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8回目、9回目、変わりゆく関係性
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「──いらっしゃいませ、雅人さん。お久しぶりです~」
「こんばんは」
「お連れ様もいらっしゃいませ、お席ご案内しますね」
「ありがとうございます」
週末の土曜日、松島のリクエストに応えて、十代の頃から通っている馴染みの店に来ていた。
ここ『soleil』は、父の友人がシェフを務めている店だ。父が亡くなってからも、俺のことを気にかけてくれて、昔からなにかと世話になっている。今日は開店の時間より少し早めに店に通してくれて、客はまだ、俺たち以外にいない。
「柊真君、わるいな、無理言って」
「いえいえ、早い時間ですし全然大丈夫ですよ。かえってすみません、20時までのお席しかご用意できなくて」
「十分です、ありがとう。シェフは開店前で忙しいだろうから、あとで」
「はい、雅人さんが来たって伝えておきますね」
創作フレンチの人気店で常に混み合っているが、ここで働いていた同年代のスーシェフとなぜか意気投合し、個人的に仲良くなったこともあり、かなり頻繁に来ていた時期もある。
あいつがここを辞めてから三年半くらいになるか、あれ? もっとか? それからも定期的に訪れてはいるけれど、頻度は減っていた。
誰かと一緒に来店することがめずらしくて、なんとなく気恥ずかしい。
松島の前なので露骨に揶揄ったりはしないが、柊真君の顔が興味津々だ。
そして松島は今日もまた、仕事の時とは全く違うプライベート仕様の格好で、約束の場所に現われた。
髪は緩くアレンジしたハーフアップというのだろうか。個性的だが上品に見える、グリーン系のワンピース。今日もまた驚かされて、また気の利いたことは言えず。やはりどういうわけか、これまでとは違う。
「課長、雅人さんって呼ばれてるんですね」
「雅人だからね、知らなかった?」
「ふ、わかりますけど」
「丈さんが〝雅人さん〟って呼ぶから、僕も自然とそう呼ぶようになっちゃいましたね。あの人の方が雅人さんより一歳か二歳年上でしょ、なのに雅人さん雅人さんって懐いてるから、丈さんの方が後輩っぽいですよね?」
「俺も長い間ずっと年下だと思ってた」
「あはは、年齢不詳~」
「丈さん?」
「ああ、今はここにはいないけど、元々ここで副料理長やってた人」
「雅人さんのご友人でもあります」
「しかし、なんでご友人になったんだろうなあ? 謎だよなあ、いつの間にか」
「昔、一緒に住んでたんでしたっけ?」
「住んでない、なぜか俺の家に入り浸ってただけ、今の家じゃなくて狭いアパートの時にな」
「ああ、基本寂しがり屋ですからねえ」
「丈、帰国してから店に来てる?」
「来ましたよ、何度か。でもあの人今、仕事もプライベートもめちゃくちゃ忙しくて、風のようにやって来ていつの間にか帰っちゃうんで、僕、丈さんのことはほとんどSNSで把握してますもん」
「あいつが暇してる時なんかないだろう?」
「たしかに」
開店前の忙しい時間帯だからいいよと言うのに、焦る様子は見せず丁寧に対応してくれる。
食事が美味しいのは勿論だが、柊真君だけでなく、どのスタッフも感じがいい。店の雰囲気の良さが隅々まで徹底していて、居心地良く思わず立ち寄りたくなる場所だ。予約を取るのに苦労はするが。(当然、席が取れない時もある)
「邪魔者は退散します~」と、彼がその場から居なくなると、正面の席に座る松島が、嬉しそうににこにこしていた。多分、この店で正解。気に入ってくれたようだ。
「すごく感じのいい方ですね」
「ソムリエで、今はこの店のフロアの責任者か。若いのにかなり知識があるし、気さくになんでも教えてくれるから、ワインのことが知りたくなったら彼に聞くといいよ」
「なるほど、見るからに接客のプロって感じで貫禄が。でも私、ワインはあまり詳しくなくて」
「こういう店に来たかった?」
「はい、ドンピシャです」
自宅も含めて、かなり自分のテリトリーに、招き入れている自覚はある。
でもまあいいか松島ならばと、すんなり受け入れていてしまっている。
アラカルトを注文することが多いが、今日はシェフにお任せで、コースをお願いしていた。
アミューズ、前菜、二つめの前菜、パスタ、魚料理──なんとなく女性が喜びそうな繊細な料理が、いつもより多い気がする。
松島が喜んでもらうのが一番の目的なので ありがたいが、やはりなんとなく気恥ずかしい。多分、勘違いされている気がする。
松島はよく食べる。ぱくぱくと、躊躇うことなく綺麗に。好き嫌いはほとんどないらしい。
料理以外の話も勿論するが、一品一品を感動しながら楽しんで食べている様子が好ましい。
十分余裕はあるけれど一応の時間制限もあり、さくさくと食べ終えて、残すところデザートだけとなった。
「美味しかった、楽しかった、満腹、幸せ」
「……良かったな、満喫したようで。デザートがまだだけど、食べれるのか?」
「いけます、別腹ですから」
デザートプレートが二枚、俺の分と彼女の分が運ばれてきて、その結構なボリュームに笑ってしまう。数種類のデザートと旬の果物、この店の名物。案の定、量が多くて困るどころか、ときめいて喜んでいるようだが。
食べ始めると、盛り付けられている内容が、少しずつ違うことに松島が気付く。
「あれ? チーズケーキの種類が違う、私のと課長の」
「ん? 松島の方がマスカルポーネで、俺のはリコッタだったかな?」
「え、さすが、詳しいし。リコッタのチーズケーキですか? 食べたことない」
「どうぞ、食べる?」
「え」
「これも、あなたの方に無いんじゃない?」
分けるつもりで皿を少し動かすと、背筋をピンと伸ばして、デザートスプーン片手に固まっている。
「いえいえ、いいです、いらないです」
「……なんだ? ああ、食べ掛けは嫌か」
「えーと、…………はい」
「なんだよ」
よくわからないところで照れて、顔を赤くしている。こちらにまで伝染するのだが。
「課長っ」
「はい」
「聞きたいことがあるのでした!」
なんとも言えない場の空気を誤魔化すように突然話題を変えると、少し神妙な面持ちでこちらを見て、深く息を吐いた。
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