【完結】黄色い花

中谷ととこ

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約束の終わり、交錯する二人


 
 平静を装いながら、葉子伯母さんの夫である伯父に目で問う。

〝どういうことですか? 聞いてませんが〟

 すぐに目を逸らされる。
 グルだ。

 白々しい顔をして女性と一緒に立ち上がると、横にいた女性に前に出るように促した。

 そういえばだいぶ前から、しつこく言われていた。いい人がいるのだと。多分写真も送られてきていた、封は開けたが、写真自体は一度も見ていない。
 二人の伯母 どちらにも断り続けてきたが、聞いてませんでしたか、無視ですか、そこまでして会わせたい相手だったわけですか。
 あまりに強引な騙し討ちに、笑うしかない。


 派手さはなく、控えめで知的な感じの女性で、いかにも伯母たちが好きそうな感じだ。
 この人なら雅人に合う、会わせればこっちのもの、気に入るはずだ、良いご縁になるに違いない、とでも思ったのだろう。考えることが 大体わかる。

 ここで怒って帰れば、伯父や伯母の顔を潰すことになる。どういう関係かもわからないし、理不尽だが、さすがにそれは出来ないと判断した。
 結婚自体に一向に興味を示さない俺に対して痺れを切らし、意地になったところもあるか、あーーこれ、俺が悪い、のか?

 気は重いが、とりあえず乗り切るしかない。
 けど釣書らしきものを全然見ていないからな、まずいぞ。こうなるくらいなら、軽く目を通しておくべきだった。と、気持ちを整える。


「こんにちは。遅くなりましてすみません」

「大丈夫ですよ、僕たちの方が早く来てしまったんだ。雅人君、お忙しいところどうもね」

「こんにちは」

 女性から挨拶をされて、にこりと微笑まれる。

「こちらがね、濱岡愛莉さんです。僕の友人の、僕だけじゃなく葉子や美恵さんとも繋がりのある方の娘さんで────」

 伯父が簡単にそれぞれの紹介をして、相手の女性は伯父夫妻と長年の付き合いがあるご夫婦の、一人娘であることがわかる。
 盛り上がったんだな、うちの娘がうちの甥が、まだ独りでいますのよ、とかなんとか。
 友人同士で。


「木藤です。はじめまして」
「はじめまして、濱岡です。木藤さんのお噂はかねがね」
「そうですか。どんな噂でしょう」

 伯父の方をちらりと見ると、また目を逸らされる。人がいいので、この状況は俺以上に苦痛かもしれない。気の毒に思えてきた。
 伯父ではなく伯母が来た方が上手くやれただろうに、伯父ならば尚更文句を言えないというところまでわかっているのだ、葉子さんという人は。まったく……。

「えっと僕は、君たち二人を引き合わせたら、あとはお若いお二人で、と考えていたのだけれど、どうでしょうか?」

「……」

 おうおう丸投げかよと、心の中でツッコミを入れつつ、高血圧症の伯父の血圧が これ以上上がっても困るので、大人しく頷く。

「そうですね、予約は二人分ですし」

「そうだよね、そうそう、ここのイタリアンは葉子も好きでね。雰囲気もいいしとても美味しいから、お二人だけで、ごゆっくりどうぞ!」

 テレビで見た、死ぬ前に一度行ってみたい店ではなかったようです。
 自分の見合いの場になるとも知らず、俺自身が予約したという間抜けっぷり。


 まあいいや、
 あれこれ考えるのは止めにして、濱岡さんと二人で、食事だけはご一緒することにした。




「初めて来たんですけど、素敵なお店ですね、中庭が綺麗に見える」

「そうですね、僕も初めて来ました」

 料理は、昼はランチコースのみなので あらかじめ頼んでおいた。
 こんなことなら食事ではなく、ラウンジでコーヒーを飲むだけでよかったのにと思いながら、対面に座る濱岡さんに視線を移す。

「改めまして、木藤と申します。はじめまして」

「濱岡愛莉と申します。あ、でも実は、はじめましてではないんです。とはいえ直接お話するのは初めてだから、はじめましてでいいのか」

「え?」

 ほらやっぱりだ、釣書を見ていないのが仇となる。

「どこかでお会いしていますか? 気付かずに申し訳ありません」

「いえ、わからなくて当然です。実は私、初島コーポレーションに勤めておりまして」

 名刺を渡されて勤め先を確認すると、取引先企業の社員だった。
 初島の、営業推進課の課長代理……何歳かはわからないが、この若さで。

「私は木藤さんの会社の担当ではないので、関わることは全くなかったですが、以前当社にいらっしゃった時にちらりとお見掛けしたことがあって。だって木藤さん、有名人ですから」

「僕がですか? 有名ではないですが」

「またまた~、だってうちの女子社員達きゃーきゃー騒いでましたよ? 取引先にめちゃめちゃ切れ者のイケメンがいるって。実は私の同期が担当者で、木藤さんのお話よく聞かされました。冷静で決断力があって信頼できる方だって興奮しながら。そうそう、うちの女子社員の誰かから連絡先渡されませんでした? 丁重にお断りされたようですが」

「お噂はかねがねって、そういうことでしたか……」

「はい、伯父さまや伯母さまからの話ではなく。どこで繋がっているかわかりませんねえ。だから、びっくりしました、お見合いの相手が木藤課長と知って、なにかの間違いだと思ったんですけど。……だってねえ、選り取り見取りじゃないですか? 相手に困っているようにはとてもとても」

「そんなことありませんよ」

「じゃあ今、本当にお一人なんですか?」

「…………はい、まあ」

「あ、間があった」

「……」

 正直に答えず、〝そうなんです、実は困っていないので、この話は無かったことにしてください〟とでも言えば良かったか。
 参ったな、仕事の関係先とか。

 濱岡さんがどういうつもりでこの場にいるのか、思いあぐねていると、目の前でくすくすと笑い始める。

「……どうかされましたか?」
「ふふ、木藤さん、すごく困ってらっしゃる」
「え」
「このお見合い、乗り気じゃないですよね?」
「いや、あの……」

 言葉に詰まる。否定しなければ、乗り気じゃないと認めているようなものだ。

「もしかして今日この場に私が来ることも、知らされてなかったですか? さっきすごく驚いてましたものね」
 
 なんとか取り繕ってその場の雰囲気に合わせてみたけれど、バレバレじゃないか。
 予想外の場面に瞬時に対応するには、やはり無理があった。

「申し訳ありません。実はいろいろと事情がありまして、あとで伯母と話をしてご連絡を」

「ああっ、伯母さまには正直に言わなくていいんですよ、全然大丈夫なので、安心してください、私もですから」

「私も?」

「今日がお見合いで、お相手が木藤さんというのはわかっていましたが、前向きな気持ちでここには来てません。……ごめんなさい、同士ということで正直に申し上げますと、いるんです私、彼氏が」

「彼氏……あ、ああ、そうなんですね!」

 なんだ、そうなのか、良かった……お互いにそうとわかれば、一気に気持ちが楽になる。
 ということはだ、親や伯母たちばかりが乗り気で、当人同士には全くその気がないという、消化試合のような時間ではないか、何の意味があるんだこの時間に。


 力が抜けたところに料理が運ばれてきて、なんとなく顔を見合わせる。

「木藤さん、せっかくだから美味しくいただきましょう。お喋りが盛り上がったことにして、あとは私の方から上手く言っておきますから。うわ、綺麗ですね、美味しそう」

「……それもそうですね、せっかくですし」

「ここね、この間テレビで誰かが紹介してて、私も一度来てみたいと思ってたんですよ」

「ああ、それは本当の話だったのか」

「え? なんて?」

「いえ、なんでもありません」

 開き直って、食事を楽しむことにした。
 見た目はしっとりとおしとやかな印象だが、言葉はさばさばとしていて、意志の強さを感じる。まあ、もしかしたら今後仕事で関わるかもしれないし。


「恋人がいるなら、そういう相手がいるってご両親に正直に話せば良かったのでは?」

 乗り気で無いとはいえ、こんな風に一応出会いが目的という場で、男と二人で食事をするなんて、恋人にしてみれば気分が悪いだろうに。人によっては裏切りと思うかもしれない。言わずに来てるのかな? 心配しても仕方がないが。

「お恥ずかしながら、私よりもだいぶ年下の彼なので、親に紹介できる段階ではなくて。恋人がいるなんて言えば会わせなさいって煩くなるのは目に見えてるし、かといって実際に会わせたらショック受けて寝込んじゃうかも。だから言うつもりはないんです」

「なるほど、そういう事情で……」

「一人娘に結婚して家庭を築いて欲しいという思いが、特に母の方が強くて、心配で心配で、勝手に婚活を始めちゃったんです。木藤さんの伯母さま達とうちの母、仲が良いから、娘と甥っ子さんとちょうどいいじゃないって、そんな話になったわけですよ。母たちの間ではもう、この二人ぴったり合う、ちょうどいいって勝手に盛り上がっちゃって。仕事関係で面識があるという話は一切していません、さらに盛り上がっちゃうから」

 笑っている場合ではないが、濱岡さんの話が上手で、吹き出しそうになった。
 だからきっと、うちの母の方が乗り気で強引に伯母さまに頼み込んだんだと思います、すみませんこちらの事情でと、丁寧に頭を下げた。

 これだけ価値観が多様化している時代でも、親は子に、家庭を持って欲しいと考えてしまうのだろうか。うちも両親が生きていたら、そう口煩く言われただろうか。

「誠実そうでバリバリ仕事もなさっている木藤さんのような方と って、親は思うのかも知れませんね。でも私、そんな風に整えられた舞台の上でお膳立てされた結婚をするなんて、イヤだなあって。あ、木藤さんのことが嫌だと言ってる訳じゃないですよ? 変な言い方でした」

「わかってますよ、大丈夫です」

「天の邪鬼ですよねえ、頭がおかしいのかも。母の方が正しいのかも」

「いや、自分に正直でいいと思います」

「今の相手と結婚できるかといったら無理かもしれないし、周りから見れば滑稽かもしれません、十近く年の離れた恋人に、現を抜かしているんですから。だけどいつか後悔するにしても、自分の人生には自分で責任を持ちたいじゃないですか」

「……わかります、同感です。それに今のこの時代、今日 順風満帆に見える人間でも、明日どうなるかわかりませんから」

 清々しい方だ。人に決められるよりも自分で選択したいって、それでいいと思います。

 そんなこんなで意気投合し、でもどうやって母親を説得するのだろうと思いながら、やはり濱岡さんだけに言い訳をさせて、人任せにする訳にもいかないと考えていた。






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