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しおりを挟む「は?」
もちろん俺の口からはそんな声しか出てこなかった。
「……ドラゴン? ドラゴンだって? そんなことあるはずないだろ。俺は人間だ! ただの農民なんだから……」
何秒かあとにやっと反論が出てきたが、俺がわめきはじめると、男は今度は唇に人差し指をあてる。
「もう夜も遅い。静かに」
「……だ、だけどそんな……そんな馬鹿なこと……」
「いや。ドラゴンは特殊な生き物だ。特に現代では、ドラゴンの姿のまま生きるものはめったにいない。この宝石のような卵から孵った直後こそドラゴンの形をしているが、近くに人間や動物がいると、その種族の幼体に変態する」
「で、でも……俺は生まれたときから人間で……親だって……」
男は奇妙な表情をうかべて俺をみた。
「ほんとうにそうか? おまえの両親は? 生まれたときのことを聞いているか?」
実は俺はそう問われる前から答えを知っていたのだ。俺は森のばあちゃんの家の前に、どこかの旅人が捨てて行った赤ん坊だった。そして生まれてまもない赤ん坊を病気で亡くしたばかりの両親が、俺を自分の子として育ててくれたのだ。両親が死んだあと、俺はばあちゃんからそのことを聞いた。
「だからといって俺がドラゴンだなんて、そんな……」
「その宝石がおまえの尻から出てきたのが、その証拠だ」
「そんな馬鹿なこと、あるはずない」
「そのまさかだ。俺たちがダンジョンに遣わされたのは、ほんとうはこれをさがすためだった」
それから男に「これは門外不出だ」と口止めされた上で聞かせられたのは、この国の王家とドラゴンにまつわる、とんでもない話だった。
王家には代々、たったいま俺が産んだものにそっくりな宝石が秘宝として伝えられている。実はこれは、王家に嫁いだドラゴンが産んだ卵なのだ。一世代に一度、その卵を孵して他の王族の子と共に育て、王家の末子の伴侶として迎え入れるのが、古来からの習わしなのだという。
そんなのありなのか。焦った俺に男は辛抱強くいいきかせた。人間の姿をしたドラゴンは実際のところ、人間そのもので、いわゆるドラゴンの姿に戻ることもないし、翼が生えたり火を吹いたりすることもなく、寿命もふつうの人間とほぼおなじらしい。ただ少しだけちがうところはある。病気にかかりにくかったり、妙な特技をもっていたり。
しかしもっとも大きなちがいは、ごくたまに、俺がいまやったような卵を産む、ということだ。伴侶とつがったあとに生まれた卵であれば、それはいつか孵るのだという。もっともそれにはいくつか条件がある。産んだ者が生きているあいだは、その卵は孵化しない。もうひとつわかっている条件は、卵のすぐ近くで他の生き物の出産があることだ。
「王家にあった最後の卵は、王弟殿下の奥方の出産にあわせて孵化させるはずだった。ところが手違いがあった。奥方の部屋の窓辺にツバメの巣があったのだ。卵はいつのまにか孵化して、ツバメになって飛んでいってしまった……」
俺の口は呆れてあけっぱなしになっていたが、そこまで聞いたとき、ふと思いつくことがあった。
「じゃあ湿布が金に変わったのもそのせいか? それに流行病で、俺だけさっさと治ってしまったのも――」
「湿布が金?」
しまった。これは誰にもいっちゃいけないことだったのに。俺は裸の体をすくませて、とんでもないことになったと思った。つまり王家はドラゴンの卵をほしがっているということで、俺は卵が産めることをこの男――都から来た騎士に知られてしまった。この上、何かが金に変えられたりするとわかったら――
「待て。怖がるな」
先回りするように男がいった。
「おまえがドラゴンだとしても、この石を俺にくれれば何もしない。ダンジョンで発見したと王に伝えて、おまえはいままで通りこの村で――いや、それよりもっといい方法がある」
「もっといい方法?」
男は体をおこし、俺の肩に両手をおいて、そっと抱きおこした。
「おまえが俺の伴侶になればいい。そうすれば王家の秘宝が無事に戻り、王の末子がドラゴンを娶る習わしも完了して、何もかも丸くおさまる」
は?
「ちょっと待て」
俺はあわてて口をはさんだ。
「俺がおまえの伴侶になる? ドラゴンを娶る習わし?」
「そうだとも。俺は王の末息子、第六王子のデュランだ」
はあ?――と思ったその瞬間、俺は男の顔が何に似ているのかに思い至った。貨幣に刻まれた昔の王様の顔だ。
男は素っ裸のまま胸を張った。
「秘宝――ドラゴン――がツバメではなく人間の赤子になったなら、いつか俺が娶ったかもしれない。それもかなわぬことになった矢先、この村の近くでダンジョンがみつかって、卵をさがせという密命がくだされた。しかしドラゴンがここにいたのなら、これも運命というもの――」
「待って待って待って! 待ってくれよ!」
俺はもっとあわてて叫んだ。
「そんなの聞いてない! 俺はべつに……そんなつもりじゃ……」
男――デュラン王子は平然とした顔で俺をみた。
「ではおまえは、俺に無理強いされて抱かれたと?」
「そ、そんなわけじゃないけど……」
それにあんたのアレはでかくて気持ちよかったし、湿布や張り型とおなじだったら、気持ちよくないとあの石は出てこなかっただろうし――と俺は思ったが、それはいわずにこれだけ答えた。
「あのろくでなしの冒険者なら媚薬でもなんでもいやだったけど、あんたはべつに……いやじゃないけど、でもそんな早まって……伴侶だなんて気の迷いを……」
「早まってなどいないし、気の迷いでもない」
貨幣に刻まれているのとおなじ顔が堂々と宣言する。
「俺は生まれてこのかたずっと、俺のものになるドラゴンを求めていたのだ。それにおまえは俺とつがってこの卵を産んだ。俺以前におまえは卵を産んだことがあるか?」
「あるわけないだろ」
俺はほとんどふてくされながら答えた。
「こんなのが自分の身体から出てくるなんて、いまはじめて知ったんだから」
「では俺はおまえに卵を産ませることができたはじめての男というわけだ。俺を信じろ」
どうしてそんなに自信たっぷりでいられるのか俺にはさっぱりわからなかったが、拒否するのは得ではないように思えた。それで俺は、この男――いまは王国の騎士団長になったデュラン王子と共に都へ行くことになったのだ。
そのあとのことは吟遊詩人が歌ったり瓦版に書かれたりしているから、表向きの話ならみんなどこかで聞いたことがあるはず。つまり王子の自信たっぷりな言葉とは裏腹に、都へ行く途中も行ったあともいろいろなことがあったってことだ。
それでもしまいには、彼は俺にとってかけがえのない存在になり、俺はあれから何年もたったいまも、こうして騎士団長の伴侶として都に住んでいる。宝物庫の奥には俺が産んだ宝石がひとつひとつ箱に入れてしまってある。
もしこれをホラ話だと思うなら、俺が死んだあとに試してみるといい。ドラゴンの卵を孵化させるコツは、子供が生まれそうな動物のそばに置いておくことだ。一個くらい猫やツバメになったところで、怒られることはないだろう。なにせたくさんあるからな。
(おしまい)
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