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Side 佐伯
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いつものように佐伯がデータを入力していると、そこに東京タワーが現われた。
あれ、東京タワー2号か?と思った佐伯は、本人にバレないように移動して顔をのぞいた。書類を記入しようと体を曲げた男は…2号ではなく1号。
佐伯は顔に血が上るのを感じた。そして頭にも。ボーっとして浮かれた気分。おかしい、しっかりしろと思いながら、同僚が受け取る前に東京タワーから書類を受け取った。
木田聡。きださとし。転入届にはそう書かれていた。
書類をチェックする間、佐伯は男の無遠慮な視線をガンガン感じていた。
そんなに見なくても…照れるだろう…だから言ってやった。
「目的地には無事つけましたか?」
木田がハッと顔をあげる。
驚いたか。ちゃんと覚えてるんだぞ。と、佐伯は心の中でニヤっと笑う。
「え、あ、はい。その節は大変お世話になりました」
佐伯の思ったとおり礼儀正しい木田は深々と頭を下げお礼を言った。
「いえ。時間に間に合いましたか?」
90度でお辞儀をする木田の姿に、佐伯は思わず微笑んでしまった。
「はい。おかげさまで」
「よかった。転入手続きはこれで終わりです。年金と保健の手続きはあちらの窓口でお願いします」
でもここで終わり。木田は佐伯が思った以上に素朴で真面目な人物らしい。そんな人を悪い道に引きずり込んじゃいけない。さようなら。少しだけど楽しませてもらいました。ありがとう。
心の中でそう言って、佐伯は木田に背中を向けた。その時…
「待ってください」
呼び止められた佐伯は、また案内が必要なのかと思い振り向いた。
「あ、あの、佐伯さんのおかげで迷子にならずに、遅刻せずに事務所に着きました。そのお礼をさせて下さい」
なぜ僕の名前を?と思ったけど、そうだったネームプレートと、佐伯は自分の胸元を見る。
「どこかで食事でも…」
役所の職員をナンパ?珍しいパターンだなと思いながらも、木田の切実な瞳に佐伯は吸い込まれそうになっていた。そしてもっと話してみたい…と思ってしまった。
時計を見ると昼の休憩まであと10分。だからドキドキを抑え、平静を装ってこう言った。
「もうすぐお昼だから。昼食でいいですか?」
木田は“はい”と、大きくうなずいた。
***
外で待ち合わせをして、行きつけのインドカレーの店に誘った。ここはランチセットもあるし、この時間ならそれほど混雑していない。
それに…ここは彼との思い出の場所でもある。すでに別れて10年。その間、何人かのノンケとつき合った。そして当然のごとく決まり文句で捨てられた。それでも佐伯の心に残っているのは彼だけ。彼との思い出の場所で木田と食事をすれば自分を戒められるだろう。木田に恋してはいけない。ノンケに恋してはいけない。ここでならそれを痛いほど感じて、この場でバイバイできる。
そう思いながら佐伯が食事を始めると、木田は再び無遠慮な視線を投げてきた。この人やっぱり僕に落ちてる。そう思っていると、木田が一気に水を飲み干した。
「木田さん?」
「あ、いえ、ちょっと辛かったから…」
辛かったからって…まだ水しか飲んでないだろう。そう思いながらも、なぜか佐伯はホンワカした気持ちになった。
木田は食事をしながら、駅で迷っていた時の心情を語ってくれた。大西洋に放り出され、あてもなくプカプカ浮かんでいるところを佐伯に救われた。あの時は救世主かと思った。と。
あの漂流がトラウマになって、実家に帰ろうと思っている。今の住まいも外国にいるみたいで心細い。友人はみな地元に帰っていて、ここには仕事関係の知り合いしかいない。
背中を丸めて捨てられた犬のような顔でそんな話をする木田に、佐伯は思わず連絡先を教えてしまった。純粋に助けてあげたいと思ったから。恋の駆け引きやノンケを釣る魔性の自分ではなく、傷ついた一人の人間として沈没しそうな木田を助けてあげたかったから。
「では、また連絡をください」
店を出て、佐伯が笑顔でそう言うと、木田は顔を真っ赤にして目を泳がせたまま人ごみに紛れてしまった。
あれ、東京タワー2号か?と思った佐伯は、本人にバレないように移動して顔をのぞいた。書類を記入しようと体を曲げた男は…2号ではなく1号。
佐伯は顔に血が上るのを感じた。そして頭にも。ボーっとして浮かれた気分。おかしい、しっかりしろと思いながら、同僚が受け取る前に東京タワーから書類を受け取った。
木田聡。きださとし。転入届にはそう書かれていた。
書類をチェックする間、佐伯は男の無遠慮な視線をガンガン感じていた。
そんなに見なくても…照れるだろう…だから言ってやった。
「目的地には無事つけましたか?」
木田がハッと顔をあげる。
驚いたか。ちゃんと覚えてるんだぞ。と、佐伯は心の中でニヤっと笑う。
「え、あ、はい。その節は大変お世話になりました」
佐伯の思ったとおり礼儀正しい木田は深々と頭を下げお礼を言った。
「いえ。時間に間に合いましたか?」
90度でお辞儀をする木田の姿に、佐伯は思わず微笑んでしまった。
「はい。おかげさまで」
「よかった。転入手続きはこれで終わりです。年金と保健の手続きはあちらの窓口でお願いします」
でもここで終わり。木田は佐伯が思った以上に素朴で真面目な人物らしい。そんな人を悪い道に引きずり込んじゃいけない。さようなら。少しだけど楽しませてもらいました。ありがとう。
心の中でそう言って、佐伯は木田に背中を向けた。その時…
「待ってください」
呼び止められた佐伯は、また案内が必要なのかと思い振り向いた。
「あ、あの、佐伯さんのおかげで迷子にならずに、遅刻せずに事務所に着きました。そのお礼をさせて下さい」
なぜ僕の名前を?と思ったけど、そうだったネームプレートと、佐伯は自分の胸元を見る。
「どこかで食事でも…」
役所の職員をナンパ?珍しいパターンだなと思いながらも、木田の切実な瞳に佐伯は吸い込まれそうになっていた。そしてもっと話してみたい…と思ってしまった。
時計を見ると昼の休憩まであと10分。だからドキドキを抑え、平静を装ってこう言った。
「もうすぐお昼だから。昼食でいいですか?」
木田は“はい”と、大きくうなずいた。
***
外で待ち合わせをして、行きつけのインドカレーの店に誘った。ここはランチセットもあるし、この時間ならそれほど混雑していない。
それに…ここは彼との思い出の場所でもある。すでに別れて10年。その間、何人かのノンケとつき合った。そして当然のごとく決まり文句で捨てられた。それでも佐伯の心に残っているのは彼だけ。彼との思い出の場所で木田と食事をすれば自分を戒められるだろう。木田に恋してはいけない。ノンケに恋してはいけない。ここでならそれを痛いほど感じて、この場でバイバイできる。
そう思いながら佐伯が食事を始めると、木田は再び無遠慮な視線を投げてきた。この人やっぱり僕に落ちてる。そう思っていると、木田が一気に水を飲み干した。
「木田さん?」
「あ、いえ、ちょっと辛かったから…」
辛かったからって…まだ水しか飲んでないだろう。そう思いながらも、なぜか佐伯はホンワカした気持ちになった。
木田は食事をしながら、駅で迷っていた時の心情を語ってくれた。大西洋に放り出され、あてもなくプカプカ浮かんでいるところを佐伯に救われた。あの時は救世主かと思った。と。
あの漂流がトラウマになって、実家に帰ろうと思っている。今の住まいも外国にいるみたいで心細い。友人はみな地元に帰っていて、ここには仕事関係の知り合いしかいない。
背中を丸めて捨てられた犬のような顔でそんな話をする木田に、佐伯は思わず連絡先を教えてしまった。純粋に助けてあげたいと思ったから。恋の駆け引きやノンケを釣る魔性の自分ではなく、傷ついた一人の人間として沈没しそうな木田を助けてあげたかったから。
「では、また連絡をください」
店を出て、佐伯が笑顔でそう言うと、木田は顔を真っ赤にして目を泳がせたまま人ごみに紛れてしまった。
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