いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第16輪【その目は口ほどに物を言う】

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 始めは勢い任せの鬼灯だったが、その顔には疲労の色が見える。

 家畜を引く手綱たずなは、時が立つ事に深くその手に食い込んでいく。

 これから刀を持つ大事な手には、縄の跡が色濃く残り鬱血うっけつさえしている。

 更に背負っているとはいえ、〝花輪刀〟の重さが常時その身にのし掛かっていた。

 以前所持していた〝黒色大刀〟とは、比にならないほどの重量。

 加えて、抜かず握らず共に想像を遥かに越える〝威圧感〟。

 そして、〝純白美麗じゅんぱくびれい〟でありながらも、確かに宿る圧倒的〝存在感〟。

 これが、〝花輪刀〟――――〝植魔虫〟を討つ事が出来る

 今、鬼灯は一生懸けても到底、手に入れる事が出来ない物を背負っている。

『ハァハァ……こりゃあ、流石に堪えるな……』

 休憩もなく歩を進め〝気力〟〝体力〟共に、限界まで磨り減り続けた。

 そのせいか呼吸が荒く乱れ、鼓動が大音量で鳴っている。

 気付けば空模様は、予想通り大荒れの豪雨が地上へと降り注ぐ。

『ちっ!こんなの聞いてねぇぞ!?全く……幸先がいいんだか悪いんだか……』

 小さな雫達は木々の隙間を縫うように、容赦なく無防備な体に滴り落ちる。

 格好いいからと言う理由で、彩飾豪華さいしょくごうかな羽織を身にまとっていたが、今は濡れて邪魔なだけだ。

 せめて、〝風避かぜよけ〟になればと思い、無造作に頭から被り凌ぐことにした。

 時折、耳に腹の音が聞こえるが、食料と呼べる物は昨夜の残りが少々しかない。

 簡単に得られる栄養素と言えば、右手に持つ〝鶏〟を思い浮かべた。

 調理器具は〝花輪刀〟があるので、さばこうかと考えたが、切れ味が落ちるのを気にして我慢する。

 幸いにも水分補給だけは、上を向けばまかなえる。

 鬼灯に先ほどまでの勢いは消え、水分で幾倍にも重くなった服が重石おもしになっていた。

 牽引けんいんされる〝家畜えさ〟達も、地面が泥濘ぬかるんでいるせいで上手く歩けないようだ。

 そうして、道なき道を家畜えさ達を連れて歩き続けた。

 そして数時間が経過頃、入り口付近に差し掛かった。

 しかし、鬼灯を待っていたのは耐えきれない程の吐き気をもよおす悪臭だった。

 ――――『くそっ!。雨で臭いは消える筈だが、それでも……きついな……』

 眼球を直接手でえぐられた様な痛みと、鼻腔びくうに強烈な刺激を与える腐敗臭がする。

 だが――――それも今日で終わる。

 一見、そんな苦行と言える場所に鬼灯は、何十回と足を運んでいた。

 たとえ足を掬われる程に強く、吹き荒れる嵐の夜でさえ欠かさずに……。

『ったくよぉ。〝家畜えさ〟運びが毎日じゃねぇのは助かるが、来る度に増す悪臭は慣れねぇな……』

 この中で唯一、人である鬼灯だけが〝愚痴〟や〝文句〟を発する事が出来る。

 しかし、〝鶏〟〝牛〟〝豚〟〝七星天道虫ななちゃん〟には

 鬼灯の腰袋で七星天道虫ななちゃんだけが、〝何か〟から逃げようと袋内で暴れていた。

『キューッ!!キューッ!!』

『おーおーっ、何だ怖いか?。そんなに暴れちゃってさ。この先にいる奴の事だよな……分かるよ。俺も同じだったからさ……』

『でも、一緒に死んでくれとは言わねぇよ。何せ、今回は俺が勝つからな!』

『キ゛ューッ!キ゛ューッ!』

 どんなに〝優しい言葉〟でも、人の話す事が到底理解出来ない〝七星天道虫ななちゃん〟。

 生命の危機を感じて、可愛らしい顔で袋を突き破ろうとしている。

 そして、羽音を響かせながら丸顔が浮き出る……とても奇妙な代物になっていた。

 そんな〝逃走本能〟に忠実な七星天道虫ななちゃんを尻目に、鬼灯は洞窟の入り口に足を踏み入れた。

 一歩を踏み出すのが、こんなに辛いのはだ――――

 こうして意を決した鬼灯一行は、〝森の魔物〟を討伐するため洞窟内に入っていった。

(俺は必ず生き延びてやる。たとえ、人道を外れようとも!)

 耳に伝わる不快音と足の感覚からして、地面には何かが転がっている。

 それに少しばかりの不信感を覚えながらも、一歩ずつ確実に前へと進み続ける。

 僅かに見える〝希望ひかり〟を頼りにしながら――――

 それが動き出したのは、家畜えさを連れた鬼灯達が入り口に差し掛かった頃――――よりも遥か前。

 光差さぬ洞窟の最深部にいるのは、かつて複数の村に渡って、甚大な被害を出したとされる生物がいた。

 過去に、によって瀕死の重傷を負った事により、命からがら隠れている。

 四方を数Mの格子で作られた木製の檻に閉じ込められている植魔虫――――通称〝森の魔物〟。

 狩りの達人とされる花の守り人や、同種である植魔虫でさえ手を焼く程に凶悪な個体。

 腐敗臭の中に微かに混ざる〝生物の匂い〟に気付いた〝森の魔物〟は、押さえきれない感情のせいか

 異常に口が割ける程のその笑みは、食べかすだらけの歯を存分に見せる。

 上下の歯を血肉混ざる唾液が繋げ、粘着性の糸状となった口で静かに呟いた。

『やっとたぁ……ワタシのごハンが……キャッキャッキャッ!!』

 それはまるで、嬉しさのあまり手を叩く子どもの様に、〝はしゃぎ〟〝胸踊る〟姿は、不気味以外の何物でもない。

 暗闇の中で響く笑い声は、これから始まる凄惨せいさんな事態の鐘となった。

 通常、植魔虫は人から養分を摂取する事が、生命を維持するための主な栄養摂取である。

 ――――が、外へ出る程の力を失ったため、やむ無く人里離れた洞窟内に隔離されていた。

 何れにしろ、この個体が餓死を免れたのは、定期的にやってくる〝家畜えさ〟を貰う事による供給のおかげである。

 人を主食とした植魔虫を数ヶ月もの間、匿っていたのは紛れもなく鬼灯だった。

 捕獲、当初こそ〝可憐な女性〟の姿であったが、今の状態は見るに耐えない怠惰たいだの塊となっている。

 元は人間とは思えない程に幾倍も肥え太り、成長に耐え凌ぐ体の影響で、頭皮や皮膚が割けていた。

 脱け殻の様に剥けても再生される事はなく、生々しい血管や静脈が浮き彫りとなる。

 生前の人物が十二分に手入れしていた、爪や毛髪は無惨にも抜け落ちていた。

 四肢は人の姿にあらぬ多腕多脚たわんたきゃくであり、一つ一つが次の段階に進むための成れの果てであった。

 生物の進化とは、時に

 到底、数え切れない家畜を食い散らかし花の守り人の間では、別名〝病害種〟と呼ばれる〝植魔虫〟。

 その名は……〝薊馬アザミウマ〟――――体内から人に寄生し、その生き血を長期に渡り吸う個体で、幼体の時よりも幾倍に体積を増やす低級の植魔虫。

 そして、数年間と洞窟の奥深くに隔離されていた薊馬アザミウマは、腐敗臭の中に漂う僅かな生気の匂いを感じ取っていた。

 鬼灯から定期的に与えられる主食の〝豚〟〝牛〟〝鶏〟――――それから、〝人〟から発する独特の匂いを……。

 久方振ひさかたぶりの餌を間近にして、興奮で溢れんばかりの食欲が、押さえきれない様子を見せた。

 醜い顔を更にゆがませながら、不整列な歯間からよだれを垂らす。

 それは、多種類の生物による生き血で作られた、よどんでいる水面に落下後、幾重にも波紋を作る。

 幾多に及ぶ亡骸の山を築き上げても尚、その渇きと病んだ体は癒えていなかった。

 そのたった一つの欲望をうるおす物こそ――――せいある〝人〟である。

 待ちきれないのか駄々をねる薊馬は『ハヤく、ハヤく……!!』

 と、体を擦り合わせた奇怪な音を発しながら、辺りに転がる複数の死肉を檻の外へ投げ捨てる。

 それは数M離れた入り口付近の壁に衝突し、肉片の塊物が辺りに飛散。

 周囲の食べのカスの内部には、おこぼれを貰っていた、小さな虫達がうごめき出していた。

 自らを拘束する複数の木製で出来た支柱に対して、〝大小〟異なる多腕たわんを駆使して前後に揺さ振り出す。

 その勢いたるや、地面と天井に強く固定されているにも関わらず、地鳴りを辺りにとどろかせた。

 日々、乱暴な行為が幾度も行われた支柱は、手跡がびっしり所狭しと刻まれている。

 尋常ならざる握力のせいか、半分にも満たない状態で痩せ細っていた。

 支柱の隙間から巨躯きょくをねじ込みながら、自らの欲望に身を任せて叫ぶ。

 その言葉は、まるで〝恋い焦がれる乙女〟のような――――

『ハァハァッ。ヤワらかそうで……美味オイしそうなニオい……。今日キョウは、びっきりのご馳走チソウね……アァァアッ、ハヤべたいわ!!』

 人と違い植魔虫しょくまちゅうにとって、支配と蹂躙じゅうりんは――――ただ己の腹を満たすための行為。

 私利私欲のために弱者をじ伏せ、途方もない快楽に浸るだけの日々。

 もはや、鬼灯の声が、足音が、吐息さえも愛しく感じる薊馬アザミウマ欲望しょくよくは、爆発寸前であった。

 
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