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6.表透弥/裏透弥
表透弥・裏透弥④
しおりを挟む「──それで、料理教室とボルタリングを始めたのねー」
「そうなんです。でもどちらも結構楽しくって、はまりそう。登る方は早速全身筋肉痛になりました」
「わかる、このへんすごく張ってるもの」
1か月ぶりに、美玖さんのサロン、
『リラクゼーションMIKU』を訪れていた。
自宅からは遠くなってしまい、もう自転車では来られない。
「でもまあいいことよね、興味が湧いた時が一番、技術や知識が身に着くっていうし」
「料理教室はね、元公邸料理人の方が先生で、話を聞くだけでも面白いんです。すごく格好良くて、先生目的で入会した生徒さんたちも結構いるみたいなんですけど、適当にやってると〝そこ、火加減気を付けてね~?〟ってビシバシ」
「えーー、今時そんな料理教室流行るの?」
「ビシバシは言い過ぎか。でも、包丁も碌に握ったことのなかった人が、ひと月でかなり上達してて、家でも作るようになったって。お洒落な料理教室ではなく実用的というか、お料理修行ですね、あれは」
「あはは、すごい。私も習いたい」
私は無趣味だと思っていたけれど、好きな事はそれなりにあって、興味の有り無しは意外とはっきりしていると気付いた。
ボルタリングの先生は女性のインストラクターさんで、しなやかな筋肉に毎回惚れ惚れしている。私も少し筋肉を付けたい。
一緒に教えてもらっている生徒さん達とも大分打ち解けてきて、思惑通り、友達の輪は広がりつつあった。
でもまあなんというか、様々な人と関われば関わるほど、自分が一番関わりたいと思っている人を自然と思い出してしまうというか、ますます際立ってしまうというか。あの人の存在が。
話したい、今作った料理を一緒に食べたい人は誰なのか、心の中でそういう妄想が膨らんで、抑えられない。忙しくしていれば気にならなくなると思ったのにね。
身体を動かし手を動かし、楽しい時間を過ごした後の帰り道は、必ず寂しくなる。誰でもいいわけではなく、頭に思い出す人は常に決まっていた。
例の南澤さんの一件は、最初からの事情を知っている美玖さんには、前に来た時に、ざっと話をした。青褪めて、男に激怒して、終了の時間が延びるほど心配されてしまった。
けれど、〝助けに来てくれた会社の同僚〟については、話せずにいる。
軽い感じで、「最近どうも意識しちゃってー困っちゃってー」と素直に口に出せば、相談に乗ってくれるかもしれないのに。
ここ最近の心境の変化を、美玖さんに限らず誰に対しても、自分の胸の内でさえ、言葉にできずにいる。
「友達の輪もいいけど、その中に気になる人とか素敵だなって人は、いないの?」
「習い事の中にですか? いません」
「じゃあ、習い事以外でも」
「……いません」
「それならさ、」
「それなら?」
〝実は七渚さんに紹介したい人がいるんだけど〟と、まさかの美玖さんから、思いも寄らぬ話を持ち掛けられた。
「うちの旦那の職場にね、すごくお薦めできる青年がいるんだけど、七渚さんと合うんじゃないかなーとピンときちゃって、会ってみる気はありませんか?」
ん?
「え、ちょっと待ってください…………旦那さん? 美玖さん、ご結婚されているんですか?」
「うん、してるよ。子どもも二人いるし」
「はっ!?」
〝あれ? 言ってなかったかしら〟と、きょとんとしているが、お、お子さん!?
美玖さんて一体何歳なの?
「えーーいくつに見える~? って、午年生まれのゾロ目です~、いい歳なのよ」
33歳か、私より6歳上、やっぱりそれくらいなんだ! でも、全然見えない!
「そうなんですね! もっとお若く見える」
「童顔だから、昔から多少若く見られるの。それはいいとして、どうかな?」
「本気で言ってますか?」
「本気本気。勿論本気で言ってます」
「それは、じゃあ、会う気はありません」
「えっ、相手がどんな人かも聞かずして?」
「……」
美玖さんのご主人は、証券会社にお勤めだった。私に紹介したいという人は、そこでトレーダーとして働いている男性で、非常に能力が高く将来性がある人、とのことで、
「年齢は三十。性格はおっとりしてるけど、男気があって誠実でいい人なの。見た目はねマヨネーズ顔で、まさに〝ロールキャベツ系男子〟って感じ。あ~写真は撮ったことあるんだけど、今無いわ……。仕事が忙し過ぎてなかなか出会いが無いんだって」
「美玖さん、情報が面白過ぎて全然伝わりません、マヨネーズ顔、ロールキャベツ系って何ですか? 醤油とか塩ならわかるけど」
「やだ、伝わらない? なんとなくわかるでしょう?」
わかりません。
でも、仲が良さそうなことだけはわかる。
そしてトレーダーとして優秀な脳をお持ちということは、冷静で情緒が安定した人じゃないかな、イメージだけど。
「そんな人ならすぐにお相手が見つかるのではないですか? 美玖さんの紹介で私が現れたら、その人がっかりすると思う」
「がっかりなんてしないから! 七渚さんは自分のことを低く見積もりすぎです。性格はとっても可愛いし面白いし私の激推し人物なのよ。自信満々にご紹介しちゃう」
「それは美玖さんしか言いませんて。でも、ありがとうございます。嬉しいです」
マッサージの施術時間は終了し、いつものハーブティーを出してもらった。次の予約が入っていないからと、今日も少し延長気味。
「ただ闇雲に紹介したいわけじゃなくてね、七渚さんとその彼、なんとなく波長が合うと思ったの。二人が話して、盛り上がる様子が想像できるというか。だから、あまり難しく考えないで、友達の輪を広げる一環として。気が向けばだけど」
「なるほど、友達の輪」
「あ、あとその人、好みのタイプがモデルの冨永愛さん、って言うから!」
「…………はい。わかりますよ? 何を言いたいのか。わかるけど、美玖さん、言っておきますが似てませんからね? 私あんなに身長高くないし」
「似てるとは言ってない、でも系統がね」
「系統がね! もう なんですかその得意げな顔はっ。マヨネーズ顔って!」
おかしくなって、二人で爆笑した。
美玖さんのことは信用しているし、そこまで言うのだからいい人なのかもしれない。
数か月前は、知り合いなど誰もいない婚活イベントに一人で飛び込んだくらいなのだ、信頼している方に紹介してもらえるならば、是非お願いしますと即答だった。以前なら。
でもやっぱり、その気になれない。
誠実じゃないような気がする。
私がこんな状態では。
難しく考えないでと言われても、考えてしまう。
結局本心は言えず、まだ人と向き合うのが怖いからと、もっともらしい理由で断った。
「そうよね、ごめんなさい……。七渚さんの気持ちも考えず一人で盛り上がってしまって。そうよね、今はまだね……」
「あっ、いえそんな、大丈夫です、本当はとっても嬉しい。美玖さんに激推しと言っていただけて胸一杯、ありがとうございます。でも、ごめんなさい」
「ん、わかった。けどもし気が変わったら、いつでも言ってね」
私もそれを期待したいところなんです。
気が変わって、全部消えてくれないかと思っています。少しずつ自分の周りを賑やかにして、地に足の着いた、相手と思いを交わせるような、現実的な恋がしたい。
◇
最近の河上さんは、鬼のように忙しい。
彼に仕事が集まるのはいつものことだが、忙しくてもあまり大変そうな素振りは見せず飄々としている人なのに、最近は残業も多いようで、昨日の昼休みはめずらしく一人でボーッとしているところを見掛けた。相当お疲れの様子で心配になった。
今日も朝から一人でミーティングルームに籠っているらしく、姿が見えない。
彼のいない空席を眺めながら溜息を吐くと、企画部のリーダーからスマホに着信が入る。
私は私でこのところ、企画部の会議に参加するなど、他部署との関わりが増えた。
河上さんが対応していた事が、私に回ってくるようになっただけのことだが。
その事で河上さんに質問したり相談する機会も多く、仕事ではほぼ毎日関わっている。
*
「沢北さん、そろそろ行けますか?」
「あ、はい」
河上さんに声を掛けられ、慌てて席から立ち上がった。
今日の午後は、長く付き合いのあるクライアントとの打ち合わせに、私も同行することになっていた。
「お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「ん? 全然大丈夫ですよー」
「最近忙しそうですね」
「ねーー、嬉しい悲鳴ですよ。営業の皆さん張り切っているからなー」
……うん、なんか大丈夫そう。
先日、提携している企業が何社か集まる大規模な説明会に、私と河上さんが出ることになり、その後少しだけ異業種同士の交流会に二人で参加してきた。
そういう場ではとにかく顔が広い河上さんが、会う人会う人に私のことを丁寧に紹介してくれて、持って行った名刺のほとんどがなくなってしまうほどだった。一人だったらどれだけ頑張っても無理な話で、ありがたかった。
自分を売り込んでいくような仕事はどうしても苦手意識がある。仕事なのだからそうも言っていられないのだが。
河上さんの自然と人の懐に入り込む様子を見ていたら感心しきりだったが、自分も変われるんじゃないかと、前向きな気持ちになった。せめてもっと楽に働いてもらえるように、少しでも力になれるように、頑張らねばと思う。私もぼやぼやしてはいられない。
*
「──ということで、よろしくお願いします。検討してご連絡しますね」
「よろしくお願いいたします」
打ち合わせはスムーズに終わった。
担当者は女性と男性が一人ずつで、お二人とも河上さんとはツーカーでとても信頼している様に見えるが、いくら親しくても、河上さんは丁寧な口調は絶対に崩さない。
「あ、河上さん、この件については河上さんに返答するとして、別件については今後沢北さんにご連絡すればいいですか?」
ん? 別件? 何のことだっけ。
「はい、マルシェの件ですよね。今後は沢北と白井が担当することになりますので、その件に関しては改めてご連絡いたします」
「わかりました。では沢北さんも、引き続きよろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いいたします」
マルシェの担当は沢北?
企画部の白井さんと河上さんがこれまでずっと担当して、大きくしてきたイベントの仕事だ。今や季節の定番となり、開催されるのを心待ちにしている人もいる。
どういうこと? 聞いてない、と思ったけれど、その場ではにこやかに合わせるしかなかった。
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