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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】
第14輪【各々の正義がありどちらも表だ】
しおりを挟む唖然とする人々を他所に七星天道虫は、とてもじゃないが人を襲って食べたりはしない程の愛くるしさを振り撒く。
『キュキュ~イ!!』
もし桜香がその場に居たら『ななちゃんは、いつも可愛いなっ!!』と撫でながら言うだろう。
しかし――――この場に置いて、それがいけなかったのか、〝愛嬌〟が〝恐怖〟となって余計に怯える人々。
『あれは俺達を油断させておいて、腹を空かした植魔虫が品定めをしているんだ……』
『鬼灯様が先回りして気付かなかったら、私達は今頃あいつの腹の中よっ!!』
『大事な家畜達も食料もないなんて……もう終わりだあぁっ!!』
絶望の淵へと立たされた人は、我慢出来ずに泣き崩れる者、発狂し自傷行為をする者まで現れた。
そんな人々の闇を垣間見る鬼灯は、思わず口角を上げ――――『まぁまぁ、落ち着いてよ皆さん。まだ話は途中だ』と、改めて声を上げる。
一線を入れるような鬼灯の言葉は、〝絶対的な説得力〟と〝強大な発言権〟を持っているため、先ほどの絶叫が嘘のように止む。
皆が鬼灯の言葉を一字一句たりとも聞き逃さぬ様、静かに耳を傾ける。
『この〝植魔虫〟は見た目こそ弱々しくて、とてもじゃないが人に寄生する様には見えない。だが……力を持たなかったがために抗えず、されど〝花の守り人〟の助けも来ず、惨く無残にも喰われた家族達を思い出してみろ!!』
声を荒げる鬼灯の言葉に、まだか弱い〝女の子〟がそんな事を……や、準最高位の〝鬼灯様〟が言うことなら――――と、村人達の中で疑心暗鬼が渦巻く。
たとえ答えが〝白〟であっても鬼灯が〝黒〟と言えば〝黒〟となり、真実をねじ曲げても同じ方向を見て歩むのが村で過ごす上での暗黙の了解だった。
ただ一人反発する青葉は制止を押し切ると『おっお前、出鱈目を言うなっ!!桜香ちゃんは、そんな事をする筈がない……きっと誰かが仕組んだ罠だ!!』と言いながら、自らよりも大柄な鬼灯の前に立ち塞がった。
涙を流しながら怒りを露にする青葉の言葉に、思わず眉をひそめる。
七星天道虫を小袋へと戻し、深いため息と共に無言で凄む鬼灯は、一瞬だけ思い詰めた顔をすると手を背に回す。
そのまま背に掛けた〝花輪刀〟を鞘から抜くと、まだ幼い青葉の頬を撫でる様に刃の腹を滑らせる。
少年の顔より大きな黒一色の刃は、青葉の体温と相反して身震いする程冷たい――――
青葉の見る限り、知識にある〝花の守り人〟特有の紋様は一切なく、やはり只の刀だと確信する。
〝植魔虫〟を狩り、平和を祈る人々を唯一救える業物――――〝花輪刀〟は、そんな簡単に人へ向ける物ではない。
たった一人の〝姉〟から、そう教わっていた青葉は、〝憧れ〟〝尊敬〟していた〝花の守り人〟の誇りを、踏み躙られた気がして余計に腹が立った。
自らの意思を貫き、決して物怖じしない青葉は、瞳に宿る灯火を消す事なく鬼灯を眼光鋭く睨む。
眼前で堂々と仁王立ちする姿に、記憶の中にいる人物が重なり、どこか懐かしさを感じる鬼灯。
頬に刃の腹を当てながら鬼灯は『おいおい、青葉……!?そんな言い草は無いんじゃないか?。確かにあの時、お前の姉貴を救えなかったのは謝るが、それとこれとじゃ話が違わねぇか?』と、先程の笑みではない冷たい表情で問う。
だが……その一言。たった一言で――――自分の中で形成していた何かが切れる音がした。
青葉は刃に沿うように鬼灯へと歩みながら『俺は知ってるかんな……お前が姉ちゃんを見殺しにしたんだ!!』と、感情に任せた青葉が鬼灯に殴り掛かろうとしたその時――――
『いいかげんにせいっ!この馬鹿者がっ!!』と怒りを露にした村長が、青葉の頬に力一杯の拳骨をお見舞いした。
握り締めた拳は、頬を捉え脳を揺らし、青葉の意識を飛ばす――――
突然の出来事に唖然とする村人達を他所に、地面に打ち付けられながら転げ回る青葉。
老人とて、大の大人の怒りが込められた一撃は、まだ幼い体には充分過ぎる威力を発揮する。
その光景を目の当たりにした男女十数人は、天を仰ぎ絶望を口にする者。
混乱し脳の処理が追い付かずに、訳もわからず絶句する者。
怯えながらも惨事を見過ごせぬ若者数人だけが、青葉の元へ走り寄る。
『あぁ……。何て事を……まだ〝森の魔物〟がいるのに、この先が闇の様だわ……』
『早く、青葉の手当てをしないとっ!!何でこんなことに……』
『鬼灯様ごめんなさい。鬼灯様ごめんなさい……どうか、どうか……』
目の前で起こる阿鼻叫喚の出来事でさえ、鬼灯は冷静に〝花輪刀〟を背にある鞘へと納刀する。
一糸乱れない服装と顔色……そう――――まるで、こうなる事を前もって予期していたかの様な振る舞い。
それに加えて何事も無いような〝涼しげな表情〟で、歩く度に〝靡く羽織〟を纏って森へと歩む。
村人達からは背中しか見えぬ位置で『村長……。最後の血縁位は大事にしろよ?』と呟き、村長にだけ眼を合わせて別れを告げた。
当の青葉は立ち上がる素振り等一切なく、意識を失ってしまったのか地面へと伏している。
〝孫〟であり〝抵抗〟出来ずにいる〝青葉〟に、般若の如き形相で人の壁を掻き分けながら進む村長。
怒り収まらず尚も激昂しながら『寝るな青葉!!……いいかげん孫のお前とて許さんぞ!?』と感情が押さえきれないのか、力を込めた両手で青葉の胸倉を掴む。
糸の切れた傀儡の様に力なくぶら下がる四肢に加え、意識朦朧で焦点が合わぬ視線。
震える手を押さえた村長の表情は、沸き立つ様な怒りや殺気を帯びた物ではなく、幾重にも思いを巡らせた悲しみの涙を静かに流していた――――。
村長の暴走を必死に止める村人達のやりとりを見ずに、鬼灯は『――――まぁ、俺はこの村を出るわけだが、最後の情けでこの植魔虫は俺が切り捨てとくわ』と、七星天道虫入腰袋を右手に持って言う。
腰袋の中で動き回る七星天道虫は『キュキュ~イ!!』と場を弁えずに可愛く鳴いていた。
森へと歩みを進める鬼灯は、手を左右へと振りながら『村長達、色々と世話になったな。後は代わりの〝花の守り人〟に引き継ぎしとくから安心してくれ。じゃあな皆』
そんな言葉でさえ掻き消す程、人々の怒声と悲鳴が、この場を支配していた。
止める事は出来ず、この村を去る鬼灯の背中を呆然と見る事しか出来ずにいる村人。
その瞳に映る姿は――――〝逃亡〟でもなく〝責任放棄〟でもなく、正真正銘堂々とした〝振る舞い〟で歩む鬼灯を、もはや誰も止める者はいなかった。
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