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あの夜の真相、汐里の独白
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「課長が寝ているベッドの横に座って、ベッドに肘を置いてこうして、結構長い時間、課長の顔を見てました」
「長い時間て」
「うーん、三十分、一時間くらいですかね? もっとかな? いくら見ていても飽きないんです。……ほぼ全裸にタオルケット一枚掛けて、すーすー寝入っている課長見ていたら、たまらない気持ちになってきて、なんだか泣けてきて。……目が離せなくなりました」
泥酔してるおっさんだろう、酒臭かっただろう、三十分、一時間!? と、突っ込みどころ満載だが、何も言えなくなり、息を飲んだ。
「今この時間が、幸せだなあって。このままずっと見ていたいって。ああそうか、私はこの人のことが大好きなんだ、って」
「……」
「課長のことに詳しいのも声が特別に聞こえるのも、好きだからです。私が課長のことばかり考えているから。……この歳まで、誰かにそんな感情を持ったことがなかったから、自分の気持ちに本気で気付かなかった。馬鹿ですよね、もうずーっと前から、私は、」
「松島」
「はい?」
「そろそろ抱きしめてもいいですか」
「だ、ダメです、ちゃんと話聞いてますか?」
「……うん、聞いてますけどね?」
ものすごく場違いなことを言ったような目で見られ驚かれるが、大人しく聞いていられる訳がない。さっきからもう この人が何を言っても、可愛くてしょうがないのだから。
顔が見たかったのも好きなのも、俺も一緒だ。何にそんなに怯えているのかわからないが、もういい、充電させてくれと思いながら、
とりあえず聞きますよ、最後まで。
「課長が私の好意を知ったところで、受け入れてもらえないのはわかってました。最初から、悩んでももらえない。課長は私のことをそういう目では見ていなかったもの。二川ちゃんならまだしも」
「二川?」
松島の口から出た二川の名前に、ギクリとする。意味深なその言い方に。
「だって二川ちゃんは、課長のお気に入りじゃないですか。見てれば分かります。だから、ショックでしたか? あの日あんなに 記憶を失くすまで飲んだのは、彼女の結婚が決まったからですか?」
「ん?」
結婚が決まったからって…………え?
「いや、ショックなんて微塵も感じていない。おめでとう って、ただそれだけだ。そもそも泥酔したあの日の時点で、二川から結婚の報告は受けていない、全然違うよ。たしかにちょうどその頃かもな……でも聞いたのはあの後だ。それにもう、二年も前の話で」
「二年も前の、話?」
言ってから、あ、しまったと思う。
そして失言は続く。
「ふたり、つき合ってたんですか?」
「つき合ってない全く。とっくに断られてる」
「課長が、口説いてたんですか? それで二川ちゃんに、振られたってことですか……」
「いや、だから、それはつまり……」
しどろもどろ、最悪だ。
二川は、職場内での俺の立場も考える人だ、いくら仲が良くても、おそらく松島にも誰にも話さなかっただろう。
だが今ここで適当に誤魔化すのは、得策ではないと判断する。松島に、下手な言い訳は通用しない。
「二川が、一人暮らしの物件が見つからなくて困っていた時に、家の部屋なら空いてるぞと言った。結婚した今の旦那とつき合い始めた頃で、冗談言うなと笑われた。好意は、あったと思う、だから振られたかと言われれば、そうだろうな。けどそれだけだ」
「それだけって、それだけじゃないじゃないですか。家に住めばいいなんて、そんなの課長、余程本気じゃないと言わない」
「そうは言ってもそれだけなんだよ。言いたくなってつい言ってしまっただけだ。忘れられず引きずってるなんてことも一切ない、仕事の仲間として信頼しているが、それ以上の気持ちはない。悪いが 縁のなかった相手をいつまでも一途に思うような、俺はそんな切なげな男ではないぞ」
なにを言っても墓穴を掘ってしまうが、どうしてよりによって松島が、誰も知らないはずの俺の気持ちを知ってるんだよ。変な汗が出るじゃないか。
目の前の松島が急に黙って、眉間にぎゅっと皺を寄せる。
「松島?」
「……私は、二川ちゃんとは気が合うし大好きなんですけど、課長が呼ぶ『二川』って文字は、すっごく嫌い。ツーカーでわかり合えてる感じが妬ましくて……嫌い」
妬ましいって……いやいや、そんな馬鹿な。
「課長が三、四年前につき合ってた人が嫌い、クリスマスに花束を渡した彼女も嫌い」
「クリスマスの彼女って誰だよ、その真相は知ってるだろう? 花は自宅用に買っただけだって」
「その時は知らなかったからずっと悲しかったですし、憂鬱でした!」
架空の彼女にまで嫉妬しないで欲しい。
けれどその情報察知能力、侮れなかった。
つい最近の、あの出来事にまで及ぶとは。
「先週も、誰かと一緒でしたよね? 課長は私じゃなくても、一緒に食事する人も、ホテルで過ごす人も、いっぱいいるんですよね!」
「先週? ちょっと待て、なぜその話知って」
一体どこでそんなホットな情報を?
一週間前の話だぞ、俺に監視カメラでも付けてるのかよ。
「総務の高木さんが、『木藤課長って恋人居るんだね、大和撫子みたいな人と二人で歩いてたぞ、隅に置けないな』って、私に言ってきました。部下だったってだけで、課長のプライベート事情を知ってると思ってるんですもん。私と一緒にいるところを見られたのかと思ったけど……違った。私は全然大和撫子じゃないし、この一か月は家に籠ってたもの、私じゃない」
ああもう、なぜピンポイントに彼女に伝わるんだ、勘弁してくれ。
「誤解だよ、何言ってんだ高木君は、思い込みが激しいんだ、昔からそう。そんな訳ないことくらいわかってるだろう?」
「じゃあ何だったんですか?」
「……それはだな、話すと長くなるんだよ」
後でちゃんと話すから、先を聞かせてくれ。
若干不満そうにしながら、なおも話は続く。
「私が気持ちを伝えたところで振られるな、って、自覚と同時に失恋を悟りました」
「……」
しつこいようですが、お断りされているのは俺の方です。
「知られたら距離を取られて、こんなに近くで見ることはできなくなる──そんなの絶対嫌、じゃあどうする? ああ、明日の朝までここに居て、〝昨日課長酔っ払っちゃって家まで連れて行くの大変だったんですよー〟って恩を着せて、〝御礼はごはんでいいです〟とか言って。そしたら多分、岡谷さんや皆も誘ってちょっといいランチをご馳走してくれるのだろうな、課長はそういう人だから……。私だけ特別扱いはしてもらえない。リスクを冒してまで好き好んで二人だけで食事に行くなんてしない、そんな未来が見えてしまいました」
「ずいぶん具体的だな、そこまで考えたか」
「だって実際そうでですよね? そうか松島は俺のことが好きなのか、じゃあお互いに独身だし試しにつき合ってみるか、なんて、課長は絶対にならない。これまでも社内で誰かいたんじゃないですか? 課長を好きになった人」
「……」
ここ最近はないが、若い頃ならちらほらと、なくはない。
「ほらね」
「そうは言っても、今こういうことになってるじゃないか。何度もお試しの時間を過ごした上で、俺はつき合いたいと思っている、NOと言ってるのは松島の方だ」
「だからそれは、私がズルしたからで」
「は? ずる??」
「……」
でもまあ、そうかもしれない、松島の読みは正しい。
数か月前のあの時点で告白されたとして、踏み込まない一線は引いただろう、大体は合っている。
松島汐里が嫌いだからじゃない、敢えて自分から部下を選ぶことがないだけだ。二川は例外で、自然と好きになってしまった場合はどうしようもないが、基本的に恋愛対象として見ていない。職場内でのリスク回避、面倒を避けるため。ただそれだけの理由で。
「三十年生きてきて初めてですよ、自分で自分にときめきました、良かったじゃん、て。それなのに諦めなくちゃならない、辛い、勿体ない。この先また人を好きになるのは何年後だろう? 三十年後? 私、六十じゃん……って」
それはあまりにも極端で、計算がおかしいと噴き出しそうになるが、目の前の彼女があまりにも真面目で真剣なので、堪える。
「こんなに好きになって、どうしたらいいんだ、って。心細くなって、思わず課長の名前を呼んで、でも返事はなく ぴくりとも動かなくて、それで……」
「…………それで?」
「見ているだけでは飽き足らず、触りました、最初は、手を」
「最初は、手?」
「………はい、手を。繋いだり絡めたりして、反応がないのをいいことに、調子に乗って腕と肩も、顔とか頭も……止まらなくなって、むき出しの胸にもこう、直に」
「はは、直にな、そりゃそうだ裸なんだから」
照れているのか、言いづらいことがあるのか、大きく息を吐き、しばし固まる。
「課長の身体が、酔ってるからものすごく熱くて、触り続けていたら私どうしても……、その温もりが欲しくなった」
「……」
どれだけの時間そうしていたのかわからないが、まな板の上の鯉状態でのほほんと寝ていた自分が恨めしい。
「着ていた上着を脱いで下着姿になって、自分から課長の寝ているベッドに入りました」
とんでもない悪事を白状するかのように、
神妙な顔でそう言った。
手慣れた女性ならわかるが、そういった経験はないだろう松島が、どんな気持ちでそんな行動に出たのか。考えると、胸にくる。
「……おかしいですよね、経験もないのに私、一度でいいから抱かれたいって、思いました。一夜の過ちということにしてもらえないだろうか、課長は経験が豊富だろうし慣れているから、きっと大丈夫じゃないかって、超自己中な考えで、素面では無理だけど今なら、むしろ今しかないと思いました」
「……なるほどな、いろいろってそういう」
「ここまで聞いて、怖くなりましたか? き、嫌いに、なりました?」
「ならない。松島、ちょっと一旦落ち着こう」
「お、送り狼を、したんですよ、私が。課長は全然そんな気なかったのに。……いや、そんな軽い言葉では済まされない。これはもう犯罪の域、女性と男性が逆なら間違いなくそういう、いや、逆じゃなくてもそうか」
言葉を挟む隙がないくらい一気に喋り、胸に秘めていた真相を明かし始める。
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