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秘花㊽
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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愛する男を殺した憎い敵のはずだった。なのに、ジュチを殺した護衛官の頬も濡れていた。彼もまた王命でやむなくジュチを斬ったのだ。憎むべきは護衛官ではなく、何の罪もないジュチをまるで虫でも殺すように殺せと命じた王その人だった。
護衛官が注意深く王の方を窺いつつ囁いた。
「今の中に何か形見になりそうなものがあれば、お持ち下さい。私にお命じ頂ければ、叶う限り御意に添うように致します」
その言葉に我に返り、賢は袖から小刀を出し、ジュチの髪をひと房切りとった。
「あの釣り竿を。あれは良人の形見なのです」
〝良人〟という言葉に、護衛官が烈しく反応した。
「確かに承りましてございます。王命とはいえ、真に申し訳ございませんでした、世子邸下」
ここにもまだ、賢を王太子と呼ぶ臣下がいる。もしジュチが生きていれば、そのことに大きな歓びを見出せただろう。けれど、ジュチはもういない。
賢にとっての〝光〟は永遠に失われてしまったのだ。これからまた闇に閉ざされた孤独な世界でたった一人、生きてゆかねばならない。
ジュチの身体からはまだ血が止まることなく溢れ出ている。血にまみれるのも頓着せずジュチの身体を抱きしめていると、凄みのある声が降ってきた。
「いつまで他の男に抱きついているつもりだ」
賢は弾かれたように面を上げた。強く射貫くような視線が賢を見据えている。視線だけで人を殺せるとしたら、この瞬間、賢は間違いなく王に殺されていたはずだ。
けれど、恐らく、その方が良かったのだ。ジュチが亡くなった今、賢がこの世界で生きてゆく意味もなくなった。ジュチの後を終えるものならば、追いたい。
王が口の端を引き上げた。
「間男の後を追おうと思っているのだろうが、そう易々とは死なせぬ。そなたには、たっぷりと仕置きが必要のようだからな。もう二度と、愚かな考えを起こさぬよう、俺が直々に仕置きしてやるから、覚悟しておけ」
「僕が愚かだというのですか?」
賢は王を真っすぐに見上げた。
「愚かも愚かの極みではないか。既に婚約が決まり王妃となるべき身で、他の男と逃げ出す女のどこが利口だというのだ!」
王の指摘に、賢はキッとなった。
「王宮を出た時、僕は婚約などしていない。婚約は僕がいない間に、あなたが勝手に決めたことだろう。大体、僕はあなたに婚約者にして欲しいと頼んだ憶えもない」
王がまた口の端を歪める。笑っているつもりなのだろうが、何という陰惨な微笑だろう。なまじ端正な顔立ちをしているだけに、余計に凄惨な雰囲気が漂っている。
乾は、こんな笑い方をしていただろうか。ふと、そんな想いがちらりと脳裡をよぎった。冷たい声、表情のどれ一つ取っても、実の兄弟のように無邪気に戯れていた頃の面影はなかった。
もう、生きていても意味がない。このまま死ねば良い。こんな男の妻になるなんて、金輪際ご免だ。賢が良人と呼ぶのはジュチだけなのだから。王に触れられる前に、自ら生命を絶てば良いのだ。
「言っておくが」
王が底冷えのする眼(まなこ)で賢を見た。
「自害などは考えないことだ」
賢は唇を噛みしめた。
「僕の人生は僕のものだ。あなたに指図される憶えはない」
「だから、女は愚かだというのだ」
鼻で嗤われ、賢は悔しさに拳を握りしめた。
「何度言ったら、判るんだ。僕は女じゃない」
王がまた皮肉げな笑みを刻んだ。
護衛官が注意深く王の方を窺いつつ囁いた。
「今の中に何か形見になりそうなものがあれば、お持ち下さい。私にお命じ頂ければ、叶う限り御意に添うように致します」
その言葉に我に返り、賢は袖から小刀を出し、ジュチの髪をひと房切りとった。
「あの釣り竿を。あれは良人の形見なのです」
〝良人〟という言葉に、護衛官が烈しく反応した。
「確かに承りましてございます。王命とはいえ、真に申し訳ございませんでした、世子邸下」
ここにもまだ、賢を王太子と呼ぶ臣下がいる。もしジュチが生きていれば、そのことに大きな歓びを見出せただろう。けれど、ジュチはもういない。
賢にとっての〝光〟は永遠に失われてしまったのだ。これからまた闇に閉ざされた孤独な世界でたった一人、生きてゆかねばならない。
ジュチの身体からはまだ血が止まることなく溢れ出ている。血にまみれるのも頓着せずジュチの身体を抱きしめていると、凄みのある声が降ってきた。
「いつまで他の男に抱きついているつもりだ」
賢は弾かれたように面を上げた。強く射貫くような視線が賢を見据えている。視線だけで人を殺せるとしたら、この瞬間、賢は間違いなく王に殺されていたはずだ。
けれど、恐らく、その方が良かったのだ。ジュチが亡くなった今、賢がこの世界で生きてゆく意味もなくなった。ジュチの後を終えるものならば、追いたい。
王が口の端を引き上げた。
「間男の後を追おうと思っているのだろうが、そう易々とは死なせぬ。そなたには、たっぷりと仕置きが必要のようだからな。もう二度と、愚かな考えを起こさぬよう、俺が直々に仕置きしてやるから、覚悟しておけ」
「僕が愚かだというのですか?」
賢は王を真っすぐに見上げた。
「愚かも愚かの極みではないか。既に婚約が決まり王妃となるべき身で、他の男と逃げ出す女のどこが利口だというのだ!」
王の指摘に、賢はキッとなった。
「王宮を出た時、僕は婚約などしていない。婚約は僕がいない間に、あなたが勝手に決めたことだろう。大体、僕はあなたに婚約者にして欲しいと頼んだ憶えもない」
王がまた口の端を歪める。笑っているつもりなのだろうが、何という陰惨な微笑だろう。なまじ端正な顔立ちをしているだけに、余計に凄惨な雰囲気が漂っている。
乾は、こんな笑い方をしていただろうか。ふと、そんな想いがちらりと脳裡をよぎった。冷たい声、表情のどれ一つ取っても、実の兄弟のように無邪気に戯れていた頃の面影はなかった。
もう、生きていても意味がない。このまま死ねば良い。こんな男の妻になるなんて、金輪際ご免だ。賢が良人と呼ぶのはジュチだけなのだから。王に触れられる前に、自ら生命を絶てば良いのだ。
「言っておくが」
王が底冷えのする眼(まなこ)で賢を見た。
「自害などは考えないことだ」
賢は唇を噛みしめた。
「僕の人生は僕のものだ。あなたに指図される憶えはない」
「だから、女は愚かだというのだ」
鼻で嗤われ、賢は悔しさに拳を握りしめた。
「何度言ったら、判るんだ。僕は女じゃない」
王がまた皮肉げな笑みを刻んだ。
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