秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ

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秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

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 王が熱愛する王妃を生命を賭して守った―、その夫婦愛はいつしか宮殿どころか、都の民の間にもひろがり、良人が妻を想う心に貴賤はないのだと皆、話をしては涙をするのだった。
 新しい年の最初の日、賢は郊外の寺に詣でた。開京の冬は長く厳しい。凍えるような真冬の大気の中、吐く息が白く細く溶けてゆく。
 その寺はさほど大規模な作りではないが、前王、つまり賢の父順恭王が建立し、生前は多額の寄進をしていた寺である。
 山門をくぐり、短い石段を経ると本堂がその偉容を表す。元国好みであった前王の嗜好を象徴するように、極彩色の建物はどちらかといえば中華風の作りだ。
 賢は本堂に入るや、本尊の阿弥陀仏の前に端座した。いつも王妃の側に影のように付き従う崔尚宮の姿もあった。
 黄金の阿弥陀仏の傍らには脇侍として左に観音菩薩、右に勢至菩薩が控えている。三尊の慈しみに溢れた偉容はいつものことだけれど、賢が特に好きなのは堂内の片隅の厨子に安置されている小さな仏像であった。
 如来像だといわれていて、そのお顔は円く、中央の三尊とは明らかに違う風貌をしている。間近で見ると、童子のような無邪気な表情をなさっている仏であった。
 顔を傾げ、半眼で淡く微笑を湛え、座っている御像は身体の大きさに対して頭部が大きく、手足は衣下にあり、露わにしていない。別の寺院に祀られていた千体仏の一つであったのが、この寺に移されたのだ。
 父王が建立した寺なので、賢自身も子どもの頃からしばしば詣でている。この寺に来ると、必ずこの可愛らしい観音像をしばらく見つめるのが日課となっていた。
 本堂内は身を切るような寒さであったが、賢はいつまでも数珠を手にかけ仏に祈りを捧げた。崔尚宮も王妃の傍らで熱心に祈っている。
―どうか、我が国の王を助け給え。
 いかほど祈りを捧げたのだろう。気が付けば昼過ぎに到着したときはまだ戸外は明るかったのに、祈りを終えて本堂を出たときは既に暗くなり始めていた。
 いつしか鈍色の天から白い花びらが舞い降りている。
「寒いと思ったら、降ってきたようにございますね」
 崔尚宮が言い、賢は空を見上げた。冬に降る雪は白い花びらのようだ。
「綺麗ね」
 呟けば、崔尚宮も微笑んだ。
「私の母方の祖父母の住まいは北部にありますので、雪を見ると今は亡き祖父母を思い出します」
 既に地面はうっすらと雪化粧している。
「あまりに長居をされて、お風邪を召されてもいけません」
 諭されて脚を踏み出そうとすると、カサリという雪を踏みしめる特有の音が響いた。
「殿下のことも気掛かりだし、帰り道を急ぎましょう」
 ここのところ王の容態が安定しているとはいえ、やはり半日も側を離れているのは不安だ。
 来たときと同じように寺の住職に挨拶し、賢は馬車の中の人となって王宮までの帰途を辿った。

 新年を迎えて十日余りが経った。その夜、賢はいつものように王の枕辺に椅子を持ち込んで座っていた。やはりまったく眠らないというわけにはゆかず、時折はうとうとと座ったままで、うたた寝をする。
 四半刻ほど浅い眠りにたゆたい、目覚めた賢は手のひらで眼をこすった。誰かが自分を呼んでいる?
 目覚めても、夢の続きでも見ているのだろうか。訝しみつつ周囲を眺めても、当然ながら、眠り続ける王と自分しか寝所にはいない。
 賢は切ない想いで良人を見つめた。
「あなた、早く目覚めて下さい」
 かつて乾の瞳には賢しか映っていなかったのだと、賢は乾自身から聞いた。けれど、今は乾の瞳に自分は映らない。彼は昏々と深い眠りの底にいて、現(うつつ)に戻ってこない。
 元の医師団の治療や高価な薬が功を奏したのか、最近の乾は顔色も随分と良くなっている。乾が倒れてからずっと治療を担当している御医はしきりに不思議がった。
―お身体の全身状態も良く、内臓の方にわずかについていた傷も既に癒えております。そろそろお目覚めにってもよろしい頃かと存じ上げますが。
 更に御医はこんなことも言った。
―申し上げにくいことながら、もしや殿下におかれましては、お心に何かお悩みがあらせられるのではないでしょうか。そのお悩みが殿下がお目覚めになろうとするのを妨げているようにも拝察仕ります。
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