【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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7.刹那的、夕暮れ

刹那的、夕暮れ②


 わずかだが、楽しい時間だった。私にしてはめずらしいことだが、話が盛り上がって。
 私も真島さんも、まだ〝前向き〟からは遠い場所にいた。気持ちを切り替えられるのは、もう少し先のようだ。


「そうだ、美玖さんの旦那様って、どんな方なんですか?」

「笠井さんはですね、仕事は出来るしパワフルだし、いい男ですよ。あ、たしか写真が、社内レクの時の。えーと……あ、これこれ」

 真島さんの近くに寄り、スマホの画像を見せてもらう。

「ほらこの人です、眼鏡掛けてる人。奥様と同い年なんですよね。格好いいでしょう?」

「同い年!? す、すごい格好いい!」

 美玖さんほどではないがたしかにお若い。四十代には見えないな。同級生ってことは、この方もまたゾロ目なのか。ひえー

「爽やかでお若くて、笠井夫婦は〝妖怪〟って呼ばれています」

「妖怪!」

「多分、なんか怪しい水とか飲んでると思います、あの二人は」

 本日、何度目かの爆笑をした。
 

 真島さんにスマホをお返しする時に、着信が入った。

「真島さん、電話来てます」

「あ、会社からだ。出ないので大丈夫です。僕はそろそろ行きますけど、沢北さんはもう少しゆっくりしていったら?」

「あ、いいですか?」

 実はもう少し、ここでまったり過ごしたくなっていた。居心地が良過ぎて、急いで帰るには勿体なくて。

「勿論です。ごゆっくりどうぞ。僕の方が慌ただしくてごめんね」

 ここでいいと言われ、その場で挨拶をしてお見送りする。


 連絡先は交換しなかった。
 もしかしたらまた会うかもしれませんね、って、何の根拠もない、当てにならない予測を立てて。
 いつの日か心がすっきりした時に、タイミングが合えば会うことがあるかもしれない。
 美玖さんに言えば、「なんでーー!」と、ガッカリされそうな気はするが。



 一人になり、真島さんが帰りがけに頼んでくれた、コーヒーのおかわりをいただいた。
 休みの日に一人で来ようとは思わないが、たまにはいいですね、こういう時間も。
 17時を知らせる優しい音楽が短く流れる。

 冬の手前の季節、日の入りの時刻は早まっていて、西の空は赤く染まりはじめていた。
 暗くなる前に帰らないと。

 以前のマンションのように、暗く心細い道を歩いて帰るようなことはないが、河上さんから言われた〝夜道は危ない〟は、精神に染み付いていて、なるべく守るようにしていた。


 今日は、いろいろな人に会った。

 少し短くなった自分の髪の毛に触れてみる。パッと見た感じ、少しは女っぽく見えるようになったかな、なんて。
 アッシュグレーの髪の色は、当たり前だが 河上さんと全く同じようにはならなかった。誰も、私が誰かさんのワカメ頭を真似をしたとは思うまい。でも今までで一番気に入った髪型は、私に似合っているような気がした。


 私のような、担当の美容師さんがいない、自分に似合う髪型もわからない、おしゃれを楽しめていない人のことを〝美容室難民〟というらしい。
 シマさんに、「七渚さん勿体ないよ、またボク・・に切らせてくださいね」と言われ、営業トークかもしれないが嬉しかった。お言葉に甘えて今後もお願いしたいと思っている。
 女性か男性かわからないが、とても魅力的な人だった。
 世の中にはいろいろな人がいて、様々な生き方があって、私の想像を超えてくる。私が知らなかっただけで、世界は広い。

 美玖さんからいただいた服は、さすがに職場に着て行くことはないけれど、休日の楽しみとして、プライベートの時に、いつもと違う格好をするのも悪くない。


 思えば私は、自分を愛でることもせずに、ただボーッと生きてきた気がする。
 自分のことは嫌いではないが、好きだと言えるほど自分に自信があるわけではない。
 自己肯定感は低い方で、半分諦めてこんなもんだと思えば、大抵のことは我慢できたし、鈍感になれた。欲も湧かなかった。

 早めに婚活を始めた方がいいと思い付いて、軽い気持ちで出会いの場に参戦していたことを考えるとゾッとする。浅はかな考えで自分を粗末にしたから、そりゃあ南澤さんのような人に雑に扱われるし、言いたい放題言われるわけだ。怖い思いもしたし。


 自分を大切にしようって、一つ一つ紐解くように、気づかせてくれたのは、誰?

 彼にとっては、特に深い意味は無かったのかもしれない。でも、きっかけをくれたのは間違いなく、河上さんだった。


 最近、仕事の話すら碌に話せていない気がする。気のせいかな、避けられてるような。
 自意識過剰か。

 正式な辞めるという話は、まだ私の耳には届いていない。ということは、まだ時間があるのか、それはあとどれくらいなのか。

 いなくなる前に、せめてもう少し自然に、素直に、会話できるようになりたい。鉄仮面の私など、記憶にも残してもらえないもの。


 実は先ほどからずっと、亡霊のように頭の中に、河上さんが現れては消えるを繰り返している。今日は、どの会場にいるんだっけ?
 スケジュールを調べたところで、私が会いに行く理由は……ないか、ないよなぁ……。
 今日が楽しかったから、欲張りになってる。
 
 
 無性に顔が見たい。

 そう思った瞬間に目頭が熱くなって、慌てて俯いた。泣きそう、ひー、なんで。困った。
 私でもこんなことになるのか。
 

 さっき真島さんから〝綺麗な方〟と言われて、今日は特別にそういう仕様だからなのだが、言われ慣れない言葉に実はかなりきゅんとして、嬉しかった。
 清らか、可愛い……えへ、あとなんだっけ? もっともっと磨いたら、それらが定着して、河上さんにも少しは、そう感じてもらえるだろうか。


 両手で口角を押し上げて、ニッ、と笑顔の練習などしてみる。
 ふ、こんなところで。
 帰ろ。


「ずいぶんとご機嫌ですね」



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