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前世と番と 1
しおりを挟む「カナデ様、お茶の準備ができましたよ」
「え?」
ぽかんとするカナデの手をトアが握る。
「今日は気分転換に庭でお茶をするよう、レオンハルト様がご提案されたんです」
そうトアに促され、カナデは少しばかり強引に部屋の外へと連れ出された。どうやら日々退屈そうにしているカナデを、レオンハルトは心配しているらしい。
カナデがレオンハルトに引き取られこの屋敷に来てから、早一週間が過ぎている。
邸内は自由にしていいと言われたけれど、カナデは部屋から一歩も出ていない。
(番の実感がないし。このお屋敷広いから、迷いそうなんだよな)
楽しげなトアに嫌だとも言えず、カナデは彼の後を付いていく。
「……トア、俺外に出ていいの?」
「ここは公爵邸の中庭ですから、大丈夫ですよ」
連れて行かれた先は、三方を建物に囲まれた美しい庭だった。
中庭、と言っても公爵邸のそれは、熟練の庭師が作り上げた芸術品とも呼べる庭園である。
「閣下が特に気に入っているお庭だそうです」
「すごい」
庭園に用意されていたのは、「お茶会」という言葉では到底収まらない光景だった。白いクロスをかけた丸卓には色とりどりの菓子が並び、まるでガーデンパーティーだ。
「気に入ってもらえたかな」
「閣下!」
確か彼は魔術師長だから忙しいはずだ。補佐役のノクスの姿がないので、彼は仕事に出ているのだろう。
(仕事……大丈夫なのかな)
そう思うのに、隣にある気配に不思議と安心してしまう。
「部屋に籠もりきりだと気が滅入るだろう」
「いえ……」
「カナデは私が側にいるとそうやって距離を取ろうとするが、私が番では不服か?」
「そんなことはありません」
即答したものの、胸の奥がざわつく。
身分だけを考えれば、竜人が人間のオメガに惹かれるなんて本来あり得ない。
しかしレオンハルトはこうして、細やかにカナデの様子を気にかけてくれる。
(嫌いじゃない、でも)
項を噛まれたのにもかかわらず、カナデはレオンハルトを番として実感できていないのだ。
まして彼は、あの日カナデを救ってくれた恩人だから拒絶する理由もない。
(やっぱり俺、出来損ないなのかも)
こうして側にいると落ちつくのに、番という認識ができない。それが申し訳ないし、何故オメガの本能に反するような思考になるのかが怖い。
それでも、こうして隣にいると落ち着くのだから、本能が完全に否定しているわけではないと思う。
素直に彼を番として慕うことができない自分が嫌で、申し訳ない気持ちになる。
「――俺、まだ信じられないんだと思います。人間の俺が閣下の番だなんて。まるで夢のようで……」
自分で言ってはっとする。
オークション会場で前世を思い出してから、まるで夢の中に居るような、ふわふわとした感覚が纏わり付いているのだ。
(これは現実だって分かってるのに)
前世で見た最後の光景が脳裏を過る。怯えて逃げる自分に迫るヘッドライト。激しい痛みと薄れる意識。
今の幸せが泡のように弾けて、またあの闇に引き戻されるんじゃないかと恐怖が付きまとう。
「カナデ」
名を呼ばれ、びくりと肩が震える。
「は、はい」
「少し歩こう」
レオンハルトがそっと手を差し出す。カナデがその手を取ると温もりが伝わってきて、少しだけぼんやりとした感覚が薄れた。
彼が隣にいても、不安が完全に消えるわけじゃない。
でも、この手に触れている限り、あの闇には落ちないのだと約束されている気がする。
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