いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第15輪【鬼灯の思惑と奪われた花輪刀】

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 時刻は短針が12を示す昼時――――

 まだ太陽は頭上にあり、人間に飢えた植魔虫が突然襲ってきても今の鬼灯には、怖いもの等なかった。

 それは至極単純――――〝強力な後楯がいるからだ〟。

 一年弱滞在した村から出た鬼灯は、一直線にある場所へと歩みを進めていた。

 数十分前までは、後方から村長や村人の声が絶え間なく聞こえた。

 しかし……そんな〝雑音〟は、いつの間にか聞こえなくなる。

 自らの名を必死に叫ぶ声でさえ、耳をかたむける労力も惜しい。

 鬼灯の心を言葉に表すならば、ただ一言で終わる。
 ――――〝興味がない〟それでお仕舞いだ。

 微塵も〝後悔こうかいや思い残した事はない〟――――と、言えば嘘になるかも知れない。

 瞳を閉じなくとも、その身に起こった様々な事が脳裏に蘇る。

 鬼灯の人生は、自らを愛してくれた者でさえ〝あざむき〟〝だまし〟〝おとしいれ〟……そんなロクでもない出来事の連続だった。

 消し去りたい記憶が蘇ると歩幅がせばまり、まるで体に重りが乗った様にのろくなる。

 辺りに人影や植魔虫しょくまちゅうの気配はない。

 内から溢れ出す程の殺気を放ちつつ、背にある黒色太刀こくしょくたいとうの〝花輪刀〟にも意識を向けている。

 ふと……呼吸を思い出した様に溜息ためいきを吐いた鬼灯は、思い詰めた顔で目的地に向かっていた歩みを止めた。 

 ――――餌を求めてつばめが低空で飛んでいる。

 気を張りすぎていたせいで気付かなかったが、冷たい風が火照ほてった頬を撫でていた。

 どうやら陽が暮れる頃には、一雨ひとあめきそうだと直感で分かる。

 まだ晴れている空を見上げれば、忘れられない恋人の〝言葉〟を思い出す鬼灯。

 ――――『私さ、君と居ると心が落ち着くんだ。それとね、夕焼け色に染まった君の頬はとっても素敵だよ』。

 幾度と聞いた〝声〟も……幾度と見た〝顔〟ですら、記憶の灯火ともしびは今にも消えてしまいそうだ。

 いくら忘れないと言えども、人はであり、死ぬまで心に留まるのは、いつも〝後悔〟と〝罪悪感〟だけ――――

 鬼灯の言葉は誰に語りかけるでもなく、本人が意図せず自然》発せられた心の声達。

『俺は、いつからこうなっちまったんだろうな?あの時を含めて失敗の連続だ。だが、それも……今日で終わる』

 再び意志を固めた鬼灯は以後、止まること無く目的地に向かって歩みを進めた。

七星天道虫ななちゃん〟が入った袋の中では、小さな二枚の羽を動かす音が耳障りな程に辺りへと響く。

 ある時、誰かが言った――――

『〝花の守り人〟が死ぬ気であらがった所で、この世の全ては救えない。弱者が限られた命と刻を削った所で、強者の養分として搾取さくしゅされるのは必須。ならば、少しでも生き長らえる為には自分よりも下を作るべきだ』――――と。

〝村外れの洞窟前〟――――

 そこは鬼灯の協力者である男が根城としている場所であり、元々は熊が冬眠の際に使っていた寝床。

 鬼灯は洞窟の前に着くなり『おい、待雪まつゆきはいるか?』と、長く暗い洞窟へ声を発する。

 数秒間、縦横無尽に反響した自らの声が、静けさ宿る森へと吸い込まれた。

 鬼灯の耳に届くのは、冷たい風が葉を揺らす音。
 そして、嵐の前の静けさが如く、幾度も脈を打ち付ける鼓動音。

 呼吸で落ち着けようと試みるが、数秒が数分に感じる程の感覚を味わう。

(まだ、来ないのか?)――――遅い。

 鬼灯は焦る気持ちも相まってか、腕を組んでいる指がイラつきを体現する様に動く。

 主人が来たにもかかわらず、尚も現れぬのに対し『おい、どうせ奥に居るんだろ!?こっちは時間がないんだ。早くしてくれっ!!』

 怒声を放つ鬼灯を、まるで嘲笑うように暗がりから現れたのは、〝待雪まつゆき〟と呼ばれていた小柄の男である。

 白髪混じりで腰は老人の様に曲がっているが、実年齢は鬼灯と数個程しか違わない。

 待雪まつゆきは怒り心頭の鬼灯の顔を見る事なく、不気味に笑いながら問う。

『ヒッヒッ……やぁ、鬼灯兄貴。いつもより随分早いですね……昨晩、言われた通り、家畜数頭をさらってきましたが、本当に良かったのですかい?』

『あぁ、構わない。それと、頼んでいた

 鬼灯は待雪の問いに即答すると、洞窟の奥を覗き込む仕草をした。

『ヒッヒッ……もちろん居ますとも。今朝方、ここら辺で〝落とし物〟を探していた無防備な所を、後ろから襲って今は奥で眠っていますよ……』

 眼を凝らしても見えないが、耳を澄ませば眠るような息遣い……が確かに聞こえなくはない――――

 自らで納得し安心した表情になる鬼灯に、顔の皺を寄せて笑みを浮かべる待雪。

『そうか。くれぐれも手荒なマネはするなよ?俺の大事な客だからな。んで?、肝心の〝花輪刀かりんとう〟はあるのか?』

『へい、少々お待ちを……』と、言った待雪は洞窟の奥へと戻る。

 小さな体は闇へと包まれ、足音だけが耳に残る――――

 そして、再び鬼灯の前に現れた時には、純白の鞘に入った〝花輪刀〟を大事そうに抱き締めながら現れた。

 自らが欲し憧れた〝花輪刀〟を前に鬼灯は、感動のあまり神々しさを放つ程の美しさに息を呑んだ。

『これが、本物の〝花輪刀かりんとう〟……。これがあれば、を斬れる!!』

 待雪から受け取る際に思わず手が震えたが、持つや否や新しい玩具を与えられた子どもの様に興奮する。

 眼を輝かせながら陽の光へと照らしながら『しかし、……』と呟いた。

 旅立つ鬼灯に対し見送る者の待雪は、曲がった腰を一層曲げると『ヒッヒッ……それは〝本物の花輪刀〟ですからね。私には剣術の才は無いで、ご武運を祈っております。それと、〝家畜えさ〟は裏手の木に縛っております……』

『あぁ、色々とすまなかったな。しばらくしたら例の子を解放して、お前はどこか安全な所へ行ってくれ』

 目当ての物が手に入ったせいか気前良く手を振る鬼灯と、ここまで眼を待雪。

 洞窟を後にした鬼灯は森へと入り、元々持っていた〝黒色太刀〟を草むらへと投げ捨てる。

(見せ掛けだけの〝置物にせもの〟何て要らねぇよ!!今の俺は、正真正銘本物の〝花の守り人〟だ!!)

 すかさず背に先程受け取った〝花輪刀〟を掛けると『さぁてと……。〝生贄かちく〟を連れて、森の魔物とやらにでも会いに行きますかね』

 実際この時――――〝ほおずき金棒かりんとう〟と自負しながら調子に乗っていた。

 ふと、首を上げれば空模様は怪しかったが、相対して鬼灯の心は晴れやかでんでいる。

 こんなに気分が良いのは、きっと言い表せない〝幸福感こうふくかん〟からだろう。 

 何よりも目的の為に必要不可欠な花輪刀を手にいれた、〝達成感〟に酔いしれている。

 又は、自身が世界で一番強くなった〝高揚感こうようかん〟かも知れない。

 自信に満ち溢れた表情で根城がある洞窟を後にし、待雪まつゆきの言っていた裏手へと向かう。

 呼吸を忘れるほど足早に歩み、高ぶる鼓動が大音量となって体を揺らす。

 時折、不自然な輝きを放っている刀を撫で――――〝この〝花輪刀〟を振るえる時が待ち遠しい〟と胸をおどらせた。

 今でも体の底から力がみなぎり、全てが嘘と錯覚する程に夢心地で信じられない。

 自身が〝花の守り人〟となり、幾多の植魔虫と戦っているさまを想像しては、自然と笑みがこぼれる。

 勿論この時でさえ、〝七星天道虫ななちゃん〟は狭い小袋の中でさえ元気に動き回っていた。

七星天道虫ななちゃん〟にとって、鬼灯の思惑や人の考え等どうでもいいのだ。

〝自然と会話〟できる希有な存在である1人の少女を除いては――――

 そうして然程遠くない距離を無我夢中で歩む鬼灯は、生い茂る草木を掻き分ける事、数分後――――

 その耳に確かに届く、生命の雄叫びと今は形ある姿。

 黒色の瞳に映るのは〝植魔虫〟に食されること無く、自然な立ち振舞いをする家畜達。

 鶏冠とさかが鮮血の様な真っ赤に染まる〝鶏〟は、とても窮屈きゅうくつ蔦籠つたかごの中で、くちばし執拗しつようにつついている。

 最高級品種とも引けを取らない程の完成度を持つ〝牛〟は、ゆっくりとした動作ながらも何処か気品さえ感じられる。

 丸々と太らせたお陰で贅沢ぜいたくに肉付く〝豚〟は、本能のおもむくままに辺りの草花をむさぼり尽くしている。

 放置されたにも関わらず〝植魔虫〟に襲われないのは、既に〝森の魔物〟の息がかかっているからだろう――

 そして、家畜かれらは知らない――――この世に命を宿した時点で死に方が選べない事を……

 あまりにも自然体な姿を見た鬼灯は、言葉を解らぬ物達に〝皮肉〟を浴びせた。

『俺は知っているから思うけどよ。何とも滑稽こっけいな物だな。これから自分自身が喰われる側になるって知らずに、欲望のまま草を頬張ほおばってさ』

 そう言う鬼灯でさえ、人間に生まれた時点で喰う者だった――――この世界に植魔虫が現れるまでは……。

 木に縄で縛り付けられた家畜えさ達には、これから起こる死の恐怖や怯える様子等一切無い。

森の魔物ヤツ〟には勿体ない程、特上の貢ぎ物だが機嫌を取るに越したことはない。

 そうすれば少しでも〝隙〟が生まれ、〝無防備〟は千載一遇せんざいいちぐうの好機となる。

 鬼灯は牛と豚に繋がれた縄を右手で引っ張り、左手には蔦籠の持ち手を掴む。

 数ヶ月もの間くすぶりながら待ちびた時は満ち、〝供物えさ〟と〝武器かりんとう〟の準備は整った――

 鬼灯は武者震いをしながらも、これからやってのける〝大役〟に笑みを隠せなかった。

『ほら、お前たち一緒に行くぞ。今日はしっかり頼むぜ』

 鬼灯はそう言いながら牛の背を叩くと、家畜達を自らの足で死地へと歩ませる。

〝花輪刀〟をたずさえた今の鬼灯は、と思い込むほどとても気分が良かった。

 まるで背中に羽が生えた様に軽い足取りは、自然と気が大きくなり鼻唄交りで目的地へと足が進む。

 村に滞在していた時は、〝花の守り人〟でもなければ〝花鳥風月〟でさえない。

 そんなほおずきでも、思い込みの力は〝偉大〟だ。

『この刀さえあれば、〝花の守り人〟何て者は誰だってなれる。今から俺が証明してやるぜっ!!』

 そう、大声で叫ぶと深い深い森の中を1人と3匹と1羽で進んでいく。

 それは、前を向く事だけに集中していたせいなのか、吹き荒れる嵐の前の静けさが如く――――

 普段は自然豊かで生命の産声が鳴り止まぬ森の中には、不気味な程の静寂が鬼灯達を包んでいた。
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