花さんと僕の日常

灰猫と雲

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過去

乃蒼の章 「La promesse brillante/Partie 4」

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なっちゃんは変なところにこだわった。
「呼び捨てで良いってば!」
そう言われても誰かを下の名前で呼び捨てにしたことがなかった私はブンブンと首を横に振った。
「敬語も使わないでよ」
それにも私はブンブンブンと首を横に振った。
なっちゃんには嫌われたくないし好かれたい。
困ったなぁ、となっちゃんは困った顔をする。
「じゃあこうしようよ。私は乃蒼のこと、のんちゃんって呼ぶね。だからのんちゃんは私に敬語使うのやめよ?ね?これでおあいこでしょ?」
おあいこにはならないと思う。
けど友達なのに敬語なのは変だとも思う。
なので私は頑張ってイレーヌと話すようになっちゃんとも話をすることに決めた。
私は賢い子どもであると同時に、決めた事は必ずやる責任感のある子でもあった。
だから最初は「ナっチャん」とぎこちなく呼んでいたけど、3日もしないうちに「なっちャん」とスムーズに言えるようになっていた。
「ねぇ、なんで乃蒼は無視されてんの?」
デリケートな話をこうもあっけらかんとするなっちゃんはとても清々しい。
私は初めてできた友達だし、何よりなっちゃんなら教えても良いと思っていたけど、どこから説明したらなっちゃんは理解してくれるのかわからなくてしばらく考え込んでしまった。
「ごめん、言いたくないならいいよ」
と少し悲しそうな顔をしたので慌てて違う違うと否定した。
けれど説明するにはちょっと難しいから明日まで待ってと言うと
「真面目なんだから笑」
とさっきの悲しそうな顔は吹っ飛んで代わりにキラキラした笑顔を私にくれた。
なのに!
「え?私そんなこと言ったっけ?」
と次の日の放課後にはすっかり忘れていた。
なっちゃんはとても良い子だけど時々とても気分屋だ。
責任感のある私は昨日の夜一生懸命考えたのに。
自分が純粋な日本人ではない事を話すのは勇気がいるし、でも大好きななっちゃんには知っておいて欲しいし、だけど初めてできた友達に嫌われたらどうしようとか不安になったりしたのに!私は顔に出ていたのだろう。
「ごめん。怒んないでよ。聞かせてよ、のんちゃんの話」
とまるで昔話を聞くようにそう言った。
帰り道の途中にある公園に寄り道し、滑り台の横にあったベンチに腰掛け、私はランドセルから原稿用紙を6枚を取り出して膝の上に置いた。
「もう、真面目なんだから…」
私は原稿用紙を読み上げた。
なっちゃんは黙って聞いていた。
私が日本人ではない事や、保育園で喋らなくなった事、自分が何者なのかわからなくなった事、嫌われるのが怖かった事、勇気を出して声をかけた事、突き飛ばされた事、許さないと言われた事、エクレアを捨ててしまった事、そして笑えなくなった事…、原稿用紙のほとんどが私がなっちゃん以外には知られたくない過去だった。
だからなっちゃんがどんな顔をして聞いているか不安で、読みながら何度も何度もなっちゃんの顔を見ていたけど、結局なっちゃんは最後まで無表情のまま私の半生を聞いていた。


ねぇなっちゃん?こんな私と友達でいいの?
私、日本人だけどガイジンだし、みんなから無視されてるし、何にも持ってない。
でもなっちゃんはキラキラして素敵だからきっとそのうちまた皆がなっちゃんのこと好きになるよ。
話をしてくれるようになるよ。
そんな時、私がいたらきっと邪魔だよ。
周りの子もきっとそう思う。
私は1人でも大丈夫だから、そうなった時は私なんか気にしないでみんなと仲良くして。


作文を元のように綺麗に折りたたんで、ランドセルにしまった。
泣くつもりはなかった。
泣いたら卑怯だと思った。
私は賢くて責任感がある子どもだったけど、泣き虫なのが欠点だ。
昨日これを書いた時にたくさんたくさん泣いたのにまだ涙が溢れてくる。
なっちゃんは優しいから私が泣いたら困ってしまう。
だから昨日のうちにいっぱい泣いたのに…。ごめんね、なっちゃん。
なっちゃんはベンチから立ち上がった。
そうだよ、そのまま帰っていいんだよ。
私はイレーヌがいるからきっと大丈夫。
一生できないと思ってた友達が出来た。
私の最初で最後の唯一無二の友達がなっちゃんで本当に良かっ

パンっ

右耳の近くで風船が割れるような音がした。
遅れて右のほっぺたがジンジンと痛み出した。
目の前にいるなっちゃんの顔はさっきの無表情から一変して修羅のような顔だった。
綺麗な修羅だった。
「乃蒼は私と友達なのが嫌なの?」
私はびっくりして何度も何度も首を振る。
「じゃあなんでそんなこと言うのよ?ガイジンだから?私は乃蒼が日本人にしか見えないよ。言っておくけどね、私は自分が無視されたから一緒に無視されてる乃蒼と友達になったんじゃないからね!私は最初に教室に入った時から乃蒼と友達になろうって決めてたんだからね!」
また私はびっくりして今度は力強く首を右に傾けた。
「乃蒼がキラキラしてたから。色が白くて目が綺麗でお人形さんみたいな顔してて、そんな人、東京にいなかった。乃蒼を最初に見た時、絶対仲良くなるってそう思ったの」
私は三度(みたび)びっくりして首を左に傾けた。
私がなっちゃんと同じキラキラ?
「やだ。友達やめない。呼び捨てにしてくれないしまだ敬語だしその敬語もぎこちないし無表情だからどんな事考えてるのかわかんないけど、乃蒼と友達やめるの嫌だ。絶対に嫌だ」
そう言い終わると私は四度(よたび)驚く事となる。
なっちゃんはそのイメージとは逆に突然わーんと泣き出したのだ。
そのギャップたるや物凄く、どんな声をかけてもなだめてもすかしても一向に泣き止んでくれなかった。
途方に暮れかけた時ふと母のことを思い出した。
私はなっちゃんを抱きしめ、その綺麗な黒髪を優しく優しく撫でた。
母が泣き止まない私をそうやって落ち着かせてくれたように。
少しずつ泣く声が小さくなって、1つグスンと鼻をすすった後なっちゃんは泣き声のまま
「ほらね。やっぱり友達になって良かった」
と言った。
なんで?と聞くと
「乃蒼は優しいから」
とイレーヌのように私を強く抱きしめ返してくれた。
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