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スティーブンの予想通りスーザンがセバスティアーノ=ストウ家に戻ると既に婚約者候補が用意されていた。
もう何年も家を離れていたので自分は死んだものとされている可能性も考えたが、スティーブンが定期的に生存を知らせる手紙を出していたらしく死んだものにはされていなかった。
両親はスティーブンにセバスティアーノ=ストウ家の後を継がせる気は無かったようで婚約者候補は全員がスーザンとともに跡を継ぐ事を前提として選ばれている少年たちだった。
両親からは家の恥になるのでサマンサ時代のことは忘れるようにと強く言われた。
この時から12歳のサマンサ・オースティンではなく11歳のスーザン・セバスティアーノ=ストウとして生きていくことになった。
いろいろな事をサミュエルに早く知らせたかった。名前が変わったこと、年齢も変わったこと、婚約者候補がいる事、それでもサミュエルを愛していること。しかし、貴族のカントリーハウスでは両親に黙って手紙を出す事など不可能だった。
婚約者候補の中で特によく引き合わされたのが現首相の孫であるカーター家の次男、ジェレマイア・カーターだった。
ジェレマイアは細めの黒髪に少し釣り上がり気味の青い目を持つ好青年でサミュエルと同い歳、グリフィス校で同窓生だった。
サミュエルよりも幼さの残る表情をした、好奇心旺盛でいつも瞳がキラキラした少年だった。
私はジェレマイアからグリフィス校のことをたくさん聞いた。
4つの寮があり寮ごとに争っていること。
そのため同じ寮に所属していると仲間意識がすごいのだそう。
ジェレマイアとサミュエルは同じ寮だということでたまに話に出てきた。
寮は生徒たちによって切り盛りされていて、下級生は上級生には逆らえない。
寮とは別にクラブの繋がりも強かった。
サッカー、ラグビー、クリケット、ポロ、ボート、フェンシング、弁論、チェス
この8つの競技が伝統クラブだった。これらのクラブはライバル校であるイースタン校と毎年、伝統の一線を交える。
その勝敗は両校の関係者以外も毎年気にするところである。
ジェレマイアはフェンシングクラブと弁論クラブに所属していた。
私はセバスティアーノ=ストウ家の子供として茶会に参加し、たまに婚約者候補の男の子と会った。
11歳まで親元から離れて暮らしていた事実や、両親が本当は違うことなどうまく隠されていた。
そして、私がセバスティアーノ=ストウ家に帰ってきて5年の時が過ぎた。
私は16になり社交界デビューをすることになった。
「ジェレマイア殿と婚約した。今日はジェレマイア殿に婚約者としてエスコートしてもらいなさい」
デビューまであと数時間と言うところで父が言った。その話は唐突だった。
「婚約など!」
「元々婚約者候補だったんだ。こうなっても違和感はなかろう。ジェレマイア殿とは話が合うと聞いているが」
「でも、わたくしは彼を愛してはおりません」
「貴族の結婚に愛など必要ない。そなたの兄と姉が恋に身をやつしどうなったか忘れたか。愛や恋は身を滅ぼすのだ」
全ては断れないよう仕組まれていたのだろう。ジェレマイアに非はないが騙されたという気持ちが強くニコニコなどしていられなかった。
エスコートのために現れたジェレマイアは素敵だった。しかし、燕尾服に身を包む彼を見た時に思ったのは「サミュエルは燕尾服が似合うかしら」というどうしようもないことだった。
「今日は一段と仏頂面だね、スー」
彼は私をスーと呼ぶ。私は彼をジェレミーと呼ぶ。
「お父様にはめられましたの。貴方もご存知だったなら一言、事前に知らせてくださっても良かったのではなくて?」
「それでは君に逃げられてしまうでしょう?僕は君と婚約できて嬉しいよ」
「でも貴方とは結婚できないわ」
「君には他に好きな人が居るんだったね」
「・・・・えぇ」
「それでも構わないよ。貴族の結婚なんてそんなもんさ」
「それでも、わたしには・・・」
到底受け入れられなかった。
もう16だ。兄のように家を出て一人で生きていくことも出来る年齢になった。
貧乏さえ厭わなければ仕事はあるだろう。
住む場所さえどうにかなれば。
デビュタントの舞踏会で逃亡計画を立てているのなど私くらいのものだろう。それでも頭の中は翌日からの逃亡をどう進めるか、そればかりを考えていた。
流されるように国王とのファーストダンスを踊りジェレミーとのセカンドダンスを踊った。
今日は学友も何人か来ているみたいだから紹介するよ。
と言われ何人かの男性と挨拶した。
その中に彼がいたのだ。息が止まるかと思った。
「スー、こちら僕らが寮長、サミュエル・ハロー。ハロー商会の跡取りだ」
「サミュエル、こちら今日から僕の婚約者になったスーザン・セバスティアーノ=ストウ侯爵令嬢。今日嵌められて僕の婚約者になったものだからちょっとご立腹なんだ。普段はもっと快活で可愛らしい女性なんだけどね」
「はじめまして、スーザン嬢」
「ごきげんよう、サミュエル様」
サミュエルの瞳からは以前のような情熱は何も感じられなかった。それどころかどこか冷たい視線を感じた。
(もしかしてサミュエルは私に気付いていないのかしら)
それでも久しぶりに会えて嬉しかった。久しぶりにあったサミュエルは素敵だった。
背はかなり伸び、190センチ近いだろう。肩幅もかなり広く、筋肉質なのが見て取れた。意志の強さを感じさせる顎はより精悍になり、頭の良さを感じさせる額は相変わらず初対面の人にも彼が切れ物だということを示しているし、その下で輝く瞳には自信が漲っている。
(それとも、気付いているけれど私のことなどどうでもよくなったのかしら。もしかすると置いてきた手紙を読んでいないのかもしれないわ)
「サミュエルは僕と同室で、兄以上に兄弟みたいなもんなんだ。君との話も聞いてもらってたんだよ」
「私との話?」
「婚約者候補の女性に惚れているのに振り向いてもらえないって。婚約者になってもまだ振り向いて貰えないけどね」
「まぁ、ジェレミー様!」
「それでも婚約にこぎつけたんだろう?流石だよ。おめでとう」
「サミュエルに言われると褒められている気がしないな。でもありがとう」
ジェレミーに向けて微笑んだ彼の顔は口角だけを上げるニヒルな笑顔で昔から人をからかうときにサミュエルがよくする表情だった。
あの笑顔変わっていないわ、とぼんやりと思った。
彼はまだコーヒー味のタフィーが好きなのだろうか。鶏の香草焼きが夕食に出ると喜ぶのだろうか。シープシャーに帰ると屋敷から湖に沈む夕陽を見るのだろうか。
私のことなど忘れてしまったのだろうか。
いろいろな思いが体中を駆け巡った。
じっと彼を見ているとジェレミーが言った。
「そんなに彼をじっと見つめられると妬いちゃうな、婚約者殿」
「申し訳ありません。ただ、サミュエル様とははじめましてではないかと。お忘れでしょうか?」
本当に忘れてしまったのだろうか。
「私がわからないですか?お忘れになってしまわれましたか?サム?シープシャーの屋敷のツリーハウスでよく遊びましたわ。名前が違うから」
「申し訳ないが記憶にないね」
サミュエルに食い気味に否定された。彼が私を見る瞳は氷のように冷え冷えしていた。
「・・・・・そうですか」
私はそう返すのが精一杯だった。
サミュエルはそれ以上、私と話すのが嫌だったのか一瞬眉をしかめて私をひと睨みした。
私は幼い頃のサミュエルとの長い付き合いでその瞳が嫌いな者に向ける視線だと知っていた。
自分のことについて説明すらさせてもらえなかった。
もう何年も家を離れていたので自分は死んだものとされている可能性も考えたが、スティーブンが定期的に生存を知らせる手紙を出していたらしく死んだものにはされていなかった。
両親はスティーブンにセバスティアーノ=ストウ家の後を継がせる気は無かったようで婚約者候補は全員がスーザンとともに跡を継ぐ事を前提として選ばれている少年たちだった。
両親からは家の恥になるのでサマンサ時代のことは忘れるようにと強く言われた。
この時から12歳のサマンサ・オースティンではなく11歳のスーザン・セバスティアーノ=ストウとして生きていくことになった。
いろいろな事をサミュエルに早く知らせたかった。名前が変わったこと、年齢も変わったこと、婚約者候補がいる事、それでもサミュエルを愛していること。しかし、貴族のカントリーハウスでは両親に黙って手紙を出す事など不可能だった。
婚約者候補の中で特によく引き合わされたのが現首相の孫であるカーター家の次男、ジェレマイア・カーターだった。
ジェレマイアは細めの黒髪に少し釣り上がり気味の青い目を持つ好青年でサミュエルと同い歳、グリフィス校で同窓生だった。
サミュエルよりも幼さの残る表情をした、好奇心旺盛でいつも瞳がキラキラした少年だった。
私はジェレマイアからグリフィス校のことをたくさん聞いた。
4つの寮があり寮ごとに争っていること。
そのため同じ寮に所属していると仲間意識がすごいのだそう。
ジェレマイアとサミュエルは同じ寮だということでたまに話に出てきた。
寮は生徒たちによって切り盛りされていて、下級生は上級生には逆らえない。
寮とは別にクラブの繋がりも強かった。
サッカー、ラグビー、クリケット、ポロ、ボート、フェンシング、弁論、チェス
この8つの競技が伝統クラブだった。これらのクラブはライバル校であるイースタン校と毎年、伝統の一線を交える。
その勝敗は両校の関係者以外も毎年気にするところである。
ジェレマイアはフェンシングクラブと弁論クラブに所属していた。
私はセバスティアーノ=ストウ家の子供として茶会に参加し、たまに婚約者候補の男の子と会った。
11歳まで親元から離れて暮らしていた事実や、両親が本当は違うことなどうまく隠されていた。
そして、私がセバスティアーノ=ストウ家に帰ってきて5年の時が過ぎた。
私は16になり社交界デビューをすることになった。
「ジェレマイア殿と婚約した。今日はジェレマイア殿に婚約者としてエスコートしてもらいなさい」
デビューまであと数時間と言うところで父が言った。その話は唐突だった。
「婚約など!」
「元々婚約者候補だったんだ。こうなっても違和感はなかろう。ジェレマイア殿とは話が合うと聞いているが」
「でも、わたくしは彼を愛してはおりません」
「貴族の結婚に愛など必要ない。そなたの兄と姉が恋に身をやつしどうなったか忘れたか。愛や恋は身を滅ぼすのだ」
全ては断れないよう仕組まれていたのだろう。ジェレマイアに非はないが騙されたという気持ちが強くニコニコなどしていられなかった。
エスコートのために現れたジェレマイアは素敵だった。しかし、燕尾服に身を包む彼を見た時に思ったのは「サミュエルは燕尾服が似合うかしら」というどうしようもないことだった。
「今日は一段と仏頂面だね、スー」
彼は私をスーと呼ぶ。私は彼をジェレミーと呼ぶ。
「お父様にはめられましたの。貴方もご存知だったなら一言、事前に知らせてくださっても良かったのではなくて?」
「それでは君に逃げられてしまうでしょう?僕は君と婚約できて嬉しいよ」
「でも貴方とは結婚できないわ」
「君には他に好きな人が居るんだったね」
「・・・・えぇ」
「それでも構わないよ。貴族の結婚なんてそんなもんさ」
「それでも、わたしには・・・」
到底受け入れられなかった。
もう16だ。兄のように家を出て一人で生きていくことも出来る年齢になった。
貧乏さえ厭わなければ仕事はあるだろう。
住む場所さえどうにかなれば。
デビュタントの舞踏会で逃亡計画を立てているのなど私くらいのものだろう。それでも頭の中は翌日からの逃亡をどう進めるか、そればかりを考えていた。
流されるように国王とのファーストダンスを踊りジェレミーとのセカンドダンスを踊った。
今日は学友も何人か来ているみたいだから紹介するよ。
と言われ何人かの男性と挨拶した。
その中に彼がいたのだ。息が止まるかと思った。
「スー、こちら僕らが寮長、サミュエル・ハロー。ハロー商会の跡取りだ」
「サミュエル、こちら今日から僕の婚約者になったスーザン・セバスティアーノ=ストウ侯爵令嬢。今日嵌められて僕の婚約者になったものだからちょっとご立腹なんだ。普段はもっと快活で可愛らしい女性なんだけどね」
「はじめまして、スーザン嬢」
「ごきげんよう、サミュエル様」
サミュエルの瞳からは以前のような情熱は何も感じられなかった。それどころかどこか冷たい視線を感じた。
(もしかしてサミュエルは私に気付いていないのかしら)
それでも久しぶりに会えて嬉しかった。久しぶりにあったサミュエルは素敵だった。
背はかなり伸び、190センチ近いだろう。肩幅もかなり広く、筋肉質なのが見て取れた。意志の強さを感じさせる顎はより精悍になり、頭の良さを感じさせる額は相変わらず初対面の人にも彼が切れ物だということを示しているし、その下で輝く瞳には自信が漲っている。
(それとも、気付いているけれど私のことなどどうでもよくなったのかしら。もしかすると置いてきた手紙を読んでいないのかもしれないわ)
「サミュエルは僕と同室で、兄以上に兄弟みたいなもんなんだ。君との話も聞いてもらってたんだよ」
「私との話?」
「婚約者候補の女性に惚れているのに振り向いてもらえないって。婚約者になってもまだ振り向いて貰えないけどね」
「まぁ、ジェレミー様!」
「それでも婚約にこぎつけたんだろう?流石だよ。おめでとう」
「サミュエルに言われると褒められている気がしないな。でもありがとう」
ジェレミーに向けて微笑んだ彼の顔は口角だけを上げるニヒルな笑顔で昔から人をからかうときにサミュエルがよくする表情だった。
あの笑顔変わっていないわ、とぼんやりと思った。
彼はまだコーヒー味のタフィーが好きなのだろうか。鶏の香草焼きが夕食に出ると喜ぶのだろうか。シープシャーに帰ると屋敷から湖に沈む夕陽を見るのだろうか。
私のことなど忘れてしまったのだろうか。
いろいろな思いが体中を駆け巡った。
じっと彼を見ているとジェレミーが言った。
「そんなに彼をじっと見つめられると妬いちゃうな、婚約者殿」
「申し訳ありません。ただ、サミュエル様とははじめましてではないかと。お忘れでしょうか?」
本当に忘れてしまったのだろうか。
「私がわからないですか?お忘れになってしまわれましたか?サム?シープシャーの屋敷のツリーハウスでよく遊びましたわ。名前が違うから」
「申し訳ないが記憶にないね」
サミュエルに食い気味に否定された。彼が私を見る瞳は氷のように冷え冷えしていた。
「・・・・・そうですか」
私はそう返すのが精一杯だった。
サミュエルはそれ以上、私と話すのが嫌だったのか一瞬眉をしかめて私をひと睨みした。
私は幼い頃のサミュエルとの長い付き合いでその瞳が嫌いな者に向ける視線だと知っていた。
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