【完結】黄色い花

中谷ととこ

文字の大きさ
18 / 27
約束の終わり、交錯する二人


「木藤さんは? 本当にどなたもいらっしゃらないんですか?」

「そうですね、はい、今は」

 つき合いたいと思った人はいたが、振られたばかりだ。それもまだ心が追いつかず、全然すっきりしていない。

「なぜですか、ものすごく理想が高いとか?」

「いえ、そんなことはありません。普通だと思います。買い被りすぎですから」

「いやあ~そんなわけない、モテる男の典型的な……まあいいや、同期の友人がハンカチ咥えて悔しがりそうだわ、誰かいると思ったから諦めたのにーー、って」

「ハンカチ咥えて悔しがってる人見たことないですけどね」

「……友人に言ってもいいですか? 木藤さんフリーだよって」

「それは構いませんが、でも草臥れたおっさんですから、期待されても 何も出てきません、申し訳ないですが」

「あーーやっぱりガードが堅い。何を考えてらっしゃるのか、飄々としてるから全く読めませんね」

「そうですか? わかり易いと思いますが」

 全然、堅くなどありません。
 真っ直ぐに気持ちをぶつけられればころりといってしまう、単純でちょろい男です。

「じゃあ、どんな女性がタイプなんですか? あれ? 女性ですか? 木藤さんの恋愛対象」

「今まで男を好きになったことはないかな」

「じゃあどんな女性が、って、あら? 私、自分がお見合いおばさんみたいになってますね、あははは」

「タイプ……」

 どんな人がと聞かれて、少し考える。


溌剌はつらつとした人がいいですね」

「溌剌、なんかおっしゃることが知的だわ~」

「それから、予想外の動きをして、楽しませてくれる人がいいかな」

「ああ、それはわかります、発想が読めない人って、わくわくする。じゃあ美人か可愛い系なら、お顔はどちらがお好みで?」

「顔は、どうでしょう、好きになったら猿でも可愛く見えるかもしれない」

「ええーーっ? 面食いじゃない男の人なんているんですか?」

「面食い、ではないと思います、本来。見た目よりも声とか喋り方とか雰囲気の方が」

 だけど多分 の顔は、十人が十人、〝美人〟と言うだろうから、面食いではないは、説得力に欠ける。

「綺麗なのに周りの目をあまり気にしないとか、自分の好きなことに夢中で、美に無頓着なところがいいですね。俺にはない自分の世界を持っているところも」

 いつの間にか ただ一人を思い描いて、
 つらつらと語り出していた。


「一緒に食事を楽しめるのもいいですね。でも美味しいものに目がないので、食べ物を目の前にすると人の話が聞こえなくなるんですよ」

「あはは、なんですかそれ? 食が細いより、食欲旺盛な人が好きってことですか?」

 一緒にどこかに出掛けるといっても、結局食べてばかりだった気がする。楽しそうに、色気より食い気。こっちまでつられて いつもより多く食べてしまう。微笑ましくて可愛いかった。

「若い頃は、この人と付き合うだろうなって、直感的に相手を選んでいたと思うんです。でも最近はそういうんじゃなくて、なんていうんですかね……一人の人と、何度も繰り返し話をして、時間を掛けて その〝人と為り〟を知っていくような、そんな感じでしか人を好きになれません」

「一目惚れとかピンときたとか、無いですか」

「無いですね……歳を取ったんでしょうね。頭でっかちになっちゃって、感受性が鈍くなっているのかもしれません。それに刺激的な関係より、一緒にいてリラックスできるような、顔を見ると安心するような、そういう方がいい」


 何度もお試しのような時間を経て、共通の、大切に思う事柄が増えていく。
 この時間がずっと続けばいい、終わらないで欲しい、週末だけでなく常に傍にいて欲しいと思うようになった。

 いつの間にかじわじわと浸透し、満たされるように、松島汐里がいい。
 何を考えているのかよくわからないところはあるが、それでいい。だってまだ、始まってもいないのだから。


「────やっぱり止めておこう、木藤さんの情報を友人に教えるのは」

「はい?」

「木藤さんたら、やっぱりどなたかいらっしゃるんじゃないですか。一緒に飲みに行くくらいのきっかけがあれば、なんて思ったんですけど、私の友人では太刀打ちできなそう」

「え? あ……」

「さっきから誰のお話をされているのか、ものすごく優しい顔をされてますもん。ご自分でもわかってらっしゃるんですよね?」

「…………」

 返事をする代わりに、溜め息が漏れる。

 わかってはいた、このままでは終われないことは。思いを口にすることで、尚更はっきりと自覚する。

 まずい、何の話をしていたのか、やってしまった。羞恥心となんやかんやで、急に身体が熱い。自分の頬を両手ではたきたくなる。


「間違えました」

「ぶっ……ちょっと、間違えないでくださいよ。別に面白いからいいですけどね、いい男の惚気話を聞くくらい」

「惚気てません、彼女ではないですし」

「つき合ってはないけど想う相手はいるって話ですよね? あはは、おまえが言うなって感じか~」


 約一時間ほどの会食を終えて、後は帰るだけとなった。
 言わずもがな、今回の見合いは不成立。


「濱岡さん、ご両親に伝えてください。今日会った男はしょうもないヤツだったと。相手がいるのに見合いに来て、優柔不断で信用ならないと。そういうことにしてください。……それからやっぱり、一度腹を割ってお母さんと話をしてみたらどうでしょう? 親子でも通じない部分はあると思いますが、あなたの幸せを願っているのは確かでしょうから」

「年の離れた年下の恋人がいるって? それはちょっと、理解してもらえなそうだけど」

「いや、そこじゃなくて、自分の人生には自分で責任を持ちたいって。その言葉、すごく胸に刺さりましたから」

 一緒にホテルを出て、にこやかに別れた。

 どうなることかと思ったが、とりあえず良かった。話し上手な人に乗せられて、おかしな話の流れになったけれども。
 そしてこんなことは、最初で最後にしてもらいたい。伯母たちと腹を割って話さなければならないのは、俺も一緒だな。


 ホテル前の大通りを、一台のタクシーが通り過ぎて行く。乗車していたのは、当社総務課の俺のこともよく知る男性社員。
 何のいたずらか、偶然にも ピンポイントで目撃されてしまうというおまけ付きで。

 人のプライベートを、事情も知らず誰彼構わず喋らないで欲しいものだが、お察しの通り、案の定、知らなくていい人の耳にまで入ることになる。
 でもまあそんなのは、取るに足らない些細な顛末に過ぎない。
 多分それ以上に大事なことをいくつも、俺は見落としているんだ。





 ────水曜日、会社のエレベーターに一人で乗り込んだ松島を、偶然見つける。


 すぐ目の前を通り過ぎて、俺が居ることには全く気づいていない模様。

 かなり久々な感じがするが、たった数日だ。まだひと月経っていない。髪が短くなり印象が変わろうが、間違えたりしない。
 迷わず、上に向かう矢印のエレベーターに、俺も乗り込む。


 突然現れた俺を見て、一瞬大きく目を見張ると、俯くように会釈しながら、「おっ、お、お疲れさまです」と、挨拶をされる。
 不意打ちだったのかもしれないが、どんだけ驚いてるんだ。思わず頬が緩む。真面目にいきたいんだから笑わせるなよ。

 扉が閉まり、静まり返った箱の中、二人だけの空間。でもあと数秒で到着してしまう。


「久しぶりだな、元気か?」

「……はい、元気です」

「それなら良かった。ところでさ、」

 今は話せないから、手短に。

「今週末の土日、二日ともどこにも行かないで自宅にいるから、悪いんだけど時間作って家に来てくれないか? 話がある」

「…………え」

「何時でもいい、あなたの都合で。顔も見たくないほど嫌いなら 来なくていい。その時は、ちゃんと諦めるから」

 タイミングよく俺だけが降りる階に着いて、扉が開く。松島の顔を見ずに、外に出た。


「じゃ、週末待ってます」

「え、どうして、課長待っ────」


 閉まる直前のエレベーターの扉の隙間から、慌てる松島の声が聞こえた。何を言われたかは全然わかりません、聞こえません。


 来なかったらちゃんと諦める、などと言いながら、引くつもりはない。
 松島は必ず来ると、確信していた。






感想 16

あなたにおすすめの小説

恋は秘密のその先に

葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長 仕方なく穴埋めを命じられ 副社長の秘書につくことになった 入社3年目の人事部のOL やがて互いの秘密を知り ますます相手と距離を置く 果たして秘密の真相は? 互いのピンチを救えるのか? そして行き着く二人の関係は…?

憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~

瀬崎由美
恋愛
アパレルブランド『ジェスター』の直営店で働く菊池乙葉は店長昇格が決まり、幹部面談に挑むために張り切ってスターワイドの本社へと訪れる。でもその日、なぜか本社内は異様なほど騒然としていた。専務でデザイナーでもある星野篤人が退社と独立を宣言したからだ。そんなことは知らない乙葉は幹部達の前で社長と専務の友情に感化されたのが入社のキッカケだったと話してしまう。その失言のせいで社長の機嫌を損ねさせてしまい、企画部への出向を命じられる乙葉。その逆ギレ人事に戸惑いつつ、慣れない本社勤務で自分にできることを見つけて奮闘していると、徐々に社長からも信頼してもらえるように…… そして、仕事人間だと思っていた社長の意外な一面を目にすることで、乙葉の気持ちが憧れから恋心へと変わっていく。 全50話。約11万字で完結です。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海花
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。