いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第11輪【温かな歓迎と花の 守り人】

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 桜香は恋にも似た心臓の高鳴りを感じながら握った手を離すと、鬼灯ほおずきの顔が直視出来ず床に視線を落とす。

 温もり冷めぬまま火照ほてる頬に手を当て、思わず恥ずかしくて地べたに座り込む。

 村人達は状況を察したのか尚も優しく微笑む鬼灯と、乙女になる桜香をつまみに注ぎ合いながら談笑している。

 周囲の笑い声が遠退いて聞こえる程、鳴り響く心音が体を包み込む。

(〝花の守り人〟って、温かくて優しそうな雰囲気だ。あれ?ちょっと息が苦しいかも……。もしかして私――――風邪でも引いたのかな?)

 胸に左手を当て乱れる心音の確認をし、右手では額の熱を確認する。

 共に際立って異常はなく、少しだけ〝興奮〟している様だった。

(いきなりビックリしたなぁ……。これは一時的な症状かな?)

 ここ最近色々有りすぎてきっと疲れているのかも……と自己解決をする桜香。

 心を落ち着かせるためにゆっくりと息を吸い――――そして、わるものを体内から出すように息を吐いた。

 呼吸を整える度に気持ちが穏やかになり、次第に先程の事が嘘みたいに体が軽くなった。
 考え抜いた桜香の結論は1つ――――(きっと疲労による体調不良だろう……気にしない気にしない)だった。

 そんな思考を巡らしているのを他所に、歓迎ムードの中で村長が盃片手に高らかと宣言した。

今宵こよいは桜香さんの前途ぜんとを祝して皆の者、乾杯をしようじゃないか!?』

 村人の大人達は各々持ち寄った酒を掲げ、一方の鬼灯ほおずきは通常の倍近い器を持つ。

〝飲酒〟出来ない未成年の桜香には、村で飼っている家畜から出た牛乳が配られた。

(こんな歓迎されたの生まれて初めてだ……!!この、白い飲み物は何だろう?)

 桜香は牛乳入りの器を手に持つと、一切の不純物のない純白の見慣れない液体を凝視する。

 鼻を近づけ匂いを嗅いでみると、甘く豊潤ほうじゅんな香りが桜香を魅了みりょうする。

 だが、桜香の中で亡き祖父の言葉が脳裏をよぎる。

(でも、お祖父ちゃんが『知らない人から貰った食べ物は、良く確認して口にしなさい!!』って言ってたな……)

 頭の中で、本能に素直な飲みたい気持ちと、言い付けを守りたい真面目な気持ちが喧嘩をしているようだ。

『……であるから……これからも……村人一丸となって――――』

 不思議な液体の香りに虜となっている間に、村長のありがた~いお言葉をすっかり聞き逃した桜香。

 間髪入れずに『それでは、乾杯!!』と、村長の掛け声と共に、みなが持つ木製で出来たさかずきを天井に向けて同様に叫ぶ。

 溢れんばかりの盃で乾杯すると、その拍子で木製の食卓に並べられた食料達に酒の雨が降る。

 零れ落ちるのを気にも止めず一気に飲み干す様は、まだ子どもながら見ていて羨ましいと思う桜香。

 欲望と少しの甘えに負けた桜香は喉の渇きも手伝い、瞳を輝かせながら『何か楽しそうだ!!』と思い、見様見真似みようみまねで器を天井に掲げる。

 今すぐにでも零れ落ちそうな液体を1滴も無駄にする事なく、そのまま勢いに任せて口へと流し込む。

 口一杯になった牛乳を豪快に飲み込むと、左手を胸に当てながら『うっ……うぐっ……』と、半ばうめき声の様に声を漏らす。

 突然の苦しそうな桜香の反応に、皆の視線が向けられた。
 周りを取り囲む様に心配をする声や、少女の背中をさする優しい感触が伝わってくる。

『大丈夫かい?どこか痛いのか?』
『違うわよ。牛乳が不味かったんじゃない?』
『おい!!泣いてるじゃねぇか!!だから、薬草汁の方が喜ぶって言ったろ?』

 室内に響く喧騒の中を、桜香の『違うの!!』と言う声で掻き消される。

 先程とは打って変わって一瞬で静寂となり、心で感じた素直な言葉を口に出した。

『こんな優しくて、温かい雰囲気は……久し振りだか……ら。いきなり驚かせてごめんなさい――――』

 桜色の瞳から流れ出る雫は、頬を伝いミルクの器へと降り注がれる。

 それは、小さな波紋を形成すると、混ざり合いながら静かに溶けていった――――

 突然涙ぐむ桜香に周りは驚きながらも優しく、そして温かく接してくれた。

 まだ祖父と住んでいた場所から程近いこの村で、見ず知らずの人にさえ優しくしてくれる。
 初めて肉親以外の人と触れた温もりは、桜香の心に一時の安らぎを与えた。

 母や祖父までもが亡くなり、唯一の生きる目的は皆が憧れ目指した、〝花の守り人〟になり全ての悲しみの連鎖を断つ事。

 その過程は、何年、何十年と掛かるかも知れない。
 もしかしたら、祖父と同じく願い叶わずに死んで仕舞うかも知れない。

 だけど、せっかく引き寄せたきぼうを、慎重にゆっくりと手繰たぐり寄せて物にしたいんだ。

 それには現役である鬼灯さんの話は、今後〝花の守り人〟を志す上で非常に参考になる。

 周りに笑顔を振り撒きつつ、鬼灯に質問する間を探っていた桜香。

 村人の顔1つ1つが決まって笑顔であり、心から歓迎をしてくれている。

 相変わらず鬼灯さんは酒に夢中だけど、酔ってた方が相手も話やすいかな?

 牛乳をすすりながらそんな事を頭の中で巡らす。

 そして、ふと気付づく――――押し寄せる人波の中、一瞬だけ大酒を飲む人影が桜香の視界に映り込む。

 村人達とも違った雰囲気で、ましてや鬼灯さんの仲間ではないと思う。

 だが、意識したその時には人影が幻の様に消えていた。

 どことなく雰囲気が似ているとすれば、朝方崖から落ちた時に出会った老人?――――この村に着いてから会っていないけど元気だろうか?。

 不思議な出来事に〝狐に摘ままれた様な顔〟で呆然ぼうぜんと眺めていると『さぁさぁ、桜香さんばかりに集中すると酒が無くなるぞ?』と言う、村長の声で桜香から人が順番にけて行く。

 その人影が結局何だったのか疑問が残る中、桜香の歓迎会もとい飲み会が再開される。

(今は鬼灯さんに聞かないと。目指した理由と1番大変な事とか……)

 ――――真面目で一途な桜香は、物事を多重では考えられなかった。

 楽しい会が時間の感覚も分からない程に進む中、村長が食卓へと突然上り鬼灯の武勇伝を語り始めた。

 千鳥足になりながらも見事な体勢を取ると『お前達……鬼灯さん。否、鬼灯はなぁ……』と話始める。

 桜香は勿論初めてだが周りの反応を見るに、どうやら毎度あるらしい――――顔が引き釣っているのが分かる。

 村長は咳を一度し『以前、この村の周囲に巣くっていた植魔虫を、全て1人で全滅させた凄い人物なるぞぃ……』と胸を張って言った。

 その言葉を聞き、植魔虫に実際会った桜香には少しだけ分かる。
 祖父が亡くなった夜、初めて出会った夜盗虫の場合。
 あの個体数を1人で討伐するのは、並の人間では対処が不可能に近い。
 ――――否、不可能と断言する

 もし可能とするならば位の低い花の守り人ではなく、それは本当の意味での〝選ばれし存在〟なのだと。

 それでも桜香は疑問に思う。
(そんな凄い人が単身で……しかも長期に渡り滞在するだろうか?――――)と。

『そんなに凄い人何ですか?でも私の所には植魔虫が……』と、思わず口に出す桜香。

 村長は一本線だった眼を見開き『なんとっ!?この方は花の守り人にして、準最高位の〝花鳥風月〟の一角何ですぞ!?』と、酔った村長が高らかに声を荒げる。

 その怒号に近い声に『まぁ良いって、良いって……』と頬を赤らめながら庇う鬼灯だが、明らかに泥酔気味の様だ。

 鬼灯は桜香に千鳥足で近づくと静かに耳元で呟いた。

『俺の事は、街に着いても言わないでほしい。ちょっと、理由がややこしくてね』

『実は、凄く大事な任務をしなくちゃいけなくて、とても重要で秘密にしたいから、皆には〝シーッ〟な!!』

 と言っていたが、『かちょーふぅげつ?』と、初めて聞いた言葉に、未だに桜香は首を傾げていた。

『じゃあまたね』と鬼灯は自席へと戻るが、
 村長が急接近してくる。

 桜香の何気ない一言により、一瞬だが村人達の笑みは消え、村長の鼻が桜香の鼻と接触する寸前まで迫る。

『まさか、花の守り人を目指しているのに知らないとは言いませんな?』と言いながら、桜香の桜色の瞳としっかりと視線が合う。

(お酒の匂い……凄いな、もうっ!!。聞いたこと無いんだから知らないものは知らない!!)

 あまりの口臭と怒涛の勢いに、桜香は村長を避けて建物の角に逃げた。

 祖父と〝花の守り人〟について話をした時は、〝花鳥風月〟と言う名前は出なかった。
 それは何故か?――――母である〝三月〟は更に上の位に名を連ねていたからだ。

 早口でまくし立てる老人の言葉を纏めると、どうやら花の守り人にも強さの序列があり、名を与えられる者は一握りもいないみたいだ。

 いくら説明されようと鬼灯の凄さが分からない桜香を、酔った勢いの村長は哀れみの視線を存分に送る。

 程なくして感情の落差が激しい老人は酔いの頂きに達した。
 卓上から勢い良く落ちてそのまま睡魔へといざなわれた。

 当の本人である鬼灯は気持ち良さそうに寝て、大事な筈の〝花輪刀〟を足蹴りにしている。

 周囲の村人達も酔い潰れてているのか、お酒を飲んでいない桜香を残して意識ある者はいない。

(言葉じゃ言い表せないけど、凄い人って全身から……何か渦巻いたオーラが出る物だと思ってた。だけど私の想像と違うみたい)

 少し落胆する桜香は、鬼灯の花輪刀が自分の近くにある事に気づく。

 この時、桜香の中にある欲求が生まれてしまった――――

『お母さん以外の花輪刀――――ちょっとだけなら、触っても良いよね?』

 桜香の好奇心はこの時だけ出た物ではなく、祖父に預けられた生後間もない頃からある。

 小さい頃は祖父の言い付けを守らないで1人で街を目指したり、興味半分で刃物を持って指を切ったりもした。

 母の大事な形見である〝花弁四刀〟を、物干し竿や祖父の肩叩き道具として使ったりもした。

 見つかればその度に祖父から沢山怒られて、それが終われば、まるで曇りから晴れる様に沢山笑ったりもした――――

(本当は駄目な事なんだろうけど……それ以上に今は、

 桜香のか細く華奢な手は、ゆっくりと刀へと触れようとしていた――――


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