いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第12輪【いつだって小さな者に感謝を忘れるな】

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 音を極力立てず……気付かれないように、優しく丁寧に――――

 母の刀と比べて大きな割には、が手の感触から伝わる。

(よし掴んだっ!!――――後はゆっくり引き寄せて……鞘から抜くだけ!!)

 そう強く心で念じながら、柄に掛けていた右手に力を込める。

 刹那、刀を持っていた手の甲に、少し大きめの石礫いしつぶてが直撃する。

 手の甲に当たった石礫は、そのままイビキを掻いている村長の口に入っていった。

 一体、何が起こったか分からない桜香は『いっ……痛っ……!!』と、反射的に声を発した。

 宴に酔いつぶれた鬼灯含む村人達は、起き上がりそうにない程、深い眠りについている。

 大声を上げて絶叫したい程の痛みだったが、奥歯を噛み締めて耐え凌いだ。
 それでもあまりの痛さに、瞳一杯に涙が溢れ出す。 

(泣いちゃ駄目だ。冷静に考えて。――――石は外から投げられた?……どうして?)
 幸い血は出ていないが、赤く晴れた右手をさする。

 周囲をいくら見回せど人らしき姿はないが、微かな気配は感じ取れた桜香。

 すると、小さな声で『おい。。ちょっと外に来てくれっ』と、大人ではない声が聞こえた。

 怒りが収まらない桜香は『分かったよ……もうっ!!。後が残ったら怒るからね!?』と、半ば怒り口調で言うと、桜色に染まる頬を膨らませながら静かに外へ行く。

 親の仇の様な顔で辺りを探していると、1つだけほのかな灯りのついた家屋が眼に止まる。

 入り口には外に向かって飛び出る手があり、女の子の桜香よりも肉付きが細い印象のある手だった。

 本当は1人で夜には出たくなかったが、鳴り止まぬ鼓動を呼吸で落ち着かせながら歩く。

 静かに入り口付近まで行くと、先程まで出ていた手は引っ込んでいた。
 植魔虫が灯りに釣られて襲ってくるかも知れない。
 にもかかわず、扉は開けっ放しで室内を見る限り視界には人がいない。
 造りは同じの家屋に恐る恐る足を踏み入れた。

 その時――――扉が勝手に閉まる音がし『お前、今日来た旅人だろ?。1つ聞くけどの〝花の守り人〟か?』と、意外な質問をされる。

 細長い棒状の物を左斜め下から、首に当てられていた桜香だったが、怒りを抑えながら極めて冷静に答えた。

『私は〝花の守り人〟じゃないよ。でも、そうなるために早く〝花の都〟に行きたいの。何か用があるから呼んだんだよね?……

 桜香に確信を突かれた声の主は、余程動揺が隠せないのか、しどろもどろに答える。

『じゃっ……じゃあ、は誰の刀何だよ?まさか、奪っ――――』

 話半ばで即座に、桜香の『違うよ』という言葉がさえぎる。

〝嘘〟〝偽り〟のない瞳を見た刀泥棒は、あまりの真っ直ぐな態度に無言になった。

 そこに追い討ちを掛ける様に『あれは大事な刀――――〝花の守り人〟だった母の形見だから、返して欲しいんだけど?』と
 力強い眼差しで言った。

 強い想いが通じたのか首元の感触がなくなり、途端に桜香は視線を刀泥棒が居る左へと向ける。

 すると、自分よりも幼い印象を受ける少年が、涙をこらえ体を震わせながら立っていた。

 室内の灯りに照らされ、黒髪に少しだけ混じる赤い毛色が特徴の少年は『俺も同じだよ。村長じいちゃん達は騙されてるんだ。あの鬼灯って奴にさ!!』と涙ながらに訴える。

 されど表情は変えず『ふむふむ。事情は分からないけど……何があったの?』と、事の顛末てんまつを優しく引き出す桜香。

 その後――――興奮した少年がこれまで村に起こった事を説明してくれた。
 口早で沢山の事を聞いたが、物事を冷静に頭の中で整理する桜香。

 鬼灯さんは〝花の守り人〟じゃなくて、植魔虫を退治と称した〝芝居〟を見せ、村人から物資を奪っている悪人と言うこと。

 少年が気付いた理由は、何故か夜しか現れないのに疑問を思い、危険を承知で追跡を行った。

 すると、村から程なく離れた洞窟で植魔虫から人が出てきて『村人も馬鹿な者だな。に貴重な食糧何て貢いでさ』とか言ってたらしい。

 あの時、桜香わたしに石を投げたのは、変に騒がれては困るためと、刀を盗んだことを謝るためと聞かされた。

 村長を祖父に持つ少年は、花の守り人について嫌になるほど聞かされていたみたい。

 ある酒の席の時に命である花輪刀を、雑に扱う鬼灯を見て偽物だと疑っていたんだって。

 正体を暴くなら〝日中〟〝人前〟で、鬼灯の刀を奪って、偽物の植魔虫を倒すのを見せる事。

 勿論、刀は偽物で特別な力はないし、偽物ほ
植魔虫だって明るい場所ならボロが出やすい。

 考えている桜香に少年は、言葉を選びつつも力強く言った。

『だから、植魔虫を倒せる〝花輪刀〟があれば、皆が鬼灯アイツに頼らなくてもいいかなって思ったんだ……』

 桜香はその思いを聞いて正直驚いていた――――
 見るからに10~12歳が良いところの少年が、重い〝花弁四刀〟を背負って走った事。

 そして、人から奪ってまででも助けたかった自身の家族への思いに……

 だが、感心と親近感が湧いていた矢先、少年は驚愕の事を口にする――――

『だけど俺、知らなかったんだ。花輪刀はってさ……』

『本当はここに持って帰りたかったけど、あの刀――――見た目の割にはし、ムカついて崖から森に向かって投げちゃったよ。ごめん……』

 ――――『え?……』

 少年の無慈悲な言葉に、時間が止まった様な感覚に襲われる桜香。

 自身でも理解出来ない行動だが、感情に任せ家屋を突然飛び出し、裏手の森まで走っていた。

 それは特に宛もなく、疲弊した体に鞭を打ちながら我武者羅がむしゃらに体が動いている。

 必死に制止する少年の声でさえ、今の桜香の心には届かない。

 辺りは、深い闇が森を包み込む静寂な夜。

 灯りもなく道さえない空間で、つまづきながらも前へ前へと足が歩を進める。

 幾分も休まずに森の奥へ進み続けると、互いに息が切れてきた様に緩まる足元。

 桜香は冷たい夜風に火照った体をさらされて、ようやく我に返る――――

 しかし、再び自らの意識を取り戻した時には、幼子の様に涙を溢しながら絶叫していた。

『お母さんのかたなぁぁあ……!!』

 突然、膝から崩れ落ちながらそう叫ぶと、ぶつけようのない怒りを罪の無い地面へと向ける。

 隣には少年の声がして『なぁ、悪かったよ……俺が責任を持って必ず探すからさ?』と言っていた。

 慰める様に優しくそう言うが、彼はきっと植魔虫の怖さを知らないのだろう。

 危険を承知で飛び出したけど、ここには必ずいるだろうし、私達が

 もし無防備の所を植魔虫ヤツらに襲われたら?……
〝花の守り人〟でもない少年少女二人で、一体なにが出来るの?

 そんな事を脳内で巡らす度に悲しくなる。
 何も守れていない自分の〝無力さ〟と、いつかどうにかなるって思っていた〝無知さ〟に――――

 そんな言葉が頭の中で渦巻いていると、余計に悲しくなってきた。

 ぶつけようのない怒りと気持ちのせいか、桜香の額は地に伏していた。

 地に吐いた連続する呼吸がはね返り、赤らめた頬を冷たい空気が撫でる。

『ひどいよぉぉおっ!!あんまりだぁぁあっ!!』

 小さな爪が反り返りそうになる程に、草花が生える土を握りしめた。

〝祖父の死〟〝刀の盗難〟〝傷だらけの体〟――――この、数日間で不幸の三重奏な桜香には、もう既に我慢の限界だった。 

 膝から崩れ落ちる桜香は、堪えていた涙が地面を濡らす。

 感情もなく、反撃もなく、ただ一方的に感情に支配された自分勝手わがままを行う。

 何度も。何度も。何度だってやった。
 それこそ気が狂うほどに――――

 感情任せに泣き崩れてから、幾時が流れたか自分でも分からない。
 少年の声が聞こえない程に、鼓動の高鳴りが体を支配している。

 もう自我が保てなくなりそうになったその時、頭の中で何かの声が聞こえた気がした。

 今にも消えてしまいそうな、か細い声で『痛いっ。止めてよ……』って、必死に叫ぶ声が……。

 顔をあげた桜香は周囲を見回したが、人らしき者はいない上に、仄かな温かさが手の中にあった。

 泣いたかと思えばいきなり辺りを見回す桜香に『どうしたの?何も言ってないよ?』と、少年は困り顔で言った。

 我に返った桜香の手中には、夜更けにより黒く染まった土や草、それから小さな花の姿があった。

 艶やかな花弁は無惨にも散り散りとなり、太陽に向かって真っ直ぐ伸びきっていた茎は、無情にも不規則に曲がっている1輪の名も無き花。

 人間は時として無関心である――――自分だけが前を向いて歩けば良いと、当然の如く思っている生き物だ。

 だが、自由に出来ない花や草や木はどうだろう?
 人の様に怪我をしても、病気になっても、自然災害にも対応は出来ない。
 全ての命ある物はと接触して始めて、生き長らえることが可能である。

 場所など選べず風が運ぶその場で生まれ育ち、やがて子を生み落として種を繁栄させて……
 そうして生まれ育った地で生涯を終える事が出来るのは、全体を見てもきっと一握りである。

 しかし、花や草木と意志疎通いしそつうの出来る者が、実はに存在していた。

 この時まで本人にさえ気付けなかったが、元来、桜香には産まれ持った〝才能〟が備わっている。
 それは、一部の動植物と意思の疎通が出来る天賦てんぶの祝福〟―――〝自然心交しぜんしんこう

 では何故、この日この場まで自分自身で気付けなかったのか? 

 答えは母、三月が言葉の理解出来ない幼き桜香に伝えた言葉にある

 戦場の最前線に立つ〝花の守り人〟である三月は、やがて娘に会えなくなる日が来るのを知っていた。

 過酷な任務が終わる度に、時間がないながらも〝母としての言葉〟を、いくつも残してくれていたのだ。

 ――――『私達が挫ける度に強くなり、再び歩けるのは……があるからよ?』

『良い桜香?……人は人だけを思っていては駄目。鳥だって、道に生えている草花にだって、私達みたいに言葉は話さないけど、〝呼吸〟をして〝命〟ある限り精一杯生きているの』

 ――――小さな命に感謝しなさい。そして……



 
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