月の声が聴きたくて ~恋心下暗し~

沢鴨ゆうま

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第一章

第七話 三年生、始まるよ

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 四月に入って、二・三年生の関係者以外が知らないうちに入学式も終わり、始業式の日がやってきた。
 綿志賀家も二人の姉妹が始業式の日を迎えている。
 早貴は洗い替えとして買ってもらっていた猫柄パジャマの紺色バージョンをクシャクシャに乱れさせ、掛布団を剥いだ状態で寝ている。 
 基礎生活音が家族から家内中に発せられているが、ドア越しにでも自分の周りが静かであれば部屋の外から音がよく聞こえてくるものだ。
 それが耳に届いたのか携帯電話のアラームが鳴る前に、ふと目が半開きになる。

「――朝?」

 掛布団から携帯電話へ向けて手を出そうとしたが、手の上に重さを感じない。
 携帯電話の前に掛布団を探してみる。
 探すために手に集中していた神経が全身にスイッチして分かった。
 膝よりも下に寄せられている。

「だからか」

 早貴は両足で起用に掛布団を畳み、出ているおへそを撫でてベッドサイドの棚に向かって寝返りを打つ。
 そんなことをしているうちに目も七割方開いてきた。
 携帯電話の居場所も確認できたのでとりあえず時間を確認する。

「――五時五十分」

 長期連休仕様から平日仕様に設定を変更していたため、携帯電話は六時に鳴るつもりだった。

「そうはさせませぬぞ」

 ここ数日、ぷちマイブームになっている、時代語、と呼べばいいのだろうか、千代とのチャット、早貴は『千代チャット』と呼んでいるが、もしくは独り言でのみ使用しているしゃべり方で呟いた。
 アラームの仕事を取り上げベッドから降り、充電器共々机に置く。

「まずは、カーテン開けますか」

 窓を開け、深呼吸でもして三年生の初日を味わおうとカーテンを開けてみる。

「もう、アタシ不器用じゃないんだけど」

 カーテンはレースのカーテンと一緒に開いて、窓ガラスが早貴のお相手をする。
 どうも順番に開けていきたかったみたいだが、一度に開いたことが気に入らないらしい。
 結局は窓を開けたいのだから時間短縮できているのだが、人それぞれにスッキリポイントはあるもの。
 深呼吸ではなくため息を最初にしてしまったが、気を取り直し窓を開けて深呼吸をする。
 かすかに電車が走り出して行く音が聞こえるのをきっかけに、朝の準備をしようと窓を閉める。
 部屋を出ると毎日自分より早く起きている母親の家事作業音が始まってから随分時間が経っているであろうリズムで聞こえてくる。
 と同時に、早貴の姉妹起床競争の連敗を伝える香菜の声もしている。

「あやつ、やりおるな」

 階段を下りていくと、すでに制服を着て学校用のヘアセッティングへとステップを進行させている香菜が洗面所を占拠していた。

「おはよ、早いね~。顔洗うのは後にするか」
「おはよ~おねぇちゃん。ごめん、もうすぐ終わるから」

 ストレートヘアアイロンで、全ての髪のふんわり感を抑えて中学生を演出する。

「そろそろカールヘアアイロンも欲しいな~」
「アタシに言われても買わぬぞ」

 洗面所の出入り口から去りながら早貴が答える。
 そのままダイニングへと歩いていき、いつも通りキッチンでミッションをこなしている母親に挨拶をする。

「お母さん、おはよ~」
「おはよー、ちゃんと起きられましたねぇ」
「アラームが鳴る前に起きましたよ」

 二人の生活音で起きたのは内緒にしているようだ。
 とりあえずソファーに座った直後に香菜が小走りでダイニングに来た。
 容姿については全てのセッティングが完了したようだ。

「おねぇちゃん、お待たせ。どうぞ~」
「はいよ~」

 早貴は、よっこらしょと言いそうな腰の重さを見せつけながら立ち上がる。
 まだ頭は覚めきっていないらしく、少々ふらふらしながら洗面所へ向かった。

「うっわ、ひどいな」

 洗面所兼脱衣所のドアを開け、目の前に現れる鏡に映る自分を見て萎える。

「さて、やりますか」

 独りブツブツ言いながらのセッティングが始まっていく。
 まずは顔を洗って目を覚ます。
 次にバスタオルを取って首にかける。
 フェイスタオルをしっかり濡らし、おもむろに洗面台のボウルへ頭を入れる。
 フェイスタオルで髪全体をしっかり濡らし、バスタオルで拭く。
 後はざっくり前向きにドライヤーで乾かしていき、徐々に内巻きブロー。
 それだけではカールが甘いので、ヘアアイロンでワンカール。
 シャンプーを使っていないので、千代とお揃いメーカーのスプレーを軽く吹き付ける。
 ワンカールをナチュラル感を消さずに固定しつつ、スプレーの芳香でシャンプー無しをごまかす手抜きセット。

「なんかどんどん手抜きになっていくなあ」

 毎日のこととなると、プライベートでないなら億劫にもなる。
 化粧水を顔にペタペタと塗って上は完成。
 手慣れたともとれるやり方が確立しつつある早貴は、次のステップへ移る。
 
「さ、制服着なきゃ」
 
 洗面所を出て自室に戻る。寝巻から制服への変身を遂げ姿見でチェック。
 深緑だが日に当たれば普通の緑色にも見えるブレザー。
 その緑色ベースのスカート両側には縦に一本ずつ真紅のラインが走っていて、クロスタイも深紅。
 ブラウスの襟は丸くカーディガンはベージュ。
 靴下は寒がりもあって黒のハイソックス。

「はあ、やっぱり目立つな~。未だに慣れないよ」

 地元でも他校ではあまり見かけない配色ということで有名。
 携帯電話、腕時計など小物もチェックして一階へと降りる。
 食卓では朝食をほぼ食べ終わっている香菜が時子と予定について話しているようだ。
 早貴の席にはすでに朝食のベーコンエッグトーストとコーンスープが置いてある。

「今日はね、おねぇちゃんと信号までいっしょに行けるよ。朝練がミーティングだけらしいから」

 香菜は、すでに良いことがあったかのような笑顔で早貴に話す。

「なんでそんなにうれしそうなのよ、って早貴は聞いてみてもいいかしら。大体わかってるけど」

 早貴はコーンスープを一口飲み、ナイフとフォークでトースト上の黄身をツンツンして遊んでから潰して食べ始めた。

「内緒です!」

 香菜は、あえて茶番を継続した。
 皿の上でパン生地を使った黄身すくいに没頭し始めていた早貴。
 それどころじゃないと言いたげにナイフを持つ手を香菜に振っていた。

「ん~、行儀悪いぞ。おねぇちゃんはね、そういうところが無くなるといいと思うの」

 食べ終わった食器を洗いながら香菜は、姉についてレビューをした。


 ◇


 早貴の朝食も終わり、二人共玄関にいる。
 時子も新年度初日だからと、玄関まで見送りに来た。
 香菜が玄関ドアを開け、それに早貴も続いて出た後二人共振り返った。

「行ってきます」
「いってきま~す」
「はい、気を付けて」

 いよいよ綿志賀家の新年度がスタートした。
 香菜が部活の朝練がある日は早貴が起きる頃すでに朝練の真っ最中だ。
 こうして姉妹で登校するのは珍しくなっていた。
 それもあるのだろう、香菜の足取りが明らかに軽い。
 底抜けに明るい香菜を見るのは早貴は大好きだ。
 こうしていっしょに歩いてみるとそのことを思い出させられる。
 最近ではレアな状況も、たった十分足らずの距離では味わいきれずに駅前の信号に到着した。
 そこから早貴が乗るスクールバスの停留所前で、いつも通り石垣を背に右足をついて片足立ちをしながら携帯電話を操作している千代がいた。

「お千代ねぇちゃ~ん!」

 どちらかというと気だるくのんびりな仕草の千代が、久しぶりに聞く元気な声に反応した。

「香菜ちゃんじゃん! ひっさしぶり~」

 千代が姉妹の方へ近づいていこうとするのを待ちきれず、香菜は千代に向かって突進して行った。
 千代はそれを受け止める。

「お千代ねぇちゃんだ、おはよう、あ~、お千代ねぇちゃんの匂いだよ~、幸せ~」
「おはよっ、てちょっと、恥ずかしいってば、ははは」

 香菜は千代をがっちりと抱きしめ、頭を左右に振って顔をこすりつけている。
 早貴が案の定とはいえ、少々呆れ顔で千代に挨拶をする。

「おはよ、お千代。今日はこんな動物を連れて来たよ」
「予想してなかったからびっくりしたわ。にしても、香菜ちゃん、いろいろパワーアップしてるね。この腕力もそうだけど。」

 そう言いながら、千代は香菜の頭を撫でる。
 香菜が撫でられている猫のように顔を上げて上目遣いで千代を見る。

「せっかくセットしたのに、髪の毛がクシャクシャになっちゃうじゃん。ショートにしたんだね。うん、片方だけ耳出しもいい感じだね」

 千代はリュックから朝早貴が使っていたのと同じスプレーを取り出す。
 香菜の髪の毛にワンプッシュして、撫でるように直してあげる。
 
「ん? なんでやりにくいのかな……あ、香菜ちゃん、背伸びたんだ」

 千代は百五十五センチに対し、香菜は百五十七センチになっていた。

「そっかぁ、抜かれちゃったか~。あたしが小さいんだけどさ」
「お千代ねぇちゃんは、全部いいの! とにかくかっこかわいいの! 今日だって、なんなのそのヘアスタイルは! 決まりすぎでしょ~」

 千代は前髪無しのミディアムボブ。
 分け目にスプレーをかけて、手ぐしで毛先まで撫でる。
 毛先は内巻きワンカールになっていて、そこにも軽くスプレー。
 後は適当に手でクシャクシャにしてボリュームを出してから軽く撫でて終了。
 人によっては寝起きのままに見えてしまいそうなギリギリのナチュラル感。
 千代ならではの、ラフな味が出ている。

「あなたのお姉さまも素敵じゃない。褒めてあげた?」

 千代は、早貴の方を軽く指差して香菜に聞いてみる。

「ううん、言ってないよ」
「なんで? 随分と決まってるよ~、まあ、手抜きしてるのはあたしにはわかってるけどね」
「それは言わないで」

 信号の反対側から香菜を呼ぶ声がする。

「おーい、香菜~。遅れるぞー!」
「あ、ついつい。んじゃ部活あるんで、千代ねぇちゃん、またね」

 香菜は踵を返しながら小さく千代に手を振り、友達のほうへ走って行った。

「お正月に会った時以来とはいえ、三か月で変わるものね~。いろいろと納得しちゃったよ」
「そんなに変わってる? 毎日見てるとわかんないわ。まあ、悪いんじゃなくて良い方ならいいけどさ」

 信号を渡ってからも香菜が手を振っているので、千代も付き合って手を振り返していた。


 バスも到着し乗り込むと春休み中とは違い、三年生が卒業した穴を一年生が埋めている。
 学校が通常モードになったんだと実感する状況。
 早貴と千代はいつもの左側前から三番目に陣取る。
 どんなクラス編成になっているのかなど年度初めには定番の話から始まり、昨晩チャットアプリで話したことをまた話したりしていた。
 そのうち二人は、車内の雰囲気に違和感があると思ったらしい。

「なんだろ、一年生かな? 賑やかね」

 早貴が後ろを振り向くフリだけしながら気にしている。

「あ、こっち向くかも!」
「ふわ~やっぱ凄いって」

 千代が早貴の袖を引っ張って様子を聞く。

「なんかあった? やたら囁き声が聞こえてくるよ」
「いまいちわかんないんだけど、いよいよ高校生! みたいな感じなのかな」
「そこまで~? あたしらも無くはなかったけど、ねぇ」

 二人は一年生達の騒めきの理由が掴めないまま、バスは学校へと到着した。
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