【完結】黄色い花

中谷ととこ

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8回目、9回目、変わりゆく関係性


「少しだけ、仕事の話をしてもいいですか?」

「……いいよ。なに?」

「昨日なんですが、猪瀬課長から休憩室で声を掛けられまして」

「…………猪瀬さんが、なんて?」

「〝聞いたか?〟って」

「……」

 あの人は、なんなんだ。せっかちというか なんというか。こちらに一任するということで、一昨日話は付いたじゃないか。
 猪瀬課長というのは、人事課を取り仕切っている人で、仕事はできるが昔から気が短い。


「じゃあ、猪瀬さんから説明受けた?」

「はい、聞きました。営業二課うちから総務に一人異動することになったって。まだ木藤課長から聞いてないのか? って」

「ああ、わるいな、俺も猪瀬さんからその話を聞かされたの、木曜の夕方だから」

「なんだ、一昨日じゃないですか」


 今月末、総務課のベテラン女性社員が一人、家庭の事情で退職する。
 それは前々から決まっていた事で俺も知っていたのだが、同じタイミングで、家族の病気を理由にもう一人の社員も急に辞めなければならなくなったそうだ。事情を聞くとどうしようもないことで、引き留められない。

 総務の中心で、ばりばり事務関係をこなしていた社員が、一気に二人もいなくなる。戦力が欠けて、混乱を招くことは間違いない。
 中途採用で新たに二名、増員されることは決まっているものの、両名とも未経験者では正直厳しい、という話をされた。


 俺が今、管理、統括を任されている『営業二課』は、社員も契約社員も、長く勤めているメンバーが多く、それだけ経験豊富で優秀な人が集まっている。誰か一人欠けても困るが、精鋭ぞろいでバランスが良いことは間違いない。
 新人の一人は必ず営業二課に配属するから、とりあえず一人、総務に異動させてもらえないか、という相談だった。
 まあ、調整として必要な内部異動だろうし、仕方がないと思う。わかりましたと頷いた。
 そしてその異動自体が、引継ぎ等を考えると緊急であることも理解していた。


「──考えたんですけど、異動するなら誰かな? って」

「……うん、それで?」

「私ですよね?」

「……」

「私が一番適任じゃないですか? でなければ、二川ちゃん?」

「岡谷か野島、という可能性もある」

「総務課に岡谷さんか野島さんが? ええ……わざわざあの二人が異動するのは現実味が」

 その通りだ。

「だって、朝お子さんを保育園に預けて来たりしながら精一杯頑張ってますし、今ガラッと環境が変わるのも大変じゃないですか。営業にいれば周りもある程度事情は分かってますし」

 元々契約社員で働いていた二人が、この春から正社員になった。家庭と仕事のバランスを取りながら真面目に働いてくれている、有能な二人。おそらく転属は望まないだろう。

「週明けの月曜に、松島と二川と面談する予定でいたんだ。話をして、二人の希望を聞こうと思って。だからまだ、決めていない」

「そうなんですね……。でも二川ちゃんは今、新人教育を任されていて、後輩達からもすごく慕われてますし、課長案件もたくさん担当してて、片腕、みたいなところがあるじゃないですか。今彼女が抜けたらいろいろと大変ですもん。その点私はほら、なんでも屋というかフリーで動けますし、これまでも他の課に駆り出された時、問題なく回りましたし──」

「なんでも屋って、そうじゃないだろう? 担当してる仕事が多いのは松島も同じことだし、全体の調整役としてどんな状況でも柔軟に対応してくれるから、任せられる、居なくなったら困る」

「……え、おっ? ありがとうございます」

 周りから頼られて一目置かれているのは、松島も同じだ。ベテランな上に人徳がある。
 だが、思わず引き留めるような事を言ったところで、松島の言う通り、即戦力となる二人のうちどちらかが総務に行くのが無難だろう。


「そう言っていただけるのは嬉しいですけど、でもやっぱり私ですよ。一番長いし、それに、総務の経験も少しだけありますから」

「異動したいのか?」

「したくはないです、今の二課、居心地すごくいいですから。総務にいけばわかる人がいない状況で、忙しくなるのは目に見えてますし。でも会社員なので、私は大丈夫です。あ、猪瀬課長が上司になるのはちょっと不安ですけどね。厳しいしめっちゃ細かいですし」

「俺よりはマシじゃないか?」

「あ、そうでした、鬼課長よりは怖くないな」

「あそう、二年半も経つと言うようになるもんだな」

「二年半、以上ですね……。もうそんなになりますか~」

 日々一緒に働いてきた数年で、仕事上、信頼しているのは事実だ。今回こうやって個人的な関わりを持たなかったとしてもそう思う。
 松島が抜ける穴は大きい。
 最初は、俺から仕事が振られたり指摘される度に、毎回 びくびくと緊張している様子で、恐る恐るこちらに気を遣い、なるべく関わりたくないというのがバレバレだったが。
 いつの間にかこんな風に軽口を叩いたり、ちゃんと目を合わせて対等に話ができるようになった。


 会社員だからな、たしかに。
 特に理由なく、人事の決定には逆らえない。
 松島は責任感が強く、不器用ながらも誠実にこつこつとこなすタイプだから、どこの課にいっても大丈夫だろう。むしろ総務に異動した方が、長い目で見ればプラスになるかもしれない、彼女にとっては。
 ただ、その冷静さがなんとなく寂しい。
 は、馬鹿馬鹿しい、説得しなければならない立場なのに。


「来週話すって言ってるのに、しつこいですね、この話止めよ、ごめんなさい先走って」

「いや、いいよ、当然考えるよな、当事者だし近々の話だし。週末に悩ませることになって、申し訳ない」

「そんなことないですよ、今日なんて目の前の料理のことだけ考えてましたし。猪瀬課長が、私にべらべら喋るのが悪いんですよ、ほんとにもう。あ、課長、やっぱりそのリコッタのチーズケーキいただきたいです!」

「……どうぞ」

 皿を差し出すと、今度は躊躇うことなく手を伸ばしてデザートスプーンで取り、ぱくりと口に入れた。……美味いらしい、表情が豊かで、可愛い。

「うまーー軽くて、口の中で溶ける。なめらか~。課長も食べますか? マスカルポーネの方、あ、ほとんど残ってなかった」

 頭の中ではいろいろなことを考えながら、あっけらかんと明るく流して、何も考えていないような、単純なふりをする。
 それは、二人でこうして話すようになって知った。些細な変化を感じるようになった。


「課長」

「ん?」

「二課が働きやすい環境であるのも、皆が一人一人が力を発揮できる強固なチームであるのも、木藤課長が課長だからです。それは絶対」

「……絶対って、そんなことはない」

「そんなことあります。恵まれてたなって、思ってます」

「……」


 勝手に結論付けて、もう自分が総務に異動することが、決定しているかのように。
 二川とも話をするつもりだが、悩むことなくすんなり決まるのではないか、手放すつもりはなくても。




 十回目の内容は、前から決めていたらしい。

「課長の車で、運転もずっと課長ということになりますが、いいですか? 疲れますか?」
「いいよ、全然疲れない」
「ええと、再来週は予約で埋まっていて、来週だとなぜか空いているみたいなんですが……ちょうど一週間後、急だし日が空かないけど、どうでしょうか?」
「来週の土曜な、いいよ」

 伯母の家に呼ばれているとか、野暮用はいろいろあったけど、まあいいや。

「おーーやった~。じゃあ早速予約しますね」


 車で二時間ほどかかる場所にある、温泉宿に日帰りで行く。旅行好きのインフルエンサーが紹介していて、以前から一度でいいから行ってみたいと思っていたらしい。

「すごく楽しみ」
「……ああ」

 十回目の後は、どうするつもりだ、
 どうしたい? それで終わりにする気か?

 松島がどう考えているかわからないが、俺の方は、知らなかった頃には戻れない、もっと 知りたい。
 終わりと言われてももう、後には引けない。






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