【完結】黄色い花

中谷ととこ

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8回目、9回目、変わりゆく関係性


 これまで何度もプライベートで会う機会があったわけだが、松島は常に、仕事の延長線上にいるような姿勢を崩さなかった。
 わかりやすく言うと、会社で働いている時と全く同じような恰好をして、髪は一本に纏めプライベート感は薄く、楽しく過ごしてはいますが、今はただ約束を遂行しているだけですからと、自分で線を引いているように見えた。

 でもその日は、なにもかもが違った。

 よく笑い、よく喋る。二人で一緒に過ごせるのが楽しくてしょうがないとでもいうように、なにも隠さない。

「……ん、このたこ焼き、蛸入ってないな」
「あはは、ハズレだ。私のは二個入ってましたもん、美味しい~」
「そっちにいったんじゃないか。まあ、こういう場所だし腹が減ってるからなんでも美味い」
「課長、ビールも飲めばいいじゃないですか。ほら、すごく美味しそうですよ? 生ビール」
「飲みたければあなたが飲めよ。俺はノンアルでいいって」
「頑固ですねえ、いつまで続けるんですか? 禁酒なんかもう止めちゃえばいいのに」
「まあ、そのうちな」

 それもあるし、今日はおそらく、送ることになるだろうから。


 打ち上げ場所に一番近い駅までは行かずに、別の路線の比較的利用者が少ない駅で降りた。松島が準備してくれた折り畳みのクッションマットを二人分、街路樹を囲む石の縁に敷いて座っている。
 真正面で見る大迫力の臨場感は薄いかもしれないが、視界は開けて花火全体が見渡せるし、十分に楽しめた。この辺りに住んでいると思われる人たちや家族連れも多く、穴場らしい。


「うわ……今の綺麗」
「グラデーションも形も良かったな」
「なんか、いかにも課長っぽい感想ですね」
「理屈っぽいって言いたいんだろ?」
「あ、知ってます? 花火って色によって値段が違うらしいですよ?」
「たしか、青と紫はコストがかかるって聞いたような」

 タイミングよく、青と紫が入り乱れたスターマインが打ち上げられて、顔を見合わせる。

「……今の、相当お高いやつだわ」
「言うな」

 親指と人差し指でお金を表すジェスチャーをして、けらけらと笑っている。花火の音が胸に響きますねと、感動しながら。
 浴衣を着て美しくしていても、松島は松島で、本来の天真爛漫な部分が垣間見られる。


「花火を観にきたのなんて、ほんといつぶりかなあ……子どもの頃の記憶はあるけど。ああ、学生の頃にも一度、友達と観たか、もっと遠い高台の上から」
「そんなに前?」
「はい、河川敷で観たのはもう二十年位前かな。新潟の有名な、花火が上から降ってくるみたいな」
「長岡花火か」
「あ、そうですそうです、家族で一度だけ。あれは感動しましたね、まだ憶えてますもん」
「そうか」

 会社帰りに寄れるような近場の花火大会ではなく、次はもっと大きな、どこか遠くに車で──と考えたところで、ハッとする。次とは?

「すごい、今の大きかったですね、尺玉かな」
「多分そうだな……」

 近くで観ている人のラジオから、花火実況が流れてくる。夏の夜の生温い空気と、花火の煙を適度に流してくれる、心地好い夜風。


「……今日のこの花火大会も、ずっと憶えてるだろうな」

「……え? なんて?」

「花火の音と、街の匂いと、蛸が二個入ってたたこ焼きの味と全部、何年経っても忘れない気がします」

「……」

「多分、隣に課長がいたことも」
「多分って言うな」
「あれ? ◯◯町の花火大会って誰と一緒に行ったんだっけな? すごく綺麗だったのは憶えてるんだけど、あれ~?」
「別にいいけど、きれいさっぱり存在を消していただいても」
「ふはは」

 打ち上げの終了時間を待たず、一足先に帰ることにした。明日も仕事だし、最後までいると花火帰りの人波に確実に巻き込まれるから、最初からその予定だった。

 とりあえずF町の自宅に向かい、車で彼女の自宅まで送るつもりでいたのだが、「そう言われると思いましたよ」と、すでに泊まるところを決めてチェックインしていた。F町の西口にある女性専用のカプセルホテルで、うちからも近い。明日はそこから真っ直ぐ会社に出勤するのだと。


「綺麗だし危なくないですよ? なのでお気になさらず」
「用意周到だな」
「楽しかったー、浴衣も着れたし満足です!」

 着崩れることもなく、足が痛いと言い出すこともなく、最後までご満悦で楽しそうに。


 車で送るのは全然構わなかった。むしろ送りたかった。
 数時間一緒に過ごしたのに、なんとなくまだ話し足りない、もう少しだけ話をしたかったのは、俺の方だ。


「……次は、どうする?」
「そうですねえ」

 電車を待つ間に駅で、これも、終わった後の恒例のやり取り。次回の、九回目の約束。

「そろそろネタ切れなんですよ、おススメ何かないですか? あ、それいいな、課長の馴染みの店でごはん、とか。お昼でも夜でも」

「ネタ切れって……お勧めなあ?」

 頭に浮かんだのは、馴染みの店ではないけれど、一度だけ仕事関係で利用したことがあるいかにもカップルでいくような 雰囲気のいいダイニングで、あそこならまあ 一人では行きにくいし、そもそも一人客は断られるだろう。
 例えば、と店の名前を出すと、「いやいや、そんな高級でお洒落なところじゃなくていいんですー」と、丁重にお断りされた。

「座ってるだけで緊張するような敷居の高いお店じゃなくて……ほら、課長が最初に連れて行ってくれた赤ちょうちんの焼き鳥屋さんみたいに気軽な、課長が昔からずっと通ってるような、行きつけの店がいいです」
「どこだそれ……ああ」

 一軒だけ、思い当たる店があった。
 一週間、二週間後か。予約を取るのは難しいかもしれないが、一応連絡してみるか。


 翌日は通常通りで、毎回そうなのだが、「昨日はどうも」というやり取りも、目配せすることもなく過ぎていく。
 松島がなにを考えているのかわからないが、昨日の出来事が夢でも見ていたかのように錯覚するくらい、完全に公私を分けていた。松島がそう望むなら、こちらもそうするようにはしているが。


 社内人事の件で、人事の課長に呼び止められたのは、花火大会から一週間後のことだった。






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