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ベアトリス2
その6 カルナバル
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控室で盗み聞きをした三日後、教会から学園までの道中、ホセが改まって話しかけてきた。
「ベアトリス様、お話があります。」
その顔は深刻で、良くない知らせなのだと察したベアトリスは顔をこわばらせた。
「まだ正式に発表されてはいないのですが、この度、外交部門に移ることになりました。それで、ベアトリス様に随行できるのもあと一ヶ月となります。カルナバルが過ぎる頃に後任をご紹介できる流れになるかと思います。」
カルナバルは二週間後から一週間続く祭りである。
「あぁ、そうなの・・・」
ベアトリスは気のない返事をした。
ホセは騎士隊を辞め、外交部門に行く道を選んだようだ。
と言うことは侯爵家への婿入りの話も受け入れたのだろうか。
「そんな顔なさらないでください。」
ホセにそう言われて自分が淑女らしからぬ顔をしている事に気がついた。
「少し休憩しましょうか」
ホセに促されベアトリスは学園前の並木道のベンチに腰掛けた。学園が授業中なので並木道の人通りはまばらである。葉を全て落としているプラタナスの木がが寂しそうに青空に枝を伸ばしていた。
ホセはベアトリスの手を取るとベンチに座っているベアトリスの元に跪いた。
「ベアトリス様。私は国でもなく王でもなくベアトリス様に生涯忠誠を誓うとここにお約束します。」
跪いて誓いをたてるホセは絵本から抜け出てきた騎士そのものだった。
「ベアトリス様をお守りするために外交部門での経験がきっとお役に立つと考えました。ですので、私が近くにいない時に何か困ったことがあればすぐにお知らせください。何があっても命ある限りすぐに、馳せ参じます。」
そう言ったホセの目は真っ直ぐ清らかだった。
***
「ベアトリス姉さん、さっきから全然進んでないよ。」
隣で仮面に刺繍を入れていたペネロペがくすくす笑いながら話しかけてきた。
この教会でベアトリスは姉さんと呼ばれていた。今となってはベアトリスが王女であることは皆知っていたが、気安く接してくれている。
ベアトリスの目はさっきから窓の外の男の子達の鍛練をじっと見ていた。
「姉さん、ホセ兄さんが気になるんでしょ?」
ペネロペは十三、四歳である。恋に興味のある年頃なのだろう。
「ホセ兄さんはカッコいいもんね。」
ペネロペの前で刺繍をしていたマリアが合いの手を入れる。
「ベアトリス姉さんとホセ兄さんはお似合いだと思うよ。」
そう言ったのはベアトリスの前で刺繍をしていたイザベラだった。
イザベラもマリアもペネロペと同じ年頃でそういう話に興味津々のようだ。
「ホセ兄さんもベアトリス姉さんのことが好きみたいだし?」
「貴族さまは舞踏会で踊るんでしょう?」
「そして、大聖堂で結婚式を挙げるのね!」
「素敵ねぇ」
「ねぇ、ベアトリス姉さんの結婚式で付けるベールの刺繍、私たちで出来ないかしら?」
少女達の妄想話を聞いてついホセとの結婚式を想像してしまってベアトリスは顔が真っ赤になった。
「ベアトリス姉さんってウブなのね。」
おしゃまなペネロペが揶揄うように言う。
「そりゃ、姉さんは深窓の令嬢ですもの。」
したり顔でそう言うのはイザベラだった。
「そうね、本当にそうなればいいわね。」
少女達の意見を肯定しながらベアトリスはため息をついた。
「でも立場的に難しいのよ」
「どうして?二人はあんなにお似合いなのに。」
マリアが率直に聞いてくる。
「貴族の世界には色々あってね、私とホセが結ばれるのは難しいの。」
「ふーん。」
「それで、ベアトリス姉さんはこのところ落ち込んでたのね?」
「落ち込んでたかしら?」
「落ち込んでたよ。」
「でも大丈夫だよ。カルナバルの最終日にねサンタモンターニャに日が沈む瞬間にキスをした二人は必ず結ばれるんだよ。」
「本当に?でも、結婚するまでキスなんて出来ないわ。」
「大丈夫だよ。カルナバルではみんな仮面を付けるから!」
「そうそう、貴族ってバレないよ。」
おしゃまな3人はキャッキャと話を続けている。
ベアトリスはその声を聞いて少し元気が出た。
***
カルナバルでは公務も多くなるが最終日は幸運にもホセと過ごすことができた。
カルナバルの期間中、いたるところでダンスイベントが開催される。ベアトリスとホセは王宮広場でダンスを踊ることに決めた。
ホセがベアトリスの手を引いて踊りの輪の中に入る。
仮面の下からベアトリスを見つめるホセの目は真剣だった。周りで踊っている人はたくさんいるが、仮面をつけたホセとベアトリスはお互いしか見ず、二人の世界が完成していた。
ホセの目は情熱的でその視線の中に愛が込められているのにベアトリスは気付いた。
気付きさえしなければ諦めることが出来たかもしれないのに。彼も自分と同じ気持ちだなんて気付いたらどうやってこの想いを忘れれば良いのだろうか。
でもこの時だけは。そう思いながらベアトリスはホセのエスコートに身を任せた。
二人は何も会話をしない。しかし、目線で会話する。愛していますと。この目線での会話すら二人にはカルナバルの日にしか許されないものだった。
「ベアトリス様、お話があります。」
その顔は深刻で、良くない知らせなのだと察したベアトリスは顔をこわばらせた。
「まだ正式に発表されてはいないのですが、この度、外交部門に移ることになりました。それで、ベアトリス様に随行できるのもあと一ヶ月となります。カルナバルが過ぎる頃に後任をご紹介できる流れになるかと思います。」
カルナバルは二週間後から一週間続く祭りである。
「あぁ、そうなの・・・」
ベアトリスは気のない返事をした。
ホセは騎士隊を辞め、外交部門に行く道を選んだようだ。
と言うことは侯爵家への婿入りの話も受け入れたのだろうか。
「そんな顔なさらないでください。」
ホセにそう言われて自分が淑女らしからぬ顔をしている事に気がついた。
「少し休憩しましょうか」
ホセに促されベアトリスは学園前の並木道のベンチに腰掛けた。学園が授業中なので並木道の人通りはまばらである。葉を全て落としているプラタナスの木がが寂しそうに青空に枝を伸ばしていた。
ホセはベアトリスの手を取るとベンチに座っているベアトリスの元に跪いた。
「ベアトリス様。私は国でもなく王でもなくベアトリス様に生涯忠誠を誓うとここにお約束します。」
跪いて誓いをたてるホセは絵本から抜け出てきた騎士そのものだった。
「ベアトリス様をお守りするために外交部門での経験がきっとお役に立つと考えました。ですので、私が近くにいない時に何か困ったことがあればすぐにお知らせください。何があっても命ある限りすぐに、馳せ参じます。」
そう言ったホセの目は真っ直ぐ清らかだった。
***
「ベアトリス姉さん、さっきから全然進んでないよ。」
隣で仮面に刺繍を入れていたペネロペがくすくす笑いながら話しかけてきた。
この教会でベアトリスは姉さんと呼ばれていた。今となってはベアトリスが王女であることは皆知っていたが、気安く接してくれている。
ベアトリスの目はさっきから窓の外の男の子達の鍛練をじっと見ていた。
「姉さん、ホセ兄さんが気になるんでしょ?」
ペネロペは十三、四歳である。恋に興味のある年頃なのだろう。
「ホセ兄さんはカッコいいもんね。」
ペネロペの前で刺繍をしていたマリアが合いの手を入れる。
「ベアトリス姉さんとホセ兄さんはお似合いだと思うよ。」
そう言ったのはベアトリスの前で刺繍をしていたイザベラだった。
イザベラもマリアもペネロペと同じ年頃でそういう話に興味津々のようだ。
「ホセ兄さんもベアトリス姉さんのことが好きみたいだし?」
「貴族さまは舞踏会で踊るんでしょう?」
「そして、大聖堂で結婚式を挙げるのね!」
「素敵ねぇ」
「ねぇ、ベアトリス姉さんの結婚式で付けるベールの刺繍、私たちで出来ないかしら?」
少女達の妄想話を聞いてついホセとの結婚式を想像してしまってベアトリスは顔が真っ赤になった。
「ベアトリス姉さんってウブなのね。」
おしゃまなペネロペが揶揄うように言う。
「そりゃ、姉さんは深窓の令嬢ですもの。」
したり顔でそう言うのはイザベラだった。
「そうね、本当にそうなればいいわね。」
少女達の意見を肯定しながらベアトリスはため息をついた。
「でも立場的に難しいのよ」
「どうして?二人はあんなにお似合いなのに。」
マリアが率直に聞いてくる。
「貴族の世界には色々あってね、私とホセが結ばれるのは難しいの。」
「ふーん。」
「それで、ベアトリス姉さんはこのところ落ち込んでたのね?」
「落ち込んでたかしら?」
「落ち込んでたよ。」
「でも大丈夫だよ。カルナバルの最終日にねサンタモンターニャに日が沈む瞬間にキスをした二人は必ず結ばれるんだよ。」
「本当に?でも、結婚するまでキスなんて出来ないわ。」
「大丈夫だよ。カルナバルではみんな仮面を付けるから!」
「そうそう、貴族ってバレないよ。」
おしゃまな3人はキャッキャと話を続けている。
ベアトリスはその声を聞いて少し元気が出た。
***
カルナバルでは公務も多くなるが最終日は幸運にもホセと過ごすことができた。
カルナバルの期間中、いたるところでダンスイベントが開催される。ベアトリスとホセは王宮広場でダンスを踊ることに決めた。
ホセがベアトリスの手を引いて踊りの輪の中に入る。
仮面の下からベアトリスを見つめるホセの目は真剣だった。周りで踊っている人はたくさんいるが、仮面をつけたホセとベアトリスはお互いしか見ず、二人の世界が完成していた。
ホセの目は情熱的でその視線の中に愛が込められているのにベアトリスは気付いた。
気付きさえしなければ諦めることが出来たかもしれないのに。彼も自分と同じ気持ちだなんて気付いたらどうやってこの想いを忘れれば良いのだろうか。
でもこの時だけは。そう思いながらベアトリスはホセのエスコートに身を任せた。
二人は何も会話をしない。しかし、目線で会話する。愛していますと。この目線での会話すら二人にはカルナバルの日にしか許されないものだった。
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