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7.刹那的、夕暮れ
刹那的、夕暮れ①
「七渚さん、こんな時に偶然会うなんて運命だわ、神様が二人は会うべきだ!って言ってる。お茶でもしていけばいいじゃない」
「いや、だってあの、お仕事では?」
美玖さんってば、さっきは今の恋愛を応援するって言ってくれたのに!
〝それはそれ、これはこれ、出会いは大事、私は仕組んではいない〟と、ジェスチャーでいろいろ伝えてきて、笑いを堪えられない。
スーツ姿の真島さんはスラリとして爽やかで、いかにも仕事ができそうな知的な雰囲気だが、顔は童顔で少し可愛らしく、親しみが湧く。
「真島君ね、時間はあまりないけどあるにはあるみたいだから」
「そんな、お忙しいんじゃないですか! お引き留めしたら申し訳ないです」
「だって、こんな偶然ないと思って!」
「僕は全然大丈夫ですよ。ちょうどコーヒーでも飲んで休憩しようと思ってたところでしたし。それとも日を改めます?」
「日を、改める?」
どういう話になっているのか……日を改められたらそれはそれで困る。会うつもりなどなかったのだから。
それだったら、今一緒にコーヒーを飲んで顔合わせをして、円満に済ませた方が……って、美玖さん帰らないといけないんじゃなかった?
「未玖さん、時間は大丈夫なんですか?」
「うん、私はもう帰らなくちゃならないけど、二人でホテルに行って来なよ、そこの、目の前のホテル。すごく美味しいから」
「笠井さん、その言い方は誤解を生みますから。ホテルって、一階にあるラウンジのことでしょう? 雰囲気いいですよね、ここのラウンジ」
突然のことに、ノリ良く「じゃあお茶でも行きましょうか」とか、言葉が出てこない。初対面で二人で? 私の対人スキルの低さが浮き彫りになる。
どうしていいかわからずぎこちなく笑うと、目の前の賢い彼が察してくれた。
「急に言われても困りますよねえ?」
「え、ごめん七渚さん、困らせてた?」
「いえ困ってはいませんが、ええと……」
「困ってない? 本当ですか? じゃあ少しだけつき合ってもらおうかな。ここのホテルのケーキは僕も大好きなので、思い出したら食べたくなっちゃった」
「ん?」
表情がくるりと変わり、人懐っこい笑顔を向けられる。あ、えくぼ。……なんかこの人、かわいい。
「行きますか? えーと、ナナさん」
「え、二人でですか?」
「男一人でラウンジでケーキ食べるのも恥ずかしいので、もしよろしければ」
「七渚さん、せっかくだからご馳走してもらいなよ、これもなにかの縁ですから」
「笠井さんは帰るんですよね?」
「あ、大変だ、時間やばい」
断る隙はなく、あっという間に決まってしまい、初対面のマヨネーズ男子・真島さんと、ラウンジでお茶をすることになった。
私だけがとても緊張した面持ちで、そのシティホテルに向かい並んで歩いている。
チラリと横を見ると ふわりと微笑まれて、こちらもどぎまぎしながら懸命に口角を上げる。視線の高さはあまり変わらない。
どうしてこうなった? 美玖さんめ。
とりあえず場違いな格好ではなく、私史上一番品のある大人っぽい格好をしているから良かったと思いながら、そしてこんな時でも思い出してしまう人がいて、真島さんには聞こえぬよう小さく息を吐いた。
*
ホテルの中庭がよく見える、窓際の席に案内される。二、三人掛けの大きなソファーに、対面ではなく並んで座ることになった。
平日の午後4時台、優雅に会話を楽しんでいるマダム達や若いカップル、仕事の商談中と思われるサラリーマンの方々がいる。
私と真島さんは、数多くあるスイーツメニューの中から、まさかの同じものを選んだ。
キャラメルバナナのカスタードタルト。
「やっぱり惹かれますよね、キャラメルバナナ。美味しそう」
「栗のミルフィーユとチーズケーキ三種盛りも気になってます」
「えっ、ほんとですか? 私も」
「うん、タルトかなあ……ナナさんどれにしますか?」
「うーん……」
結局、二人とも同じものを注文した。
二種類のケーキを頼んでシェアしましょうか、という間柄ではないから。
コーヒーは豆の銘柄を選んで、ドリップで淹れてくれる。誰となにをしに来たのかを一瞬忘れて、バリスタの方の手の動きに見入っていた。
「コーヒーお好きなんですか?」
「あっ、すみません。ホテルのラウンジなんてあまり来ないから、ついきょろきょろしちゃって。コーヒーは好きです、はい」
「良かったです。先ほどは無理矢理お連れしてしまい、すみませんでした」
「いえ全然、そんなことありませんから」
さっき美玖さんと別れる時、私が気まずく感じているのは、やはりバレバレだった。
「改めまして、真島 名央と申します」
「名央さん、似てますね、私と名前が」
「ナナとナオ、たしかに一字違い」
「あ、名前でなんか呼びませんよね、普通。すみません。私は沢北 七渚と申します。七に渚でナナです。よろしくお願いします」
*
目の前を、アフタヌーンティーセットのケーキスタンドが通過していく。
美玖さんがおすすめしていたのはあれか。
うわー、可愛い美味しそう、優雅だなぁ。
「笠井さんが気に入ってる三段スタンドってあれですね。優雅だなぁ」
今ちょうど、同じ事を考えてました。
「真島さんは、美玖さんのご主人と一緒にお仕事をされているのですか?」
「ええそうです。部署は違いますが、ずっとお世話になっています。僕は普段は会社の中にいることが多いのですが、今日はたまたま外出を。笠井さんに見つかって驚きました」
笠井家のご夫婦とは、五、六年の付き合いになるらしい。
そして美玖さんから、私と同様に会わせたい人がいると話があったようだ。
「僕と沢北さんを引き合わせるまで、ずっと言われそうなので、一度こうして顔を合わせておけば文句ないかと思って、それで強引に」
「なるほど、そういうことだったんですね」
けしてイヤな言い方ではなく、私が負担に思わないよう、わざとそう言ってくれているのがわかった。私が困っていたから合わせてくれたのだと思う。うん、いい人だ。
「笠井さんの奥様は、沢北さんのことが相当お好きみたいですね。清らかで謙虚で可愛い人だから、絶対気に入るって」
「清らかで、謙虚? ウソウソ、誰からも言われたことはありませんから。美玖さんだけなんです、そんなこと言うのは」
「いや、笠井さんが言うからにはそうだろうと思いましたし、お会いして直接話して納得しましたけど。綺麗な方で」
「ち、違うんです、今日のこれは美玖さんの企みでビフォーアフターのアフターの私で、普段は黒尽くめの格好が多くて魔女子と呼ばれていますし、あっ、このワンピース着てるからだ、髪型も変えましたしね!」
「あはは、そんなにむきになって否定しなくても。それにそういうの、正直にバラさなくていいですから。沢北さん面白いなあ、企みって」
「だって」
は……でもそっか、それもそうか、
わざわざネタばらししなくても。
失敗した、恥ずかしい、耳が熱い。
「──お待たせいたしました」
季節のフルーツが美しく盛り付けられた、キャラメルバナナのタルトが運ばれてきた。
パイ風のタルト生地で、さくさくでとろりとして、カスタードとバナナとキャラメルの組合せ最高。隣に座って口を動かしている人と頷き合う。これ頼んだの正解。
「美味しい」
「正解でしたね」
心の中の台詞まで同じで笑ってしまう。
美玖さんの言う〝波長が合う〟の意味が、少し理解できるような気がした。
それに私さっきから普通に話せているし、真島さんを前にして何度も笑っている。
緊張してたのに、いつの間にか。
真島さんは何口目かのコーヒーを口にした後、言いにくそうに話を切り出した。
「実は、笠井さんから紹介したい人がという話をいただいてからずっと、返事をできずにいたんです」
「はい」
ですよね。真島さんなら紹介など要らないと思う。恋人の一人や二人、すぐに見つかりそう。私も本当は会うつもりはなかったが。
「こうして会ってお話してみて、沢北さんはとても素敵な方だと心から思っているんですが、でも、実は僕の方に問題がありまして、沢北さんに限らず 今誰かを紹介してもらうのは無理だなって……ようするに、新しい恋愛モードになれずにいます」
新しい恋愛モード、ということは、ん?
どういうこと?
「内緒にしている恋人がいらっしゃる、または、恋愛対象が女性ではないという意味でしょうか」
「違います違います、相手はおりませんし、恋愛対象は女性です」
「すみません、ちょっと理解力不足で……」
「僕の方がすみません、回りくどい言い方を。笠井さんにも言っていなくて。実は少し前に、気になる人ができて、気づいた時には失恋していました、という……」
「気づいた時には失恋?」
「はい、情けない話ですが」
真島さんは、仕事関係で知り合った、気の合う女性がいたらしい。まだ若く、高嶺の花のような人で、好意はあるものの脈はないなと、様々な理由を付けては気持ちを誤魔化してきたと。
「先月その彼女が、結婚して仕事を辞める事になりました。知り合って直ぐの、スピード結婚だったようで。あ、やっぱり好きだわ、って気付いた時には撃沈で、もう、どうしようもない」
「ふんふん、そうでしたか……」
どこかで、似たような話を聞いたな。
「お相手がいて寿退社では、好意もなにも、伝えることすらできなくて。でもまあ言ったところで、結果は同じだったんですけどね」
「そんなのわかりませんよ、真島さん、素敵な方だと思います。好きだなんて言われたら、その気になったかもしれない。スピード婚は、残酷ですね……。とんびに拐われる前にものにしてしまえば良かったのに」
静かで落ち着いた空間なので、小声でこそこそと話す程度の音量だが、真島さんは咳き込みながら笑っている。毎度のことだが、私が真剣に喋るほど人に笑われる。
「そういう理由で今さら落ち込んでまして、忘れるまでしばらくかかりそうで、それで」
「そんな状態では、前向きに他の誰かと知り合おうなんて思えませんものね」
「すみません、沢北さんには全く関係の無い話で」
「あ、いえ、違うんです。真島さんだけじゃなくて、それ、私もなので」
「え?」
私も、美玖さんから紹介したい人がいると言われたものの、お会いできる状態じゃなく尻込みしていたことをお伝えする。
「笠井さんに、二人は合うと思うと言われた意味が……」
「わかりますよね、すごく。不思議です」
「沢北さんのお相手も、ご結婚の予定があるとか恋人がいるとか、どうにもならない感じなんですか?」
「結婚も恋人もわかりませんけど、まだだと思います……あ、でも、職場の同僚なのですが、もうすぐその接点は無くなります」
「それなら尚更、当たって砕けろで告白しちゃったらいいじゃないですか」
「告白、しちゃったらいいんでしょうかね、向こうにしてみれば日常茶飯事というか慣れてることだと思いますし。でもそれが、全然そんな風に思えなくて。粉砕覚悟で傷付くよりも、無かったことにしたいって考えちゃうんですよね、ははは、かっこつけです」
だって私は、本当の河上さんのことなんて、何も知らない。隙を見ることもない。
そんな人に、なにをどうしろと?
私には、難問すぎる。
「好きになりたくなかったです」
心と脳の回路は、どうしてこうもうまく繋がらないのだろう。コントロール不能。
「でも、恋は落ちるものっていいますから」
「どうすれば、踏み留まれたのかな」
近づき過ぎたんだろうな。
「踏み留まるのは、無理じゃないですか? 崖の上で足を踏み外したら、空中でどう足掻いても落ちちゃうじゃないですか。落下している最中に上を見ても、地面に到着するまで真っ逆さま。無駄な抵抗はよせ、ですよ」
「ほんとだ、ってそれ恋も一緒なのか?」
それから、少しだけ仕事の話をして、まだ三十分くらいしか経っていないけれど、真島さんは仕事があり会社に戻ることになった。
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