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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】
第9輪【羨むほどの温かさと隠された棘】
しおりを挟む唖然とする桜香を他所に、能天気な老人は言った。『ん?お嬢ちゃん、ひどい怪我をしとるぞ……良かったら儂の家に来んか?』
『なぁに、直ぐそこじゃよ。フォッフォッフォッ』と、高笑いをしている。
それだけ大声を発しているのだから、この辺りには〝植魔虫〟は居ないのだろう……と確信する桜香。
老人が心配するのも無理はない――――今の桜香は森中を走り回った怪我で、包帯を雑に巻かれている状態だ。
事態が呑み込めず困り顔で老人の様子を見ていると、『儂に着いてこい』と言わんばかりに指先を胸に当てている。
顔を覆う髭で表情が分かりづらいが、その口振りや人柄は穏やかそうで良い印象だ。
首が前後に動いておりとても眠たそうにしているが、桜香はこの老人に着いていくことにした。
(ここにおじいさんが居るって事は……人が住む街が近いんだっ!!)
そう思った桜香は体に付着した土を払いながら立ちあがる。
そして、周囲を遊覧飛行する天道虫を、素早い動きで掴むと腰袋へ仕舞った。
その動きは正に電光石火の如く――――とはいかなかったが、何とか上手くやり過ごす。
腰袋には大量の野草が入っているから、小さな体の天道虫には快適な空間である。
幸いにも腰が曲がり、視力が衰えている老人のおかげで、特に怪しまれず避難をする事が出来た。
慌てて隠した理由は至極単純――――植魔虫は本来、人々から忌み嫌われ、決して分かり合えない存在だからだ。
夜行性に加えて群れで行動する夜盗虫と違い、天道虫は穏やかで敵意がない個体だ。
しかし、目の前の人間が桜香の様な考えとは限らない。
少なくとも、桜香の両親や祖父を殺した植魔虫は憎い――――だが、それは個であり全てではない。
きっと大人しい子達もいる……そう信じて止まない桜香は、まるで母が子を守る様に身を呈して隠した。
帰路へ向かう老人は肉付きの良い足を使い、足早に道なき道を歩いていく。
それに続き桜香も着いて行こうとする――――が、『あのぉ……もう少しゆっく~りと歩けません?』と、言いたくなるような速さで進む老人。
時折、道が分からなくなったのか指を舐めては風に聞いたり、杖らしき物を倒して道を決めたりしている。
『こっちかな?あっちかな?フォッフォッフォッ!!』と聞こえるが、桜香はそれどころじゃない。
(着くのか凄く心配なんだけど……どうしよう。夜になったら、また奴らが襲ってきたら……)
心配する桜香に勘づいたのか、腰袋から天道虫の顔がはみ出す。
愛くるしい表情を見せているが、状況が状況だけに可哀想だと思いながらも、丁寧かつ素早く中へと押し込む。
見覚えがある景色ばかりで、迷路にも似た同じ道を歩いている様な気分だ。
体力が奪われ疲労だけが募り、思わずため息が出る。
その後――――あれから会話も無く、前へ進んでいると感じても、必ずやってくる夜が怖いと思う桜香。
(1人じゃないのは心強いんだけど、早く着かないかな……そろそろ、足が疲れちゃったよ)
老人の足元だけを見て進む桜香は、意識が薄れ行く中で歩みを止めることなく進んだ。
いつのまにか傷が開き包帯がより一層、血で染まるが唇を噛み締めて踏ん張った。
天道虫は眠っているのか、腰袋の隙間から寝息が聞こえる。
大量の野草で膨れていた袋は、痩せた様に萎んでいた。
盗まれた刀を取り戻すには、自身が万全にならなければいけない……そう思いながらもしばらくして、桜香の諦めない気持ちと意思が実ることになる。
いつの間にか陽は暮れ幾時が過ぎた頃、ようやく人の気配がする灯りが足元を照らし、病んだ桜香の瞳に入る。
あまりの嬉しさに勢い良く顔をあげる桜香。
その瞳に映る景色、それは――――道標をくれた老人が、いつの間にか目の前から消えていた。
訳が分からず辺りを見回すと、松明で辺りを照らされた小さな家屋が数件とある。
賑やかとは言いがたいが、耳を澄ませば僅かに人の気配と声がする。
初めて見る場所だけど到底、〝都〟とは呼べる所ではない。
それは、母が育ち娘が憧れていた〝花の都〟の想像とは、かけ離れている装いだった。
桜香は気付く、あれほど歩いたのにまだ森の中であり、人里離れた場所なのは間違いないと。
『やっと着いた!!けど――――〝花の都〟には着いてない……か』
興奮と嬉しさのあまり叫ぶが、目的とは違う地のせいか同時に落胆する桜香だった。
『今日は色々あったし、ここで寝泊まりさせてもらおうかな……』
天上の温かな陽はとっくに闇へと包まれ、静寂な森の雰囲気と相反する目の前の景色―――――
仄かな灯りで照らされる桜香の顔は、〝空腹〟〝疲労〟〝安堵〟と言う、全ての感情が織り混ざった複雑な表情をしていた。
十数件ある家屋は道の両脇に配置されていて、真ん中の手作り通路が奥にある1番大きな家へと繋がっている。
桜色の髪を揺らしながら一歩また一歩と、土を踏み締めながら人の気配がする家屋へと進む。
桜香が左右を交互に見る限り、家屋や納屋、家畜小屋はあれど、どれを見ても祖父と住んでいた場所より貧相に感じていた。
だが、耳に入るのはとても楽しそうな声や喜び笑う声、そして……幸せそうにはしゃぐ子ども達の声だった――――
自らをすり抜ける様な幸せに対し、桜香は思わず声が出てしまった。
『危険な森の中でも家族が居て、分かち合える温かい家庭があるのは、きっとここが平和って証拠なんだろうな……』
そう噛み締めながら進んでいたが、思いとは相反して、何かにに歩みを遮られた。
(ん?何かに……当たった?)と、嫌な予感と高鳴る鼓動のせいで、下を向いて確認するのが怖かった。
しかし―――――その予感は外れ、歳を取った低い声……先程の陽気な老人とは違う声が聞こえる。
『おぉ……また旅の人が来よったわい!!こんな所じゃ何ですので、どうぞ中へお入り下さい!!』
桜香が言葉の内容を理解するよりも早く右手を引かれ、足早に最奥の家屋へと案内された。
あまりの早さに天道虫入腰袋が、飛ばされそうになるのを抑えながら向かう。
桜色の髪が靡き、白色の包帯が揺れ、暖色が体全体を優しく照らす。
刻一刻と迫り来る家屋――――否、実際は桜香自信が近づいているのだが、正直今はどうでも良かった。
(止まれない……このままじゃぶつかっちゃう!?)
勢いでぶつかりそうになるのを眼を閉じて覚悟したが、手を引いた人物は木造の扉を開けると突然、狙ったように急停止する。
だが、〝慣性の法則〟に従う桜香は、開いた扉へと吸い込まれるように入っていく――――
その勢いを殺す事なく転がり回る様に、奥の壁へと激突した。
自身が土壁へと叩き付けられる鈍い音が耳へと伝わる。
衝撃で家屋全体が揺れ動き、突然の出来事で唖然とする者も多数いたが、幸いにも人らしき物とは衝突してない。
桜香はもはや怪我人の塊であり、どこが今ので出来た傷か分からずに痛がる。
床は天へ天井は地に――――視界が逆さまの世界で桜香は、幼少から祖父に叩き込まれた挨拶をした。
『うわわわっ!!痛てててっ――――あっ、初めましてこんばんは……?』
心中で〝こんな格好でごめんなさい〟と思いながらも、礼儀正しく7人程の老若男女の眼を見る。
桜香の乱入で一時の静けさがあった室内だったが、途端に笑い声と人の温かさが戻ていく。
中心の火を暖にとり、酒を酌み交わす老若男女の人々が仲睦まじく、日々の会話を楽しんでいた。
(――――あれ……私、無視されてる?)
逆さまで頭に血が上る桜香は、体を拈りながら床へと尻餅を着く体勢になる。
困り顔で人々の会話に耳を澄ませていると、ここへ誘拐してくれた老人が、物腰低く目の前に現れた。
その老人を見るに、とても品が良いとは言えない程の見窄らしい格好をしている。
良く周りを見渡せば、髪は手入れがされてない上に男女関係なく、ボロボロの布1枚を衣服としていた。
包帯娘の桜香と比べ然程変わらない人達だが、こんなに笑顔溢れる場所に少しだけ羨ましく思う。
不思議と心が満たされていくのを感じながら、『大丈夫かいお嬢ちゃん?いきなりすまんねぇ……』と優しく謝っている老人の声に気が付く。
『いえいえ、私こそいきなりお邪魔してごめんなさい……』
とても謙虚に返答する桜香に対し、老人は皺だらけの両手を重ね合わせながら言った。
『旅人は、この村にとって貴重な存在じゃ、是非ともゆっくりしてくだされ!!』
老人の純真無垢な瞳に心を動かされた桜香は、大きく頷きながら言った。
『私の名前は〝桜香〟年齢は15歳!。ここでしばらくお世話になります!!』――――
この時の彼女はその純粋さ故に、何も疑うことをしなかった――――後に、自身の間違いに気付くまでは……
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