いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第13輪【この世で一人の母がくれた物】

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 三月の言葉は幼かった桜香にとって、1つも記憶に残らないかも知れない。

 しかし、一切の妥協はせず一つ一つ丁寧に……いつしか思い出せる様に心の引き出しに閉まった。

 自らが亡き後、何れ成長した娘がどんな人生を歩むのかも分からない。

 出来るならば、と同じ〝花の守り人〟にはなってほしくない。

 子の成長すらまともに拝めず、明日にだって……もしかしたら1秒先には存在していないかも知れない。

 本当はずっと側にいて見守りたい……だけど、自分の幸せだけを願っては駄目なんだ――――同じ、人の親として惨劇を見過ごす事は許せなかった。

 日々の植魔虫退治で桜香に会えない時でも、そんな事を考えてたら息が苦しくなってくる。

 だけど――――生きていく上で歩むべき道は沢山あって、自分が強く輝ける目指すべき光も沢山ある。

 三月が〝花の守り人〟として、多くの命を失い……また、多くの笑顔を救った様に……

 愛する娘が娘らしく生き、〝精神〟〝気品〟〝心〟が美しく育ってほしい……数々の言葉や〝桜香なまえ〟にはそんな思いも込められていた。

 人や自然を守護する〝花の守り人〟として……否、一人の母として精一杯の愛情を娘に注いだ。

 この世界で一人の娘――――〝桜香〟のために、見本となり憧れられるひとで在りたい。

 己の時間の許す限り、どこかで悲しんでいる人や苦しんでいる人のが聞こえても、それで〝心〟が砕かれても笑顔を絶やさなかった。

 ――――この世は残酷だ。

 そんな幸せの日々も長くは続かず、幾多の罪もない人々が犠牲となったが起こったのだ。

 意図せずして植魔虫狩り史上〝最凶最悪〟の個体が、大量の仲間を引き連れ〝花の都〟へと攻めてきたのだ。

 それに対抗して準最高位の〝花鳥風月〟、並びに全勢力を投入し討伐を試みた。

 最高位の花の守り人――――〝四季折々しきおりおり〟は、〝春の守り人〟の三月しか現地にはいなかったとされている。

 遅れて応援に駆け付けた時には、視界が一面の血で染まり、予想を遥かに凌ぐ勢いで戦線は劣勢を極めていた。

 しかし、三月は諦めなかった――――少しでも息がある者には、精神力を消費する〝華技かぎ〟で治療を行い。

 自らが疲弊し意識朦朧いしきもうろうとなろうとも、人々の〝希望〟の灯火を絶やさないために、片腕を失っても刀を振り続けた。

 まだ動ける者達には、これまでの〝経験〟を生かし、的確な〝判断〟と士気を下げぬためにも〝鼓舞〟をする。

『私が付いてるから、大丈夫。安心して』
『相手も疲労している。もう一踏ん張りだよ』
『前線は私一人に任せて、他の者の援護を!!』

 そんな三月の努力も虚しく、無限に湧き続ける植魔虫は、人に寄生する事により徐々にその勢力を拡大していった。

 かつての仲間さえも斬らなければいけない状況でさえ、悲しむ余裕も涙を流してとむらう隙も与えない敵の進撃――――。

 人を喰らえば治癒する〝植魔虫〟の圧倒的な戦力と、生身である〝花の守り人〟では長期戦での勝率に偏りが生じる。

 〝絶望〟と言う二文字――――それが頭に浮かび上がり死を覚悟した三月は、全ての生命力を〝華技〟として刀に宿し、今まで共に歩んできた相棒に託す。

 対抗出来る唯一の武器を放しても尚『花弁四刀これを祖父に……!!あなたは娘を頼んだわよ?――――』と最後まで我が子の心配をした。

 自らを犠牲に心中する事を選んだ三月は、他の者達を逃がすために、植魔虫が好む香料を自らに塗布すると力の限り叫んだ。

『私はここにいる!!……人は、決して屈しない。お前達を必ず駆逐する者が現れる。さようなら――――私達の希望おうか……』

 やがて、四肢を食いちぎられようとも抗い続けた命の灯火は消え、それと共に無差別的な大規模爆発が戦場を焼け野原と化す。

 これは結果に基づく不幸中の幸いだが、一人の勇気ある行動のお陰で、人の犠牲は最小限に抑えられた。

 元凶である植魔虫の動向は不明となっており、この時に負った傷を癒すために何処かに潜んでいると囁かれている。

 三月は戦地へと出向く前に『そんなに泣かないで大丈夫よ?』――――桜香にそう告げるといつもの笑顔を見せて出ていった。

 もしこの時、祖父が強く止めていれば、愛する娘と1人しかいない孫の母は、今でも元気に生きていたかも知れない。

 過ぎてしまった今となっては叶わぬ願いであり、娘の気持ちを理解していた祖父には、そんな〝非情〟な事は酷だった。

 三月が任務へと行ってから、梅雨が明ける程の期間が過ぎた頃。

 帰ってきたのはいつもの娘ではなく、数々の命を救ってきた業物――――〝花弁四刀〟だけが祖父へと届く。

 まだ幼かった桜香は事態が分からないため、変わらずの笑顔を祖父へと振り撒いた。

 祖父は涙ぐむ表情を見せまいと、必死に堪えたがどうしても止められず、流れ出る雫は抱かれた桜香の顔へと降り注ぐ。

 それを拭う小さな手が愛しくも切なくて、やり場のない気持ちに胸が締め付けられる。

〝この子だけは、命に代えても守り通す〟――――そう強く思いながら抱き締めると、初めて娘の子守りをした時と重なった。

 能天気な娘は誰も居ない道では、不思議な子だと訳も分からず笑われたりもした。

〝花の守り人〟になると言われた日には、〝お前は親不孝者だ〟と言い続け、久しぶりに帰ったと思えば、子どもが産まれたと言われ頭ごなしに叱ったりもした。

 それも、今となっては笑い話になる懐かしい思い出――――まだ孫の中で娘は生きている。

 桜香を優しく抱き締めると『人々の笑顔を守る筈の三月おまえが、桜香この子?……』と言いながら頭を撫でた。

 この時、笑いながら泣いた祖父は十数年後の死ぬ間際まで、娘が大事にしていた世界に一人の宝物を守り抜いた。

 ――――桜香は1人ではない。

 沢山の見えない愛情と、込められた思いによって支えられている。

 今も……そして――――


 ★


 手の中にあった花の声はいつしか――――桜香の耳に届く事はなかった。

『ごめんね……痛かったよね……』

 涙ながらに声を発する桜香に対し、普段ならば『道端の花に話しかける何て変だ。どうかしてるよ』と言っていただろう―――――

 しかし、そんな言葉はだと、目の前の光景を見て少年は実感した。

 たかが花一輪……されど花一輪――――果たして、この世界でこんなにも心を打つ光景があっただろうか?

 桜色の瞳から溢れる涙を流し、頬を擦り寄せては自らの罪を償う様。

 己の気持ちを前へ出すと見えてくる物がある。
 限りなく視野を広げ、〝意識〟して始めて分かった気がした。

 自らがと、心の奥にあった言葉の意味を――――

 (こんな所で挫けちゃ駄目だ……困った人が目の前にいれば助ける。やるべき事は今やらなきゃいけない事!!)

 覚悟を決めた桜香は、手元の一輪花を木の根元まで持って行くと、汚れる事や怪我を恐れず、小さな花のために地面を掘る。

 両手の指に力を込める度に、爪が反り返りそうな痛みが全身に巡るかの如く襲う。

 途中、見かねた少年が『俺も手伝うよ?……』と言ったが、桜香は無言で首を横に振った。

 それから時は過ぎ一切の妥協や弱音等吐かず、一心不乱でとむらう様な丁寧さで掘り進めた。

 辺りには、冷たい夜風が吹き抜ける音と土の音が静かに響いている。
 まるで森全体を支配する様な闇夜が、桜香と少年の輪郭を徐々に呑み込んでいく。
 天上に散りばめられた無数の星達の光は、淡い輝きを放つ。

 その後、不器用ながらも即席で小さな穴が出来上がると、両手で優しく花を底へ置き、横へ積まれた柔土を被せる。

 時折、小声で話し掛けたり微笑んでいる桜香。

 少年に〝花の声は聞こえていない〟――――そんな事はお構い無しに桜香は、地面に指で何かを書いている様だった。

『良しっ!!ちょっと不器用だけど完成……!!』と、控えめに喜びの顔を見せる。

 暫くして土で汚れた手で、顔を擦り付けながら少年の方を振り向くと『いきなり泣いてごめんね。私は、もう大丈夫だから。協力して一緒に悪事を暴こう!!』と屈託のない笑顔を見せる。

 思いは心に留め決して振り返らずに前を見つめる桜香に、少年は恋心にも似た心臓の高鳴りを感じた。

(泣いたかと思えば直ぐ笑顔になるなんて不思議な奴だな……)

 あまりにも真っ直ぐな桜色の瞳に、少しだけ照れる少年は『フゥッ……』と、一呼吸置いてから言った。

『俺の名前は〝青葉あおば〟これからよろしくな!!』と手を伸ばす。

 すると『へへっ、改めて私は桜香だよ。こちらこそよろしくね!!』と返し、手を握りながら立ち上がる桜香。

 無意識にやってしまったが、青葉の温かい手が桜香の手と交わると、あまり異性と関わった事のないのか、立ち上がって互いに直ぐ手を離す。

『じゃぁ……戻ろうか』と、照れを紛らわす様に青葉が頭を掻きながら言う。

 それに対し『うん。そうだね……』と返す桜香が青葉の顔を覗くと、横顔がほんのり桜色に染まっている気がした。

 夜道の中、二人で村へ帰る道中、他愛もない会話をした。
 良くある好き嫌いの食べ物の話や、最近の趣味や身近な話等。
 互いに直感で触れてはいけない気がして、両親の事は会話には出なかった。

 同じだなって感じたのは〝花の守り人〟になって大事な人を守りたい……って事。

 二人の出会いは最悪だったが、歳が近いせいか仲良くなるには丁度良い距離を歩いた。

 まるで本当の姉弟の様に笑いながら帰る後ろ姿は、なのかも知れない――――

 桜香と青葉、二人が離れてから数時間経った頃。
 地面に指で書かれた文字が、月の光に照らされて浮かび上がっていた。
 そこには真っ暗闇で下手くそながらも、一生懸命な字でこう書かれていた。

〝ごめんね。また何処かで……〟

 小さく書かれた文字は、日が経てば消えてしまう儚い言葉かもしれない。

 しかし、桜香の心と記憶には永遠と残ることになる。
 命の灯火が消えようとも、決して無駄にはならない。
 それは、



 ★



 夜遅く村へ帰った二人は、二言程言葉を交わすと各々の寝室に戻り、桜香は誰よりも早く起きて出発すると告げていた。

 自分が目を覚ます頃には居ないだろう――――そう思うと少しだけ寂しい気がするけれど、『刀を見つけたらまた来るからね』と言っていたから影ながら楽しみな青葉。

 桜香と青葉の結束を固めた夜が明け、やがていつも通りの朝がやって来る。

 起床の時には〝鶏〟や〝牛〟等の家畜達の鳴き声で起きるのが日課だ。 

 しかし今日はいつもと違って、鳴き声は聞こえない代わりに人の怒鳴り声で飛び起きる青葉。

 寝惚ねぼまなこをこすりながら扉を開けて外を出ると、そこには怒り心頭でざわめく村人達の姿があった。

『昨日までいた家畜達が居なくなってるわよ!!』

『大変だ!!村中の食糧もないぞ!?誰がこんな事を……』

『最近、ここらで出没しているの仕業じゃねぇのか!!?』

 そこには村長含めた村人全員と、『まぁまぁ、みんな落ち着いてよ』と、詰め寄られながらもなだめている鬼灯の姿が青葉の瞳に映った。

 その光景を目の当たりにした青葉は咄嗟とっさに『おっ……お前の仕業だろっ!!』と、鬼灯に指を差しながら大声で叫んだ。

 突然の出来事に村人達全員の視線を一手に引き受けた青葉だったが、この状況にもかかわらず鬼灯だけは

 すると、わざとらしく『あーそうかいそうかい。何か気分が悪くなってきたわ』と言いながら、人波を避けて歩く鬼灯。

 背を向けた鬼灯は表情を悟られない様に『そんなに疑われちゃぁ……しょうがねぇな。俺は、この村から出てくよ』と言って森へと歩き始めた。

 希望を捨てず必死に繋ぎ止めようとする者や、絶望して泣き崩れる者が現れる。

『そんな……〝森の魔物〟が討伐されていないのに、俺達はこれからどうしたらいいんだ……』
『〝花鳥風月〟の鬼灯様が居なくては、夜も眠れないわ……』

『こらっ青葉!!。今すぐ鬼灯様に謝りなさい。鬼灯様はこの村に無くてはならない存在じゃぞ!!』 

 阿鼻叫喚あびきょうかんとなっているこの場所で、村長の一言により束の間の静寂が訪れる。

 杖を着きながら左右に人波が割れると、村長が青葉の前まで歩いてきた。

『ふぅ……』と長いため息を吐きながら、真っ直ぐに青葉の目を見ながら口を開いた。

わしの娘……お前の母が植魔虫に襲われたのは今でも後悔している。沢山の命が奪われて残ったのは20人程これだけじゃ。年老いても守らなければいけないのが村長の務めなのを理解してほしい……』

 そんな村長の思いを誰よりも知っている青葉は、『嫌だね!!花の守り人って〝偽ってる嘘つき野郎〟に謝るもんか!』と涙を浮かべながら再び鬼灯に矛先を向ける。

 青葉の言葉に立ち止まる鬼灯は、『おっと……。1つ世話になったよしみだ。昨晩、桜香ちゃんの部屋でこんな物を拾ったんだが――――』と言いながらすそに手を入れ、丸く膨れた小袋を出してきた。

 小さく結ばれた蝶々結びを、時間を掛けてゆっくりとほどいていく。

『こうなりゃぁ、答えは単純だ。突然現れたかと思えば、知らぬ間に消えた少女と残された小袋――――その中身は……』

 鬼灯の言葉に固唾を飲んで見守る村人達と、中身に気付く青葉。

 勿体振る様に視線を独り占めした鬼灯は、得意気に笑みを溢しながら高らにを上げた。

『大方、コイツを置いて村を混乱させようとしたみたいだが、この鬼灯様には見破られたみたいだな!!』と自慢気に述べる鬼灯。

 陽の光に照らされたおかげか丸みを帯びた赤い体に加え、黒色の星模様が見る者に強烈な印象を植え付ける。

 その正体は――――寝起きの様な『キュキュッ!?』と可愛らしく鳴いている七星天道虫ななちゃんの姿だった。



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