝く手のひら大の玉。
 玉は水晶のように見えるが、ゆらゆらと浮かび漂っている。息を呑んで見つめていると、やがて小さな光る玉はスウーと流れて見守る楓の胎内へと入った。
―え?
 楓は愕き、自身の身体を見つめるが、夢の中では実体がなく、楓の意識は感じられても姿は見えない。戸惑っている中に、眩しい光が眼前に洪水のように溢れ、思わずその眩しさに眼を閉じた。

 突然の覚醒が訪れ、楓は長い睫を震わせた。そっと眼を開くと、褥の上に上半身を起こす。小屋の東側には、小さな明かり取りの窓がついている。その窓の戸がわずかに開いて、そこからひとすじの光が差し込んでいた。
 改めて自分が何も身につけていないのに気付き、楓は頬を赤らめた。褥の傍に散らばっていた下着や小袖を手早く身につけ、帯を締めた。
 あれほど荒れ狂った夜は一夜して鎮まり、空も海も穏やかに凪いでいる。聞き慣れた潮騒の音がどこか懐かしく耳に響き、まるで子守歌を聞いた赤児のように心が安らいでいった。
 すぐ傍らでは、時繁が熟睡している。何もかも委ねて眠り込んでいるのは、彼が楓を信頼してくれている証だと思うと、彼への愛しさがふつふつと湧いてくる。
 楓は眠っている時繁を起こさないように気を付け、軋む戸をそっと開けて外に出た。二人が初めて出逢ったあの場所―浜辺まで歩く。
 海は今日も大きく偉大だ。その上にひろがる空は東の端から序々に茜色に染まり始めていた。空全体はまだ夜の名残を残し、薄い藍色がひろがっている。夜明けが近いのだ。
 楓は淡く微笑し、次第に明け初(そ)めてゆく黎明の空を眺めた。ふいに背後から抱きしめられた。
「―時繁さま?」
 時繁の逞しい胸が背中に当たっている。この温もりがこんなにも懐かしく愛おしいものになるとは思いもしなかった。
「目覚めたら、楓がいない。俺を置き去りにして、河越の屋敷に戻ってしまったのかと思った」
 彼らしくない気弱な呟きに、楓は嬉しいような困ったような気持ちになり、眉尻を下げた。
「どこにも行かないでくれ」
 時繁が顎を楓の頭に乗せるのが判った。より強く抱きしめられ、楓は深く頷いた。
「私はどこにも行きません。これからは生きるときも死ぬときも、時繁さまと一緒、あなたさまの隣が私の生きてゆく場所です」
「後悔はないか?」
 いつもは自信に満ちた物言いをする彼には珍しく、今朝の彼は気弱だ。楓は殊更明るく微笑んだ。
「何度も言わせないで下さい。私は時繁さまを心よりお慕いしておりますから、たとえ、あなたさまが出てゆけと仰せになっても、あなたさまの傍を離れません」
「可愛いことを言うな、楓は。その昔、唐という国には玄宗皇帝という悪名高い帝がいたそうだ。玄宗は楊貴妃という稀代の妖婦に惑わされて国を傾けたというが、俺も楓の色香に血迷って、とんでもない腑抜けた男になりそうだよ」
「まあ、私は稀代の妖婦でもないし、そもそも殿方を惑わせるほどの色気なんてありません」
 呆れて言いながら、ふと違和感を憶えた。何故、一介の漁師が唐のいにしえの皇帝の逸話など知っているのだろうか。が、すぐに彼が元々は武家の生まれだったと語っていたのを思い出す。
 しかし、彼はあの時、下級武士だと言っていたはず。下級武士にすぎない生まれの者がいきなり外つ国の皇帝について語るというのも不自然な気がする。
 と、楓の思考はそこで中断された。今、輝く日輪が東の空を黎明の色に染めながら、まさに天高く昇ってゆこうとしている。
「綺麗」
 思わず呟いた彼女の横で、時繁もまた感慨深そうに朝陽を眺めていた。
「結婚しよう、楓」
 楓はハッとして時繁を見た。彼は晴れやかな表情で生まれたばかりの輝く太陽を見ている。
「祝言も何もしてやれない。でも、今日から俺たちは夫婦(めおと)だ」
「はい」
 楓も深く頷いた。光り輝く太陽を見ている中に、昨夜見た不思議な夢のことを思い出し、楓は問わず語りに口にした。
「時繁さま、昨夜、とても不思議な夢を見たのです」
「―夢?」
 時繁が興味をそそられたようにこちらを向く。
「水龍が天翔る夢といえば、お笑いなりますか?」
「水龍―」
 彼が眼をまたたかせた。楓は夢の一部始終をかいつまんで話した。
「貴人の盛装をした童子が琵琶を弾きながら平家物語を語ったと」
 最後に水龍が光り輝く玉となり楓の胎内に入ったと聞いた彼は息を呑んだ。
「―」
 ふいに黙り込んだ時繁は何かをしきりに考え込んでいるようだ。楓は不安になった。
「私、何か良くないことを申し上げたのでしょうか?」
「いや、別にそんなことはない。昨夜は楓も色々とあったし、気が動転していたから、あり得ない夢を見ただけだろう。気にするな」
 一瞬の後、時繁はもう屈託ない彼に戻り、優しく楓に微笑みかけたのだった。

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