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4.色んな賞味期限
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仕事のない日は洗濯と掃除をし、その後ジムに行くのが樹の日課。
モデルである以上、体系維持は必須だから。
そしてその後、渡辺が早く帰る時は家に帰って一緒に夕食を取り、渡辺が遅くなる時はセフレと連絡を取る。
「久しぶりだな」
「先週会ったばっかじゃん」
「シャワー浴びて来い」
鈴木健吾は、いつも樹にシャワーを勧めてくれる。そして自分もシャワーを浴びてからことを始める。そして情事が終わった後はゆっくりベッドで話をし、汗を流して帰るよう勧めてくれる。
ドアを開けた途端、玄関で…とか、やることが終われば会話もなく服だけ着て帰れ…という相手もいるので、鈴木はかなり紳士的だった。
情事の後、いつも通り横になって息を整えている樹に鈴木が言った。
「恋しちゃったかも…」
「誰に?」
「新入社員が俺の部署に配属されたんだけど…可愛いんだ…とっても…」
お堅い銀行員である鈴木から、恋バナを聞くことになろうとは…樹は戸惑った。
話と言えば無難な世間話か経済情勢。それもポツリポツリとしか話さない鈴木が、祈るように胸の前で手を組み、うっとりと恋を語っている。
「顔立ちは素朴で、普通と言えば普通なんだけど…しぐさが可愛くて…すごく一生懸命だから、思わず手を貸したくなる感じ…」
「はあ…」
「でも男に興味なさそうだから…落ち着いたら、何気なく誘ってみようとは思うけど、無理だろうな…」
「ちょっと本気モード?」
「ちょっとじゃない。完全にだ」
「そう…」
「斉藤じゃなくて…尊って呼びたいな…」
(サイトウタケルって名前なんだな…本気モードじゃなくて、乙女モードだろう)
虚しい会話を続けたくなくて、樹は“シャワー使わせてもらうね”とベッドを降りた。
賞味期限の長い銀行員である鈴木。その彼までもが本気の恋をしようとしている。それなのに自分は仕事も恋も刺身並みの賞味期限。樹は自宅のパーキングに車を停めたままエンジンを切るのも忘れ、切なくなって運転席で膝を抱えた。
どうして僕はこうなんだろう。どうして僕は…サイトウタケルのように、勝の恋人のように、愛してもらえないんだろう…切ない…
ふと渡辺の顔が思い浮かぶ。夜景の撮影って言ってたけど…声が聞きたくなって、スマホを取り出した。
『どうした?』
「今どこ?」
『会社。撮影終わって戻ってきた』
「迎えに行こうか?」
『コレクション、明後日だろう?』
「都内にいるから、真っ直ぐ帰っても時間は変わらない。迎えに行く」
渡辺と少しでも一緒にいたいと思った樹は、自宅のパーキングから車を出した。
「運転変わろうか?」
いつもと違う樹の様子に気がついた渡辺が、出版社を出る前に優しく問いかけた。
「うん…」
「珍しいな。どうした?」
「ちょっと…切なくなって…」
渡辺の大きな手が樹の髪をかき回す。
車が走り出してもうつむいたまま、乱れた髪を直そうともしない樹に、心配になった渡辺が再び問いかけた。
「何があったのか話してみろ」
「何もないんだけど…切ないんだ…」
消え入るようなその声に、路肩に車を止めた渡辺が樹を見つめる。そして、そっと抱きしめた。
「胸が痛い?」
「うん…」
「痛くなくなるまで、こうしててやる」
「…うん…もっとギュってして」
渡辺に抱きしめられると、胸につかえていた何かがスーッと落ちていくようだった。
…不思議だな…もう切なくない。でも…もう少しだけ…
もっと抱きしめていて欲しいと思った樹は、しばらく経ってから“もう大丈夫”と、つぶやいて体を離した。
エレベーターに乗る頃になって、樹は自分の取った行動を後悔した。
こうして一緒に帰って来てしまったけど…実はセフレと会った後、渡辺の顔を見るのが嫌だった。
正確に言うと、セフレと遊んだ後の顔を渡辺に見られるのが嫌だった。
渡辺は樹が何をしてきたのか知っているはず。
そして自分は…何となく卑猥な顔をしている気がして…恥ずかしかったし、後ろめたかった。
だから普段は渡辺が戻る前に、さっさと家に帰り部屋に閉じこもっていた。
「先に寝るね」
切なさから開放された後、恥ずかしさが込み上げてきた樹は、渡辺と目を合わせずに部屋に向かう。
「待った」
腕をつかまれ、心臓が飛び上がる。日常よくあることなのに…ドキドキして顔が赤くなるのを感じた。
「本当に何もないんだな?」
「うん…」
「俺の目を見て話せ」
「ごめん…明日にして」
こんな顔を見られるのは恥ずかしい。これ以上渡辺と会話していると泣き出してしまいそうで、樹はそっと渡辺の手を振り払い部屋に入った。
胸が痛い…渡辺は何人ものセフレがいる自分をどう思っているんだろう。相手がどんな人なのか、どこで出会ったのか何でも話したけど、これだけは怖くて聞けなかった。
“僕が男と遊んでるの、どう思う?”
渡辺のことだから、蔑んだり嫌悪したりはないだろう。だけど…“それは樹の自由だから”と言われそうで、“樹がよければ、いいんじゃないか”と言われそうで…怖かった。
じゃあ何て答えて欲しいのか?
それは…わからなかった。
モデルである以上、体系維持は必須だから。
そしてその後、渡辺が早く帰る時は家に帰って一緒に夕食を取り、渡辺が遅くなる時はセフレと連絡を取る。
「久しぶりだな」
「先週会ったばっかじゃん」
「シャワー浴びて来い」
鈴木健吾は、いつも樹にシャワーを勧めてくれる。そして自分もシャワーを浴びてからことを始める。そして情事が終わった後はゆっくりベッドで話をし、汗を流して帰るよう勧めてくれる。
ドアを開けた途端、玄関で…とか、やることが終われば会話もなく服だけ着て帰れ…という相手もいるので、鈴木はかなり紳士的だった。
情事の後、いつも通り横になって息を整えている樹に鈴木が言った。
「恋しちゃったかも…」
「誰に?」
「新入社員が俺の部署に配属されたんだけど…可愛いんだ…とっても…」
お堅い銀行員である鈴木から、恋バナを聞くことになろうとは…樹は戸惑った。
話と言えば無難な世間話か経済情勢。それもポツリポツリとしか話さない鈴木が、祈るように胸の前で手を組み、うっとりと恋を語っている。
「顔立ちは素朴で、普通と言えば普通なんだけど…しぐさが可愛くて…すごく一生懸命だから、思わず手を貸したくなる感じ…」
「はあ…」
「でも男に興味なさそうだから…落ち着いたら、何気なく誘ってみようとは思うけど、無理だろうな…」
「ちょっと本気モード?」
「ちょっとじゃない。完全にだ」
「そう…」
「斉藤じゃなくて…尊って呼びたいな…」
(サイトウタケルって名前なんだな…本気モードじゃなくて、乙女モードだろう)
虚しい会話を続けたくなくて、樹は“シャワー使わせてもらうね”とベッドを降りた。
賞味期限の長い銀行員である鈴木。その彼までもが本気の恋をしようとしている。それなのに自分は仕事も恋も刺身並みの賞味期限。樹は自宅のパーキングに車を停めたままエンジンを切るのも忘れ、切なくなって運転席で膝を抱えた。
どうして僕はこうなんだろう。どうして僕は…サイトウタケルのように、勝の恋人のように、愛してもらえないんだろう…切ない…
ふと渡辺の顔が思い浮かぶ。夜景の撮影って言ってたけど…声が聞きたくなって、スマホを取り出した。
『どうした?』
「今どこ?」
『会社。撮影終わって戻ってきた』
「迎えに行こうか?」
『コレクション、明後日だろう?』
「都内にいるから、真っ直ぐ帰っても時間は変わらない。迎えに行く」
渡辺と少しでも一緒にいたいと思った樹は、自宅のパーキングから車を出した。
「運転変わろうか?」
いつもと違う樹の様子に気がついた渡辺が、出版社を出る前に優しく問いかけた。
「うん…」
「珍しいな。どうした?」
「ちょっと…切なくなって…」
渡辺の大きな手が樹の髪をかき回す。
車が走り出してもうつむいたまま、乱れた髪を直そうともしない樹に、心配になった渡辺が再び問いかけた。
「何があったのか話してみろ」
「何もないんだけど…切ないんだ…」
消え入るようなその声に、路肩に車を止めた渡辺が樹を見つめる。そして、そっと抱きしめた。
「胸が痛い?」
「うん…」
「痛くなくなるまで、こうしててやる」
「…うん…もっとギュってして」
渡辺に抱きしめられると、胸につかえていた何かがスーッと落ちていくようだった。
…不思議だな…もう切なくない。でも…もう少しだけ…
もっと抱きしめていて欲しいと思った樹は、しばらく経ってから“もう大丈夫”と、つぶやいて体を離した。
エレベーターに乗る頃になって、樹は自分の取った行動を後悔した。
こうして一緒に帰って来てしまったけど…実はセフレと会った後、渡辺の顔を見るのが嫌だった。
正確に言うと、セフレと遊んだ後の顔を渡辺に見られるのが嫌だった。
渡辺は樹が何をしてきたのか知っているはず。
そして自分は…何となく卑猥な顔をしている気がして…恥ずかしかったし、後ろめたかった。
だから普段は渡辺が戻る前に、さっさと家に帰り部屋に閉じこもっていた。
「先に寝るね」
切なさから開放された後、恥ずかしさが込み上げてきた樹は、渡辺と目を合わせずに部屋に向かう。
「待った」
腕をつかまれ、心臓が飛び上がる。日常よくあることなのに…ドキドキして顔が赤くなるのを感じた。
「本当に何もないんだな?」
「うん…」
「俺の目を見て話せ」
「ごめん…明日にして」
こんな顔を見られるのは恥ずかしい。これ以上渡辺と会話していると泣き出してしまいそうで、樹はそっと渡辺の手を振り払い部屋に入った。
胸が痛い…渡辺は何人ものセフレがいる自分をどう思っているんだろう。相手がどんな人なのか、どこで出会ったのか何でも話したけど、これだけは怖くて聞けなかった。
“僕が男と遊んでるの、どう思う?”
渡辺のことだから、蔑んだり嫌悪したりはないだろう。だけど…“それは樹の自由だから”と言われそうで、“樹がよければ、いいんじゃないか”と言われそうで…怖かった。
じゃあ何て答えて欲しいのか?
それは…わからなかった。
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