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6.表透弥/裏透弥
表透弥・裏透弥③
しおりを挟むその日の昼休みは、めずらしく数人の女性スタッフと一緒に、共有スペースで買ってきたお弁当を食べていた。
世間話や職場の上司の話題で盛り上がっていたが、彼女たちの恋の話に話題が飛ぶ。
彼氏がモテる人でいろいろと心配だとか、嫉妬で束縛が強くて困っているとか、彼氏がいなくて数年間ひとりだから、切実に相手を探しているとか、恋愛の惚気や愚痴、その他諸々。
〝恋話〟なんてほとんど興味がなかった話題で、聞いていても耳の上を滑っていくだけだったが、今日はなぜか聞き入っていた。
私に気を遣ったのか、その中の一人が、
「沢北さんは、恋人は?」と聞いてきた。
その場にいた、質問者以外の誰もが、
『聞きよった!』という顔をしたと思うのは、気のせいだろうか。
「今はいません」
「そうなんですかー」
生まれてこの方いたことは無いが、今は、と付けた方が無難である。
「それなら合コンとか興味ありません? 良かったら一緒に行きませんか?」
あまり絡んだことは無いが、わりと裏表のないカラッとしたタイプの子だ。意地悪で言っているわけではなさそうだが、でも、
「合コンは、飲み会でしょう? 私お酒を飲むのが苦手で、いつの間にか記憶を失くすんですよ。だから無理かな。ごめんなさい」
「いえいえ。あ、それならランチ合コンはどうですか? 昼休みにランチしながら交流を深める感じの。勿論アルコール抜きですし」
「ランチ合コンか」
ああ、ダメだ。それも多分苦手だと思う。
仕事の休み時間にわざわざ疲れにいくなんて、って、あまり気が乗らない。だけどそうやって一人が楽って人間関係をサボってきたつけが今、きているのかもしれないし。
というよりも、私が行くと皆さんに気を遣わせてしまいそうなので、無理。
「私が参加すると、場の空気を一気に悪くしませんか? ひゅっと冷えますよ? 面白いこと何も言えないし」
「あはは、ひゅっと冷えるんですかぁー? 全然大丈夫ですよ、彼女が欲しいってガツガツした人ばかりじゃないですし、面白い人もいますよ~」
でも結局は、出会いを求めてそういう場に来るわけで、せっかく誘ってもらったけれどお断りする。どんな目的でも、知り合った人の人格や性質を見抜く自信が今は全く無い。
「あっ、じゃあ料理教室の体験に行きませんか? 始まったばかりの料理教室があるんですけど、先生がめちゃくちゃ格好良くて」
そう言いながら、鞄から様々な習い事のリーフレットを取り出した。
その場にいた、質問者以外の誰もが、
『魔女子相手にぐいぐい推すな』と、ぎょっとしているのは、気のせいではあるまい。
「料理教室って、場所はどの辺なの?」
私以外の人たちも興味を示す。
「F駅の近く。会社の帰りに寄れるでしょ」
「料理教室以外にもいろいろあるんだね」
「この商業ビル自体がそういうのに特化していて、ヨガとかボルタリング、あと文化系の習い事なんかもいろいろ入ってるのよ」
「ま、大人の習い事はいい出会いの場かも」
「でしょう?」
「……」
引っ越したばかりのマンションの、
めっちゃ近くじゃないか……。
わかるわかる、駅の近くの、あそこね。
「なるほど、皆さんそういう場所で友達の輪を広げながら知識を深めていくのですね。賢くて逞しい……勉強になります」
友達の輪!? 賢くないし普通ですーと、笑われてしまった。真面目に言ったのだが。
そしてこういう時にまで、私の話に乗って笑ってくれた人のことを、思い出してしまう。
〝そういうところ、もっと出していった方がいいよ。出し惜しみせずに〟
なんてことのない会話でさえ、思い出すとこう、ザワザワしてきて、胸が詰まる。
よくないな、これはよくない。同じ場所で淀んでいたり、以前に戻りたいとか、後ろを向くからダメなんだ、私は。
このままではまた、何かあった時に頼れる友人もおらず、内に籠った人間のまま変わらない。それはそれで楽しいと思って生きてきたけれど、今回、かなり懲りたでしょう? 助けてもらったでしょう? 自分の世界を、ちゃんと広げなくては。
通勤にかかっていた分の時間が空いて、自宅の近くというのも、なにかの思し召しかも。
「行ってみようかな。料理は好きなので」
「やった。料理教室は一人で行くの不安だったんですー。お試し体験がありますしね」
「私、こっちも興味あります」
「え、ボルタリング!? 意外!」
変わりたい、少しずつでも、前へ。
「──ちょっとすみません。リモコン取ってもらえますか? ニュース見たいのでテレビつけますね」
「あ、はい。どうぞ~」
お昼のニュースで、聞き覚えのある会社名が流れてきた。お弁当の空容器を片付けながら、耳だけはぼんやりとそれを聞いていた。
『────株式会社 kajoコーポレーションの子会社で、ネット銀行であるKAJO銀行が、◯◯日、東証プライムに上場しました。同日記者会見を開いた河上 隼也社長は────』
カジョウ、コーポレーション?
あ、と思い、顔を上げる。
「……こういうの、私たちのお給料に反映しないかな~。臨時ボーナスとかね」
「……しないでしょ、グループ企業とはいえあまり関連ないし」
「ねえ、この河上隼也さんって、河上社長の親戚かなにか? 息子とか?」
「そうです、河上隼也氏は、kajoコーポレーションの社長のご子息ですよ」
「あ、やっぱそうか」
「前にイケメン社長特集で見たことある」
「えー、見た目もいいんですか? イケメン御曹司なんてドラマとか漫画の世界じゃん。玉の輿にのりたーい」
「イケメン御曹司というよりもう、イケおじって感じじゃない? アラフォーより少し上くらいだったと思うよ。とっくに結婚してる」
「河上……?」
あれ?
「沢北さん、どうかしました?」
「あ……カジョウって、霞城って書くんだと思ってました。河上って、書くんですね」
「親会社なのに、沢北さん知らなかったんですか? kajoコーポレーション、ですよ?」
「でもほら、河上さんは……」
「そういえば透弥さんは、河上って書いて河上か。ややこしいですね」
「かわかみって呼ぶ方が一般的じゃない?」
「……」
なにかが、引っ掛かる。
『カジョウの御曹司が、お前を本気で相手にするわけないだろ』
南澤さんに言われたあの時の言葉は、
あの時はパニック過ぎて、何を言っているのかわからないまま流してしまったけれど、南澤さんが会った事があるのは河上さんしかいないわけで、もしかして河上さんのことを指していた? つまり河上さんのことを〝カジョウ〟だと思い込んで、kajoグループの関係者と勘違いしていた?
そう考えると、辻褄が合う、けど思い込みでそんな事を言うかな……言うか、南澤さんなら。
『河上さんて、何者なんでしょう』
『何者だと思います?』
「え……? いやいやいやいや、河上さんは河上さんだから」
独り言ちる。
「今、なんか言いました? 沢北さん、もうすぐ昼休み終わりますよー?」
「あ、ああ、そうね、歯磨きしなくちゃ……」
一瞬ボーッとしていて、気付くとテーブルに一人、ポツンと残されていた。
ただの思い込みと勘違いだと思う。
うん、多分そう。きっとそう。
河上さん本人に聞けば、またおかしな事を言い出したと、笑い飛ばされるに違いない。
でも、どう聞けばいいのかわからない。
解けないパズルを渡されたような気分で、思い当たる部分をカチカチと嵌めようとすると、なぜか怖くなる。
胸に何かが痞えてすっきりしないまま、時は流れた。
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