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第1章
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ずっと、斜め後ろから見てた。
午前中の日の光にキラキラ反する茶色い髪も、眠そうにあくびをした後の、目を伏せたときにできるまつ毛の影も、海外の美術館に展示されそうなくらい、整った綺麗な鼻筋も、桜色の薄い唇も。
だから、どんな格好をしていても見抜くことができるの。
十八歳未満はご利用いただけない「そういう」SNSで、偶然見つけた男の娘の配信者。
甘ロリ系のピンクのワンピースを着て、サイドテーブルのライトしかついていないような薄暗い部屋のベッドに座っている。
毛先がゆるく巻かれた金茶色のセミロング。
マスカラと跳ね上げアイラインで強調されたぱっちり二重の目元。
口元は黒いマスクで隠れているけど、首すじの右側に並んだ小さな二つのホクロは見間違えるはずがない。
アキラくんだ。
過激なコメントとスパチャと呼ばれるお布施が飛び交う中、ふりふりと両手を振って、個別にお礼を伝えている。声は裏声なのか、女の子みたいに高い。
私が発見したときには配信が終わりに近づいていて、どんな話をしていたのかまではわからなかった。
それを見つけたのが一ヶ月前。アーカイブは残っていなくて、見たのはその一回きり。
そして、いま現在。
「…………アキラくん……?」
なんということでしょう。
用事を済ませるために電車で二時間かけて地元に帰省したら、同じ大学に通う想い人が目の前にいるではありませんか。
ブラウンと赤のチェック柄の秋らしいガーリーなワンピースを着て、白いタイツに爪先の丸いブーツ。大学で見るいつもの茶色いサラサラの髪は、胸まで伸びた金茶のゆるふわウェーブになり、伏せがちなまつ毛はメイクのおかげか、ぱっちりと上を向いている。
あの配信のときと同じ格好の彼が、古いビルから出てきた。
可愛らしい女の子の格好をしたアキラくんは、そのくりくりとした目が飛び出るくらい驚いた表情で、私を見ている。
あぁ、こんなに近くで真正面から見るのは初めてかもしれない。心拍が跳ね上がる。
「アキラくんだよね、同じ大学の、同じ学科の」
「……え、……えと、……コハルちゃん?」
困惑顔のアキラくんは一度、視線を斜め左へ向けて、すぐに私の名前を口にした。それだけで私は飛び上がるくらい嬉しかった。
私の愛してやまない想い人は、私の名前を知っていた。
たったそれだけのことなのに、すでに仲良くなった気になって、この数分の間に沸いた疑問を一気に投げかけた。
「どうしてここにいるの? どうしたの、その格好、すごく似合ってるね。あ、もしかして配信?」
「え? あ、いや、……ごめん、ちょっとこっち」
手を引かれて出てきたばかりのビルに逆戻りする。
中は薄暗く、ゆったりとしたオルゴールのBGMが流れている。
入って右側には、テレビのような大きな画面にいくつもの部屋の画像が映し出されていて、左側にはウォーターサーバーやドリンクバーでよく見るマシンが並んでいた。
ここって、もしかして……。
初めて訪れた場所に視線を巡らせている間、アキラくんは右手で私の手首をしっかり掴んだまま、大型テレビのようなタッチパネルを指で操作している。
掴まれた手首が気になりすぎて、これから何が起きるのか、想像がつかない。
エレベーターに乗るときも、部屋番号のついたランプが点滅したドアをくぐるときも、アキラくんは一言も話さなかった。
リネンの香りが漂う部屋に入り、やっと手を離したアキラくんは、そのまま数メートル先にある大きなベッドの上に腰を下ろした。
じっと足元を見ていて、ときどき視線が泳ぐ。
その顔が、言葉にならないくらい切なげで綺麗で、私は無意識のうちにスマホを取り出してアキラくんに向けていた。
「ピロン」という場違いにポップな音に、アキラくんの視線がこちらに向く。シャッターマークを押し続けた人差し指は、その瞬間も逃さなかった。ばばばばばばばば。連写。
「しゃ、写真、撮っていいかな!?」
「今撮ったよね!?」
事後報告する私とアキラくんの声がかぶる。
ものすごい勢いで立ち上がり、焦った様子でこちらに来ようとする彼からスマホを守るべく、胸に抱き締めて背を向けて叫ぶ。
「ねえ、なんでこんな格好してるの!? ここってイヤラシイことする場所だよね!? アキラくん、この前も女装して配信してたよね!?」
そして、好かれたいのに嫌われる最低な言葉を口にした。
「……バラされたくなかったら!」
目の前まで来たアキラくんの動きがぴたりと止まる。
効果は抜群だ。至近距離にある綺麗な顔立ちに、心臓が止まりそうになる。いつも座っているところしか見たことがなかったから、意外に身長差がないことを知った。少し顔を上げればすぐに目が合う。
「何をしてたのか教えて」
胸のスマホをぎゅっと握り締める。本当は取り上げられる前に今すぐにでもクラウドにあげたいくらいだ。
あぁ、アキラくんが困っている。眉毛が八の字だ。少し泣きそうなのかもしれない。こんな彼も見たことがない。この近さのアキラくんも写真に収めたい。
「……あの、本当に大学の人たちに言わない?」
不安げな彼の言葉に、こくこくと赤べこ二十倍速くらいのスピードで首を縦に振る。
半歩下がったアキラくんが、手を口元に当てたり視線を逸らしたり、せわしなく動く。やがて口元を抑えたまま観念したようにはっきりと口にした。
「オナニーを見てもらってた」
彼の口から出た信じられない単語が私の鼓膜を震わせた。
ぞく、と背筋が痺れる。
こんなお人形みたいな格好の彼が、知らない人達の前で自慰行為を。私が見たあの配信も、そういう内容だったの? 想像して、さらに体が震える。
午前中の日の光にキラキラ反する茶色い髪も、眠そうにあくびをした後の、目を伏せたときにできるまつ毛の影も、海外の美術館に展示されそうなくらい、整った綺麗な鼻筋も、桜色の薄い唇も。
だから、どんな格好をしていても見抜くことができるの。
十八歳未満はご利用いただけない「そういう」SNSで、偶然見つけた男の娘の配信者。
甘ロリ系のピンクのワンピースを着て、サイドテーブルのライトしかついていないような薄暗い部屋のベッドに座っている。
毛先がゆるく巻かれた金茶色のセミロング。
マスカラと跳ね上げアイラインで強調されたぱっちり二重の目元。
口元は黒いマスクで隠れているけど、首すじの右側に並んだ小さな二つのホクロは見間違えるはずがない。
アキラくんだ。
過激なコメントとスパチャと呼ばれるお布施が飛び交う中、ふりふりと両手を振って、個別にお礼を伝えている。声は裏声なのか、女の子みたいに高い。
私が発見したときには配信が終わりに近づいていて、どんな話をしていたのかまではわからなかった。
それを見つけたのが一ヶ月前。アーカイブは残っていなくて、見たのはその一回きり。
そして、いま現在。
「…………アキラくん……?」
なんということでしょう。
用事を済ませるために電車で二時間かけて地元に帰省したら、同じ大学に通う想い人が目の前にいるではありませんか。
ブラウンと赤のチェック柄の秋らしいガーリーなワンピースを着て、白いタイツに爪先の丸いブーツ。大学で見るいつもの茶色いサラサラの髪は、胸まで伸びた金茶のゆるふわウェーブになり、伏せがちなまつ毛はメイクのおかげか、ぱっちりと上を向いている。
あの配信のときと同じ格好の彼が、古いビルから出てきた。
可愛らしい女の子の格好をしたアキラくんは、そのくりくりとした目が飛び出るくらい驚いた表情で、私を見ている。
あぁ、こんなに近くで真正面から見るのは初めてかもしれない。心拍が跳ね上がる。
「アキラくんだよね、同じ大学の、同じ学科の」
「……え、……えと、……コハルちゃん?」
困惑顔のアキラくんは一度、視線を斜め左へ向けて、すぐに私の名前を口にした。それだけで私は飛び上がるくらい嬉しかった。
私の愛してやまない想い人は、私の名前を知っていた。
たったそれだけのことなのに、すでに仲良くなった気になって、この数分の間に沸いた疑問を一気に投げかけた。
「どうしてここにいるの? どうしたの、その格好、すごく似合ってるね。あ、もしかして配信?」
「え? あ、いや、……ごめん、ちょっとこっち」
手を引かれて出てきたばかりのビルに逆戻りする。
中は薄暗く、ゆったりとしたオルゴールのBGMが流れている。
入って右側には、テレビのような大きな画面にいくつもの部屋の画像が映し出されていて、左側にはウォーターサーバーやドリンクバーでよく見るマシンが並んでいた。
ここって、もしかして……。
初めて訪れた場所に視線を巡らせている間、アキラくんは右手で私の手首をしっかり掴んだまま、大型テレビのようなタッチパネルを指で操作している。
掴まれた手首が気になりすぎて、これから何が起きるのか、想像がつかない。
エレベーターに乗るときも、部屋番号のついたランプが点滅したドアをくぐるときも、アキラくんは一言も話さなかった。
リネンの香りが漂う部屋に入り、やっと手を離したアキラくんは、そのまま数メートル先にある大きなベッドの上に腰を下ろした。
じっと足元を見ていて、ときどき視線が泳ぐ。
その顔が、言葉にならないくらい切なげで綺麗で、私は無意識のうちにスマホを取り出してアキラくんに向けていた。
「ピロン」という場違いにポップな音に、アキラくんの視線がこちらに向く。シャッターマークを押し続けた人差し指は、その瞬間も逃さなかった。ばばばばばばばば。連写。
「しゃ、写真、撮っていいかな!?」
「今撮ったよね!?」
事後報告する私とアキラくんの声がかぶる。
ものすごい勢いで立ち上がり、焦った様子でこちらに来ようとする彼からスマホを守るべく、胸に抱き締めて背を向けて叫ぶ。
「ねえ、なんでこんな格好してるの!? ここってイヤラシイことする場所だよね!? アキラくん、この前も女装して配信してたよね!?」
そして、好かれたいのに嫌われる最低な言葉を口にした。
「……バラされたくなかったら!」
目の前まで来たアキラくんの動きがぴたりと止まる。
効果は抜群だ。至近距離にある綺麗な顔立ちに、心臓が止まりそうになる。いつも座っているところしか見たことがなかったから、意外に身長差がないことを知った。少し顔を上げればすぐに目が合う。
「何をしてたのか教えて」
胸のスマホをぎゅっと握り締める。本当は取り上げられる前に今すぐにでもクラウドにあげたいくらいだ。
あぁ、アキラくんが困っている。眉毛が八の字だ。少し泣きそうなのかもしれない。こんな彼も見たことがない。この近さのアキラくんも写真に収めたい。
「……あの、本当に大学の人たちに言わない?」
不安げな彼の言葉に、こくこくと赤べこ二十倍速くらいのスピードで首を縦に振る。
半歩下がったアキラくんが、手を口元に当てたり視線を逸らしたり、せわしなく動く。やがて口元を抑えたまま観念したようにはっきりと口にした。
「オナニーを見てもらってた」
彼の口から出た信じられない単語が私の鼓膜を震わせた。
ぞく、と背筋が痺れる。
こんなお人形みたいな格好の彼が、知らない人達の前で自慰行為を。私が見たあの配信も、そういう内容だったの? 想像して、さらに体が震える。
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