晩夏、後悔。雨音へ帰す。

夏噛 凛袮

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第一章:出逢い

2、過去のお話。

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「はー、今日も雨かよ…梅雨終わったのになんで?ねぇなんでださなみん~」

前の席に座る鎖波彬音さなみあきとの椅子をガタガタと揺らしながら、鈴村晴すずむらせいは問いかける。
彬音は後ろを振り向くと晴の手首を掴んで力を込めつつ、その行動に反して気だるげな声で告げた。

「台風近付いてるってニュースでも言ってたろうが。椅子揺らすのやめろこの阿呆」

「わかった!!わかったからやめっ、さなみん!!痛い痛い痛い!!ギブ!!もうやんないからさぁあぁぁ!!」

部活で鍛えられたのか彬音の握力は相当なものらしく、晴は空いた右腕で自分の机をバンバン叩きながら懇願する。
丁度、そのタイミングで廊下から戻ってきた篠月楓しのつきかえでは苦笑いを浮かべながら、晴の隣、つまり、自分の席に腰を降ろした。

「せーくん、またなんかしたの?」

「ちょっと椅子揺らしたんだよ…!今のは全面的に俺が悪かった!!認めるからその手を離してくれさなみん!!」

「…あはは…彬音、そろそろやめてあげたら…?」

楓が控えめに声をかけると、文句ありげな目でじっとりと睨まれる。
そして、彬音は何か言いかけるような素振りを見せてから舌打ちをすると、晴の手を離した。

「はぁ…もういいわ、お前には何しても無駄だし。」

「んなっ!学習能力無いみたいな言い方すんなよな!?」

「だってさ…実際ねぇだろ。"もうやんない"って…何回目だ、今の?」

「…わかりません、申し訳ございません。」

この3人は、いつもこうだ。
彬音と晴が何かしら揉めると、楓が止める。放っておいてもお互いに折れて鎮火はするのだが、楓が入った方が何かと円滑に進んでいた。

苦笑いを浮かべつつ様子を見ていた楓に、彬音が声を掛ける。

「…なぁ、楓。今日一緒に帰らねぇか?お前も部活ねぇだろ、この雨だと。」

「うん、ないけど…剣道部が休みって珍しいね。」

楓の言う通り、室内で行う部である剣道部と屋外の陸上部では、休みが揃うことは雨の日でも滅多になかった。
ー珍しい誘いに驚いて、答えより先に思ったことを言ってしまうくらいには久しぶりのことだったのだ。

「風強くなったら危ねぇから帰れってさ。顧問の判断。」

「…そっか。…久しぶりだな、一緒に帰るの。」

「そりゃ、こんだけ予定が合わなきゃな…」

はぁ、と盛大な溜息をつく彬音は、少し疲れているようにも見える。普段ならあまり感じない様子に心配を覚えるものの、今その話をするのもはばかられた。
楓がどうするべきかと悩んでいる最中、今まで黙っていた晴が会話に割り込む。陰鬱な空気を察したらしかった。

「いいな、2人とも!俺は除け者かー!?」

「お前そもそも家反対方向だろうが。」

「そうだけど…!社交辞令でも誘ってくれよっ…!」

晴は無理矢理自分のテンションを上げることで場の空気を明るくしようとしていた。
この2人の間に重苦しい空気が流れるのは、晴にとっては耐えられないことなのだ。

「せーくん、いつも隣のクラスの人と帰ってなかった…?」

「あぁ、ゆーちゃんな。あいつ、学校終わると図書室に篭ってるから帰り遅くなるんだってさ。帰宅部なのに帰る時間がサッカー部と同じって、すげぇ話だよなー」

「…うん、聞いたことないよそんな話…」

「俺も初めて聞いたもん。でもさ、先に帰ってることも多いから一緒に帰るのは不定期なんだよ。ぼっちのこと多いぞ?だから誘ってくれてもいいんだけど??」

「だから、お前家反対なのにこっち来たら大変だろうが。そんな近所じゃねぇし。方向同じなら誘ってる。」

面倒なテンションをスルーして、彬音が溜息混じりに答える。
その後にちら、と時計を見ると、改めて告げた。

「…じゃあ楓、帰る時待っててくれよ。」

言葉が切れると同時に、始業のチャイムが鳴る。
授業はあと2時間だった。




この時はまだ、その日彬音が居なくなるなんて思ってもいなかったのだ。


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