月の声が聴きたくて ~恋心下暗し~

沢鴨ゆうま

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第一章

第二話 傷心も空腹に屈する

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「ああ、神様! なぜこんなに健気な少女の恋を裂いたのですか?」

 送電鉄塔が建っているだけだった丘陵地帯。
 一時期の建築ラッシュによって住宅が立ち並んでいった。
 一瞬のうちに新興住宅地と化し人が流れ込んだこの町。
 今ではその頃の初々しさも色褪せてしまっている。
 年季の入った町や建物と同じく家持ちの新人さんだった住民もいよいよこなれてきた。

 日向《ひなた》町。

 その名の由来に違わず、春を予感させるぽかぽかとした暖かさを連れた日差しが当たっている。
 その中にこの失恋したであろう高校二年生の少女の家がある。
 赤ワイン色の屋根を被った小振りな二階建て。
 その二階にある自室の窓には両手を組む一人の少女。
 少女は神様に苦情を訴えた後、町の景色をぼ~っと見ている。
 この家の長女、綿《わた》志《し》賀《が》 早貴《さき》である。

「おねぇちゃ~ん、ご飯だよーっ」

 一階から早貴の妹で中学二年生、香菜《かな》の声がする。
 早貴はふと現実に戻ると、お腹が減っているのに気づいた。

「もう一時か。ごはんた~べよ」

 窓を閉めて一階へ降りて行く。
 一階からは昼食のスパゲッティにかけるミートソースの香りが鼻をくすぐる。
 それを調理する母親と、手伝いをしている妹の香菜がいた。

「日に当たるとあったかいけど、まだ寒いわね」

 メタボスタイルな湯沸しポット。
 早貴は少し温もりを感じるそのお腹を両手のひらで抱えた。

「あんた、寒くない?」

 パイル地のキャミソール&ショートパンツという姿の香菜を横目で見ながら聞いた。

「ん? ぜ~んぜん。丁度いいよ」

 香菜は、寒さに滅法強い。
 一方早貴は、保温効果の高いインナーや靴下は言うまでもない。
 長袖Tシャツにフリースを重ねてさらにどてらを羽織っているのだ。
 下はロングスカートを穿いている。
 二人を傍から見ると季節がいつなのかわからなくなってしまう。
 香菜を横目で見ながら食卓の椅子に早貴は座る。

「ところでおねぇちゃん、失恋の副作用は治……いったぁー!」

 早貴は、どてらのポケットに入っていたのど飴を二~三個掴んで香菜に投げつけた。

「まだだったの……」

 昨年の最悪なクリスマスデート。
 彼氏に納得いかない理由で一方的に別れられた日から丁度三か月が経っていた。

「一筋だったのに……。男なんか、男なんか ――ぶっ殺しちゃるっ!」

 早貴は勢いよく立ち上がり、鬼の形相で香菜に向かい出す。

「ぎゃぁーっ! 鬼ババだぁっ!」

 香菜は、持っていた木製のお皿を荒っぽく置いて逃げ出す。
 逃がすか、と母親の持っていたお玉を奪い取って早貴は香菜を追った。

「ほんっとに元気な子達」

 満足顔の母、時子《ときこ》であった。

「ぎえーっ、助けてー!」
「ぶっ殺しちゃるっ!」

 綿志賀家は戦場と化した。
 そんな中、休戦を要求するかの様にインターホンが鳴る。
 ヘアスタイルを乱れに乱れさせながら格闘している二人がピタッと止まった。
 次の瞬間二人はそれぞれ常に携帯しているヘアブラシを取り出す。
 続いて玄関の鏡を見ながら慣れた手つきで頭髪にブラシを通す。

「あんたはショートボブなんだから、ブラッシングせずにナチュラルがいいんじゃないの?」
「わかってないな~。前髪を絶妙なバランスで分けたり、耳をチラ見させたり、後ろだって綺麗な丸みを出さないと。おねぇちゃんこそあんまりブラッシングすると枝毛が増えるよん」

「枝毛と上手く付き合えなきゃ、ロングは語れない」

 二人共ストレートヘア。大変そうかも、と思いつつ猫っ毛に憧れている。
 憧れつつもストレートヘアなりのヘアースタイルをそれぞれ楽しんでいる。
 ざっと十秒程で仕上げ、競う様に二人同時にドアを開ける。
 開けるとそこには呆気に取られている郵便配達員が立っていた。

「あ、あの……、小包です」

 先陣を切ったのは香菜だった。

「ご苦労様です。はんこ取ってきますね」 

 香菜は踵を返し、はんこを取りに家内へ走っていった。
 ふっふっふっ、あたしが持っているのだよとニヤリ顔の早貴が配達員に向く。
 配達員は不信な面持ちになっている。
 当然だ。
 ドアを開けた際に味わった姉妹の勢い。
 さらには早貴のニヤリ顔を目の当たりにしたのだから。
 それを知ってか知らでか、早貴はニヤリ顔をにっこり他所向き笑顔へ瞬時に変える。
 何も無かったかのように配達員への対応をする。

「こちらでいいですか?」

 一方香菜は、部屋中を動き回ってあるはずもない印鑑を探していた。

「無い、無い。どこいっただぁ」
「あんた、何やっているの?」

 早貴は慌てている香菜を尻目に、縦二十、横三十、高さ三十センチの小包を運んでいる。

「へっ? なんでぇ??」
「朝、バス通学申込書に使っていたからアタシが持っていたのよ。それより、お父さんからよ」

 この家の主にして姉妹の父、勝男《かつお》は考古学者である。
 というと聞こえは良いが、学芸員として博物館で勤務している。
 現在は知り合いの運営する発掘チームに手を貸してほしいと頼まれそちらが主な活動。
 一年のほとんどを海外で過ごしているため、家には年に一~二度しか帰ってこない。
 勝男の調査する現場は連絡の取り辛い場所ばかりだ。
 そのため勝男は家族に少しでも自分のことを感じてもらおうと、機会がある度に調査先から家族へのプレゼントを送るようにしている。
 それにより留守を預かる三人は主の安否が分かるため、プレゼントが届くことを心待ちにしていた。
 印鑑捜索を切り上げた香菜が早貴の先導役に転じた。

「お母さん、お父さんから届いたよ~」
「あら、ほんと?」
「開けていい?」
「もちろん。開けてみて」

 早貴は、まだ仕舞われていないコタツの上に小包を置いた。

「今回はなんじゃらほい」

 早貴により、小包に貼られているガムテープは切り込みを入れられた。
 香菜がワクワクを隠し切れない表情で小包を真上から見ようとする。

「もう、頭邪魔。それじゃアタシが開けられないでしょ」
「別に開けるの私でもいいじゃん」
「受け取ったのはア・タ・シ」

 香菜がチッ、と舌打ちをしたようなフリだけしてみせる。
 軽いドヤ顔になった早貴が小包を開けてみた。
 梱包材を一つ二つと取り出していくと小包の中の主役登場。

「な、な、なんじゃあ?」

 中には真っ白な綿が詰められた透明なプラスチックケースが三個入っている。
 香菜が待ちきれず覗き込む。
 案の定、早貴の頭に衝突した。

「痛っ! もう、あんたさぁ」
「だって早く見たいんだもん」

 今度はぶつからないように二人共控えめに覗き込んでみる。
 暗くてよく見えない。

「やっぱりあんた離れて」
「ん~、ケチ」

 渋々香菜はその場から離れる。
 早貴が改めてケースを確認する。
 ケースの中ほどにオーバルブリリアントカットされた直径一センチ程の青い石が見て取れた。
 早貴はそのケースを香菜に渡しながら、ココ、と石の部分を指差した。

「随分綺麗な青色だねぇ。宝石かなぁ」
「あの人がそんな高価なもの買える訳ないでしょうが」
「じゃ、なに?」

 早貴は箱の中に手紙を見つけて取り出した。

「手紙が入ってた」
『みんな元……気に決まっとるな。私も相変わらずだ。またプレゼントを送らせてもらうよ。それはな、天空に向けて青い光を放って飛んで行くような石らしい。大事にしなさい。ではまた』

 早貴が音読しているにも関わらず、手紙を覗き込んでいた香菜が思わず言う。

「まぁ、短い手紙」
「なめているのか、あのおやじは」
「やだ、おねぇちゃんおやじだなんて」

 最近映画を見るようになったと、前回の手紙に書いてあったことを早貴が思い出す。

「映画の影響なのはわかったけど、こう、なんかさ、もうちょっとないの?」
「いいじゃんお父さんらしくてさ。それにこれ、すっごく青くて綺麗だし」

 香菜は手にしている青い石が入ったケースをカウンター越しに母親に見せる。
 母は一目見るなり石の正体を見抜いた。

「あら~、これサファイアじゃない。素敵」

 母親の即答に驚きながら香菜は改めてサファイアを見る。

「おねぇちゃんやっぱり宝石じゃん。私の勝ち~」

 香菜の言い方に少しイラッとしながらも、母親に尋ねる。

「でもさ、この大きさでも三つとなるとそれなりの値段になるんじゃない? お父さんがいくらで手伝っているか知らないけどさ」

 時子は、穏やかな笑顔と共に早貴の質問に答える。

「多分、今の現場はスリランカ辺りじゃないかな、遺跡があって宝石がありそうな所というと。箱を見れば国名が分かるんじゃない?」

 木皿にスパゲッティの盛り付けを始めながら話を続ける。

「本当だ! スリランカだってさ」
「じゃあそこで調査中に宝石を見つけたか頂けたかしたんじゃない?」

 時子は喜んではいるようだが、大して驚いてもいない所が夫婦の妙なのだろうか。

「なるほど。貰ったのなら納得いくわ」
「おねぇちゃんさぁ、お父さんに厳しいよね」
「そういうわけじゃないけど、なんだか心配させられるのよね、お父さんには」

 時子が出来上がったスパゲッティをカウンターに並べた。

「さ、食事の時間よ。ところで早貴」
「はい、何お母さん?」
「飛び散ったミートソース、拭いてね」

 怒った笑顔で時子に言われた早貴は蒼ざめた表情に変わる。

「す、すぐに拭きますっ」

 香菜は、ふっふっふっ逆転勝ちねと言わんばかりのニヤリ顔をしながら食卓に座った。
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