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本編

30.薔薇の種まく(前編)

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「脱いで」と峡さんがいう。
 彼は箪笥の引き出しをあけている。手のひらにすこしつぶれたコンドームの箱があらわれる。ベッドルームはナイトスタンドの光で半分が影になっていた。僕は思わずぼうっと眺めてしまう。
 また峡さんがいう。
「朋晴。脱いで」

 はっとして僕はシャツのボタンに手をかける。指がふるえてもどかしい。三つ外しただけであきらめて頭から脱いだ。ベッドの横に立つ峡さんの足元にスラックスとトランクスが落ちる。マットレスが揺れる。
 峡さんはコンドームのパッケージを破ると、猛っている彼自身にかぶせていく。根元まで下げて馴染ませる手の動きが卑猥だ。僕は唾を飲みこんだ。

 峡さんはボクサーごとズボンを足元に蹴りやる僕をみつめた。胸、腹、と彼の視線が下がるのを感じて、すでに堅くなった僕自身がさらに頭をもたげる。手を添えようとしたとたん背中に腕を回され、うつぶせにされる。
 前のときのように焦らされるのかと思ったら、ちがった。両腕を抑えられると、一度も触られていないのに濡れて蕩けた僕の入り口に、いきなり熱い楔が打ち込まれる。

「あっ……はぁ……んっ」

 自分でもいやになるほど甘い声が漏れた。内側をえぐるように突き刺す肉棒の感触に、頭の天辺で白い火花が散る。
「ああ、あ、あ、あ―――」

 峡さんをもっと感じようと僕は腰を揺らした。中にぴったりはまった熱い楔はゆっくり動き、甘い蜜にまみれたようになっている僕の内部の襞をこする。峡さんの吐息が背筋をくだる。僕を味わうようになぞる舌が熱く、僕の中にいる彼も熱い。先端が僕の奥に隠された快感の源をゆっくり突き、とまる。

 もっと激しく動いてほしいのに、もっと――と思った時、肩口に歯を立てられた。僕はうつぶせのまま両手を抑えられていて、触られもしていない僕自身はすでに勝手に爆発しそうだ。峡さんを咥えこんだうしろからはどうしようもなく甘い震えがのぼってくる。幾度も奥を突かれる――あ、ああ、いやだ、絶妙な間隔で……

「峡……さん……あ、うんっ、いやっあんっ」

 腰をすこしもちあげられ、僕自身の根元を峡さんの手がなぞった――と思ったら、握られてあとは一瞬だった。たちまち達してシーツに雫を飛ばした僕を峡さんの肉棒がさらに追い詰める。背筋を上る快感は僕の頭をおかしくしそうなくらいなのに、峡さんの唇は僕の背中を冷静にたどり、ちりちりと小さな痛みを与えてくる。

「あっ……あんっ、ねえ、あ――」
「ん?」
「僕の中……いい……? きもち――」
「すごくいい」

 ささやく声はまだ全然余裕があるように感じられる。どういうわけか涙が出てくる。僕はこんなに――あ、あんっ……めちゃくちゃなのに、峡さんはまだちっとも……。

 いきなり僕の中から峡さんが消えた。涙とよだれでシーツがぐしゃぐしゃだ。圧迫が抜けて僕の体は安堵したが、それも一瞬で、抱き起こされて正面を向かされる。膝にかかえられるような体勢で、峡さんの唇が僕の涙のあとをなぞり、耳をなぞる。意地悪な指にうしろをさぐられると、あふれた体液がシーツに浸みるのがわかる。

「峡さん……やだ……」
「なにが?」
「指じゃなくて……もっと……」
「奥がいい?」

 僕は涙目のまま首をふる。峡さんの唇は、今度は焦らすように耳たぶに息をふきかける。
「それなら上に乗って」

 スタンドの光で照らされたまま、みずから彼を咥えこんでいくのは我ながら卑猥すぎて、そのことでまた僕は興奮している。峡さんは両手で僕の腰をささえながらみずからの腰をゆすりあげた。ズッっと奥まで肉棒に貫かれ――
 とたんに甲高い叫びがあがった。自分の声だなんて信じられなかった。
「ああああああああ!」

 下からゆっくりと揺すられる。そのたびにもっと奥へ楔がくいこむ。襞の内側の深いところがこじあけられるようだ。あ、やだ、知らない――こんなの……。

 僕はいつのまにか達していて、白濁を峡さんの肌にこすりつけている。またぐちゃぐちゃのシーツの上に倒され、正面から峡さんを受けとめる。
「ん……」

 峡さんが低く呻いた。肩口に感じる彼の吐息が速くなり、ぐいぐいと中を押される。僕の頭の中は真っ白で、もう何が何だかわからなかった。大きく揺さぶられ、白い快楽のなかにすうっと墜ちる。




 気がつくとゆるやかに肩を揺すられていた。柔らかいパイル地が顔にあたる。紺色の薄いバスローブを羽織った峡さんが僕の頭を撫でている。
「立てる?」

 ささやきにうなずいた。床に足をつくと下半身が余韻にふらつく。峡さんが渡してくれたバスローブは水色で、新品の匂いがする。そのまま行こうとする峡さんのバスローブを僕はあわててつかむ。
「朋晴?」
「そっちがいい」

 我ながら子供じみていた。僕の意図をさとった峡さんは苦笑しながら自分のバスローブを脱いだ。僕はライナスの毛布さながら峡さんの匂いがついた戦利品を羽織る。よろよろとトイレにいき、戻ってくると、峡さんは僕が嫌がった新しいバスローブを着てキッチンにいる。テーブルにブドウを盛ったガラスの鉢が乗っていた。自動的に手が伸びた。僕は断りも入れずに房からひとつもぎ、口に入れかけて止まる。

「あ……ごめんなさい」
「いいよ。座って食べるんだ」
 峡さんは椅子を引いた。
「皮ごと食べられる」

 待ちきれなかった。僕は立ったまま丸い実を口に入れる。ぷるりとした果肉から甘い液体が飛び出した。喉から全身へしみわたるようだ。もうひとつ。さらにもうひとつ。

 取ろうと伸ばした手を峡さんが押さえ、つまんだブドウを差し出してくる。僕は彼の指から直接果実を咥え、舌で転がして押しつぶす。峡さんは自分もブドウをつまみ、彼の喉がごくりと動くのをみつめるうちに、僕の息があがってくる。

「熱い?」
 峡さんがたずねた。僕は首をふった。峡さんは僕の口にブドウの実を押し込んできて、その指を追うように僕は峡さんに体を寄せていく。ぴったりくっつこうとするのはほとんど本能的な動作で、僕は彼のひらいたバスローブのあいだに顔を押し当て、そのままずるっと膝をついた。峡さんの股間に顔を寄せると、眼の前にある果実を舐める。

「んっ……」
 峡さんが小さく息をのんだ。僕は手を添えて彼をしゃぶる。峡さんは腰をゆすり、半勃ちだったそれが僕の喉を突くほど大きくなる。バスローブの裾が太腿をくすぐった。いまにも欲望があふれてきそうだ。僕は上目で峡さんと眼を合わせる。
「ねえ、して……」

 峡さんはふっと笑って、僕が羽織っているバスローブをつかむ。ポケットからコンドームのパッケージを引っ張り出す。
「つけられる?」

 こんなものなければいいのに。そう思いながら僕はうなずき、膝をついたまま潤滑剤でぬるついたゴムを取り出す。峡さんの足にすがりつくようにして立ち上がると、すぐにキッチンテーブルの方を向かされて、うしろに重みがのしかかってきた。あわててテーブルの端を握る。がっしりつかまれた腰に肉棒が押し入ってくる。僕の中の襞が歓喜するようにうごめいた。

「あ――ああ、あ、いい、あんっ、峡さんっ」
「ん?」
「いい……? 僕の……なか…」
「いいよ……」
「あ、あ――僕はもう――だめ、あ―――」

 なのに峡さんは僕のようにあっさり果てない。貫かれたまま抱きしめられ、僕自身を彼の手に握られ、しごかれると、あまりの気持ちよさにおかしくなってしまいそうだ。自分の喘ぎ声ばかり聞こえて不安になる。峡さん――峡さんは――
「つらい?」ふいに耳元でささやかれた。
「ごめん、俺はイクまで遅くて……」
 僕は言葉もなくただ首を振り、ヒートの熱に煽り立てられるまま、峡さんの手の中で精を放った。



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