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「カナデ、」
耳元で囁かれた声に、カナデはびくりと肩をすくめた。
かすかに触れたレオンハルトの吐息だけで背筋が震える。
「――私の言うことを、よく聞いて」
命令ではなかった。けれど、今のカナデは従うほかない。
頷くと彼の口元がふわりと動く。
「このオークションは、君たちのような「特殊なオメガ」を保護するための、フェイクだ」
「ほご……?」
その言葉の意味を飲み込めず、思わず声が漏れた。
さりげなく、まるで愛撫でもするかのような仕草で、唇にレオンハルトの指が触れる。喋るなという意味だとカナデはすぐに察した。
レオンハルトは視線だけで周囲を示し、更に声を潜めて低く囁く。
「この部屋は監視されている。音声までは拾われていないけれど、唇の動きから推測される恐れがある。話すときはこうして、恋人同士が愛を囁くように――いいね?」
穏やかな声音だけれど、視線は鋭く周囲を警戒している。
自分の置かれた状況は、最初に考えていたものとは少しばかり違っていると気づいた。なのにカナデの心は奇妙な昂ぶりを覚えている。
(恋人みたいに、って……)
言葉の意味を理解した瞬間、耳まで熱くなるのがわかった。
公爵であるレオンハルトさえ警戒しなければならない場所なのに、自分は初めて知るふわふわとした感情に心を乱されている。
恥ずかしさで、体中がこわばる。だがレオンハルトは、カナデの変化を気にしていないようだ。
レオンハルトがカナデの頬に手を添え、柔らかく微笑む。
「取引成立には性行為が必要なんだ。……表向きは、そういうルールでね」
朗らかな笑顔で告げられた内容に、カナデははっとする。
(……やっぱり、するんだ)
心の中で諦めるように呟く。結局この世界でも、オメガに選択肢はないのだ。
フェイクだ保護だと綺麗事を並べても、することは一緒。買われたという事実だけが、カナデの全てだ。
「そんな顔をしないで」
と言われても、カナデは自分がどんな表情をしているかなんて分からない。
信じられないくらい整った顔立ちのアルファに求められている。それだけでも平民出のカナデには途方もない幸せだ。
何か「特別」を望むなんて大それたこと。一晩だけの玩具でも、体を重ねてもらっただけでも奇跡みたいなものだ。
たとえそれで、壊されたとしても――。
(出来損ないのオメガは、性玩具として弄ばれる。さっきの黒服の言ってた通りになった。それだけだ)
見つめてくる碧の瞳からわざと視線を逸らす。黙って受け入れようと決めたけど、なんとなく反抗したくなった。ただそれだけ。
「……ああ、やっぱり」
ふいに身体がぐいと反転させられる。
「っ……?」
声を上げる間もなくうつ伏せになったカナデの首筋に、温かいものが触れた。レオンハルトの吐息だと理解した瞬間、体が竦む。
「噛むふりだけのつもりだった。けれど、やっぱり欲しい」
耳のすぐ後ろで囁かれたその声に、背筋が凍りつく。
どこまでが本気で、どこまでが芝居なのか。彼の言葉を疑う余裕などなかった。
項に柔らかな感触が落ちて、身を捩る間も与えず堅い何かが皮膚を抉る。
「っく……」
「いい香りだね」
(――香りなんて、出るはずないのに……)
囁かれたような気がしただけで、本当は何も言われていなかったのかもしれない。
項を彼の舌が労るように舐め、再び歯を立てられる。確実に番の証を刻み付ける、アルファの求愛行動。
張り詰めた神経が一気に弾け、そして全身の力が抜けていく。
体温が上昇し、鼓膜の奥で心音が煩いくらいに脈打つのが分かる。
(なんだ、これ…)
痛みの筈なのにどこか心地よくて、感覚が混乱する。何かを求めて手を伸ばすと、背後からレオンハルトの手がそっと包み込んでくれた。
その温もりが嬉しくて、カナデは無意識に涙をこぼす。どうして自分が泣いているのかも分からない。
意識がふわりと遠のく中、最後に感じたのは自分を包む腕が、まるで世界の全てから守るように優しかったことだけだった。
耳元で囁かれた声に、カナデはびくりと肩をすくめた。
かすかに触れたレオンハルトの吐息だけで背筋が震える。
「――私の言うことを、よく聞いて」
命令ではなかった。けれど、今のカナデは従うほかない。
頷くと彼の口元がふわりと動く。
「このオークションは、君たちのような「特殊なオメガ」を保護するための、フェイクだ」
「ほご……?」
その言葉の意味を飲み込めず、思わず声が漏れた。
さりげなく、まるで愛撫でもするかのような仕草で、唇にレオンハルトの指が触れる。喋るなという意味だとカナデはすぐに察した。
レオンハルトは視線だけで周囲を示し、更に声を潜めて低く囁く。
「この部屋は監視されている。音声までは拾われていないけれど、唇の動きから推測される恐れがある。話すときはこうして、恋人同士が愛を囁くように――いいね?」
穏やかな声音だけれど、視線は鋭く周囲を警戒している。
自分の置かれた状況は、最初に考えていたものとは少しばかり違っていると気づいた。なのにカナデの心は奇妙な昂ぶりを覚えている。
(恋人みたいに、って……)
言葉の意味を理解した瞬間、耳まで熱くなるのがわかった。
公爵であるレオンハルトさえ警戒しなければならない場所なのに、自分は初めて知るふわふわとした感情に心を乱されている。
恥ずかしさで、体中がこわばる。だがレオンハルトは、カナデの変化を気にしていないようだ。
レオンハルトがカナデの頬に手を添え、柔らかく微笑む。
「取引成立には性行為が必要なんだ。……表向きは、そういうルールでね」
朗らかな笑顔で告げられた内容に、カナデははっとする。
(……やっぱり、するんだ)
心の中で諦めるように呟く。結局この世界でも、オメガに選択肢はないのだ。
フェイクだ保護だと綺麗事を並べても、することは一緒。買われたという事実だけが、カナデの全てだ。
「そんな顔をしないで」
と言われても、カナデは自分がどんな表情をしているかなんて分からない。
信じられないくらい整った顔立ちのアルファに求められている。それだけでも平民出のカナデには途方もない幸せだ。
何か「特別」を望むなんて大それたこと。一晩だけの玩具でも、体を重ねてもらっただけでも奇跡みたいなものだ。
たとえそれで、壊されたとしても――。
(出来損ないのオメガは、性玩具として弄ばれる。さっきの黒服の言ってた通りになった。それだけだ)
見つめてくる碧の瞳からわざと視線を逸らす。黙って受け入れようと決めたけど、なんとなく反抗したくなった。ただそれだけ。
「……ああ、やっぱり」
ふいに身体がぐいと反転させられる。
「っ……?」
声を上げる間もなくうつ伏せになったカナデの首筋に、温かいものが触れた。レオンハルトの吐息だと理解した瞬間、体が竦む。
「噛むふりだけのつもりだった。けれど、やっぱり欲しい」
耳のすぐ後ろで囁かれたその声に、背筋が凍りつく。
どこまでが本気で、どこまでが芝居なのか。彼の言葉を疑う余裕などなかった。
項に柔らかな感触が落ちて、身を捩る間も与えず堅い何かが皮膚を抉る。
「っく……」
「いい香りだね」
(――香りなんて、出るはずないのに……)
囁かれたような気がしただけで、本当は何も言われていなかったのかもしれない。
項を彼の舌が労るように舐め、再び歯を立てられる。確実に番の証を刻み付ける、アルファの求愛行動。
張り詰めた神経が一気に弾け、そして全身の力が抜けていく。
体温が上昇し、鼓膜の奥で心音が煩いくらいに脈打つのが分かる。
(なんだ、これ…)
痛みの筈なのにどこか心地よくて、感覚が混乱する。何かを求めて手を伸ばすと、背後からレオンハルトの手がそっと包み込んでくれた。
その温もりが嬉しくて、カナデは無意識に涙をこぼす。どうして自分が泣いているのかも分からない。
意識がふわりと遠のく中、最後に感じたのは自分を包む腕が、まるで世界の全てから守るように優しかったことだけだった。
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