【完結】恋する凡人

中谷ととこ

文字の大きさ
34 / 54
6.表透弥/裏透弥

表透弥・裏透弥④

しおりを挟む

「──それで、料理教室とボルタリングを始めたのねー」
「そうなんです。でもどちらも結構楽しくって、はまりそう。登る方は早速全身筋肉痛になりました」
「わかる、このへんすごく張ってるもの」

 1か月ぶりに、美玖さんのサロン、
『リラクゼーションMIKU』を訪れていた。
 自宅からは遠くなってしまい、もう自転車では来られない。


「でもまあいいことよね、興味が湧いた時が一番、技術や知識が身に着くっていうし」

「料理教室はね、元公邸料理人の方が先生で、話を聞くだけでも面白いんです。すごく格好良くて、先生目的で入会した生徒さんたちも結構いるみたいなんですけど、適当にやってると〝そこ、火加減気を付けてね~?〟ってビシバシ」

「えーー、今時そんな料理教室流行るの?」

「ビシバシは言い過ぎか。でも、包丁も碌に握ったことのなかった人が、ひと月でかなり上達してて、家でも作るようになったって。お洒落な料理教室ではなく実用的というか、お料理修行ですね、あれは」

「あはは、すごい。私も習いたい」

 私は無趣味だと思っていたけれど、好きな事はそれなりにあって、興味の有り無しは意外とはっきりしていると気付いた。
 ボルタリングの先生は女性のインストラクターさんで、しなやかな筋肉に毎回惚れ惚れしている。私も少し筋肉を付けたい。
 一緒に教えてもらっている生徒さん達とも大分打ち解けてきて、思惑通り、友達の輪は広がりつつあった。

 でもまあなんというか、様々な人と関われば関わるほど、自分が一番関わりたいと思っている人を自然と思い出してしまうというか、ますます際立ってしまうというか。あの人の存在が。


 話したい、今作った料理を一緒に食べたい人は誰なのか、心の中でそういう妄想が膨らんで、抑えられない。忙しくしていれば気にならなくなると思ったのにね。
 身体を動かし手を動かし、楽しい時間を過ごした後の帰り道は、必ず寂しくなる。誰でもいいわけではなく、頭に思い出す人は常に決まっていた。


 例の南澤さんの一件は、最初からの事情を知っている美玖さんには、前に来た時に、ざっと話をした。青褪めて、男に激怒して、終了の時間が延びるほど心配されてしまった。

 けれど、〝助けに来てくれた会社の同僚〟については、話せずにいる。
 軽い感じで、「最近どうも意識しちゃってー困っちゃってー」と素直に口に出せば、相談に乗ってくれるかもしれないのに。
 ここ最近の心境の変化を、美玖さんに限らず誰に対しても、自分の胸の内でさえ、言葉にできずにいる。


「友達の輪もいいけど、その中に気になる人とか素敵だなって人は、いないの?」
「習い事の中にですか? いません」
「じゃあ、習い事以外でも」
「……いません」
「それならさ、」
「それなら?」

〝実は七渚さんに紹介したい人がいるんだけど〟と、まさかの美玖さんから、思いも寄らぬ話を持ち掛けられた。

「うちの旦那の職場にね、すごくお薦めできる青年がいるんだけど、七渚さんと合うんじゃないかなーとピンときちゃって、会ってみる気はありませんか?」

 ん?

「え、ちょっと待ってください…………旦那さん? 美玖さん、ご結婚されているんですか?」

「うん、してるよ。子どもも二人いるし」

「はっ!?」

〝あれ? 言ってなかったかしら〟と、きょとんとしているが、お、お子さん!?
 美玖さんて一体何歳なの?


「えーーいくつに見える~? って、うま年生まれのゾロ目です~、いい歳なのよ」

 33歳か、私より6歳上、やっぱりそれくらいなんだ! でも、全然見えない!

「そうなんですね! もっとお若く見える」
「童顔だから、昔から多少若く見られるの。それはいいとして、どうかな?」
「本気で言ってますか?」
「本気本気。勿論本気で言ってます」
「それは、じゃあ、会う気はありません」
「えっ、相手がどんな人かも聞かずして?」
「……」


 美玖さんのご主人は、証券会社にお勤めだった。私に紹介したいという人は、そこでトレーダーとして働いている男性で、非常に能力が高く将来性がある人、とのことで、

「年齢は三十。性格はおっとりしてるけど、男気があって誠実でいい人なの。見た目はねマヨネーズ顔で、まさに〝ロールキャベツ系男子〟って感じ。あ~写真は撮ったことあるんだけど、今無いわ……。仕事が忙し過ぎてなかなか出会いが無いんだって」

「美玖さん、情報が面白過ぎて全然伝わりません、マヨネーズ顔、ロールキャベツ系って何ですか? 醤油とか塩ならわかるけど」

「やだ、伝わらない? なんとなくわかるでしょう?」

 わかりません。
 でも、仲が良さそうなことだけはわかる。
 そしてトレーダーとして優秀な脳をお持ちということは、冷静で情緒が安定した人じゃないかな、イメージだけど。

「そんな人ならすぐにお相手が見つかるのではないですか? 美玖さんの紹介で私が現れたら、その人がっかりすると思う」

「がっかりなんてしないから! 七渚さんは自分のことを低く見積もりすぎです。性格はとっても可愛いし面白いし私の激推し人物なのよ。自信満々にご紹介しちゃう」

「それは美玖さんしか言いませんて。でも、ありがとうございます。嬉しいです」

 マッサージの施術時間は終了し、いつものハーブティーを出してもらった。次の予約が入っていないからと、今日も少し延長気味。


「ただ闇雲に紹介したいわけじゃなくてね、七渚さんとその彼、なんとなく波長が合うと思ったの。二人が話して、盛り上がる様子が想像できるというか。だから、あまり難しく考えないで、友達の輪を広げる一環として。気が向けばだけど」

「なるほど、友達の輪」

「あ、あとその人、好みのタイプがモデルの冨永愛さん、って言うから!」

「…………はい。わかりますよ? 何を言いたいのか。わかるけど、美玖さん、言っておきますが似てませんからね? 私あんなに身長高くないし」

「似てるとは言ってない、でも系統がね」

「系統がね! もう なんですかその得意げな顔はっ。マヨネーズ顔って!」

 おかしくなって、二人で爆笑した。


 美玖さんのことは信用しているし、そこまで言うのだからいい人なのかもしれない。
 数か月前は、知り合いなど誰もいない婚活イベントに一人で飛び込んだくらいなのだ、信頼している方に紹介してもらえるならば、是非お願いしますと即答だった。以前なら。

 でもやっぱり、その気になれない。

 誠実じゃないような気がする。
 私がこんな状態では。
 難しく考えないでと言われても、考えてしまう。


 結局本心は言えず、まだ人と向き合うのが怖いからと、もっともらしい理由で断った。

「そうよね、ごめんなさい……。七渚さんの気持ちも考えず一人で盛り上がってしまって。そうよね、今はまだね……」

「あっ、いえそんな、大丈夫です、本当はとっても嬉しい。美玖さんに激推しと言っていただけて胸一杯、ありがとうございます。でも、ごめんなさい」

「ん、わかった。けどもし気が変わったら、いつでも言ってね」

 私もそれを期待したいところなんです。
 気が変わって、全部消えてくれないかと思っています。少しずつ自分の周りを賑やかにして、地に足の着いた、相手と思いを交わせるような、現実的な恋がしたい。




 最近の河上さんは、鬼のように忙しい。

 彼に仕事が集まるのはいつものことだが、忙しくてもあまり大変そうな素振りは見せず飄々としている人なのに、最近は残業も多いようで、昨日の昼休みはめずらしく一人でボーッとしているところを見掛けた。相当お疲れの様子で心配になった。
 今日も朝から一人でミーティングルームに籠っているらしく、姿が見えない。


 彼のいない空席を眺めながら溜息を吐くと、企画部のリーダーからスマホに着信が入る。

 私は私でこのところ、企画部の会議に参加するなど、他部署との関わりが増えた。
 河上さんが対応していた事が、私に回ってくるようになっただけのことだが。
 その事で河上さんに質問したり相談する機会も多く、仕事ではほぼ毎日関わっている。





「沢北さん、そろそろ行けますか?」
「あ、はい」

 河上さんに声を掛けられ、慌てて席から立ち上がった。
 今日の午後は、長く付き合いのあるクライアントとの打ち合わせに、私も同行することになっていた。


「お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「ん? 全然大丈夫ですよー」
「最近忙しそうですね」
「ねーー、嬉しい悲鳴ですよ。営業の皆さん張り切っているからなー」

 ……うん、なんか大丈夫そう。

 先日、提携している企業が何社か集まる大規模な説明会に、私と河上さんが出ることになり、その後少しだけ異業種同士の交流会に二人で参加してきた。
 そういう場ではとにかく顔が広い河上さんが、会う人会う人に私のことを丁寧に紹介してくれて、持って行った名刺のほとんどがなくなってしまうほどだった。一人だったらどれだけ頑張っても無理な話で、ありがたかった。

 自分を売り込んでいくような仕事はどうしても苦手意識がある。仕事なのだからそうも言っていられないのだが。
 河上さんの自然と人の懐に入り込む様子を見ていたら感心しきりだったが、自分も変われるんじゃないかと、前向きな気持ちになった。せめてもっと楽に働いてもらえるように、少しでも力になれるように、頑張らねばと思う。私もぼやぼやしてはいられない。




「──ということで、よろしくお願いします。検討してご連絡しますね」
「よろしくお願いいたします」

 打ち合わせはスムーズに終わった。
 担当者は女性と男性が一人ずつで、お二人とも河上さんとはツーカーでとても信頼している様に見えるが、いくら親しくても、河上さんは丁寧な口調は絶対に崩さない。

「あ、河上さん、この件については河上さんに返答するとして、別件については今後沢北さんにご連絡すればいいですか?」

 ん? 別件? 何のことだっけ。

「はい、マルシェの件ですよね。今後は沢北と白井が担当することになりますので、その件に関しては改めてご連絡いたします」

「わかりました。では沢北さんも、引き続きよろしくお願いしますね」

「はい。よろしくお願いいたします」

 マルシェの担当は沢北? 
 企画部の白井さんと河上さんがこれまでずっと担当して、大きくしてきたイベントの仕事だ。今や季節の定番となり、開催されるのを心待ちにしている人もいる。
 どういうこと? 聞いてない、と思ったけれど、その場ではにこやかに合わせるしかなかった。

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

お見合いから本気の恋をしてもいいですか

濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。 高橋涼葉、28歳。 元カレとは彼の転勤を機に破局。 恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

処理中です...