売られた出来損ないオメガなのに、なぜか竜人様に求婚されて困ってます

花里しろ

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 「番を得た」と国王へ報告に出向いたレオンハルトとノクスは、夕刻には戻ると聞かされていた。ついでに溜まっている仕事も片付けてくるらしい。
 優秀な魔術師でもあるレオンハルトは、魔術師長の任も務めているのだとトアが教えてくれた。

 公爵邸の中は静かだ。トアを含め、最低限の侍女だけがカナデに付けられているので、見張られているような息苦しさは感じない。
 これもきっと、レオンハルトの気遣いなのだろう。

「カナデ様、いいお天気ですよ」

 朝食を運んできたトアが窓を開ける。暖かな春風がふわりと室内に吹き込み、カナデはほっと息を吐く。

 一人で食事をするのはどうにも落ち着かなくて、カナデはトアに頼み、朝食だけは一緒に取らせてもらっていた。
 ちなみにレオンハルトとは昼食と夕食を共にする決まりになっているが、向き合うたびに緊張で胸が詰まってしまう。
 本音を言えば遠慮したい。けれど、そんな失礼なことを口にできるはずもなかった。

「何か悩み事があるのですか?」

 食後の紅茶を用意しながら、トアが優しく問いかけてくる。

「公爵に見初められたなんて、まだ現実味がなくて」

毎日顔を合わせても、まともに言葉を交わせない自分が情けない。けれど、トアはそんなカナデを責めることなく、優しく受け止めてくれる。

「怯えるのは、目の前にある運命の強さを感じるからでしょう」
「トアもオークションでノクス様に買われたの?」
「いいえ。僕は――」

 その先を言葉にする前に、彼は一瞬だけ視線を落とす。そして語り出したのは、自分の出自についてだった。

 トアはカナデと同じく平民の家に生まれ、幸運にもバレトリエ子爵の養子に迎えられた。

「養子になる時に、随分と揉めたそうです。実家は貧しくて、僕は裕福なベータに売られる寸前でした」
「オメガをベータに売る? それって違法だよね」
「ええ……あまりよろしくない家庭だったんです。僕を産んだ両親は、今は監獄に入っています」

 だが幸いにもバレトリエ子爵がトアを養子にすると申し出て、売買の契約書まで交わしていたベータに倍の額を払い救い出してくれたのだという。

 バレトリエ家といえば人間の貴族の中では最大派閥の筆頭、人格者で知られる貴族の一人だ。子爵家ながら獣人の公爵家と繋がりもあるので、カナデを養子にしたローヴァ男爵はバレトリエ子爵の派閥に入りたがっていた。

「すみません。俺、子爵家の方に失礼なこと言ってたかも」
「敬語はいりませんよ。こちらには人間族の方が少ないので、気楽にお話してもらえたら嬉しいです」

 トアの柔らかな微笑みからは、決して穏やかなものではない彼自身の人生など微塵も感じない。

「僕もカナデ様と同じように、お見合いをしました」

 本来ならトアは、見合いの相手として選ばれた獣人の貴族に嫁ぐはずだった。しかし顔合わせの際に、カナデと同じように拒絶されたという。病院で検査を受けたところまでは同じだったが、そこから先が違っていた。
 バレトリエ家の当主は、「フェロモンを出せないオメガが居る」と聞きつけてトアを買いに来た奴隷商にトアを売らなかった。

 子爵は公爵家を通じて王家に相談し、王家の判断でトアを保護することが決まった。奴隷商には「高値を付けた別の商人に売った」と偽り、秘密裏に王家に引き取られたのだという。

「そして僕は、フェルヴァイン伯爵の子息――ノクス様とお見合いが決まりました」

 その名を口にする時、トアの声は柔らかくなる。

「すぐ婚約が決まって、彼が家を継いだ後に結婚しました。お見合い結婚でしたけど、ノクス様は僕を本当に大切にしてくれるんです」

 その言葉を聞きカナデの胸の奥に温かくも切ない感情が広がる。

(羨ましいな……)

 そう思った瞬間、胸の奥がつきんと痛む。

 トアが幸せそうに番であるノクスの名を口にする度、「自分もああなれたら」と願っていると気づく。
 けれど、レオンハルトの顔を思い浮かべると、どうしてか胸がざわつく。
 番として好ましい相手である筈なのに、心の底にある不安が消えてくれない。

「レオンハルト閣下は優しい方ですよ。気負わずお話してみたらどうですか?」
「……頑張ってみるよ」

 そう返したものの、全く自信はない。
 いざ顔を合わせると、何を話せばいいのか分からなくなってしまうのは分かりきっている。そんな自分を誤魔化すように、カナデは強がりの笑顔をトアに見せた。

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