【完結】黄色い花

中谷ととこ

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【後日談1】

一か月後の二人、私、お酒には強いので side汐里①


「──そういえば汐里さん、聞きました? 木藤課長、つき合ってる人がいるみたいですよ?」

「え?」

 会社ビル内のカフェテリアで、偶然 元いた課の同僚達と出くわした。
 二川ちゃんと、岡谷さんと野島さん。ここ二、三年(二川ちゃんにいたっては四年以上)毎日のように顔を合わせていた人達で、気心は知れている。久々に一緒に昼食を取っていると、そんな話題になる。


「この間めずらしく課の飲み会があって、あ、新入社員二人の歓迎会だったんですけどね」
「うんうん」
「そのうちの一人が、本人にさらっと聞いちゃったんですよ~、『木藤課長ってご結婚されてないんですか?』って」
「あらまあ、怖いもの知らず」
「でしょ? で、そしたら課長────」


 その飲み会があったことは知っていた。
 新しい人の歓迎会と言ってた、あれか。
『楽しかったですか?』と聞いたら、『ああ、いつも通りだった』と言っていたが、詳しい内容までは聞かなかった。


「〝結婚はしてないけど彼女はいるよ〟て!」
「え、ええ……」
「みんな一斉に『え!?』ってなって。声には出さなかったですけど」

 それは、私もその場にいたら かなり驚いたことだろう。

「こっちは話の続きが聞きたくて耳ダンボだけど、男性社員に囲まれて盛り上がっててよく聞こえなくてさあ。どうも最近らしいよ、つき合い始めたの」
「そうなんだ、最近……」
「めずらしくないですか? 課長、プライベートの話なんて一切しないのに。恋人がいるとしても適当に流しそうなのに、肯定するなんて」
「ほんとだね、めずらしい」
「これは汐里さんに教えなくちゃって」
「えっ、なんで私に?」
「だって汐里さん、課長ネタ面白がって情報収集してたじゃないですか。あれ、なんか驚いてない。すでに知ってました?」
「いやいや、はじめて聞いた、すごいびっくりしてる!」
「……」


 何も言わず黙々と食べている二川ちゃんが、ちらりと私を見る。……なんですかその視線、なんか言われそう。
 岡谷さんと野島さんが午後の打ち合わせ準備のために先に戻り、二川ちゃんと私、二人だけがその場に残った。


「私コーヒー飲むけど、二川ちゃんも飲む?」
「あ、飲みます、どうもありがとう。……ところで汐里さーん」
「はい、なに? ブラックでいいの?」
「課長の恋人って、もしかして汐里さん?」
「は、あっ? まさか~」 

 両手が塞がっている状態で突然そう聞かれて、なにを馬鹿なことをと誤魔化そうとしたけれど、動揺して声が高くなった。
 ああ、ダメだ失敗したっぽい。

「わかりやす! ほんとにっ?」
「いやちがう、ちがうんだよ、なんでかな?」
「なんでかなって、だって、野島さんも言ってたけどいつもだったら絶対に食い付くような話題なのに、へえ、とか、ふう、とか興味無さそうに。明らかに不自然だから!……っていうか異動の話が出た時から、なんかぎこちなかったよね? 二人」
「いやいや、ぎこちなくない、誤解で、」
「……ふうん、そうですか。じゃあ課長に聞いてみようかな」
「だっ、だめ、だめ絶対」

「────いつからですか?」

「……」

 肯定していないのに、隠しても無駄だからねと自白させられる。
 二川ちゃん、見た目はほんわかしている癒し系だが、私の数倍鋭いし頭が回る。

「先月、からです……」
「やっぱり!」
「声、おっきい」

 なぜかすごく嬉しそうに、「汐里さんは ずっと好きでしたもんね!」と言われて、「ずっとっていつから? 私そんな態度してた?」と、項垂れながら聞いてみる。

「そりゃもう、一、二年位前から確信してましたよ」
「教えてくれよ、私自身がわかってないのよ」
「だから何度か言ったじゃないですか、でもその度に本気にしないから」

 本当に間抜けな話だが、事実そうだったのだろう。恋愛小説や人の恋話を聞くのは好きなくせに、自分のこととなるとピンとこない。
 ある特定の人物に対する異常な興味を、執着を、恋愛感情だと気づかぬまま二年も過ごしてしまった。


「言わないでね? 課長本人にも話したこと内緒にしてくれる? お願い二川ちゃん」
「いや聞けないですよ、仕事中の課長にそんな話できるタイミングないし。でもなんで? 隠れてつき合ってるの?」
「ていうか、うん、社内だし、まだ誰にも言わないで欲しいって、課長にも言ってる」
「でも、皆の前で恋人がいるって認める時点で課長の本気度がわかるというか、将来的には……なんて気が早いか、すぐに結びつけるのはよくないですね。多分、自然とバレると思いますけど、汐里さん嘘吐けないし」


 木藤課長が選ぶ女性は、さぞかし素敵な人だろうと、前に考えたことがあった。
 課長も見た目は背が高くシュッとしてて格好いいし、仕事をする上では言わずもがな優秀で、生活基盤もしっかりしている。
 彼の横に立つ人はきっと、美人さんで頭脳明晰で、並んだら絵になるような人じゃないか、課長はパートナーを大切にしそうだし、いいなあ……なんて。
 なぜそんなことを考えたのかは忘れてしまったが、その妄想の中にいた完璧女性が、まさかの私って。…………ないない。


「いや、美人だけどね、私かて」
「あはは、ほんとそうですよ、自分でもわかってるじゃないですか」
「容姿の話をしてるんじゃないのよ、それは置いておいてトータル的に見て、なぜ松島!? ってなるじゃない。課長ほどの男が、わざわざそこにいくか!?って思われちゃうじゃない」
「誰も思いませんよ」
「だって私、これまでずっと独りだったんだよ? 誰にも見向きもされず」
「違う違う、見向きもされないんじゃなくて、汐里さんに惹かれる男なんてごろごろいたはずですよ」
「そんな訳ないの二川ちゃん、実際そうだから、モテたことないし」

 第一印象はまだ良くても、話をするうちに、〝松島さんて変わってるね〟と、敬遠される。自覚はないが、おかしな言動があるのだろう。いつの間にか対象外になっている。
 たまに変な人からぐいぐいこられたりもするが、そういう強烈なのは当然苦手だし。
 異性の友人もそれなりにいるが、恋愛に発展したことは一度もない。
 何故そんなことを言われたのか覚えていないが、以前、「正統派美人だけどそそられない、変わりもので会話が噛み合わないし、彼女にするにはちょっとな、残念な美人って感じ」と、耳にしたことはある。
 ひどい言われようだが たしかにそうかも、だからか、と、妙に納得してしまったけれど。


「それ、汐里さんに好意があったのに相手にされなかった人の負け惜しみでしょ? 何様ですか、つまらない男だっ、酷い」
「誰に言われたのかも覚えてないのに、残念な、って言葉だけ頭に残っちゃってね。でも、真っ当な評価だと思ったけど」

 二川ちゃんは眉間に皺を寄せながら首を横に振る。

「汐里さんが興味ある男性って木藤課長以外に知らないけど、汐里さんて、ものすごい厚くて高い鉄壁の中にいる人じゃないですか、恋愛モードゼロだからね? 隙が見当たらないの。モテるモテないじゃなくて、汐里さん自身が恋愛する気ないんだもん。馬鹿じゃなければわかりますよ、これは脈ないなって」
「……私、彼氏欲しいって言ってなかった?」
「言ってただけ」
「……その発想は無かったけど、だとしてもよ、私に課長は勿体無いから、ちょっとね」
「なんでそうなるの~。汐里さん外見も中身もめっちゃ可愛いんだから 自信満々でいてよ。課長も絶対そう思ってますって」
「あはは、まあまあ、そうだったら嬉しいわ」

 優しい、癒しだなあ、二川ちゃんは。本当に可愛いのは彼女みたいな人だと思う。
 課長と二川ちゃんがもしどうにかなっていたら、私は自分の恋心にも気づかずおろおろ泣いて、おかしくなっていたのだろうか。


「二川ちゃん的には、課長は対象外だったの?」

 ずっと気になっていたので思わず口にすると、目の前の彼女は口に入れたばかりのコーヒーを、ブハッと吐き出した。

「ちょっとちょっと、どうしたの、猫舌? そんな、マンガみたいに」
「な、なんの話ですか?」

 慌てふためく様子を見て、ああそうか、二川ちゃんは誰にも言わずにいたのだろうと思った。何事もなかったかのように、いつも通りに、空気を読んで胸にしまって。

「だって、見てればわかったよ、二川ちゃんが課長のお気に入りだって。いつの頃からか前ほど話さなくなったよね? どうしてかなって気になってたから、二川ちゃんの結婚が決まった時、課長ショック受けてると思ったの。お二人の関係は? って聞いたら白状しました」

「なにを!?」

 ずっと、二川ちゃんには気を許していること、信頼関係に嫉妬(後から考えると)していたけれど、最近は、一番近くにいるのは私じゃないかと、あまり気にならなくなった。
 好きだったくせに、慌てて否定していた課長を思い出すと、笑えるくらいに。

「いや、なんていうか、広い意味で人間性を気に入ってもらっただけで、深い意味はなかったんですよ」
「うん、ごめんごめん、人間性を気に入っただけじゃないとは思うけど、焼きもちはもう焼かない。……普通聞かないかこんな話、ちょっと気まずいもんね」

「気まずいって自分で言ってるじゃないですか。いいですけどね、汐里さんだから」

 こういう非常識な言動が重なって、変な人、残念って、思われるのだろうなあ……あまり大幅に変われる自信はないけれど、気を付けよ。


「二人の馴れ初め、めっちゃ気になる」
「ああ……うん、それね、あまり大きな声では言えない内容だから……」
「え、なんですかその、意味深な言い方」
「へらへら話すことでもないんだけど……実は私が、送り狼しちゃって」
「は?」

 ぎょっとした顔で固まり、顔を寄せてくる。

「どういうことです!? 予想外のきた、送り狼?」

 二人とも、勿論小声である。

「犯罪すれすれかもしれない、許してもらったけど。それに私この歳ではじめてだったのに、そんな大胆なことよくできたと思うよね、必死だったというか」
「待って待って、情報量多すぎる。もう戻らなくちゃいけない時間じゃないですか!」
「そんな大した話じゃないのよ、私がただやらかしたっていうね」
「近いうち飲み行きましょ、二人で」
「うんいいよ。それより二川ちゃんて、もう二川ちゃんじゃないじゃんねえ、……新田ちゃん? なんか別の人みたいだなあ、慣れない」
「そこはもう名前で呼んでよ」

 まあそんなこんなで、今日は金曜日。課長は出張中で、明日の昼過ぎに戻る予定になっている。週末は、一緒に過ごせる。



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