17 / 27
約束の終わり、交錯する二人
3
平静を装いながら、葉子伯母さんの夫である伯父に目で問う。
〝どういうことですか? 聞いてませんが〟
すぐに目を逸らされる。
グルだ。
白々しい顔をして女性と一緒に立ち上がると、横にいた女性に前に出るように促した。
そういえばだいぶ前から、しつこく言われていた。いい人がいるのだと。多分写真も送られてきていた、封は開けたが、写真自体は一度も見ていない。
二人の伯母 どちらにも断り続けてきたが、聞いてませんでしたか、無視ですか、そこまでして会わせたい相手だったわけですか。
あまりに強引な騙し討ちに、笑うしかない。
派手さはなく、控えめで知的な感じの女性で、いかにも伯母たちが好きそうな感じだ。
この人なら雅人に合う、会わせればこっちのもの、気に入るはずだ、良いご縁になるに違いない、とでも思ったのだろう。考えることが 大体わかる。
ここで怒って帰れば、伯父や伯母の顔を潰すことになる。どういう関係かもわからないし、理不尽だが、さすがにそれは出来ないと判断した。
結婚自体に一向に興味を示さない俺に対して痺れを切らし、意地になったところもあるか、あーーこれ、俺が悪い、のか?
気は重いが、とりあえず乗り切るしかない。
けど釣書らしきものを全然見ていないからな、まずいぞ。こうなるくらいなら、軽く目を通しておくべきだった。と、気持ちを整える。
「こんにちは。遅くなりましてすみません」
「大丈夫ですよ、僕たちの方が早く来てしまったんだ。雅人君、お忙しいところどうもね」
「こんにちは」
女性から挨拶をされて、にこりと微笑まれる。
「こちらがね、濱岡愛莉さんです。僕の友人の、僕だけじゃなく葉子や美恵さんとも繋がりのある方の娘さんで────」
伯父が簡単にそれぞれの紹介をして、相手の女性は伯父夫妻と長年の付き合いがあるご夫婦の、一人娘であることがわかる。
盛り上がったんだな、うちの娘がうちの甥が、まだ独りでいますのよ、とかなんとか。
友人同士で。
「木藤です。はじめまして」
「はじめまして、濱岡です。木藤さんのお噂はかねがね」
「そうですか。どんな噂でしょう」
伯父の方をちらりと見ると、また目を逸らされる。人がいいので、この状況は俺以上に苦痛かもしれない。気の毒に思えてきた。
伯父ではなく伯母が来た方が上手くやれただろうに、伯父ならば尚更文句を言えないというところまでわかっているのだ、葉子さんという人は。まったく……。
「えっと僕は、君たち二人を引き合わせたら、あとはお若いお二人で、と考えていたのだけれど、どうでしょうか?」
「……」
おうおう丸投げかよと、心の中でツッコミを入れつつ、高血圧症の伯父の血圧が これ以上上がっても困るので、大人しく頷く。
「そうですね、予約は二人分ですし」
「そうだよね、そうそう、ここのイタリアンは葉子も好きでね。雰囲気もいいしとても美味しいから、お二人だけで、ごゆっくりどうぞ!」
テレビで見た、死ぬ前に一度行ってみたい店ではなかったようです。
自分の見合いの場になるとも知らず、俺自身が予約したという間抜けっぷり。
まあいいや、
あれこれ考えるのは止めにして、濱岡さんと二人で、食事だけはご一緒することにした。
*
「初めて来たんですけど、素敵なお店ですね、中庭が綺麗に見える」
「そうですね、僕も初めて来ました」
料理は、昼はランチコースのみなので あらかじめ頼んでおいた。
こんなことなら食事ではなく、ラウンジでコーヒーを飲むだけでよかったのにと思いながら、対面に座る濱岡さんに視線を移す。
「改めまして、木藤と申します。はじめまして」
「濱岡愛莉と申します。あ、でも実は、はじめましてではないんです。とはいえ直接お話するのは初めてだから、はじめましてでいいのか」
「え?」
ほらやっぱりだ、釣書を見ていないのが仇となる。
「どこかでお会いしていますか? 気付かずに申し訳ありません」
「いえ、わからなくて当然です。実は私、初島コーポレーションに勤めておりまして」
名刺を渡されて勤め先を確認すると、取引先企業の社員だった。
初島の、営業推進課の課長代理……何歳かはわからないが、この若さで。
「私は木藤さんの会社の担当ではないので、関わることは全くなかったですが、以前当社にいらっしゃった時にちらりとお見掛けしたことがあって。だって木藤さん、有名人ですから」
「僕がですか? 有名ではないですが」
「またまた~、だってうちの女子社員達きゃーきゃー騒いでましたよ? 取引先にめちゃめちゃ切れ者のイケメンがいるって。実は私の同期が担当者で、木藤さんのお話よく聞かされました。冷静で決断力があって信頼できる方だって興奮しながら。そうそう、うちの女子社員の誰かから連絡先渡されませんでした? 丁重にお断りされたようですが」
「お噂はかねがねって、そういうことでしたか……」
「はい、伯父さまや伯母さまからの話ではなく。どこで繋がっているかわかりませんねえ。だから、びっくりしました、お見合いの相手が木藤課長と知って、なにかの間違いだと思ったんですけど。……だってねえ、選り取り見取りじゃないですか? 相手に困っているようにはとてもとても」
「そんなことありませんよ」
「じゃあ今、本当にお一人なんですか?」
「…………はい、まあ」
「あ、間があった」
「……」
正直に答えず、〝そうなんです、実は困っていないので、この話は無かったことにしてください〟とでも言えば良かったか。
参ったな、仕事の関係先とか。
濱岡さんがどういうつもりでこの場にいるのか、思いあぐねていると、目の前でくすくすと笑い始める。
「……どうかされましたか?」
「ふふ、木藤さん、すごく困ってらっしゃる」
「え」
「このお見合い、乗り気じゃないですよね?」
「いや、あの……」
言葉に詰まる。否定しなければ、乗り気じゃないと認めているようなものだ。
「もしかして今日この場に私が来ることも、知らされてなかったですか? さっきすごく驚いてましたものね」
なんとか取り繕ってその場の雰囲気に合わせてみたけれど、バレバレじゃないか。
予想外の場面に瞬時に対応するには、やはり無理があった。
「申し訳ありません。実はいろいろと事情がありまして、あとで伯母と話をしてご連絡を」
「ああっ、伯母さまには正直に言わなくていいんですよ、全然大丈夫なので、安心してください、私もですから」
「私も?」
「今日がお見合いで、お相手が木藤さんというのはわかっていましたが、前向きな気持ちでここには来てません。……ごめんなさい、同士ということで正直に申し上げますと、いるんです私、彼氏が」
「彼氏……あ、ああ、そうなんですね!」
なんだ、そうなのか、良かった……お互いにそうとわかれば、一気に気持ちが楽になる。
ということはだ、親や伯母たちばかりが乗り気で、当人同士には全くその気がないという、消化試合のような時間ではないか、何の意味があるんだこの時間に。
力が抜けたところに料理が運ばれてきて、なんとなく顔を見合わせる。
「木藤さん、せっかくだから美味しくいただきましょう。お喋りが盛り上がったことにして、あとは私の方から上手く言っておきますから。うわ、綺麗ですね、美味しそう」
「……それもそうですね、せっかくですし」
「ここね、この間テレビで誰かが紹介してて、私も一度来てみたいと思ってたんですよ」
「ああ、それは本当の話だったのか」
「え? なんて?」
「いえ、なんでもありません」
開き直って、食事を楽しむことにした。
見た目はしっとりとおしとやかな印象だが、言葉はさばさばとしていて、意志の強さを感じる。まあ、もしかしたら今後仕事で関わるかもしれないし。
「恋人がいるなら、そういう相手がいるってご両親に正直に話せば良かったのでは?」
乗り気で無いとはいえ、こんな風に一応出会いが目的という場で、男と二人で食事をするなんて、恋人にしてみれば気分が悪いだろうに。人によっては裏切りと思うかもしれない。言わずに来てるのかな? 心配しても仕方がないが。
「お恥ずかしながら、私よりもだいぶ年下の彼なので、親に紹介できる段階ではなくて。恋人がいるなんて言えば会わせなさいって煩くなるのは目に見えてるし、かといって実際に会わせたらショック受けて寝込んじゃうかも。だから言うつもりはないんです」
「なるほど、そういう事情で……」
「一人娘に結婚して家庭を築いて欲しいという思いが、特に母の方が強くて、心配で心配で、勝手に婚活を始めちゃったんです。木藤さんの伯母さま達とうちの母、仲が良いから、娘と甥っ子さんとちょうどいいじゃないって、そんな話になったわけですよ。母たちの間ではもう、この二人ぴったり合う、ちょうどいいって勝手に盛り上がっちゃって。仕事関係で面識があるという話は一切していません、さらに盛り上がっちゃうから」
笑っている場合ではないが、濱岡さんの話が上手で、吹き出しそうになった。
だからきっと、うちの母の方が乗り気で強引に伯母さまに頼み込んだんだと思います、すみませんこちらの事情でと、丁寧に頭を下げた。
これだけ価値観が多様化している時代でも、親は子に、家庭を持って欲しいと考えてしまうのだろうか。うちも両親が生きていたら、そう口煩く言われただろうか。
「誠実そうでバリバリ仕事もなさっている木藤さんのような方と って、親は思うのかも知れませんね。でも私、そんな風に整えられた舞台の上でお膳立てされた結婚をするなんて、イヤだなあって。あ、木藤さんのことが嫌だと言ってる訳じゃないですよ? 変な言い方でした」
「わかってますよ、大丈夫です」
「天の邪鬼ですよねえ、頭がおかしいのかも。母の方が正しいのかも」
「いや、自分に正直でいいと思います」
「今の相手と結婚できるかといったら無理かもしれないし、周りから見れば滑稽かもしれません、十近く年の離れた恋人に、現を抜かしているんですから。だけどいつか後悔するにしても、自分の人生には自分で責任を持ちたいじゃないですか」
「……わかります、同感です。それに今のこの時代、今日 順風満帆に見える人間でも、明日どうなるかわかりませんから」
清々しい方だ。人に決められるよりも自分で選択したいって、それでいいと思います。
そんなこんなで意気投合し、でもどうやって母親を説得するのだろうと思いながら、やはり濱岡さんだけに言い訳をさせて、人任せにする訳にもいかないと考えていた。
あなたにおすすめの小説
恋は秘密のその先に
葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長
仕方なく穴埋めを命じられ
副社長の秘書につくことになった
入社3年目の人事部のOL
やがて互いの秘密を知り
ますます相手と距離を置く
果たして秘密の真相は?
互いのピンチを救えるのか?
そして行き着く二人の関係は…?
憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~
瀬崎由美
恋愛
アパレルブランド『ジェスター』の直営店で働く菊池乙葉は店長昇格が決まり、幹部面談に挑むために張り切ってスターワイドの本社へと訪れる。でもその日、なぜか本社内は異様なほど騒然としていた。専務でデザイナーでもある星野篤人が退社と独立を宣言したからだ。そんなことは知らない乙葉は幹部達の前で社長と専務の友情に感化されたのが入社のキッカケだったと話してしまう。その失言のせいで社長の機嫌を損ねさせてしまい、企画部への出向を命じられる乙葉。その逆ギレ人事に戸惑いつつ、慣れない本社勤務で自分にできることを見つけて奮闘していると、徐々に社長からも信頼してもらえるように……
そして、仕事人間だと思っていた社長の意外な一面を目にすることで、乙葉の気持ちが憧れから恋心へと変わっていく。
全50話。約11万字で完結です。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海花
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。