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第4章
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残り二週間を切った夏休みの間だけ「週に一回」というルールが曖昧になった。主にユウマくんから連絡が来て、私も断る理由がないから受け入れた。
それでも二人きりでどこかに出かけたことはないし、季節が二つ過ぎても私達はお互いの誕生日すら知らない。
私の方はどんどん好きな気持ちが募っているのに、それを伝えられないままずるずると体だけを重ね続けたせいで、今さら軌道修正する方法がわからなくなってしまった。
たまに会うサークルの中ではちゃんとした先輩と後輩として振る舞えるのに、セックスをするときはいつの間にか立場が逆転していた。
私から始めた関係なのに、今ではユウマくんから求められることがほとんどになって、自然と私が、彼の底の見えない要求に応えるようなかたちになっていった。
男女限らずセックスの快楽を知った直後は、薬物みたいに溺れることがあると聞いたことがある。ユウマくんもそんな感じで、会えば何時間もかけて私の体をぐずぐずに溶かしていく。人の気持ちなんて一ミリも無視して。
「先輩、今日ヒマ? ホテル行ってみたい」
「……はい?」
先週も、昨日の夜も散々したというのに、私の部屋のベッドの中で服も着ないでだらだらしているユウマくんが、突拍子もないことを言い出した。
「え、まだするの? ていうか、できるの?」
「うん」
枕代わりにしている私のクッションを独占しながら目を丸くして「できないの?」とでも言いたげな目を向けられる。その顔に苦笑した。最近、手に負えないくらいどんどん性欲が強くなっている気がする。
「たまには違うところでしたい。先輩、俺の部屋には来てくれないし」
「えー、……だって遠いんだもん」
物理的距離を言い訳にしたけど、本当はユウマくんの部屋に行けない理由はそれだけじゃなかった。彼のアパートが元彼のアパートの裏なのだ。
同じ飲み会に参加してそのままユウマくんの部屋に行ったとして、もし帰り際なんかに元彼とばったり会ってしまったらと思うと気が気じゃない。
仮に「付き合っているのか」と聞かれたら、ユウマくんはどう答えるのだろう。その答えを聞くのも怖い。
「だからさ、今日ヒマなら行こう。別にしなくても、ラブホがどういうものなのか見てみたい」
「えー……」
セックスしないならべつに今日じゃなくても、という言葉をすんでのところで飲み込む。場所がどこであれ、初めて二人で出かける。そう思うと少し嬉しくなっていた。
了承すると、ユウマくんは起き上がって服を身につけ始めた。シャワーは浴びなくていいのか聞くと、「どうせ向こうでも入れるし」と返事がきた。そんなに早く行きたいのか。盛りのついた犬か。
どういう経路で見つけてきたのかわからないけど、ユウマくんが行きたいと言ったのは繁華街の裏にあるシティホテルのようなラブホテルだった。
飲み会の後に帰るのがめんどくさくなって元彼と何度か泊まったことがある。だけどそれは言わない。言ってどうにかなるものでもないけど、私だったら、他の人と来たことあるなんて知りたくない。
無人のエントランスで部屋の内装を映し出した大きなパネルを見ながら、どれにしようか聞くとユウマくんは一番高い部屋を選んだ。
「初めてだし、記念に」と珍しくはしゃいだ様子で笑う。……何の記念なんだか。
エレベーターに乗って最上階へ移動する。部屋に入ると真っ先に鼻をくすぐるリネンの匂い。
一番高価な部屋だからか、リビングとベッドルームは二十畳くらいあるんじゃないかと思うくらい広く、部屋から丸見えになるガラス張りのバスルームには空気で膨らんだローションマットがすでに敷かれてあった。
ここまであからさまなセッティングをされると、一周回って頭が冷静になる。今思えば自分たち以外の気配が染みついた部屋でよくセックスできるものだ。
初めて入る場所を、探検する子供のようにドアを開けていくユウマくんを追いかける。
「あぁ、こんな感じなんだ」
「どんな感じよ」
「俺の部屋より広い。俺、ここに住みたい」
「何言ってんの」
そんなことを言い合いながらひとしきり部屋の中を見終わって、彼がリビングルームのソファに腰を下ろした。横にずれて一人分のスペースが空いたけど、隣に座っていいものか迷う。
裸になって一緒のベッドに入れるのに、服を着たときはソファに座るのをためらうなんておかしな話だ。普通は逆なのに。
「なんでそんなとこにいるの」
テレビのリモコンを持つユウマくんが首をかしげた。「こっち座れば」と言われてようやく隣に座る。
「あ、ねぇ、おもちゃ買えるよ」
有料VODをスルーして、彼がメニュー画面に映された大人のおもちゃの中からピンク色のオーソドックスなローターを選択する。
「先輩に買ってあげようか」
「なんでよ」
「俺のだけじゃ、物足りないんじゃないですか?」
私が何かを言う前に、白々しい口調で含み笑いを浮かべながらポチポチと購入ボタンを押す。
「え、ねえ待って、ほんとに買ったの?」
「うん」
「受け取っておいて」と言うと、彼はソファから立ち上がってバスルームのほうへ行ってしまった。
引き留める余裕もないまま、ただソファに座ってしばらくすると部屋のチャイムが鳴った。おそるおそる出てみると、シルバーのキャスターがぽつんと置いてあって、その上に黒い紙袋に入った小さな箱がちょこんと乗っていた。もちろん周りに人はいない。
急いで紙袋を回収してドアを閉める。
シャワーの水音が流れるドアの前を横切って、ソファに座り直してから取り出した箱をじろじろ眺めてみる。
実物を手に取って見るのは初めてだった。興味が勝って箱の縁についているセロハンテープを爪で引っ掻いてみる。
「せんぱーい」
「——ひぁっ」
浴室から突然呼ばれて、持っていた箱を落としそうになった。
開けようとしていたところを見られたら絶対からかわれる。
急いで紙袋に戻して、素知らぬ顔でユウマ君のところに向かう。
「なに、呼んだ?」
「風呂でかいよ。一緒に入ろう」
浴室のドアを開けた彼は、裸を隠そうとせずに濡れた手で私の手首を引っ張った。
ここに来てからずっとテンションが高い。本当に子供みたいだ。
「私、部屋で入ってきたよ?」
「何回入ってもいいじゃん、俺が洗ってあげる」
「や、べつに洗わなくても……」
さっきから目のやり場に困る。明るい場所でユウマくんの裸をまじまじと見たことがないから、視線がたどたどしくなる。
浴室のドアを開けっぱなしにして煮え切らない態度を取っていたら、ユウマくんがシャワーを取ってカランを捻った。勢いよく出るシャワーのお湯がいきなり顔にかけられる。
「ぷわっ」
「あー、ごめん、手元狂った。風邪ひくから早く入れば?」
「絶対わざとでしょ、信じらんない!」
顔から首すじにかけて水滴が流れてじわじわと服が濡れていく。このままだと帰るときに困ることになる。諦めて浴室のドアを一度閉めてから服を脱いだ。
「まだですかー」
ドア一枚隔てて、催促の声が聞こえる。
「ちょっと待ってよ」
今さら恥ずかしがることなんてない、と何度も自分に言い聞かせておそるおそるドアを開ける。
それでも二人きりでどこかに出かけたことはないし、季節が二つ過ぎても私達はお互いの誕生日すら知らない。
私の方はどんどん好きな気持ちが募っているのに、それを伝えられないままずるずると体だけを重ね続けたせいで、今さら軌道修正する方法がわからなくなってしまった。
たまに会うサークルの中ではちゃんとした先輩と後輩として振る舞えるのに、セックスをするときはいつの間にか立場が逆転していた。
私から始めた関係なのに、今ではユウマくんから求められることがほとんどになって、自然と私が、彼の底の見えない要求に応えるようなかたちになっていった。
男女限らずセックスの快楽を知った直後は、薬物みたいに溺れることがあると聞いたことがある。ユウマくんもそんな感じで、会えば何時間もかけて私の体をぐずぐずに溶かしていく。人の気持ちなんて一ミリも無視して。
「先輩、今日ヒマ? ホテル行ってみたい」
「……はい?」
先週も、昨日の夜も散々したというのに、私の部屋のベッドの中で服も着ないでだらだらしているユウマくんが、突拍子もないことを言い出した。
「え、まだするの? ていうか、できるの?」
「うん」
枕代わりにしている私のクッションを独占しながら目を丸くして「できないの?」とでも言いたげな目を向けられる。その顔に苦笑した。最近、手に負えないくらいどんどん性欲が強くなっている気がする。
「たまには違うところでしたい。先輩、俺の部屋には来てくれないし」
「えー、……だって遠いんだもん」
物理的距離を言い訳にしたけど、本当はユウマくんの部屋に行けない理由はそれだけじゃなかった。彼のアパートが元彼のアパートの裏なのだ。
同じ飲み会に参加してそのままユウマくんの部屋に行ったとして、もし帰り際なんかに元彼とばったり会ってしまったらと思うと気が気じゃない。
仮に「付き合っているのか」と聞かれたら、ユウマくんはどう答えるのだろう。その答えを聞くのも怖い。
「だからさ、今日ヒマなら行こう。別にしなくても、ラブホがどういうものなのか見てみたい」
「えー……」
セックスしないならべつに今日じゃなくても、という言葉をすんでのところで飲み込む。場所がどこであれ、初めて二人で出かける。そう思うと少し嬉しくなっていた。
了承すると、ユウマくんは起き上がって服を身につけ始めた。シャワーは浴びなくていいのか聞くと、「どうせ向こうでも入れるし」と返事がきた。そんなに早く行きたいのか。盛りのついた犬か。
どういう経路で見つけてきたのかわからないけど、ユウマくんが行きたいと言ったのは繁華街の裏にあるシティホテルのようなラブホテルだった。
飲み会の後に帰るのがめんどくさくなって元彼と何度か泊まったことがある。だけどそれは言わない。言ってどうにかなるものでもないけど、私だったら、他の人と来たことあるなんて知りたくない。
無人のエントランスで部屋の内装を映し出した大きなパネルを見ながら、どれにしようか聞くとユウマくんは一番高い部屋を選んだ。
「初めてだし、記念に」と珍しくはしゃいだ様子で笑う。……何の記念なんだか。
エレベーターに乗って最上階へ移動する。部屋に入ると真っ先に鼻をくすぐるリネンの匂い。
一番高価な部屋だからか、リビングとベッドルームは二十畳くらいあるんじゃないかと思うくらい広く、部屋から丸見えになるガラス張りのバスルームには空気で膨らんだローションマットがすでに敷かれてあった。
ここまであからさまなセッティングをされると、一周回って頭が冷静になる。今思えば自分たち以外の気配が染みついた部屋でよくセックスできるものだ。
初めて入る場所を、探検する子供のようにドアを開けていくユウマくんを追いかける。
「あぁ、こんな感じなんだ」
「どんな感じよ」
「俺の部屋より広い。俺、ここに住みたい」
「何言ってんの」
そんなことを言い合いながらひとしきり部屋の中を見終わって、彼がリビングルームのソファに腰を下ろした。横にずれて一人分のスペースが空いたけど、隣に座っていいものか迷う。
裸になって一緒のベッドに入れるのに、服を着たときはソファに座るのをためらうなんておかしな話だ。普通は逆なのに。
「なんでそんなとこにいるの」
テレビのリモコンを持つユウマくんが首をかしげた。「こっち座れば」と言われてようやく隣に座る。
「あ、ねぇ、おもちゃ買えるよ」
有料VODをスルーして、彼がメニュー画面に映された大人のおもちゃの中からピンク色のオーソドックスなローターを選択する。
「先輩に買ってあげようか」
「なんでよ」
「俺のだけじゃ、物足りないんじゃないですか?」
私が何かを言う前に、白々しい口調で含み笑いを浮かべながらポチポチと購入ボタンを押す。
「え、ねえ待って、ほんとに買ったの?」
「うん」
「受け取っておいて」と言うと、彼はソファから立ち上がってバスルームのほうへ行ってしまった。
引き留める余裕もないまま、ただソファに座ってしばらくすると部屋のチャイムが鳴った。おそるおそる出てみると、シルバーのキャスターがぽつんと置いてあって、その上に黒い紙袋に入った小さな箱がちょこんと乗っていた。もちろん周りに人はいない。
急いで紙袋を回収してドアを閉める。
シャワーの水音が流れるドアの前を横切って、ソファに座り直してから取り出した箱をじろじろ眺めてみる。
実物を手に取って見るのは初めてだった。興味が勝って箱の縁についているセロハンテープを爪で引っ掻いてみる。
「せんぱーい」
「——ひぁっ」
浴室から突然呼ばれて、持っていた箱を落としそうになった。
開けようとしていたところを見られたら絶対からかわれる。
急いで紙袋に戻して、素知らぬ顔でユウマ君のところに向かう。
「なに、呼んだ?」
「風呂でかいよ。一緒に入ろう」
浴室のドアを開けた彼は、裸を隠そうとせずに濡れた手で私の手首を引っ張った。
ここに来てからずっとテンションが高い。本当に子供みたいだ。
「私、部屋で入ってきたよ?」
「何回入ってもいいじゃん、俺が洗ってあげる」
「や、べつに洗わなくても……」
さっきから目のやり場に困る。明るい場所でユウマくんの裸をまじまじと見たことがないから、視線がたどたどしくなる。
浴室のドアを開けっぱなしにして煮え切らない態度を取っていたら、ユウマくんがシャワーを取ってカランを捻った。勢いよく出るシャワーのお湯がいきなり顔にかけられる。
「ぷわっ」
「あー、ごめん、手元狂った。風邪ひくから早く入れば?」
「絶対わざとでしょ、信じらんない!」
顔から首すじにかけて水滴が流れてじわじわと服が濡れていく。このままだと帰るときに困ることになる。諦めて浴室のドアを一度閉めてから服を脱いだ。
「まだですかー」
ドア一枚隔てて、催促の声が聞こえる。
「ちょっと待ってよ」
今さら恥ずかしがることなんてない、と何度も自分に言い聞かせておそるおそるドアを開ける。
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