【完結】黄色い花

中谷ととこ

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あの夜の真相、汐里の独白


〝彼女は俺のことが好きに違いない。お互いにそうなのに今のこの状況はおかしい〟なんて、よく考えるとストーカー的思考。もし違ったら勘違い男の危険人物、立場的にも洒落にならないのだが、そうとしか思えないのだから仕方がない。

 さすがに早朝から現れることはないだろうが、朝のジョギングも今日のところは止めておいた。
 無心で庭の木々に水をやる。朝晩大分涼しくなり、すっかり秋だ。
 今年の夏は、思いがけずいろいろあった。
 ひと夏の思い出にするには、まだ早い。

 今日来るのか、明日になるのか、はたまた予想に反してここには来ないか──わからない。何を話そう? あまり考えていない。
 でももう、何を言われても驚かない。


 さすがに 一日中じっとりと庭先を見て待つわけにもいかないので、リビングでパソコンを開いて仕事の調べものをしていた土曜の正午、待ち人が現れた。

 外から家の中の様子は見えないが、中からは人影が見える。うちのインターホンを押そうか押すまいか、ここまで来てまだ迷っている素振りで、明らかに挙動不審。
 躊躇う様子を、このまま眺めていてもよいのだが、さすがに人が悪いので、勝手口から外に出た。

 午前中でもなく午後でもなく、昼のど真ん中という時間帯。昼飯時じゃないか。そういえば前にここに来た時は、喜んで素麺を食べていたな、と、思い出し笑いしながら。


「おう」

 声を掛けるとびくりと肩を震わせて、弾けるように顔を上げた。

「何をしているんだ? そんなところで」

「……」

 目を丸くして、なぜいるんですかとでも言いたげに、口をぱくぱくさせている。
 そりゃいるだろう、自宅なんだから。

「課長っ! お、お話とは?」

「ん? まあそう焦るな。道端で話すことでもないから、中へどうぞ」

「……あ……ええと」

「急に悪かったな。来てくれてありがとう」

 突然呼び出されて、迷いながらここに来て、見て取れる動揺。なにも取って食いやしない。
 会社に居る時のようなビジネス対応の格好をして、最初の頃と同様、線を引こうとしているのが分かる。

 昼飯は食べたのかと聞こうかと思ったが、まだいいか。昼飯どころか朝も何も食べていないような青白い顔をして、少し痩せたような気がする。たった数週間で。


「熱いほうじ茶、飲むか?」
「いえ、大丈夫です、すぐに帰りますので」
「うん、そうか」
「お話とは?」
「……うん」

 松島が倒れた時に使用した和室前の、広めの縁側に、無造作に腰を下ろした。
 疲れていたり 気分が落ち着かない時、よくここに座ってぼーっとする、安定の居場所。
 室内よりも開放的な場所の方がいいと思い、松島に隣に座るよう促すと、俺が座った所から一、二メートル離れた端の方に、遠慮がちに座った。


「わかってると思うが、仕事の話ではなくて」

「……はい」

「本音が聞きたくて。今 松島が、何を考えているのか」

「……」

「なぜ逃げる? どうして嘘を吐くんだ。理由があるなら聞かせて欲しい」

「……逃げて、ません、嘘も、吐いてないです。課長の言ってる意味、わからない」

 たどたどしい話し方で、否定される。

「そうか? けど松島は俺のことが、相当好きだろう? 人として好きなだけで男として見れない、恋愛感情ではないって、あれは嘘だ」

「…………は」

「節穴だと思うなよ、わからないわけがない」

「す、すごい自信」

「自信ではなく、事実だ」

 そう言うと、やっと顔を上げてこちらを見た彼女と、目が合う。
 眉が寄り、なんとも言えないような表情で、震えるように息を吐く。


「……事実じゃありません、嘘、言ってない。課長のことは好きじゃない、理由はこの間お話した通りです」

「そうか、わかった。だったら嫌いだって言えよ、ちゃんと俺の目を見て、しつこくて困る、うんざりだって」

「……」

 俺を凝視したまま、固まって何も言えなくなる。なぜそんな顔をするんだ、お断りされているのは 俺の方だぞ?

「ドライブに行った日、ホテルに行ったのが嫌だったか? 俺との、ああいう行為自体がダメだった? なにか無神経なことをしたのなら、教えて欲しい、知らずに傷つけてしまったんだとしたら、謝りたい」

「違います、全然違う、嫌なわけない」

「……ならどうして? あの時は、あまりにも唐突で怯んでしまったけど、こんなんじゃ俺は納得できないぞ。何かあるなら、包み隠さずに言って欲しい。頼むから 自分一人で完結させないでくれ」

「……」


 シンと静まり返り、少しの間があって、絞り出すように口にしたのは、


「──ごめんなさい」


 謝罪の言葉。

 顔を上に向けて、両手で覆いながら。松島の中に、俺には言えない事情があるのか?


「……なにが?」

「最初から全部」

「最初から、全部?」

「悪いのは私です、課長は何も悪くない」

「……」

 まだ何も聞いてないのに、なぜだか居た堪れない気持ちになり、胸が騒めく。何をそんなに……。


「最初にここに泊まった、夜のことか?」

「…………はい」


 観念したかのように、きっかけとなったあの夜のことを話し始めた。



「──課長が泥酔して記憶を失くした、あの夜のことですが……」

「うん」

「お店で偶然、課長たちと会って、私が一人でここまで送って、課長がシャワーを浴びて寝てしまったところまでは、本当です」

「……うん」

 じゃあなんなんだ、俺と関係を持ったというところか? それに関しては、ぽつりぽつりと思い出される記憶があまりにも生々しい。
 キスをした、彼女の身体に触れた。それらは全て感覚としてある、朝の状況から見ても、事実だ。


「同期の方と課長、本当に仲がいいんですね。お互いに気を許してる感じで、慕われてて」

「まあ そう、あいつらはな、長い付き合いだから。何を話したのか全然覚えてないけど」

「お二人ともすごく課長のことを信頼しているようでした、厳しいけどいい奴なんだ って。それがすごく嬉しくって、そうでしょ、うちの課長はすごく素敵なんですよって。帰ればいいのに私、楽しくなってしまって、帰りたくなくなって……。タクシーで送ったのも、ただ私が送りたかっただけです。課長は大丈夫だって断ったけど、心配だったから」

「そこら辺の記憶は全く無いけど、松島が心配するのは当然だ、ありがたいだけだよ」

 そう言うと 少し照れたように笑みを浮かべて、こくりと頷く。

「……玄関で服を脱いで、裸で浴室に向かったのも本当です。身体を拭きながらぼんやり寝室に入っていって、服を着ないでそのまま、布団かぶって寝てしまいました。私それを、部屋の外から見てて」

「うん、だよな。前に聞いた通りだ」

「わかりませんか?」

「なにを? ……わからないけど」

「課長はちゃんとベッドに寝たんですよ。私はその時点で帰ればよかったんです。鍵をかけてタクシーを呼んで。……だけど私、そうしなかった」

「いいんだよ、泊まってくれて。具体的に何時だったのかはわからないが、遅い時間に一人で帰らせる方が心配だし気が引ける。まともな時なら、間違いなく帰るなって言ってたと思う」

 それを聞くと、溜息を吐いて苦笑する。
 どこまでお人好しなんですか、と。
 いやいや、そういうことじゃないだろう?

「私、課長が息をしているか確認するだけって言い訳しながら、寝室に入りました」

 真剣な表情で庭を見る横顔から、目が離せない。


「あの、少しだけ話が逸れるんですけど──私ね、課長のいろいろな情報を、知ってるんですよ。二川ちゃんからも時々言われるんです、〝汐里さんて何気に課長のこと詳しいですよね〟って。……たしかに。なぜか課長通」

「は?」

 話の流れをぶった切るように、突如自慢げに語り出す。何の話か。

「それってなんでなのかな~? って、不思議だったんですけど、なんのことはない、誰かが木藤課長の話をしていると、気になって、つい話に交ざってしまうからなんです。〝え、なになに、聞かせて?〟って、自ら情報収集しているという」

「うん……」

 何を言いたいのかわからないが、頷きながら黙って耳を傾ける。

「けして、人の噂が好きな下世話な人間ではないはずなんですけど、木藤課長の噂話は大好物。だから私、会社の中の誰より詳しい」

「噂話ってどんな? 噂なるようなネタは無いけどな」

「なんてことのない話です。F町のご自宅に一人で住んでいて、会社には車で通ってるとか、たまにバイクに乗るとか、この間何処どこで見かけたとか好きな食べ物とか行きつけの店とか、もっといろいろ」

「うん、別に内緒にしてることでもないし」

「それからですね、たくさんの人が話していても、課長の声だけが私の耳に通るんです。聞き取りやすい声だなって、疑いもせずずっとそう思ってました」

「あまり言われたことはない。どちらかというと、聞き取りにくい声だと思うが」

「ですよね、低い声ですし……。それもこれも、なんでかな~? って、わからなかったんです。……でもあの日ね、」

 松島は、離れて座っていた場所から一歩近づいて、その場に正座をする。

「あの夜、気づいたんです」




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