その筆で描かれた絵は女の匂いがした

志貴野ハル

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第1章

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 一時間後、佐々木さんがパンパンに詰まった袋を提げて家にやってきた。
 そして私はその直前まで、露崎涼成が無くしたエアコンのリモコンを探していた。「ダイニングテーブルに置いたと思ったんだけど」と言っていたからキッチンを中心に探したのに、結局見つかったのは居間に積み上げられた座布団の後ろだった。

「だからここに置いてって言ってるのに。高山さん、顔真っ赤で汗だくじゃん。ごめんね、本当、申し訳ない」
「いや、絶対置いたはずなんだけど。紬、飲み物好きなの選べ、ほら」
「は、すみません、いただきます」

 開け放たれた冷蔵庫の冷気を顔に浴びながら、次はペットボトルの緑茶に手を伸ばす。この汗は暑いのもあるけど、見つからなかったらどうしようという焦りからきたものだ。無事に見つかってよかった。

「ところで涼成さんはなんでクロッキー帳持ってるの?」
「絵描いてた」
「は!?」
「紬が一生懸命リモコン探してるの見てたら面白くなって」
「ちょ、何してんの!? 率先して探せよ!」
「いや、見つけたの俺」
「あ、そうですそうです、私はもう全然役立たずでして」
「家主なんだから最初に見つけて当たり前だよ。そもそも無くしてんじゃないよ。いや、高山さん、ごめん、お詫びに好きなの選んで。余ったやつは持って帰っていいから」
「わ、ありがとうございます、いただきます」
「よかったなぁ、紬」

 ガサガサと白い袋からパック詰めされた弁当が出てくる。焼き魚だったり焼き肉だったりフライだったり、何を食べるかわからない露崎涼成に合わせていくつか選んだのだろう。その中から焼き魚弁当をもらうことにした。

「涼成さんは高山さんにあと五回謝って、それから取って」
「ごめん、ごめん、ごめん」
「だ、大丈夫です! そんなに謝らなくても!」
「ごめん、ごめん。よし」
「よしじゃないよ」

 焼き肉弁当を取る露崎さんを見て、佐々木さんが呆れている。弁当は一つ余った。てっきり佐々木さんも一緒に食べていくのかと思ったら「じゃあ僕はこれで」と帰ろうとするので驚いた。

「涼成さん、ご飯食べたら高山さんを送っていってよ。もう外暗いから」

 玄関先で声を上げる佐々木さんを見送るでもなく、露崎涼成は「はいよー」と弁当を持って居間へ引っ込んでいく。代わりに私が見送ることにした。

「佐々木さん、帰られるんですか?」
「はい、すみません、引越しの準備と仕事が立て込んでるので。あぁ、やっぱり高山さんが来たから涼成さん、ちょっとテンション高いな」
「そ、そうなんですか?」
「すごい喋るから。僕一人だけだと弁当を置いて一言話すくらいで終わりですよ。じゃあ、おやすみなさい」
「あ、ありがとうございました!」

 カラカラと玄関の引き戸を引いて佐々木さんが出ていく。ふいに見えた空がいつの間にか濃い紫色になっているのに気づいた。そういえばこの部屋に来て最初しか時計を見ていない。今、何時だろう。
 弁当とお茶を持って居間へ入ると、露崎涼成は胡座をかいてテーブルの上に突っ伏していた。エアコンの風に当たった髪の毛がそよそよと泳いでいる。弁当の蓋は開いていない。食べずに待ってくれていたようだ。
 声をかける前にもぞりと起き上がる。

「やっと来た」
「すみません、お待たせしました」

 慌ててお誕生日席に座る。そのとき目に入った柱時計を見ると、十九時を過ぎていた。ここに来てすでに二時間も経っている。さっさと食べてお暇しなければ。
 「いただきます」と手を合わせて、水蒸気の張り付いた蓋を取る。箸をつける前に露崎涼成をちらりと見ると、意外にも大きな一口で食べているのを見てホッとした。好き嫌いも食べたいものもないと言っていたからてっきり食が細いのだと思っていたけど、そういうわけでもないらしい。

「魚よりお肉が好きなんですか?」
「……ん? いや、別に」
「そうでしたか」
「食べるのがそもそも好きじゃないのかも。だんだん口に運ぶのが面倒くさくなる。いつか自動給餌してくれるロボットが欲しいな。口開けたら自動で食べ物突っ込んでくれるやつ」
「雛鳥みたいですね」
「あぁ、だから赤子って言われてんのか俺」

 合点がいったというように露崎涼成が笑った。自動給餌を欲しているわりにはきちんと咀嚼している。
 むしろ私の方が緊張して食べ物を受け付けられなかった。この家が静かすぎるから、自分の立てる咀嚼音で気分を害してしまわないか気が気じゃない。
 私がモタモタと三分の一を食べたところで露崎涼成が完食した。待たせるのも悪いので一緒になって「ごちそうさま」をする。

「あれ、もう食べないの?」
「あ、残りは家で食べます」
「いいよ、ゆっくり食べてな。遅くなっても帰りは送って行くから。なんなら泊まっていけば? 使ってない部屋なんていっぱいあるし」
「いえ……っ、それは、そんな恐れ多いこと」
「でも俺、腹一杯だからささやき荘まで送るのしんどいー」

 そう言いながら、露崎涼成は部屋の隅にある座布団を引き抜き枕にして寝そべった。

「一人で帰れますよ……?」
「ダメだろ、この辺り街灯少ないし。田舎の変態を舐めんなよ」
「……いるんですか、この辺に、変態」
「いや、知らんけど」

 露崎涼成の目が閉じかけているのを見て、残った弁当と空の容器を持ってそうっと立ち上がる。だけど気配で起きてしまった。

「あー、そうだ……片付けないとまた洸太がうるさい……」
「いいですよ、私、やります」
「……俺のこと甘やかすなって言われてない?」
「お世話は頼まれましたけど、そういうのは特に」
「じゃあお言葉に甘えて……とはならないんだわ、叱ってくれ、頼むから」

 もぞもぞとだるそうに起き上がって空の容器を渡すように手が伸びてくる。それを受け取って居間を出る瞬間、露崎涼成が「あぁ、もう本当に生きるのってめんどくせえな」と低い声で呟くのが聞こえて私の心は戦慄した。
 他の人なら笑って流せる発言もこの人が言うともう冗談に聞こえなかった。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

おにく
2025.07.07 おにく

やっと新作気づいて今一気に読んじゃいました!
沼の予感しかない!!!!
沼要素てんこ盛り🥹🥹サイコーヤン٩( ᐖ )۶
続き待ってます!志貴野先生暑さには気をつけてくださいね!

2025.07.08 志貴野ハル

おにくさん、お久しぶりです!
感想ありがとうございます!!

掴みどころのない男とそれに振り回される女が大好物で、書きましたw

暑さに負けないぞ٩( ᐖ )۶←この顔文字かわいい♡

解除
mint☆
2025.07.04 mint☆

新作ヤッホー💕💕
エロいんだろうな。涼成。(о´∀`о)
フフ♪
興奮しております。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

2025.07.05 志貴野ハル

mint☆さん、早々に感想ありがとうございます!!
希死念慮もりもりどすけべ絵描きという謎属性ですが、
エロく書きますのでどうかこちらもよろしくお願いします!!

解除

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