【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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4.忍び寄る

忍び寄る③

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 私以外の〝ナナ〟がどこかにいるのかと、周りを見回す。

 私より先になにかに気付いた南澤さんが、声のした方をじっと見て固まっている。

 まさかと、心臓をばくばくさせながら振り返ると、そこにはいるはずのない人が立っていた。


「いたいた、ごめんね遅くなって、店を間違えて探しちゃってさ」

「……」

 声が出ない。

 どうしてここに? しかも七渚って。

 多分ここは、合わせるべきなのだろうか、気の利いた台詞など、何も出てこない。


「はじめまして南澤さん、河上と申します。彼女が知り合いの男性に用事があって会いに行くというので、心配で来てしまいました」

「カワカミ?」

「はい、彼女とは職場が一緒で」

 南澤さんが私の方に顔を向け、この男が? と、無言で聞いてくる。

「そ、そうなんです、この人が、私を面白いと言う変わり者の、カ、彼氏です!」

 そう言うと河上さんは、承知した、とでも言うように、くしゃりと笑顔を見せた。

「変わり者ってなにそれ? まあ、同僚としての付き合いは長いですが、恋人として七渚と付き合うようになってからは、二か月くらい経つかな?」

 話しながら、演技とは思えないような仕草で私の顔を覗き込み、後頭部をするりと撫でた。ちょ、ちょ、ちょっと一旦待ってくれ、迫力が、あり過ぎる、演技にしたって。
 驚きなのか興奮なのか、全身の血がぞわりと騒いで、ドクドクと鼓動が早くなる。


「沢北さんの、恋人?」

「ええ、そう言ってるじゃないですか。だからもう 沢北 七渚僕の彼女を、気安く呼び出さないでくださいね? それに、彼女を貶めるような発言は、金輪際やめていただきたい」

 さっきまで、人を見下すような態度だった南澤さんも、圧倒的存在感の河上さんを前にして、ポカンと口を開き呆然としている。

「か、変わってらっしゃいますね。あなたのような方なら、なにも沢北さんじゃなくても」

 大人しく話を聞いていた河上さんのクールな横顔が、私でもはっきり分かるくらいに、ピキリと歪んだ。

「どういう意味でしょうか。あなた、とても失礼な事ばかり言ってますからね? 彼女や僕の何を知っているんですか? 七渚は、心根が真面目で真っ直ぐな人ですよ、素で話をするとすごく面白いですし可愛い。君に好き勝手言われていい人間じゃないからな」

「好き勝手など言ってませんが。ただ率直な意見を述べただけです」

「君の率直な意見など求めていない。それなら尚更、僕らに一切関わらないでください。今後、僕と彼女のつき合いがどうなろうと、あなたには関係のない話です」


 河上さんは、息を吐くように滑らかに嘘を吐いた。私の矜持を守るための優しい嘘を。

 噓だとわかっているのに、胸が苦しくて、目頭が熱くなって、手を握り締め俯いた。


 どうして、来てくれたの?





 河上さんに手を引かれて、店を出た。


「──か、河上さん、すみません 私……」

「ごめん、待ってね、とりあえず駅の方角に向かうから、もう少しこのまま──」

 まだ、演技は続いているらしい。

「七渚さん手が冷たいな、寒かった?」

 大丈夫かと、笑い掛けられる。

「……大丈夫です。手の冷たい人は心が温かいって言いますから、それでです」

 また、つまらないことを口走って……。

「ああ、Cold hands, warm heart、ですか」

「え?」

「イギリスの言葉だよね、ドイツやフランスにも、似たような言葉があったかな。握手をする習慣のある国で、手が冷たいと握手を躊躇うでしょう? でもそう言えば場が和んで笑顔になるから。相手に対する思いやりとか、人付き合いの知恵みたいですよ?」

「そうなんだ、物知りですね。人付き合いの知恵ならば、私は学ばなくてはなりません」

「はは、真面目だなあ~」


 私の、冷たくて震えている手を、
 河上さんはしばらくの間 離さなかった。


 彼がさっき言った〝心根が真面目で真っ直ぐ〟というフレーズは、どこかで聞いたと思えば、先日の飲みの席で私が話した、私の好きな男性のタイプと一致するじゃないの。
 ほんとにもう、油断ならない。
 へたなことは言えないですよ。




 駅のホームのベンチに、並んで座った。
 私の手には、ホッカイロの代わりに温かいミルクティー。


「──楠木君が血相変えて飛んできまして、何事かと思いましたよ」

「うわ……すみません。楠木君、なんて?」

「〝七渚さんが、気持ち悪い変な男に連れて行かれる、今直ぐ何とかしてください〟」

「それは、驚きますね……」 楠木君たら!

「自分では無理だから何とかしてくれって、いやいや、かなりの無茶振りだから」

「いえ、無茶振りどころか、河上さんは完璧でした。本当に助かりました。勝手なことを言って合わせていただきすみません。本当にありがとうございました」

 並んでいるから同じ方向を向いていたが、河上さんに向かって頭を下げた。

「え、そりゃ勿論『俺の女に手を出すな』は言うつもりで押し掛けましたけど?」

「そ、それも、楠木君ですね!?」

 そしてその当の本人は、
『自分が行くとリアル感が薄れる』と言い、さっさと先に帰ってしまったらしい。
 なんてこったい、本当に期待を裏切らない。リアル感て何よ。丸投げされた河上さんに、申し訳なく……、でも笑ってしまった。


「あの彼は、沢北さんの元カレなの?」

「いえ違います、あ、この間の一件で聞いたかも知れませんが、私一時期婚活をしていて、その時に何度かお会いしていた人です」

「なるほど、そうでしたか。律儀に会いになど行かなくていいのに。実は数か月前に一度、会社近くの喫茶店で見掛けたような気がします、二人で一緒に居るところを。その時は不思議に思って……」

「ああ……」

 あれをすでに、見られていたのか。
 あの時は身に覚えのない  だったが。


「お恥ずかしい限りです」

「いや、全然恥ずかしくなんかないでしょ。あんな男と同じ土俵に立つ必要はないって、もっと早く言えば良かった」

「それは、半分はそう思っています。あの人勝手なことを言ってるって。だけど言われた事が全部間違っている訳ではないので……」


 無愛想、無表情、何を考えているのかわからないつまらない、南澤さんじゃなくても、私を見て誰でも思うこと、言われ慣れている。


「楠木君が言い争いになった三人の言ってたこともそう。私の場合、自業自得だから」

 人に好かれる才能ってある。河上さんにはわからない、私のコンプレックス。

 けれど河上さんは、そうですかと流してはくれなかった。真剣な表情で視線を合わせて、私に語り始める。

「沢北さんさ、そんなの慣れなくていいよ。勝手なことを言われて、仕方無いなんておかしいし言う方が悪い。自分達がどれだけ完璧で優れた人間なんだよ、想像力の欠如です」

「想像力の欠如……」

「タフで強いのはいいことだけど、痛みに、鈍くならなくていい。ちゃんと怒ればいい、我慢しないで」

「……」

「この間も言ったけど、沢北さんの頭の中はとても面白いし興味深いです。さっき言ったのもほとんど本心ですよ。僕は、あなたとの会話を楽しんでいます」


 ──もうすぐ、電車がホームに入ってくる。

 これ以上 河上さんの隣にいて話をするのは無理だった。だって、


 心が、グラグラと揺れていた。
 ようするに、今にも泣きそうだった。


「ありがとうございます。痛みに慣れるな! なんかのキャッチコピーに使えそう……あ、今日の御恩は忘れません。多分、河上さんが思うよりずっと、すごく嬉しかったです」

 だから皆、好きになるんだね。人気者になって、周りに人が集まってくるんだ。

 見せかけだけじゃない、優しい人だから。
 私はなにか、勘違いをしていた。


「家まで送りますよ」

「まさかまさか、やだなあ河上さん、今日は私、酔っ払いではありません」

「……そう?」

 ごめんなさい、あとは大丈夫だから、
 一人にして。

 こういうのは逆に、慣れてないの。


 ドアが閉まり、電車が動き出した。
 数秒経ったところで、我慢できずボロボロと涙が溢れ出す。
 自分でも、説明のつかない涙が。

 楠木君がわりと本気で慌ててくれたこと、心配してくれたこと、河上さんが来てくれたこと。


 南澤さんや他の誰かにいろいろ言われて、私はもしかしたら、痛かったのかも知れない。傷付いたことも、過去にはあったように思う。
 無理なんてしたつもりはないけれど、どうせ私だからと、諦めてきた。

 人に大事にされて、自分が一番自分のことを、粗末に扱ってきたことを思い知る。
 だから、悔しかった。


 鼻水まで出てきて、急いでティッシュで鼻をぬぐった。

 明日から私は、どうしたらいいんだ。

 いつもと代わり映えしない、窓の向こうの景色を眺めながら、漠然とそう思った。


 ところが、終わったと思ったこの一件は、思わぬ方に尾を引くこととなる。







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